夢喰い【前編】




「うーーー……」


 ギアステーションの業務員専用の仕事ルーム。そこでクダリは自身の机の上に突っ伏して朝から「うーうー」とうなり声をあげて動かずにいた。

 業務員専用であるから、他の職員達もデスクワークの際には勿論この部屋を利用する。利用するのだから、このようなクダリのだらけた姿は嫌でも目に入る訳で。

 資料を手に抱えてこの執務室に入ってきたカズマサの目に、そんなクダリの姿が目に止まったのもごく自然の事だった。


「あれ?クダリさん今日は元気ないですね。いつもならにこにこ笑ってバトルの話ししたりしてるのに。」
「そうだねぇ、仕事サボって机と同化してる姿なんてノボリボスに見つかったら大変ダヨネ」


 先にこの場にいて、にこやかにデスクワークをこなしていたキャメロンは特に心配しているという素振りもなく、カズマサが運んできた資料を受け取るとクスクスと笑いながらクダリへと視線を向けた。


「ノボリボスに見つかったら確実に大目玉くらいそうな程にだれちゃってるねぇクダリボス。ふふ、ノボリボスがスーパーシングルに出向いていてよかったネ」
「でも本当どうしちゃったんでしょうか、なにか困った事でもあったのかな…」

「ナマエと喧嘩した」


 机につっぷしたままで、ぐりんっ、と勢いよくクダリの顔がカズマサへと向き直った。そのクダリの顔は目元にクマができており、死んだ目を全開眼してカズマサをガン見してきたものだから、見られた本人は「ひぃ?!」と情けない声を漏らして一歩後退。


「え、え、あ、あのクダリボス?ナマエさんってクダリボスのこいびと…のですか?」
「そうだよ!世界でいっちばん可愛くて!世界で一番いい匂いがして!世界で一番小悪魔な女の子だよ!!」
「こあくま?」

「痴話喧嘩ですかクダリボス?」


 遂にはキャメロンまでがにやにやとからかうような笑みを浮かべてクダリを見やる。クダリは途端、「そんなんじゃない」と肩を落として項垂れ顔を机にくっつけたままで、じんわり涙を浮かべた。


「ナマエに、しねっていわれたぁ…!」
「えっっ?!そ、それはさすがにひどっっ」
「ちなみにどんな状況でですカ?」


 それは酷いと、カズマサとキャメロンは揃いも揃って顔を歪ませた。話しには聞いていたし姿もちらりと見たことがあるが、そんなにも辛辣な性格をしていたとは…。同情たっぷりにクダリを見つめる部下達へ、クダリは話しを続けた。


「ナマエがボクの家に泊まりに来た時に、一緒に寝ようって言ったら「怖い話ししながらが良い」って言った…!」
「「は…?」」


 なんだって?

 顔が引きつる、今度は先ほどとは違う意味で引きつる。
 嫌な予感しか感じねぇよと言わんばかりな二人へ、クダリは泣きわめくという単語にふさわしく声をあらがえて立ち上がった。


「寝るときに怖い話しって…!なんで?!今が夏だから!?ボクが怖い話し嫌いなの知ってるくせに!!」
「・・・どのタイミングで死ねって言葉が出たんですか…?」
「嫌だよ!ってボクが言い続けてたらナマエが「クダリさんも一度死んでみたらゴーストの気持ちが分かりますよ!!」って酷い事いったぁ!!だからボクもうナマエなんか知らない大好きかわいい!!」
「……………………………………。」


 うわあああんと目元を押さえて泣き出したクダリ。そんなクダリへ部下二人は絶対零度の瞳で「いやいやいやいやいやいや」と内心ツッコミを入れる。

 そういえばクダリの彼女、ナマエはゴーストポケモンつかいらしい。己の手持ちなのだ、溺愛は当然している。だからこそこの時期、夏になるとそういった話しを生き生きとしながら話して聞かせたがるらしい。ゴースが好む場所は、とか。カゲボウズは霊界と会話できる、とか。シャンデラにならいくらでも魂捧げれるとかなんとか…。

 そんな彼女に対してクダリは怖いモノが駄目過ぎた。以前、ギアステーション一同で社員旅行をして、ホラーハウスへ面白半分でみんなで入った所クダリは始終笑っていた。楽しんでいるのではなくて怖すぎて泣きながら笑っていた。しかも近くにいる仲間の車掌の腕を恐怖のあまり力加減なく思い切り掴むのだ、正直骨折れるはボケェ!!と声があがる程にみしみしと掴んでくるものだから周囲はたまったものではない。最終的には恐怖がピークに達したクダリがデンチュラを呼び出して作り物のお化けの銅像ごとお化け屋敷を破壊して収束したのだ。
そんな破天荒な恐がりを見せたクダリへ「むしろ貴方の方がホラーでしょう」とオニゴオリの様な顔でクダリを正座をさせて説教をした兄車掌の事はまた別の話。


 よくまあ…そんな正反対な二人で付き合う事が出来たものだ。


「だから喧嘩した…ボク悪くない、ナマエが悪い、ナマエなんてもうどうでもいい」
「そ、そんなクダリボス!ちょっとした意見の不一致じゃないですか!」
「どうでもいいんだもん!だからボク喧嘩したあの日から一睡もしてなくて今5徹目!!」
「寝て下さいよぉおおおおおおおおおおお!!どうりで凄すぎるクマだと思ったらそのせいですかぁあああああああああああ?!」
「だって寝ようとしてもナマエの顔がちらついちゃって寝れないんだもん!!」
「それのどこがどうでもいいんですか?!寝れないぐらい大好きって事でしょう?!ああああああもう素直に謝って仲直りして寝てくださいよおおおお!!仕事にも支障きたしまくりますよ?!」


 寝て下さいとまくしたてるカズマサに対して、寝ない大丈夫!!と中半意地を張って首を横に振り続けるクダリ。
 そのやりとりを眺めるだけだったキャメロンが突然ガタンと椅子から立ち上がった。


「仕事に支障がきたすなら困りますクダリボス」
「そ、そうだよ!キャメロンからもばしっと言ってあげて!!」
「困りますクダリボス!!ワタシ今貴方の管轄で働いているノニ、貴方が倒れてしまったら残業入るじゃないですか!!ハニーAとのデートが明日に控えているんデス!!ハニーBは金曜日に!!ハニーCは土曜!!ハニーDとEは来週の−」
「このタラシ野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 カズマサはキャメロンの背中目がけて飛び膝蹴りをかました。それはもう彼女いない男のあれこれ恨みつらみをこめて思い切りドスッ綺麗に決まったものだ。

 それでもめげずにキャメロンは立ち上がると、クダリの目の前まで駆け寄り寝るようせかす。


「とにかく5徹夜なんてとんでもナイ!午後からは時間も空いてますから今から仮眠とってくださいボス!」
「いいよ、いつダブルトレインの仕事が入るか分からないし寝たくなっ」


 ドスッッッ!!!…と、風を切り肉を撃つ音が部屋に響き渡った。キャメロンのインファイト(右ストレート)がクダリの腹目がけて、こうかはばつぐん、よろしくクリティカルヒットしたのだ。

 クダリは、そのまま意識を断って倒れた。


「キャメロンさんんんんんんんんん?!何しちゃってるんですか?!何しちゃってるんですかねぇえええええええええええ?!」
「hahaha☆、突然寝てしまうだなんてクダリボスは相当疲れていたみたいダネ☆さあ早く仮眠室へ連れて行こう、さあ寝て体力回復してもらいマショウ、そして仕事頑張ってもらわないとne☆」
「『☆』うぜぇえええええええええ!!」


 どんだけ自分のデートを潰されるのが嫌なのか、キャメロンの暴挙のせいで強制的に(気絶)眠りに落ちたクダリはずるずると仮眠室まで引きずって連れて行かれたのであった。






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