12.奪いたい

「まだ顔、あっついねナマエ…」


 熱にうなされて寝込んでしまったボクの恋人のナマエのおでこへ手を当てると、ナマエは朦朧とする意識を奮い立たせて、熱のせいで潤んだ瞳でボクを見上げてきた。


「クダリのて…冷たくてきもちいい……」
「ナマエのおでこがあっつすぎるんだよ」
「うん…ごめんね、今日は折角一緒に出かけようって話ししてたのに…」
「だいじょぶ、また次の休みに一緒にでかけよ?今日はずっと一緒に居てあげるからゆっくり休んで…ね?」
「うん…ありがとう」


 ナマエの汗でおでこに張り付いた前髪を指先で避けて、そこへちゅって唇を寄せるとナマエは真っ赤な顔でくすぐったそうに笑った。

 その真っ赤になった顔に、熱以外の赤みもさしているような気がしてボクの心もくすぐられる。


 かわい…。


 ベットの隣に椅子を寄せてそこに座って看病をしてたんだけど、不謹慎ながら風邪で寝込んでいるナマエが普段見せない顔だとか、弱っている姿だとか、甘えてくれる行動だとかがかわいくて、さっきかなら何度も胸が淡くうずく。


 ナマエが苦しんでるのになぁ……でも、可愛いんだから仕方ない。


 まだ熱であるであろうナマエは、ぐったりベットに横たわったままで時々、咳き込んでいるみたいで。やっぱり辛そう。

 ちらり、時計へ視線を向けると早いものでもう正午を指していた。

 薬飲んでもらわなくちゃ、その為にはまずご飯?


 なにか病人でも食べられるものあったっけ?と、椅子から立ち上がって寝室から台所へ向かおうと一歩踏み出した時、くんっと服の裾を引っ張られて、あれって振り向いた。 


「どこ…いくの?」
「台所、なにか食べ物食べなくちゃ」
「いらない…」
「駄目だよ食べないと、薬も飲まないと」
「いや…ひとりにしないで」


 ボクの服の裾を弱々しい力で掴んだままで、ナマエは目元を真っ赤に染めて大きな瞳から涙をぼろぼろってこぼして泣き出してしまった。何度も何度も「クダリ、クダリ…」ってボクの名前呼んでる。

 熱で、気まで弱くなっているのかもしれない…けど。


 ナマエが熱のせいでここまで寂しがりになるなんて思ってなかった、
  正直、なんだかもう…たまらない。


「だいじょぶ、一人になんてしないよ。ちょっと台所に行くだけだよ」
「すぐもどってくる…?」
「うん、すぐ!」
「…はやく、もどってきてね」


 うるうるうるうる…。

 瞳を潤ませて、本当に寂しいのだと切なげに言葉を紡ぐ目の前の子兎に、思わず美味しく頂いちゃおうか?なんて、邪心が過ぎった。


 ……だめだめ、ナマエはいま病気なんだから。無理させちゃいけない。がまん、がまん、治ったらその時に…ね!


 自分との理性との戦いなんて笑顔で隠して、すぐと言ったんだから台所へ向かって、あらかじめ作ってあったおかゆを暖めなおして、本当にすぐにナマエの元に戻った。

 おかゆをひとまずベットの横の机の上におぼんごと置いて、ナマエの肩を支えながら上体を起こしてあげた。


「ごはん食べよ、怠かったらボクに寄りかかったままでいいから」
「ん……」


 肩を抱きかかえたままでそう告げると、ナマエは素直にボクに寄りかかってきて…スリッてボクの鎖骨あたりに頭をすり寄せてきた。
 ふわり、香るのは大好きなナマエの柔らかな香り−−。


「クダリにくっついてると…あんしんする」


 照れくさそうにはにかんで、潤んだ瞳でボクを見上げてくるナマエ…。


 ぎゅうって胸の奥が熱くなる、出来る事なら今すぐにでも目の前の彼女へこの気持ちを伝えたい。言葉じゃなくて、愛しく触れる事で。


 ん…?なに、これ。
 ボクの理性への挑戦?挑戦なの?
 流石にボクだって今は我慢しなくちゃって分かるよ、わかってて我慢してるのにナマエはなんでそんな誘ってるみたいな事ばっかりしてくるの…!!


 そんな理性との戦いを気づかれないように、気づかれないように、何事もないという風に装いながら机の上に置いたお盆ごとおかゆを引き寄せ、レンゲでそれをすくってナマエへ手渡す。


「はい、おかゆ。食べれる?」
「…クダリが、食べさせてくれないの?」
「……ん?」
「たべさせて…ほしい、な」


 控えめに伏せられた瞳から覗くのは。期待と羞恥心でほんのり朱のさした頬。


 また、その、甘えた目!!

 普段あまり積極的に甘えてきてくれないナマエが、こんなにも甘えてくれるなんてかわいくてかわいくて、ぎゅーーーーってしたい…!!ぎゅーって、ちゅーって…!!

 たまらなく可愛い仕草に、ナマエから顔を背けて首をぶんぶんって振った。

 堪える、頑張る、ナマエに無理させちゃ駄目…!!


「…じゃあ、あーん」
「あむっ」


 リクエスト通り、ナマエの口へおかゆを運んであげるとナマエは、はぐはぐと噛みしめながら食べて、飲み込んで「ありがとう」なんて、真っ赤な顔で弱々しく笑うものだから…理性との戦いで堪えた矛先が手で押さえているおかゆの容器だった訳で、ものすっっっっっごく全力で握りしめていたからもしかしたらヒビが入っているかもね…!


 おかゆも食べ終えて、じゃあ薬、って思って。薬さえ飲んで貰えればあとは寝るだけだから。寝て貰えたらボクもこの邪念の戦いから開放されるって思って、自分の理性を総動員させてきらめく笑顔でナマエに話しふった。


「薬のもっか」
「…あつい」
「…うん?」
「クダリ…わたし、その…きがえたい」


 ガシャーンッ、って空になったおかゆの容器を地面に落としちゃった。

 もう、ねえ。天然?天然なの?それともボクをいじめて楽しんでるの…?!ああ分かってる正常な判断出来なくて、今自分でも何言ってるかよく分かってないんでしょ!誘ってるから!!それ普通に考えて誘ってる台詞だから!!でも違うんでしょ!!この生殺し状態いつまで続くの?!


「クダリ…?」
「あは…あはは、手が滑っちゃったぁ」


 今度こそ色々ギリギリで笑顔が引きつっているかもしれない。

 床におとした容器を拾い上げてテーブルの上へ置く…よかった割れてない。

 着替え…うん着替え。
 ナマエのクローゼットから新しいパジャマ取り出して、それをナマエに手渡して、すぐに後退する。

 すぐに離れないと、なんだかもう本当危ない。ナマエが着替えている間に心の整理つけよ。うんうん、あともう少し我慢したらナマエも寝てくれるしっ。


「着替えたら呼んで!隣の部屋で待ってる!」
「……いっちゃうの?」
「い、いくよ?」
「クダリが、着替えさせてくれないんだ…」


 肩を落として、熱のせいかな、さっきから涙もろくなった涙腺はまた溢れ出して、ナマエは眉をへの字に曲げてひっくひっくって泣き出しちゃった。



 ボクがなにをしたって言うの…!!



「な、なんで泣いちゃうの?」
「だって…クダリ、私に近づくのいやそうなんだもん」


 それはこれ以上近づいたらナマエの身が危険だからだよ!!


「風邪…ひいちゃってごめんね、迷惑しかかけられなくて…ごめんね……。
おねがい、きらいにならないで…」


 ぼろぼろぼろぼろ…。

 ナマエは綺麗な涙を流して、顔真っ赤なままで小さな肩を振るわせて泣いてる。

 それは、
 ボクに嫌われたくないからだって。迷惑かけてるんだって。ボクに甘えたいんだって。


 熱い疼きは、
 見事理性を破壊した。


「−まず薬のもっか、飲ませてあげる」
「…へ?」


 ナマエの肩を軽く押せばすぐにベットにナマエの体が沈んだ。
 すかさず、その上から覆い被さりナマエを見下ろして微笑みながらナマエの頬に触れて顔を近づける。


「口移しで、いいよね?」
「…え?あ、の…クダリ?」


 ボクの笑顔を、目を見るなり、ナマエはこおりづけになった見たいに、びしって動かなくなっちゃった。口元ひきつってる、気づいた?今頃自分が取り返しつかないことしてきたって気づいた?


 でも、もう手遅れだよ…ね。


「ナマエ服も着替えたいんだよね、着替えさせてあげる。まず脱ごっか」
「いっいい!!じぶんで…」
「遠慮しないで、ボクがお世話してあげるから」 
「う、ぁ…の、私…熱があるから、そのっっ」
「ボクにうつしちゃっていいよ。だいじょうぶ、無理させないようにボク頑張る」
「だ、だめだよ、くだっ」
「ボクも、熱があるみたい」


 ナマエのパジャマのボタンに手を添えて、胸元のボタンをわざとパチって音をたててはずす。
 あっついナマエの耳元にフッってわざと吐息吹きかけたから顔真っ赤にしてビクンって体を跳ねたナマエがボクの熱を喰い殺すには十分すぎる程愛おしくて。



 奪いたいと、心身共に理性が破裂した。



「ナマエにうかされて熱出た、冷ましてくれる?」








奪いたい
(最低ーーー!!クダリ最低ーーー!!熱出てる人間にこ、こういう事する?!)
(ボクだって我慢してたんだよ!でもナマエが何度も誘うから!)
(誘ってない!!)
(でも熱下がったみたいで良かったね!)
(今度はクダリが熱だしちゃってるじゃない!!ほらぁ!!だからうつるって言ったのに!!)
(ボクはいいよ、ナマエの熱が奪えたんだから満足!)
(救急車呼びます?!)







2012/05/09


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