愛 羅舞 喩雨!【前編】
私、ナマエは恐れ多くもサブウェイマスターのクダリと一年間の交際を得て結婚致しました。
私は彼が大好きで大好きで、その想いが実ってこうして誰よりも傍に居れる事が幸せなのです。
彼の笑顔が好き、こどもみたいに好奇心を失う事なくいつも輝いている姿が好き、声が好き、ふわり香る甘い香りが好き。
もう、全部全部大好き。
そんな大好きな彼と結婚して約一ヶ月…、新婚ラブラブ生活を満喫!
なのですが…私は少々困った事があります。
そのですね、あのですね…!
私達……一年付き合って、結婚までしましたのに………。
まだ、キスしか…したことがありません。
「クダリ、クダリ、起きてクダリ?」
「うぅん…」
「おはよう、もう朝だよおき…」
て、
そう続く筈だった言葉はのそりと毛布から伸びてきたクダリの腕が、私の首へと回して引き寄せられる事で遮られた。
引き寄せられ、クダリの唇に引き寄せられ口づけられた。
ちゅっちゅと、可愛らしいリップ音をたてながらクダリは私へのキスを堪能してから、間近でまだ眠そうな目をふにゃりと緩めて微笑んだ。
「おはよー…ナマエ」
「お、おはっ、おはよ…!!」
かぁっと顔に熱が集中する。私が硬直して動けない事をいい事にクダリは私の腰を引き寄せてベットの中へと引きずり込んだ。
「く、くだりっっも、もう朝だよ!起きるの!!」
「うん〜?だいじょぶ、おきるよ…
ねえ、今日の朝ご飯なに?」
「き、今日はハムエッグとハニートースとっ、んっぅ」
また口づけられる、繰り返されるのはキスと、おはようと言う挨拶と、私を可愛い可愛いと告げるとろけそうな程甘い声色。
私の髪をくしゃくしゃになで回しながら、クダリは唇に、額に、頬に、首もとに、いろんな部位に口づけを降らせてくる。
「はぁ…ナマエ、かわいー」
「く、く、クダリっ、も、朝なのーっ、起きてーー!寝ぼけないで、きゃっ」
「すき…だいすきナマエ、ナマエ」
首もとへのキスが下へと降りてきて、服の上からではあるものの、胸に唇を寄せられて今度こそ心臓が飛び出る程に暴れた。
クダリは基本甘えたである、
実は朝のこの時間帯が一番甘えた状態で、私は身の危険を感じる時。
寝ぼけている分、セクハラが容赦な、い!いえ、結婚しているんだからこれぐらいと思うけど、私はっ私は…!!
「く、くだりってばーーーーーー!!」
「…………ん、おはようナマエ」
へにゃり、笑ってクダリは私から離れて上体を起こした。
んーっと背伸びをして、それは完全に覚醒した事を示していた。
先ほどまでのセクハラなんて感じさせない程に爽やかにクダリは私に微笑んで、いいこいいこと頭を撫でてきた。
「おはよう奥さん、今日もかわいー」
「お、おは、よう旦那様……今日も、かっこいいよ…ぅ」
「ほんと!ボク嬉しい!」
満面の笑みを浮かべて、ベットから飛び起きると私をお姫様抱っこしてスキップでもしそうな感じでリビングへと運んでいく。
朝日を窓から招き入れて、太陽の光でキラキラと光る食卓に並べられた朝食を見てクダリはまた嬉しそうに笑う。
「おいしそう!料理も出来て、掃除も完璧で、最高に可愛い奥さん貰えてボク世界一幸せっ」
「お、大袈裟だよ」
「本気だよ、ナマエが好きすぎて毎日幸せで辛い」
「もう…っ」
すりすりと私の顔に頬を寄せて甘えてきた彼の首に腕を回してぎゅっと抱きつく。
クダリの香りにクラクラ目眩がする、鼻孔いっぱいに広がるクダリの香りに私は本当にこの人と一緒になれたんだと幸せを感じて自然と笑顔になる。
私達夫婦は他から見たら大変おかしな夫婦かもしれない。
夫はサブウェイマスター、眉目秀麗でポケモンバトルだってそこらのジムリーダー達よりも強いとめっぽう噂。愛妻家で仕事終わりには真っ直ぐ帰宅してくれる。
妻は私ナマエ、専業主婦でほぼ一日は自宅で過ごす。
朝は旦那を起こして、昼は家の掃除に夕方には買い出しに行って、夕飯の支度…そして夜には旦那様をお出迎えして就寝。
そう…就寝、ぶっちゃけ何もしない。
私はクダリを愛していて、クダリも私を愛してくれている。
なのに…あの、夜の営みというものを一度もしたことがない。一度も…だ。
原因は私。
実は、私は……
元、暴走族である。
ワルビアルが印刷された黒皮のジャケットなんて着ちゃって、目なんか据わっちゃって、ああん?とか普通に低い声で言いながら視線が合ったトレーナーというトレーナーに喧嘩を売っていた。しかも華・悪美亞瑠(か・わるびある)なんて名前のグループのトップとかしてました。こうみえてめっちゃ強かったんです、喧嘩とポケモン勝負。
簡単に言えばグレていたのだ。
家庭環境は最悪なもので、家庭内崩壊はとっくにしていた。生まれた家では私はもう死んだ人間という扱いを受けていて、絶縁されていたし。そんな私を見放した親も、優しくないこの世界全てを恨んでいた。
虚勢を張って、同じく心の傷を持つ仲間達と固まって悪いことばかりしていた。酷い暴言も吐いた、人の心をえぐったりもした。人前では最強であり、非道に笑って喧嘩を楽しんだ。
でも、夜一人になった時は泣いていたんだ。相棒のポケモンのワルビアルに抱きついて、意味も無く泣いたりして。乾いて苦しい心が砂漠みたいにざらざらと音をたてて、砂嵐になって、何も見えなくなった視界の中で一人藻掻いてた。 そんな時、だ。仲間内からギアステーションのサブウェイマスターの話しを聞いた。悪魔みたいに強いのだと。
ならば喧嘩売ってやろうじゃないかと意気込んで、遊び半分でバトルサブウェイに乗り込んだ。なんとなく選んだのはダブルトレインで、最終車両には難なく辿り着いた。雑魚しかいねぇのか、なんて言葉吐いて、ドアを開けた先で出会ったのは……真っ白な天使だった。
どこからどう見てもグレていて、外道な私を見て、天使は極上の笑顔を見せてくれた。
「ボク、クダリ!サブウェイマスターをしてる。君、凄いね!ボクの所にこんなに短時間で辿り着く事が出来る子なんて滅多にいないよ!ポケモンバトル、強いの?ねえ、ポケモンは好き?」
キラキラ、キラキラ…。輝く笑顔に彼にとても似合う白。地べたを這いつくばって生きてきた私には眩しすぎた。天使に、見えたの。意味も無く泣きたくなった。
臆さずに私に話しかけてきて、しどろもどろで会話をしてからのバトル…結果は私の完敗だった。
そこでまず、私がどれだけ小さな自分の世界で虚勢を張っていたのかを思い知った。最強だと思っていた愚かな見栄は完膚無きまでにへし折られたのだ。
でも、クダリは私の手を握るとぶんぶんと上下に振って楽しかったと笑った。
「ボク勝っちゃった、でも君最高に強いトレーナー!また21連勝してボクと戦って!
君とのバトル楽しかった!すき!」
好き、という単語に私はころりとやられてしまったのだ。
今まで愛に飢えて生きてきたから…どんな意味であっても好意を貰えるのが嬉しくて。もっと、もっと、と欲張りになって、彼に恋をしてしまった。
それからと言うもの、私はバトルサブウェイに通うようになり、回数を重ねるごとに…自分でいうのもおかしいけど女の子、らしくなっていった。
今まで縁の無かったスカートを着たり、お化粧も控えめに清楚なものになった。口調だって荒っぽいものから女の子らしいものになった。
ぜんぶ、ぜんぶ、彼に恋して変わったの。
可愛いって言われる度に心躍って、好きという言葉に好きで返して貰えたときは死んでも良いとすら思った。
共有の時間を重ねて、沢山優しさと幸せを育んで、私達は結婚した。
今まで知らなかった沢山の愛を貰った、愛されて愛する喜びを教えて貰った。最高に幸せなのに……問題は私だ。
愛に飢えていたのだ、というか拒絶していた。家庭事情により恋愛に対して嫌悪感しかなくて、遊びであろうとも男と交わる事を極力さけていたのだ。
つまり…未経験な、訳で。クダリと付き合ってからも、クダリが事に及ぼうとする度に大袈裟に怯えてしまってと…優しいクダリは今の今まで我慢してくれている。
これでよく、結婚してくれたなぁと…思います。
「このままじゃいけないよね…」
昼過ぎ、台所で一人食器を洗いながら呟いた。
クダリは私の反応に敏感だから、少しでも怯えた風になると引いちゃうから…こ、ここは私が誘うしか、ない?今晩…クダリに、お誘いしてみたらクダリ喜んでくれ…っ
「いっっっやぁあああ駄目ーーー!!恥ずかしすぎて死んじゃうーーー!!」
赤面して叫んで、洗っていた食器を思わず握りつぶして三枚ぐらい割ってしまった。
おうっふ…!腕力の強さは暴走族時代から健在だとか泣けてくる…!
pipipipipi…!!
不意に、私のライブキャスターが鳴った。
こんな時間にだれ?と思って画面を見ると二通…メールが。
一通はクダリから。クダリという名前を見ただけで嬉しくなって思わず笑顔でメールを開封してみた。
『今日、早く帰れると思うから。ハンバーグ食べたいな。ナマエの好きなケーキも買って帰るから家でおとなしく待っててね!約束!』
「ハンバーグだって、クダリチョイスがやっぱり子供っぽいなぁ」
可愛い、なんて胸をほころばせて思う。
ならば今日は家で大人しく旦那様を待つ事にしよう。ワインも出そうって台所に戻りつつもう一通、宛先不明のメールを開封した所で、私の心臓は凍り付いた。
『元華・悪美亞瑠 所属ナマエ 、今こそ復讐の時。
ギアステーション前にて待つ、来なければ報復としてお前の旦那を襲う』
要件だけを告げる負のメール…。
今まで…静かだったのに、やはり過去の汚点はいつまでも付きまとうらしい。
しかも…場所はギアステーション前?クダリの、職場の前じゃない。赴けば確実にクダリにばれてしまう、でも…行かなかったらクダリが怪我をしてしまうかもしれない。
やっと手に入れた幸せなのに。
世界一醜い私が、唯一輝ける幸福の空間だったのに…!!
顔を両手で覆って俯く事数分…。
スゥと、己の体温が下がる。
冷え切った眼孔で睨み付けるは未だ見ぬ負のメールの送り主。
自分の、身の危険など知るか。許しはしない。
「クダリに、危害を加えようって言うんなら…
容赦しねぇよ…!!」
自室へと乱雑な足取りで向かい、クローゼットの奥深くに仕舞われた暴走族時代のジャケットを取り出し、それを迷うことなく羽織って自宅から飛び出した。
これで、もう完全にクダリに嫌われるかも。うんざりって…見放されるかも、離婚…しちゃうかも。
でも、でも、
それでも、クダリが傷つくのだけは…嫌なんだよ!!
さよなら、幸せな時間と。それに埋まっていた幻の私。
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