私は持病を持っている。
突然動機がして、目眩がして、立っている事も困難になる。体温だって平熱とは違うのだと異常を訴えているし、発作が起きると自分では正常な判断が下せなくなってしまうという事に一番困っている…。
勿論病院にも行った、でもどこの病院へいっても下される診断は“過労”とかその程度。安静にして下さいと言われてビタミン剤を貰うぐらい。
そんなんじゃないのに…、このライモンシティにはまともに病名をくだせる医者はいないのだと早々に見切りをつけた。
世の中には病名のついていない病気だってある。もしかしたらその可能性もあるのかも。いやいや、もしかしたら野生のポケモンに修行だと称して頻繁にバトルを仕掛けてしまっている罰があたったか、ポケモンってのろい属性もっているのとかもいるしな。
とにかく、だ。
私にはこのイッシュ地方全てのジムを巡って制覇するという夢がある、こんな所で謎の病に倒れて死ぬわけにはいかない。だから遠くの地、シンオウに凄腕のお医者さんがいると情報を得てそこへ行って、しばらくの間は療養するつもり。
ガタン、ガタタン…と、目の前の地下鉄のホームでいくつもの列車が通り過ぎていく。傍らには大きなキャリーバック、これからの長旅の事を思えば丁度良い大きさだろう。
本当なら手持ちポケモンで空を飛んでいきたいが、あいにく私のジャノビーは空なんて飛べない。
地道に…行くのも悪くないだろう。こうして去りゆくイッシュの思い出を馳せる時間は作れたんだから。
正直…地下鉄は苦手、地下という陰気くさい場所のせいか、ここの場所では発作が起きやすいから。いつおきるのかと思うと怖い。
目の前の線路を挟んで向こう側のホーム、あそこはシングルトレインになるだろうか?そこへ見知らぬ少女がモンスターボール片手に意気揚々と乗り込んでいくのが目に入った。
シングルトレインか……、つまりはサブウェイマスターのノボリと勝負する為に乗車したんだろう。私もシングルに挑戦した事はあるけど、マスターノボリにたどり着いた事はない。正直シングルは苦手…ダブルがすき。
そう…ダブルが。
「イッシュを旅立ったらしばらくの間は廃人活動もできなくなる訳…か」
己の腰にぶら下げたモンスターボールを切ない気持ちで眺める。
あの、全身の血液が沸騰するような心躍るバトルが。目に焼き付いて離れない、楽しげに、そして的確に隙なくポケモンへ命令をくだしそれに一寸の狂いもなく鍛え抜かれた体で技を繰り出すサブウェイマスターのポケモン達。あれはバトルというよりも、芸術の領域とすら言える…。
目を閉じれば蘇る、あの…バトル。
あの、白い車掌とのバトルが−−−−。
「ナマエ!ナマエ!!」
己の名前を呼ばれて不覚にもビクッと驚いてしまった、突然驚かすのはやめてほしい、こっちは病人なのに。ああ…ほら、どくん、どくん。心臓が嘆きだした。目を閉じていた所に急に声を掛けられたものだから動揺も一頻り。
声を聞いた時点で誰かは分かっていたけど、名前をよばれたのでと声が聞こえた地下鉄の階段へと支線をやると、案の定白いマントをなびかせながらなんだか焦るように駆け寄ってくる白い影が。
噂をすれば、ダブルトレインのサブウェイマスター…クダリだ。
「ナマエ!!イッシュからいなくなるって本当?!」
私の元まで息を切らして駆け寄っての第一声がこれ。だから大きな声を出さないで、また動機が激しくなる。
「ええ、本当です。」
「そんな…!だってナマエ、ボクに勝つまでは絶対に通い続けるって言ってた!!」
「そのつもりでした、サブウェイマスターである貴方に一度も勝てずに泣き寝入りなんて私のプライドが許せませんでしたので。
ですが、状況が変わりました、私病気みたいなんです。なので療養する為にイッシュから旅立ちます」
「病気…?!」
クダリさんの顔色が真っ青になっていく、血の気も引いて泣き出しそうになりながら私の体に触れたらいいものか、どう気遣えばいいのかと、可哀想な程に動揺している。
一応、心配してくれているんだろう。気持ちはありがたいけれどもう本当に放っておいてほしい、先ほどから動機が激しくて体調が悪化している。なんだか熱もでてきたみたいだ。
「な、ならボクもついてく…!ナマエ一人暮らししてたでしょ?病気なのに一人で遠くに行くなんて…」
「結構です、クダリさんにそこまでしてもらういわれはないで−」
「あるよ!!」
刹那、力いっぱい抱きしめられ不覚にも瞳を大きく見開いて驚いてしまった。
己の鼻孔をくすぐるは、目の前の彼から香る砂糖菓子のように甘く優しい香り。それなのに私の肩を、背を離すまいと力いっぱい抱きしめてくる腕は、間違いなく男のそれだった。
ばくん、ばくん、
心臓が暴れ回る、とんでもなく、自分では制御できないほどに。
ああ、熱い熱い。頭がゆだってきた、ああだめで思考回路も麻痺してきた、これはとんでもない病気だ。
「は、離して下さい!!なんなんですか急に!!」
「ナマエボクに勝つまで絶対にどこにも行かないって言った!ボクに会いに来てくれるっていった!!だからボク絶対、絶対負けられないって思って全力でナマエとバトルしてたのに!!」
「な、なんで」
「ナマエに会いたかったから!!会いに来てくれるの凄く嬉しかったから!!」
「し、知りませんよそんな事!!とにかく離してください!!病人だって言ったじゃないですか!!」
「やだ!!ナマエがどこにも行かないって言うまで離さないよ!!」
「私だってクダリさんと離れたくなんてないですよ!!」
口からでてからハッと手で塞いだけど、時すでに遅し。その言葉は確実に目の前の彼に届いてしまったようで、
彼が私の顔色をうかがうために、おずおずと体を離して顔を覗き込んできた。
瞳にうつる彼の表情は、最初は困惑気味に控えめなものだったのに、私と目が合うなり、目をまるくして顔を赤らめてしまった。
「ナマエいまなんて……」
「…?、???、え、…え?」
「なんで不思議そうにしてるの?自分でいったのに……って、ナマエ顔すっごく赤いよ」
「び、病気だからです!!」
「病気っていう割には元気いっぱいじゃない…?」
「元気じゃないですよ!!今だって、もう…凄く心臓が鳴っていて、体もあつくって、むね……くるしくて、もう…わたし」
私の肩を掴んだ状態で、私だけをその目に捕らえているクダリさんに、思考回路が言うことを聞かない。
ああ…ああ…、どうしたんだろう私。
クダリさんが目の前にいるというだけなのに、なんでこんなに胸がくるしいの?彼の声を聞くだけで何故全身の血液が沸騰するが如く騒ぐの?視線を一心に受けているというだけでもう、涙が浮かんできてしまうほど恥ずかしい。
「ナマエ?」
「い、いや…!名前呼ばないで!!」
「…かわいい」
「!!」
お世辞でしょう、ただ可愛いと言われただけだ。こどもだって言われる単語。
彼の声で、とびきりとろけてしまいそうな甘い声でそんな台詞。
どくん、どくん、どくん、どくん、、、
視線を地に落として、顔の熱を冷まそうと首をふった。
やっぱり病気だ、誰かにうつしてしまう前に早く、早くここから旅だって治さなくては。
「…ボク、ナマエのその病気の名前知ってるよ」
「えっ」
「診断できる、ほら」
肩を掴まれていた手が背に回されたかと思った途端、ぐいっとクダリさんの方へと引き寄せられ、あろう事がクダリさんは私の胸に耳を当てて目を閉じた。
「っ−−−−−−?!」
「すっごい、早い音。心臓破裂しちゃわない?」
「だ、だから!それはびょうき…!」
「うん、だからね。それきっとボクと同じ病気だよ」
クダリさんは何故か嬉しそうに目をたれて笑い、私の手を取ると今度は自分の胸へそれを持って行き、私に自分の心音を伝えてきた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
「え、はや…い」
「うん、ね?だからいっしょ。ナマエとボクの病気一緒だよ」
「え、え…それはどういう……?」
「決まってるよ、
これは−−−−」
ガタンゴトンガタンゴトン!!!
直後、地下鉄が到着して。クダリさんを突き飛ばす形で地下鉄に飛び乗った。
ドアが閉じるのと同時に扉に寄りかかって、胸部の服を握りしめてへたりこんでしまった。
ああ…顔が熱い、熱い、熱い、
自分の頬を両手で包み込んで、苦しくて甘すぎるこの病気に項垂れた。
情けない、恥ずかしい、
恋の病…とは、よく言ったもの。治す薬なんて…どこにもないんじゃないか。
どうやら……私は、イッシュ地方からは旅立つ事は出来ないようだ。
彼、クダリさんの傍から離れるなんて………切なくて悲しくて病状が悪化してしまうもの。
鼓動
(おかえりナマエ、だめだよ病気なのに無茶しちゃ)
(この鼓動を納める方法を知っていますか?)
(ううん、知らない。もっと激しくさせる方法なら知ってるけどね!だから、)
(一緒にこの鼓動のリズムを、楽しもう!)
2012/04/24