02.3センチ



「インゴさん、生まれ変わったら魚になりませんか?」
「・・・ハァ?」


 なんの前触れもなくナマエの苛立ちすら彷彿させる、脳天気な笑顔と共に発言されたその言葉にワタクシ、隠す事もなく顔を歪ませました。



 休日に、ヒウンシティに新しくオープンした水族館へナマエと一緒に足を運びました。

 ドーム状の水槽で、上も、下も透明ガラスに囲まれていて、その神秘的にも青色でかたどられた世界で水ポケモン達が気持ちよさそうに泳いでおります。
 トンネルの中に立っているのに、ゆらゆらと水中の青を映し、光も足下に青白い影として揺れる様は、まるで自分も水の中にいるかのような錯覚すら起こすほど。

 その水槽にへばりついて、しばしの間水中の光景に見とれていたナマエを特になにをするという訳でもなく、同じ視線の方向を追って魚を眺めていたのですが…


 先ほどのナマエの発言。


『インゴさん、生まれ変わったら魚とかどうですか?』


 この女は頭が沸いているのでしょうか?


「−オマエは、このわたくしにエラ呼吸の生き物になれと言うのですか?」
「駄目ですか?」
「ワタクシはごくまれにオマエの額目がけてタバコを押しつけたい衝動に駆られる事がありますネ」


 事実、今タバコを吸えていたと思うと本気で脅してやろうかとすら思います。
 この女を壁際に追い込み、退路を塞いで、タバコをこめかみ辺りにちらつかせ脅しの言葉の一つや二つを投げて見たいものです。

 怯えた瞳でワタクシを見上げ、震える体で拒絶を示す。

 そんな動作、仕草を想像しただけで漏れそうになる笑みを必死に堪える。
 どうにもワタクシは、気に入ったモノ程屈服させたいという性分のようなのデス。


 ああ、なぜこの場所が禁煙なのでしょうか。
 いつもよりも多く苛立ちを感じるのは、この女のマヌケな顔だけではなく、禁煙を強いられている苛立ちのせいもあるでしょう。

 こんな場所から、早くでて肺いっぱいに煙を送り込み一息つきたいデスネ…。


「煙草吸いたそうですね、インゴさん」
「何故そう思うのですカ」
「ずっといらいらしていますもん、腕組んで指先は苛立ちを隠せずにトントン規則正しく跳ねていますし」
「そこまで気づいているというのなら、早くワタクシをこの場所から開放すれば良いデショウ」
「あ、インゴさん!見て下さい!ホエルコですよ!可愛いですね!!」


 この女にワタクシのオノノクスの逆鱗を喰らわせてやりたいと心底思いましたトモ…このクソアマ、何が楽しくて笑えるのか。その笑顔を泣き面に変えてやりましょうか、今すぐニ・・・。


「インゴさん眉間のしわ凄いですよ、キャタピーの側面みたいになってますよ」
「オマエは天然なんですカ?それともただの馬鹿なのですカ?シネ」
「死にませんよー、そんな鬼の形相で睨んできても怖くないですからねー!」
「ホゥ…いい度胸ですネ」
「嫌みじゃないですよ?インゴさんの瞳の色好きですから、海みたいで」


 ナマエは身をかがめてワタクシの顔、いえ瞳を覗き込むと、またこりもせずに純粋無垢な笑顔を向けてくるのデス。

 海…?青い瞳の色だからそうだとでもいのでしたら相当な妄想癖ですネ。


「インゴさんの髪の毛は金色で、キラキラしていて水面にうつった光みたいじゃないですか。その青い瞳によく栄えます!」
「オマエはどこのナンパ男デスカ」
「だから、インゴさん。魚になりましょう!」
「オマエはやはりただの馬鹿なのですカ」


 呆れたと、その場から離れようと足を動かそうとした所を前に回り込まれまシタ。

 ナマエは私の両肩に手を添えると、めいいっぱい背伸びをしてワタクシの顔ギリギリまで己の顔を近づけ歯を見せ、笑う。


「だって、魚になったら煙草吸えないじゃないですか」
「は?」
「えら呼吸ですもん、ましてや水中ですもん、煙草なんで絶対吸えませんよ。
吸えないからこそ、こうして近づけるじゃ…ないですか」


“こんなに近い距離で、インゴさんの顔見れたの、初めてですよ”



 だから、魚になれと言うのですか。

 だから煙草をやめろと?



 互いの息が肌に掛かる程に近くの距離で、そのような事を言って楽しげに笑うナマエに…ああこの女は知略犯かと、鼻で笑っタ。


 そのような、ありふれた甘い言葉で、ワタクシが禁煙するとでも?


 ナマエの腰を力任せに引き寄せ、それと同時にナマエの耳を指で挟んで引っ張ってやりました。


「いたたたた?!」
「ワタクシに近づきたいのでしたら、貴方が煙草に慣れれば良い話しデス。
吐き気がする程、あの苦い味をその身に教えて差し上げてもいいのデスヨ…?」


 耳を指先でひいたまま、そこへ囁いてやると、ナマエはかすかにビクンと体を跳ね、顔を赤らめつつ拗ねたような顔を見せましタ。


「私まで吸ってどうするんですか」
「ワタクシ好みに染めてやると言っているのです、喜びなさイ」
「やーですよ、二人で吸ったら本当に距離が遠いままですよ」
「ハァ?」
「だって、ほら」


 更にナマエが背伸びをして見せ、距離が縮まる。近くにナマエの顔がありすぎて焦点が合わないホド。


「タバコがないから、邪魔がないから、こんなに距離が近いんですよ。
邪魔者のタバコは、いらないです」


 煙草はいらない?ワタクシをオマエの趣味に合わせろと言うのですか?


 ワタクシの鼻先にリップ音つきで吸い付き、すぐさま離れたナマエの唇。

 何故、鼻先だ。そんな悪態もつきたくもなりましたが。そのような些細な事で密かに胸中弾んだワタクシも、所詮とんだ道化でしょう…ネ。






3センチ

「ここを出ましたらまた喫煙させて頂きますがネ」
「えーーーっっ!!邪魔ですから!!煙草のせいでどれだけ近づけないとっっ」
「そんなにワタクシとキスがしたいのですか。このキス魔」
「ち、違いますよ!!」


(どういじめて可愛がってやりましょうカ、
  やはりワタクシは、
   染められるよりも、染める方が快感を感じル)






2012/05/17




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