11.微糖 2

***








 どれぐらい走っただろう、

 ぼろぼろ流れ落ちる涙は頬を伝って、地面へとくだる。

 途中下車してしまったから、見知らぬ駅だった。周囲を見渡してみても知らない人、知らない町並み。 
 そんな中で目があった通行人の一人は、私を見るなり訝しげに顔を歪めて通り過ぎていった。

 ふと、ビルのガラス扉越しに映った自分の姿を見て、その意味を理解した。


 酷い、顔…。


 今にも死にそうとい言ったらそうじゃないだろうか?
 泣きすぎて目は腫れてしまっているし、生気がない色をしている。ひっくひっくと肩をふるわせて、泣き止めない女一人は、さぞかし悪目立ちしてしまうんだろう。


 もう、どうにでもなれ…だ。


 頭の中を空っぽにしたくて、それでも脳内はクダリさんの事でいっぱいで、そんな自分に嫌気がさして……休もうと、近場に伺えた公園のベンチを目指して、おぼつかない足取りで歩き出した。


 と、その時だった。


「プラズーマ!
我らプラズマ団!!ポケモン達の開放を唱える者たちだ!!」
「ポケモントレーナー達よ!!おとなしくポケモンを差し出せ!!」


 公園に、突如現れた全身水色の衣服を纏ったプラズマ団という人たち…。

 公園にいた人々から、手持ちポケモンを己のポケモンへ乱暴な命令を下して強制的に奪って行っている。平穏だった公園はあっというまに阿鼻叫喚まじりの混乱の戦場へと変わってしまった。。。 プラズマ団…。
 そういえばニュースで見たこと、あるなぁ。


 もう意識は朦朧としていたので、そんな暢気で的外れな感情で立ちすくんでいると、プラズマ団の一人が鼻で笑いながら私の腕を掴み上げた。


「痛…っ」
「お前もポケモントレーナーだな!!ポケモンを開放する!ポケモンを差し出せ!!」
「いや、よ…!!」
「生意気なっっ」


 バシッ!!と、痛みが頬に走る。平手打ちをくらってしまったようだ。
 じんじんと痛むそこを掴まれていない方の手で押さえて、私を引っぱたいたプラズマ団の男を睨み付けた。


 今日はなんて最悪な日なんだろう。クダリさんにふられるだけじゃなくて、こんな意味の分からない集団にからまれてポケモンを差し出せ?ふざけてる。


「嫌っていったら嫌!!離してよ!!」
「こっちはお願いしている訳じゃないんでな!無理矢理にでも奪ってやる!!」


 抵抗して、暴れると男に首を爪が食い込む程に押さえつけられて、腰に控えているモンスターボールへと手を伸ばされた。

 その光景に冷水をかけられてしまったかのように頭が真っ白になる。


 だ、め…!!みんなが奪われるっっ



「シビルドン!10万ボルト!!」


「ぇ」


 目の前でバチバチと電撃がはじけ飛んだ。

 そして男の叫び声、10万ボルトが直撃した男はそのまま地面に倒れ込んでしまった。


 え…この声は、嘘。だって……。


 未練がましくて高鳴る心臓を押さえながら、声がした方へ…視線を向けると。そこは白。私の大好きな白…………息を切らせて、珍しく目をつり上げてシビルドンを従えているクダリさんの姿があった。


「クダリ…さん?」

「ナマエちゃん、怪我っ」

「なんだお前は!!」


 クダリさんの存在に気づいた他のプラズマ団達は、あっという間にクダリさんを取り囲み臨戦態勢を取った。集団で襲おうとでもいうつもりなのか、どこまでも汚い。


「お前、見たことがあるぞ!!サブウェイマスターのクダリだな!」
「ここに居合わせたが運のつき!お前のポケモン達も我らプラズマだんがっ」

「邪魔」


 ふふ…って、笑い声が聞こえた。

 クダリさんは帽子のつばを握って、深くそれをかぶりなおすと、その隙間から刃物よりもギラついた怒りの含んだ視線でプラズマ団達を牽制、口元は…笑っていた。

 ビリッ…と周囲の空気が、急降下したような錯覚に陥る。


 彼は、怒っている…?


「ボク、ナマエちゃんに用事がある。
君たち邪魔、どいて………言っても聞いてくれないんなら、
−ボク、すっごく本気なバトル…しちゃうよ?」


 白いコートをはじいて駆けだして、シビルドン、デンチュラを呼び出して指示して戦う彼の姿に、見とれてしまう…。

 長い軸足を動かす様は踊っているかのよう。長い腕をふってポケモン達へ指示をくだす様はまるで指揮者のように優雅。
 狂気じみた瞳で、口元へは笑みを浮かべたまま相手の動きを見逃さない白い彼は、天使か、それとも−。


 こんな日に、こんな状況ででも、彼に見とれてしまっている私は…重傷だ。







***



 少しして、あんなに沢山いたプラズマ団達はクダリさん一人に倒されてしまった。

 激闘の後が地面に倒れているプラズマ団達と、未だ収まらない砂埃から伺える。こんなにも激しいバトルを一人でやってのけたというのに、クダリさんは涼しい顔をして手持ちポケモン達の頭を笑顔とお礼の言葉付きで撫でてあげていた。

 普段…ノーマルのダブルトレインでどれだけ手加減してくれていたんだろうこの人。

 公園にいた人々はその混乱に乗じて自分たちのポケモンと再会して、涙ながらに抱き合って喜んでいる。

 これだけの騒ぎになったんだから、警察が駆けつけてくるのも時間の問題かな。


「ナマエちゃん!」


 現状のめまぐるしさについていけないで、呆然と立ち尽くしていた私の元へクダリさんが余裕なさげに駆け寄ってきた。
 逃げる間もなく、肩を掴まれて捕まって心配そうに顔を覗き込まれた。


「大丈夫?!怪我、してない?!」
「だ、だいじょうぶ、で、す…!」


 なんでここに?とか、そんな事を聞く余裕、ない。
 クダリさんの肩を押し返して、慌てて距離をとる。

 今はまだ、会いたくない。また泣いてしまいそう。


「助けてくださりありがとうございました、もう大丈夫なので失礼します……」


 身を翻してこの場から去ろうとしたのに、クダリさんに手首をやんわり掴まれて動きを制止されてしまった。

 驚いて、顔をあげるとクダリさんは不敵に、にっこり笑って、また私との距離をつめてきた。

 腰に手をあてられて引き寄せられて、もう片方の手で首元を撫でられた。
 びくり、跳ねる体。


「本当に大丈夫?ここ、赤くなってる」
「さ、先ほど、ちょっとだけ首をしめられてしまったのでその時にっ
は、離してっ」
「さっきのプラズマ団の男のせい?跡、のこったらやだなぁ。」


 視界が、真っ白に染まる。

 クダリさんが身をかがめたかと思ったら、首もとに柔らかな感触。

 ちゅうっと、音をたててそこへ口づけられた。


「ひゃっ?!」
「…まだ消えない、ちょっと強めに吸っていい?」
「やっ、ちょ、待っ、
ぃ?!」


 宣言通り、今度は先ほどよりも強めに吸い付かれビリッと痛みがはしった。

 え、わ、嘘…っ、歯たてたっっっ、今噛みついてき、た…っっ

 拒絶を示して、彼の肩を強く叩いたけれど、そんなのびくともしなくて、更に体をすり寄せられ、行為を続行される。


 はむはむ、ちゅうちゅう、がぶがぶ。

 確実に痕が残ってしまう…っ。なんで、こんなっっ。

 体あつ、い。首もとに全ての熱が集中してしまったかのように痺れる。

 って、ちょっと離れた所で見守っているクダリさんのシビルドン!!なぜ顔を真っ赤にして自分のひれで目元を隠して慌てているのか!?そんな反応するぐらいなら自分のご主人様の行動を止めて!!!


「くだり、さ…!やぁっ」
「痛い?ごめんね、でもボク今怒ってる」
「な、なんっで…?」
「なんでボク以外の人に、触られちゃったの?」
「え…」
「ボクは、ナマエが好き」


 呼吸を忘れた。

 いま、なん…て?


 驚きすぎて、全ての思考がストップしてしまった私。
 クダリさんはやっと首もとから離れると、鼻と鼻がつきあわせてしまう程の距離で私を見つめ…切なそうに目を細めた。


「さっきは、バトル終わってからお返事するね…って意味だった。けど、ボク言葉たらずだった、誤解させちゃってごめんね」
「え………え?」
「ナマエ、ずっとボクが好きだったって言ってくれた。それ、いつから?
もしかして、ポカブが迷子になっちゃったあの日から?」
「!!」


 覚えて、いてくれた。

 私がこのライモンシティに引っ越ししてきた初日、ポカブが迷子になってしまって…。でも土地感がなく、知り合いもいない私は一人で泣きながらポカブを探していて。
 そこに駆けつけてくれた一人の車掌さん。



『きみ、どうしたの?え?ポカブが迷子??
ならボクも一緒に探してあげる、だから泣かないで』



 それが、クダリさんとの出会いだった。


 そのあと、ポカブは遊園地で一人蹲っていた所をクダリさんが見つけてくれて。
 ろくにお礼も言えなくて、クダリさんは仕事の途中だったらしいから急いで戻っていってしまったから。満足にお礼も言えず、彼がバトルサブウェイのサブウェイマスターだというのは後々知った。

 お礼を、言いたかったけど。私の事なんて覚えていないだろうと思って怖じ気づいてずっとこの話しを切り出せずにいた。


 でも、クダリさんは覚えていてくれた。私との、あの日の出会い…!


「ご、ごめんなさい…!ずっとお礼を言いたくて、でも、覚えてないって言われたらと思ったら怖くてっ」
「あの日、ボクが泣いてるナマエに声かけたの、偶然じゃない」
「え?」
「ナマエ、その日に地下鉄乗った。ポカブを膝にのっけて。きょろきょろあたり見回して落ち着きなくて、大きな荷物も持っていたから凄く目立った。その時、ボク同じ地下鉄に乗ってたの」
「のっ!?う、うそ?!」
「ポカブに向ける視線があったかくて、かわいくて、見とれちゃって。
声かけようか迷っているうちにナマエは列車から降りて、ボク凄く後悔した。
でも…ね、これ」


 クダリさんは自分のポケットからピンクの、タブンネの刺繍が施されたハンカチを取り出した。
 どこかで見たことがあるそれは…私がなくしてしまったハンカチに酷似していた。


「あの日、列車に忘れていったんだよ」
「え?!」
「それでボク、これチャンスかもって思って。話しかける口実になるって思って、これ持ってナマエを追いかけたら……あの出会いの始まり」 おでこをつきあわされて、くすぐったそうに微笑まれた。どこか困ったようで、でもそれは自嘲ともいう色の声。


「このハンカチ、わざと返さなかった。保険になるかもって。また出会える口実にしようって思って。そしたらナマエの方から挑戦者として来てくれて、何度も会いに来てくれて。
それに甘えてずっとずっと返せないでいた。ナマエにばっかり会いに来てもらって、嬉しくて…現状に甘えて、傷つけちゃったのはボク。ボクから言いたかったのにゆっくりしすぎてナマエから告白、させちゃったから。
だから、ごめんねって」


 カァッと、顔に熱が集中した。

 あの時の、「ごめん」はそういう…意味?!


「わ、私っっ、クダリさんにふられてしまったんだと思っ、て……!!それにバトルしようなんていうし、相手にされていないものだとばかりっ」
「ナマエ知ってた?」
「何をですかっ」
「バトルトレインは全部、監視カメラついてる。バトルビデオの為に。
だからバトルするのさぼっちゃったらノボリやみんなにバレちゃって怒られるし、……なにより、告白とか……みんなに丸聞こえだよ?」
「!!!!!」


 恥ずかしそうに笑った所で、クダリさんの顔はにやけていて、至福の味を隠せていない。

 え…嘘?つ、まり…?さっきの告白、、、皆様に全部ばれている?!     


「わ、わたしもうバトルサブウェイにいけない……!」
「え、なんで?!来てよ!ボクのとこ来て!!」
「だ、だって恥ずかしくてもっ」
「みんなには前からナマエがボクの好きな子!って話してるから大丈夫だよ。今更だよ」


 ドクン心臓がはねた。

 好きな子、クダリさんの口から紡がれた言葉に目眩。

 ふわふわ、くるくるする頭。
 これは、夢…ですか?好きな人に好きだと言って貰えている…これは奇跡ですか?


「ふふ、ナマエ顔まっか。なのにまた泣きそう」
「だ、だって…う、うれしくて……ゆめみたいで、
クダリさんが好きだなんて言ってくれるなんてっ」
「これからは何度でも言うよ、すき、すき、ナマエが好き。
笑った顔も、怒った顔も、泣いちゃった顔も、全部好き…可愛い」


 額に、目元に、頬に、クダリさんの唇が寄せられる。

 ちゅっちゅって聞こえるリップ音は、まるで子供の挨拶みたいでくすぐったい。


「だから、もう他の誰かに痕つけられないで。
ボク結構嫉妬深い、今もさっきの男シビルドンのようかいえきで溶かしちゃいたいぐらい
ナマエは、ボクのでしょ…?」
「ぅ、う…っ」
「ね、うん…って言って?」
「は、い…!私も、クダリさん…だいすきでっ」


 後頭部に手を回されて、引き寄せられたかと思ったら唇にクダリさんのそれが与えられた。

 キス、された。

 やわらかくて、あたたかくて、ふやけてしまいそうなほど甘い。


 わざとらしく、ちゅっと音をだして名残惜しそうに離れ、クダリさんは幸せそうに破顔して私を力いっぱい抱きしめてきた。


「ナマエすき、大好き!」
「くだ、りさん…っ、クダリさん〜〜っ」


 嬉しくてうれしくて、幸せで涙がにじんだ瞳を彼の胸元に押しつけてきつく、抱き返した。


 なんて長い道のりで、互いに遠回りしていたんだろう。
 なんて、ほろ苦くて甘いお話…。


「ねぇ、ナマエ」


 私の髪を愛しげに梳きながら、クダリさんは密かに笑みを漏らした。


「やっと、捕まえた。
もう…逃がしてあげないよ?」








微糖
(あ、そういえば僕らすっごく目立ってるね!メディアに写真とらちゃってるみたい)
(え!?)
(この騒ぎなら仕方ないよね、うん、サブウェイマスターに恋人!みたいなスクープ載っちゃうかもね!)
(あ、う、恥ずかし…っっ)
(ボクの恋人は、嫌?)
(最高に幸せです!!)
(ボクも!だから、)

ボクに愛されちゃう覚悟、してね…?






2012/05/24


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