夢喰い【後編】

***




 社員室の机でシングルトレインの点検資料の作成に熱心にペンを走らせる事数時間、カズマサが時計をみやると丁度昼過ぎになった頃だった。カチコチと時計の針の音だけが規則正しく響く部屋で、一人ため息をついた。

 あとは、ノボリへとこの資料を提出、確認をしてもらえればこの件は終了する。そう安堵の笑みを漏らした時、カズマサの耳に女性の声が響いた。


「あのー、すみません。クダリいますか?」
「え?!」


 驚いて振り向けば、自分よりも年下…と思われる女性が、どこか呆けた覇気のない顔でカズマサをただ、黙って見つめていた。


「あの…君は?」
「ナマエって言います。その…クダリの恋人、させてもらってますっ」


 ふわり、控えめに笑う彼女は例えるなら夏を涼やかに彩る朝顔のように愛らしさで、色素の薄い頬を少し桃色に染めて笑って小首を傾げる姿に、カズマサは心の中で密かに可愛いなぁと、思った事は墓に入るまでクダリには秘密にしておかねばならない事だ。


「クダリボスなら今仮眠室で寝ていますけど…」
「そうなんですか?お邪魔してもよろしいですか?」
「ええ、クダリさんの大切な人なら…」


 そこまで会話をしてカズマサはふと…不思議に思った。

 ここはサブウェイの職員のみが入る事を許された関係者以外立ち入れない部屋。そこへどうやって彼女は侵入したのだろう…?


「ここ、クダリが寝てる仮眠室ですよね?」
「え、あ、そ、そう!でも鍵がかかって…」
「お邪魔しますー」


 ナマエは腰のモンスターボールから己の相棒、ゴーストを呼び出すと彼に手を添えながら歩き出し、いとも簡単に扉をすり抜けた。


「えぇぇえぇえぇ?!?!」


 カズマサは開いた口が塞がらないという風に彼女の背を見送る…しかなかった。なぜなら仮眠室の鍵は自分は持っていない、クダリを仮眠室に詰め込んだキャメロンしか持っておらず、そんな彼は今ダブるトレインへバトルに向かっていて不在。中にいるクダリが自分で鍵をあけて出るしかない訳だが…。


「ごっゴーストってそんな技…もってたんだぁ?」


 いやいやいや…!だがしかしである。
 いくら彼女だからと言って仮眠中のクダリの元へ無断で入れてしまうのは部下としていかがなものか。
 さすがに怒られるかもしれない…そう思い、カズマサは仮眠室の鍵を持っているキャメロンを呼ぶために無線のスイッチを入れた。




***




「クダリー…」


 彼に近寄って、耳元で名前を呼んだのに彼はすぅすぅと規則正しい寝息をたてるだけで全く起きる気配がない。

 腰をまげて、仮眠室の固いベットの上で眠りこけている最愛の彼を眺める。

 長いまつげに、地下にいるせいか日の当たらない真っ白な綺麗な肌。そこへ手を伸ばして撫でてみると、くすぐったそうに身をよじって言葉にならない寝言をむにゃむにゃ言っていた。


「天使の寝顔って、このことね」


 くすくす、笑って。彼の頭を撫でてふと…気づいた。目の下にクマがある。


「…寝てなかったのかな」


 その理由がもし、自分と喧嘩したせいだとしたらなんとも…愛らしい事だ。


「クダリ…ごめんね、ありがとう」


 チュッと、リップ音を響かせて眠る彼の唇を自分のそれで奪った。間近で見つめれば触れる吐息、それでもまだ起きないクダリに、今度こそナマエは破顔して笑った。


「起きないともっと悪戯しちゃうよーっ」
「うぅ…ん、ナマエぅ………」


 起きた?
 かなと、思って期待して顔を覗き込んでみても彼が目を開く様子はうかがえない。つまりは寝言のようだ。


「寝言で私の名前呼ぶなんて…どんな夢みてるのかしら?」


 クダリの肩からずりおちた毛布をただしながら微笑ましいと笑っていた所で、クダリの口から再度漏れた寝言にナマエは石化した。


「えへへ……ナマエ、やわらかーぃ……」
「・・・ん?」
「ひさしぶりだった、から…やさしく、する……スゥ」
「・・・・・クダリ?」


 ナマエの口元が引きつる、一緒に傍に控えていたゴーストの顔も引きつる。

 キスしたせいなのか、いやそのせいだとしても……どんな夢見てる?ちょ、そのだらしない顔…!怪しい動きしてる手…!!どんな夢だどんな!!

 心中盛大にどん引きして、ナマエは脳内で何かがぷつんと切れる音がした。

 本当は、ここへは謝罪しに来たのだ。いくら自分が無類のゴーストポケモンフェチだったとしてもあれは言いすぎた、と。ごめんねを言いに来たはずだったが、そんな申し訳ない気持ちは今のクダリの寝言と表情に全部吹き飛んだ。


「クダリ……どんな夢みてるんだろうねぇ、ゴースト?」
『ヒュルルル…』
「ちょっと、いたずら、してみようか?
ほ ん か く て き に」


 ナマエはにっこりと、それはもうゴーストポケモン顔負けのドス暗い笑顔を浮かべると靴を履いたままでクダリの眠るベットの上に飛び乗り、さらには仰向けに寝ているクダリの腹の上にどっかりと馬乗りになってまたがった。

 その容赦ない圧力にクダリの眉が苦しげに寄るが、ナマエはそんなの知るかとばかりにクダリの顔を両手でがっしりと掴み押さえ込むと、次に己のゴーストへ振り向いて満面の笑顔を向けた。


「ゴースト、クダリへ“夢喰い”
ああ、勿論命は吸っちゃだめよ。この人の夢だけちょっと食べておしまいなさいな」
『ゴースト!』


 ゴーストは了解!と言わんばかり似頷いて、クダリの頭目がけてぐわっと大口をあけ、器用にクダリの夢だけを食べはじめた。


 さーて……どんな夢見てるのかしら、私の白い車掌さん?



***



「キャメロンさんこっち!こっちです!!鍵を早く!!」
「分かったヨ、そんなせかさなくても今開けるカラ」


 カズマサに呼び戻されしぶしぶもどってきたキャメロンは、怠そうに頭を掻きながら仮眠室の鍵を開けるべく、懐から鍵を取り出し仮眠室の扉へ手をかけ…ようとしたのだが。


「このっっっ変態ーーーーーーーーーー!!!!!」


 バキバキバキ!!!!!


「うわあああああああ?!仮眠室の扉が吹き飛んだーーーー?!」
「おやおや…、見てごらんカズマサ。これはゴーストのサイコキネシスって技だよ。
ははは、クダリボスもろとも扉を吹き飛ばしたんだネェ」
「笑ってる場合ですか!?」


 言葉どおり、二人の目の前で仮眠室の扉が吹き飛び、それの中心にクダリの姿。思い切り技が直撃して吹き飛ばされたにも関わらず、瞬時にイシズマイを呼び出して体を支えて貰った判断は流石としかいえない。

 そして、その技を喰らわせたのは直前、怒号の声を発したナマエであろうが、砂埃舞う中…仁王立ちのナマエがクダリを変態呼ばわりしながら見下していた。クダリは、顔面蒼白やら、真っ赤になっているやらで見ているこっちが可哀想になるほど狼狽えていた。


「ま、待ってナマエ!!落ち着いて!!しょうがないよ夢だもん!生理現象!!」
「生理現象…?生理現象であんなえげつない夢見るとかどんな趣向持ってるんのよこの変態!!」
「だって夢だもん!!ボクにそれおこられてもこまっっっ」
「私は!!人間であり!!クダリのデンチュラじゃない!!普通にいちゃついている夢ならまだしもどんなプレイ?!」
「うわああああああ言わないで!!んもう!!ぼくの夢を勝手に夢喰いで見るナマエだって反則だよ?!」
「クダリが妖しげに喘ぐのがいけないんでしょ?!」
「喘いでないよ!!」


 二人の会話についていけずに会話の全力の投球のしあいを双方へと視線を向けて追ってみていたが…なんとなく理解できた所で、キャメロンがまたしてもからかうような笑みをクダリへと向けた。


「クダリボス、どんな夢みたんですカーーーー?夢の中で彼女さんにどんな事してたんでスカネ?」
「キャメロン…!!ボク今すっごい本気のバトルで君をぼこぼこにしたい…!!」

「あ、見ますか?クダリの夢。ゴーストに頼んで見れますけど」
「ナマエ?!やめてってば!!ボクが何したっていうの?!ねえねえねえ?!」

「へぶぉふあ!?」
「クダリ、大変。貴方の夢をみせたカズマサさんが鼻血を吹いて倒れたわ」
「うわあああああああん!!ナマエの馬鹿ぁ!!なんで見せちゃうの?!なんで見せちゃったの?!」
「ちょっと悪戯してあげようと思って、フフフ…」
「悪戯レベルじゃないよこれぇ!!」


 まだ、そんなに怒ってるの?!

 そう涙目でナマエにしがみついてわめくクダリへ、ナマエはクダリの額へ口づけて答えた。


「その件は、ごめんなさい。私が…悪かったです」
「ナマエ……!」
「でも、私ゴーストポケモンつかいなので」


 クダリの手をとり、花も恥じらう満面の笑顔を見せた。


「あなたの心までも骨抜きにしないと、満足しないの。」


 言葉だけじゃなくて、中身(心)も全部みせて、おなかいっぱいにくださいな。


 な の で 。




「クダリの邪心を改心させる為にも、次はノボリさんにあの夢の内容を見てもらって、ガッツリとヤキを入れてもらうつもり」
「ノボリにーーーーーーーー?!それだけはやめてよ!!何よりも痛い目で見られながらお説教とかボク耐えられない!!」

「あ、そのまえにワタシ、キャメロンにもその夢の内容を見せてくだs」

「キャメロンは黙ってて!!!」




 執務室で大人げなく大声で言い合う大人達を宙から眺めつつ、ゴーストは一人満腹だとげっぷをした。


 たいへん、あまくてあまくて、おいしゅうございました。





2012/07/28







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