14.指切り

※悲恋
※夢主が死んでいる









 ザーーーー
ザーーーーーーーーッ




 まるで空が大泣きしているかの様な大雨の中。

 とある人の葬儀が静かに…ひらかれていた。


 小さな会場で、そこに集まるはその者の友人、親族…。

 皆が皆、涙に暮れ、悲しみにすすり泣く声が会場全体を包んでいた。

 その会場の中央には…まだ年若い少女の姿。大勢の人々に見送られ、この世から別れを告げようとしている彼女の姿は、まるで眠っているかのように安らかだった。


「−失礼、」


 そこに、飛び込んで来た控えめのノック音。入り口に立つは全身黒いコートをまとった男の来訪者。
 その傍らにはずぶ濡れのヨーテリーの姿が。

 それに気づいた親族が彼に駆け寄り…少々驚いたように口を開いた。


「もしかして…サブウェイマスターのノボリさん?」
「はい、お初にお目にかかります。わたくしサブウェイマスターのノボリ、と申します」
「ああ…やっぱり、そうでしたか…。
この子…ナマエは、生前ノボリさんのファンで…いつも楽しそうに貴方の事を語っていましたのよ」
「左様ですか…。
…ひと目お会いし、別れを告げてもよろしいですか?」
「ええ…!ええ…!あの子もきっと…喜びますっ」


 ノボリは己がさしてきた白の傘を閉じると玄関付近にあった傘立てにそれを収納し、ヨーテリーと共に、物言わなくなったナマエへ歩み寄った。

 棺の中で白の花たちに囲まれて眠るナマエを見つめ……誰にも気づかれぬほど小さく声を漏らした。


「…だいすき」


 しゃがみ込んで、冷たくなった彼女の頬に触れる。

 頭を撫でて、閉じられた瞳をなぞり、また頬へ手を添える。


 眠っているようだ…と心の中で思う。


 ただ眠っているよう、きっとあと少ししたら彼女は飛び起きて「寝坊した!」などと良いながら自分へ照れ笑いでも浮かべてくるんじゃないかと。


 だが…もうそれは叶わないのだろう。


「これを、最後に貴女へ」


 ノボリは、棺の中の彼女の手に持参したものを握らせると…足のつま先から、頭のてっぺんまで、まるで目に焼き付けるかのようにゆっくりと彼女を見つめ…ぐっと口を結んで立ち上がった。


「またいつの日か、お会いしましょう…。」


 その時は…その時は……。





 その時はどうか、

 また、キミの笑顔が見れますように。





***








 大切な、大切な、大好きな人がいる。

 だから、彼女と指切りした。ボクの大好きなこの気持ちが、本当なんだよって事を証明する為に。

 指切りーげんまん、うそついたら…
  うそついたら……ハリセンボンのます。。。


 それ、飲んだらボク死んじゃうかな。


 死んだら……キミの所へ行けるのかな……。



 だって、ボク、キミに嘘ついちゃった。


 指切りげんまん、約束事。

 キミが欲しいもの、願っているもの、全部ボクがあげる、叶えてあげるって言ったの。


 全部全部あげるつもりだった、叶えてあげるつもりだった。

 言葉の通り、キミが行きたい場所に沢山連れて行ってあげた。キミがほしいって言ったぬいぐるみも、服もなにもかも全部あげた。
 キミがボクの笑顔が好きって言ってくれたから、ボクずっと笑っていたよ。
 バトルしているボクの姿がかっこいいって言ってくれたから、キミが褒めてくれたから、ボク…サブウェイマスターのお仕事、もっともっと頑張ったよ。


 でも、
 たった一つだけ。叶えてあげられなかった。

 ううん…違う。

 その願いを、妨害したのはボク。


 知ってたのに、気づいてたのに、知らないふりして。


 ごめんね、ごめんね、嘘つきなボクで……ごめんね。


 でも、大好きだったの。大好き。

 だから、だから……。



 キミが大好きな、ノボリに…キミを会わせてあげる事を、
 ボクはさせてあげなかった。



 わざと、会えないように…邪魔しちゃった。


 大好きな君を、取られちゃうの怖くて。それって結局、ボクが自分のわがまま通しちゃったって事で。

 キミは生涯、ノボリに会える事なく……天国へ行っちゃった。


 ごめんね、ごめんね……ボクのせいで、キミが一番欲しがっていたもの…手に掴んであげられなかったね。


 本当に、ボクがハリセンボン飲んで…死ねたら良かったのに。





***










 休日の、昼過ぎの事だった。


「ねえ、ノボリ…」


 ザァザァと音をたてて降りしきる雨を、ノボリは窓越しに眺めていた。ボクが声を掛ける手前「酷い雨ですね」なんて日常会話。ノボリに取っては…今日はただの雨降りの日。日常だった。何も知らないから。

 ノボリはなんですか、って視線を窓からボクへと移した。

 ボクとうり二つの顔をしているけど、ノボリの方がよっぱど大人で、考えもしっかりしてる。仕事だっててきぱきこなしちゃう生真面目さん。

 本当は、すっごく優しいのに。無愛想なせいで怖い人だって誤解されちゃう事もあるけど。ノボリの本質に気づいた人はみんなノボリを好きになる。

 ボクの自慢の一つなんだよノボリ。

 でもね、でもね…。
 すっごくね…羨ましかった。

 いいなぁ…ノボリ、いいなぁ…。


 あの子の、一番になれて…いいなぁ。


「……ナマエ、ちゃんって知ってる?」
「いえ…初めて聞く名前かと思いますが」
「そっか……、あのね。ナマエちゃんはね、少し前にポケモントレーナーになった。バトルサブウェイに挑戦するんだって言って、ポケモンも捕まえて、育てて、いつか絶対シングルに乗るんだって言ってた」
「そうですか、お待ちしておりますよ。挑戦者様は大切なお客様でございますから」
「でも、もう、無理」


 まぶた…重いなぁ。
 昨日からずっと泣いてたから……腫れちゃってきっと酷い顔になってる。

 ボクの声にも覇気がないから、ノボリ…すっごい心配そうな顔してる。
 なんで、の理由を知らないんだもん…仕方ないよね。

 今まで、知らせなかったのはボクだけど。


「無理…になった、
…ナマエちゃん、死んじゃった。
病気…だった、治らない病気だった、それに…負けちゃって、死んじゃった」
「左様で…ございましたか。」


 ノボリは一言だけ「すみません」と言葉を紡いで、今にも倒れそうな顔色でソファーに座っている僕の頭を撫でて、ホットミルク入れるっていって台所行こうとした。

 その、ノボリの手首を掴んで動きを止めた。
「ノボリ、お願い、ある」
「なんでございますか…?」
「今日、ナマエちゃんのお葬式………ノボリ行ってあげてよ」
「それは、何故ですか?
私とナマエ様は申し訳ございませんが面識がありません、ナマエ様を知る貴方が行くべきではないのですか?」
「ボクが行ってもナマエちゃん喜ばない、ノボリじゃないと駄目!」


 ガタッと音をたてて立ち上がって、ノボリの肩を両手で鷲づかんで、泣きながら揺すった。


「お願い、おねがい…!行ってよ…!!もう、今日おわったら本当にナマエちゃんノボリに会えなくなる…!
約束叶えてあげたい、ナマエちゃんが望んでること、叶えてあげたいの!!」
「クダリ、落ち着きなさいクダリ!」
「ナマエちゃんはノボリが好きだった!!でもそれ、ボク会わせてあげなかった、ボクはナマエちゃんが好きだったから!!
だから……とられるのこわくて、あ、わせて……あげなかった」


 ぼろぼろぼろぼろ…

 こぼれる涙をぬぐうことも出来なくて、泣きすぎて震える声でノボリに訴えた。


「最後…なんだよ……!これが、本当に…っ
お願いノボリ、お願いだから、ナマエちゃんのお葬式……行ってあげて」
「……………。」


 ノボリは黙って、ノボリの胸にすがりついて泣くボクを見つめて…やんわりとボクの肩を押して離した。

 前屈みになって、ボクと視線をあわせて、ゆっくり…首をふった。


「…貴方が行きなさい」
「ぇ」
「わたくしでは駄目です、あなたが行きなさい」
「なんっで?!駄目だ!!ボクじゃ、だめ!!ナマエちゃんとの約束、守れなかったボクじゃっ
お願いだからノボリっ、ナマエちゃんの願い叶えてあげてよ!ボクに…っナマエちゃんとの約束守らせて…!!」


 泣いて、泣いて、泣きわめいて。

 子供のとっくみあいの喧嘩みたいにノボリに掴みかかったのに、ノボリはいつもどおりの無表情のまま。でも、こんなになってるボクをみて…少しだけ悲しそうに眉を寄せた。


「…もし、今わたくしがナマエ様の元へ伺ったとしても。それはクダリの為です。
貴方が懇願したから、見ず知らずのお方の御葬式に出席し、心のこもっていない目でその方を見つめ、手をあわせろと…貴方はいうのですか?」
「っっ」
「…ナマエ様と、想い出と思いを共有していたのは貴方です…クダリ。
貴方が………ご挨拶なさい。
最後だと言うのなら……その最後を、最後まで、共にあり…見送りなさい。
それが、最愛なる者への……もっとも愛の籠もった弔いです」
「でも…でもっ、ナマエちゃんは…っ」


 ドンッッ!!

 ワンワン!!


 
 突如、玄関の扉ごしに飛び込んで来た扉を叩く…というより体当たりしたような音と、鳴き声にビクリ、肩をはねた。

 最初はなんだろうって、無視しようかって思ったけど、何度も何度も繰り返されるそれに、ノボリと一緒に玄関へと向かい、扉開けた。


「おや…ヨーテリーですね」


 ノボリは何故このようなマンションにヨーテリーが?と不思議そうに見下ろしていたけど。ボクはそのヨーテリーに見覚えがあった。

 全身ずぶ濡れになっちゃって、走ってきたから?それとも扉に沢山たいあたりしたから?ヨーテリーはふらふらしてて、それでもボク達に向かって必死になにかを訴えて吠えている。

 その首には赤いスカーフが巻かれている。この子のご主人が、この子に贈った愛情の証のそれ。ぼく…知ってる。


 このヨーテリーは、ナマエちゃんの…ヨーテリー。


「この子……ナマエちゃんの、ヨーテリー」
「ナマエ、様の?」


 ヨーテリーはひたすら吠え続ける、

 ああ、この癖知ってる。

 ヨーテリーはね、ボクと一緒でナマエちゃんが欲しがるものをナマエちゃんにあげたがる習性があった。

 むしろ、ボクよりもナマエちゃんの事分かってるのかも。

 だからこの子がここに来た理由…分かるよ、
 ノボリを迎えに来たんでしょ?ナマエちゃんに…会わせる為に…でしょ?


「ヨーテリー……迎えに来たの?」
「わん!!」


 ヨーテリーは最後に大きな声で吠えて、ナマエちゃんが一番望んでいる者の服を口で噛んで捕まえて…家の中から引っ張りだした。





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