14.指切り 2

***







 遡る記憶は、今でも鮮明に蘇るキミの姿−−−。




「ボク、ナマエちゃんが大好き!」
「ありがとうございます…」


 とある病室で、点滴を打たれて、ベットに腰掛けたままで己のヨーテリーの頭を愛おしげに撫でる彼女。

 白い肌で、儚げに笑みを漏らす彼女は…美しいと思った。


「だから、はい!お見舞い!」
「わあ…綺麗な花束。ありがとうございますクダリさん」


 彼女は花が大好き、だから彼女にお見舞いに行く時はいつも花束を持って行った。そしたらその花にも負けないぐらい可憐で、可愛い笑顔が返ってくるからボクまで嬉しくなって、この日課が楽しみだったりする。


「ん?ナマエちゃん、またアレ見てたの?」
「はい、丸一日病室にる生活じゃ…することも限られてきますので」


 彼女の視線の先には控えめの大きさのテレビ。そこに映るのは前にテレビで放送されたものの録画映像。彼女はこの映像を何度も、何度も見て日々過ごしてる。

 画面に映るのは黒の車掌、ノボリ。

 凛々しい面持ちで、地下鉄というバトルフィールドに立って寸分狂わぬ指示をポケモン達にくだしてバトルしてる。



 ノボリはナマエちゃんの憧れなんだって。
 病気で辛い入院生活を強いられているナマエちゃんにとって、ノボリの存在はあこがれで…生きる希望そのものだった。


「ノボリさん…凄いですよね。
こんなに強いのに、ポケモン達に負担かけすぎないようにって気に掛けてバトルして、それに相手への配慮も忘れないんですね…。
こんなに全力で、戦って、強くって……諦めを知らないノボリさんの瞳…私好きです」


 ずきり、胸が痛んだ。

 だって、テレビ越しにノボリを見るナマエちゃんの目がとろんって…してるから。恋…してるみたいな。


「いつか会いたいな…」
「…ノボリに会いたいならバトルサブウェイのシングルトレインに乗って勝ち進まなくちゃね!」
「でも、私じゃとても体力が…」
「なに言ってるの!絶対病気治すんでしょ、治してバトルサブウェイにおいでよ。ヨーテリーだって楽しみにしてるよきっと」
「ふふ…そうですね」


 ナマエちゃんはクスクスって笑って、ヨーテリーののど元を指で撫でた。
 ヨーテリーは気持ちよさそうに目を細めてナマエちゃんにすり寄ってる。


「この子も…クダリさんが一緒にバトルしてくれて、サポートしてくれたから捕まえる事が出来て、出会えた子でした。
でないと私は一生ポケモントレーナーになれなかったかも。ありがとうございます」
「お礼なんていいよ、だってボク約束したから」
「約束…?」
「ナマエちゃんが望むもの、全部あげるって!」


 ね!って、笑って膝ついて、ベットにいるナマエちゃんの顔を覗き込んだら、ナマエちゃんはきょとんって目を丸くして…照れくさそうに笑った。


「指切りげんまん、ハリセンボンのます…でしたっけ?」
「そうそれ!本当だよ!なんでも言ってね!」
「ありがとうございます…
でも私、そんなに多くのものは…望んでないんですよ

だって、クダリさんが沢山、たくさん、くれたから。
絶望しかなかった私に笑顔を、このヨーテリーという友達を、外の世界のお話を。

そして、生きる事への希望を。

私、もしかしたら今が一番…人生で楽しいかもしれません。」


 満面の笑顔で、照れ隠しなのか自分の口元に手をあてて笑う彼女に胸の奥がぎゅうっって苦しくなった。

 大好き、大好きだよ、本当に。本当に。


 でも、でも、キミが一番にのぞむもの…分かってて。

 ノボリだって、知ってて……気づかないふりしてるボクは酷いでしょ?


 でも、ノボリあげたら、ボク…ナマエちゃんにとっていらなくなっちゃうから……だから、だから、

 ごめんね。。。


「−ね!元気になったらどこ行きたい?このまえみたいにまた病院ぬけだしてもいいよ!」
「もうっ、またお母さんに怒られるのは怖いからこりごりですよ…!
でも、クダリさんとだったらどこへ行っても楽しそう。」


 ボクの頬に、彼女の手が触れた。
 冷たくて、細くて、でも…優しい。気持ちよくて、愛しくて思わずそれにボクの手も添えていた。


「ん?なあに?」
「クダリさんの、笑顔大好きだから…。
クダリさんの笑顔を見ていると、暗闇しかなかった私の心が…光で満ちるから。
いつまでも、変わらない貴方でいて下さいね…」
「…もう!なにそれ殺し文句!!」
「えぇ?」


 真っ正直に本音を口にする彼女のそんな恥ずかしくて嬉しい言葉に、顔を真っ赤にしちゃって慌てて、そんなボクをみて笑う彼女がいて。

 こんな時間が大好きで、大好きで。

 ずっと続けばいいって思っていた、のに−−−。









 この数日後、ナマエちゃんは天国へ行ってしまった……。


 容態、悪化して……家族と…駆けつけたボクに看取られて……遠い所へ行っちゃった。



 結局、ボクは、彼女に嘘をついたままで。

 彼女に、彼女がほしいっていうもの全部あげるって言ったのに。

 それをあげられないまま……彼女はもう二度と手の届かない所へ、行っちゃった。



 だから、届けばいいのにと。

 彼女に、この贈り物が届けばいいのにって……もうボクには、それを知る術はなくて、一欠片の奇跡にすがって…最後に、彼女に贈った贈り物が“コレ”だった。








「………雨、あがりましたね」


 ナマエ様の弔いの葬儀場を後にしてしばらく…、雨があがった事に気づき傘の隙間から空を見上げた。

 真っ黒な雲間から見えるはうっすらと光り輝く太陽の光。あれほどの大雨の後に太陽が顔を出すというのなら、虹が見れるかもしれない。


 なんの変哲もない雨上がりの並木道、あの大雨のせいで通行人は誰もおらず、地面には大きな水たまりがいくつか伺えた。

 足下には未だについて離れないナマエ様のヨーテリーの姿が。

 白の傘を畳んで、今度こそしっかりと空を見上げた。

 ああ…晴れて良かった。雲間から差し込む太陽の光はまるで天への道しるべのように地上に伸びていて、これならナマエ様も迷うことなく天へ行けるだろうと…そんな縋るような事をぼんやりと考えた。


「…ヨーテリー、何故あの時。わたくしを呼んだのです?」
「わん!」
「ナマエ様が一番に欲しているものを、貴方は分かっているでしょう?何故わたくしだったのです?」
「わんわん!!」
「な……んで、
ノボリじゃなくてっ
ぼくの服ひっぱったの…!!何で最後にナマエに会わせるのっ、ボクを選んだの?!」


 涙がぼろぼろ、ボクの目からこぼれ落ちて地面に吸い込まれてく。

 なんで、なんで、なんで、、、

 ノボリを迎えに来たんじゃなかったの?なんでボクの服ひっぱって連れてきたの?ナマエちゃんが最後に会いたかったの…ノボリでしょ?そうでしょ!?


 我ながらなんて呆れた悪あがき。


 キミが欲しいもの、ノボリだと思ったから…ノボリの格好して、ふりして最後に会いにいった。


 でも、でも、やっぱり。最後だったから…キミに会うのも、触れられるのも、ボクの想いをあげるのも最後だったから。


 ボクから、キミに捧げたのは
 バトルサブウェイでボクが普段かぶっている、あの白い帽子。


 いつか、あれをかぶってみたいって言ってたから。あれかぶって…ボクみたいに笑ってバトルしてみていってキミが言ってくれたから。


 ボクの笑顔、好きって言ってくれたから。


「ふ…っ
く、ぅ……!!」


 あれ、天国でかぶって。
 キミが、キミが、今度こそなんのしがらみもなく、自由に走って笑ってどこへでも行けるように。


 キミが死んじゃった今でも、その先のキミの幸せを……誰よりも願ってる。



「うあああああああああああっっ!!!!
あああああああああっっっ!!!!!」


 今まで泣くの、我慢してたから、一度緩んだその感情は自分じゃ止める事が出来なくて、空に響く程の大声で泣きわめいて、地面に崩れ落ちた。


 笑顔がすきって言ってくれたから、ぼく…なかなかったよ?キミを看取った時も、キミが固く、固く目を閉じるまでずっと笑顔でキミを送り出した。


 でも、もう…いいよね?だって、だって、キミがもう…手の届かない場所へ行ってしまったんだから。

 この泣き顔は、きっともうキミに見られる事はないんだから。


「ナマエ…!ナマエっナマエちゃ…!!すき、すきだよ…!だいすき…っっ
ほんとは、ずっと、一緒にいたかった…!!やだ、嫌だよぉっっっ!!」


 涙が、とめどなく溢れる。涙と一緒にナマエとの想い出が心の底からいっぱい、いっぱい溢れてきて、ナマエへの気持ちが抑えられなくて、悲しくて苦しくて辛くて愛おしくて泣いた。

 泣き崩れる、ボクの元へヨーテリーが寂しげに喉を鳴らしながら寄り添った…。ボクの手に自分の体をすり寄せて…ふるふるって体を震わせてた。

 たまらず、ヨーテリーを思いっきり抱きしめた。


「ねえ…ッ、ぼく、ぼく、ちゃんと約束守れたのかなぁ…っ?
ナマエが、願っていたもの…全部ちゃんとあげれた?ナマエのこと…幸せにしてあげられた?」
「クゥン…」
「っく…!ナマエが、最後に会いたかったの…ぼくだって、うぬぼれてもいいの?」


 もし、もしそうだったら、

 ボクはどうやらハリセンボン飲んで死ぬことは出来そうにない。


 だって叶えてしまっているんだから。


 それならボクは、キミが、ナマエが、好きだって言ってくれたボクのままで、いつもの笑顔で日々を生きるしかない。


 ボクがボクのままでいること、それはキミが願っていた“幸せ”だったから。


 いつか、いつの日か…愛しいキミと再会出来る日まで。
 ボクはバトルサブウェイで、勝ち続けてその自慢話しをキミにするって誓う。


 その時は、二人一緒に満面の笑顔で笑い話をしよう。ボクが大好きな君の笑顔で、キミが好きだと言ってくれたボクの笑顔で。



 約束は、その時全て果たされるって…信じてる。  











指切り
(暗い暗い闇の中で、貴方の笑顔は私の希望でした。
ねえ、まるで今日の天気みたいじゃない?

雲間から差し込む光、地上を暖かく照らす光が貴方でした。

貴方がしてくれたあの日の指切りは、私のなかでずっとずっと…光として生きています。)







2012/05/31


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テーマ「人外ファンタジー」
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