「土下座の前に私の話を聞いてくれませんか?」
そうなんです、私セレビィじゃなくて元は歴とした人間であり、詳しく言えば人類ほ乳類化の♀なんです。もっと早くにお伝え出来たら良かったのですが、なにぶん人語が話すことが出来なくて、大変苦労していたんです。
ですから、私を拾ってくれたクダリさんとあんな事やこんな事があった時も私は無礼になってはいけないと必死に逃げたり意思表示をしていたのですが、うまく伝える事ができずに事後になってしまって本当にすみません…!!
なので、
私は土下座するべきなのか、逃げ出すべきなのか、はたまた放りだされるべきなのか、
まずは私の話を聞いてくれませんか?
昨日にお話は戻りまして、
私……気がついたらライモンシティの遊園地に居たんです。
どうやら気絶していたらしく、目覚めた時は遊園地内にぽつりとそびえる木の枝の上に横たわっていて、状況を確認しようと己の手のひらを見て驚愕したんです。
体が、ポケモンになってるって。
周囲を見渡しても見知らぬ土地で、ポケモンが…当たり前みたいに人間と歩いているし。最初は夢なんだって思ったんですけど…頬をつねってみたらしっかりと、痛くて…夢じゃないんだって……絶望して。
ふらり、目眩がして…足を踏み外して、木の上から転がり落ちた所から…詳しくお話、聞いて下さい。
「びぃ?!」
ごろごろどすん!という効果音がぴったり、という風に木の上から転がり落ちて、体中擦り傷だらけで、ずきずきと全身に広がる痛みに「夢じゃないぞ」って再度言い聞かされたような気がして心の奥底がずきずきと痛んだ。
なんで、どうして、私……ここで目が覚める前はどこでなにをしていたっけ?
思い出そうとしてもそこの記憶がぽっかりと抜けてしまっていくら考えてみても思い出せない。
むくりと、体を起こして自分が転がり落ちた地面から数メートル離れた場所に水たまりを発見して、おそるおそるその水たまりに近づいて自分の姿を映してみた…。
「っっっ!!!!」
ああ…もう、なんという事だろう。
この姿は見たことがある、実際にじゃなくて画面越しに、しかもゲームに登場したアレじゃないでしょうか?
つぶらな瞳に、淡い草木を思い出させる草色の体、透明で小さな羽根、額からは触覚が……。
セレビィ、というポケモンじゃないか。
なんで、自分がその姿になってしまっているんだろう?
わからない、わからないけど…。
頭痛がやまない、混乱した己の胸を奮い立たせて周囲へと視線を向ける。
遊園地を行き交う人々、傍らにはポケモンが。
親子の会話内容が皮肉にも聞こえてしまった「ライモンシティの遊園地に来るのはひさしぶり」と。
ライモンシティだって、この遊園地にしろ、ポケモン達にしろ…わたしのよく知るゲームの内容そのもの。
イッシュ地方の、ポケモンの世界に迷い込んでしまったの…?
それも、自分がポケモンとして…だなんて。
目眩がする、吐き気がする。
帰り道はどこ?なんでここに居るの?なんで私セレビィになっちゃってるの?
なんでひとりぼっちなの?
じわり、目頭が熱くなって涙が浮かんできた。
言葉では形容しがたい、呼吸が苦しくなってしまうほどの絶望感と、虚空感。
迷子なんて可愛いものじゃない、ひとりぼっちでゲームの世界へ来てしまった。知り合いなんて誰も居ないし、人間でもない私はどうしたらいい?
「びぃ、びぃぃ」
喋ろうと言葉を発してみても人間の言葉が喋れない、何度試してみても駄目だった。
本当に、ポケモンになってしまった。どうしよう、どうしよう、このままだったらどうしよう。帰りたい、怖い、なんで私がこんな事になってしまったの…!
「え?!あれってセレビィじゃね?!」
「うわ!!マジだ!!本物?!すげー貴重じゃん!!」
後方から見知らぬ男の驚愕の声、それは私を捕らえていたもので、おそるおそる振り向けば成人男性の二人組が、やや興奮気味に言葉をまくしたてながら、私へとモンスターボールを構えている姿があった。
え…?もしかして、ポケモンである私を捕まえようとしている?!
いや、だ!!
「びぃーーー!!」
「あ、逃げたぞ!!」
「逃がすかよ!行け!ムーランド!とっしん!!」
途端、体にぐわんっと視界がだぶる程の衝撃が走り、鈍い音をたて空高く私の体はムーランドの突進で吹き飛ばされた。
痛いなんて、抗議している暇もおびえる暇も与えられず、地面にたたきつけられて隙だらけになった私へ、また男がムーランドへ命令を下す。
「よし!弱ってきたぞ。その調子でとどめだムーランド!そのあとにその伝説ポケモンをゲットしてやるぞ!!
ムーランド!炎のキバ!!」
ムーランドの口が命令を受けてバカッと開口された、鋭く尖ったキバからは熱風が渦巻き、熱く炎を帯びたそれで私へと噛みつこうとうなり声を上げて駆け込んできた。
無理だよ…!だって、わたし、ポケモンじゃないもの…!!あんなの喰らったら死んじゃう!!
「ビィ!!!!」
嫌!!誰かたすけて!!!!
悲痛な叫び声を上げて、きたる痛みに備えてぎゅっと堅く目を閉じて体を縮こまらせた……その時だった。
「シビルルルルウーーーー!!」
「ムーーーーーーッ?!」
「び…?」
目の前で閃光が走った。
何が起きたんだろう…って目を丸くしてその閃光が生み出された先を見やれば、巨大な電気なまずが鼻息荒く、怒った風に電撃を放出させてムーランドを一撃で地に屈服させていた。
このなまずは…見たことがある、ゲームで。シビルドンというポケモンだ…!
シビルドンはドスドスと足音をならしながら、私を庇うみたいにして男二人の前に立ちはだかってくれた。
男二人は阿鼻叫喚、倒されたムーランドを抱きかかえながら一言二言悔しげに叫んでから、その場から逃げ出していった。
あの、ムーランドをたった一撃で倒したの…?このシビルドン、強いんだ。
「しびるる」
シビルドンは事が落ち着いたとばかりに私へと振り向くと、ひれで私の頭を何度かぺちぺちと叩いてきた。…もしかしたら大丈夫?って聞きたいのかもしれない。
「びぃ…びぃぃ」
助けてくれてありがとう、でもなんで助けてくれたの?私ね、いまひとりぼっちなんだよ。どこか…安全な場所はない?
そう、聞きたかったけどやっぱり口から出るのは人外の言葉。
このままここにいても、またさっきみたいな事が起きてしまう…セレビィという伝説のポケモンであるなら確実に。そうなる前に逃げなくちゃ…。
シビルドンはぱちくりと瞳を瞬かせ、少し間を開けてから私の羽根をむんずっと掴むと、何を思ったのか私の体を己の口の中に放り込んでしまった。
放り込んでしまった?!つまり食べられた?!
『びびい!?びいいいいい?!』
「むんぐぐ」
死んじゃうーーーーーー!!っと、暴れたところで、シビルドンから伝わってくる、気持ち。
だいじょぶ、ここだと、あんぜん。にんげんに、みつからない。
そう…伝わってきた。
私がいま、ポケモンだからだろうか?気持ちが、ポケモンの言いたい事が分かるだなんて。言葉では伝わらないけど、“感情”が、気持ちが音楽みたいにすんなり脳内に流れ込んできた。
真っ暗で、湿っぽくて、シビルドンの呼吸の音がコオーーコオーーって聞こえてくる正直あまり居心地が良くない場所だけど、ちゃんと私に噛みつかないようにって、空気をいっぱい溜めてほおばっていてくれるから、シビルドンのようかいえきとか、そういうのに溶かされる事もなさそうで。
純粋に、困っている私を助けてくれているんだ。なんて優しい子なんだろう。
「びぃ…」
ありがとう。
そう伝えると、“分かる”のか、暖かい気持ちを返してくれた。
***
その後、どれぐらいの時間そうしていただろう。
シビルドンの口の中で安全確保をしていた私は、時間をもてあます中で、シビルドンには全ての事情を話した。
元は人間で、この世界の事は知っているけど実在していたとは思わなかったと、私の居た世界はこんな所、だとかそんなたわいもない話し。それでもシビルドンは邪険にするでもなく素直に聞いてくれて、「?」マークばかりできっと話しの半分も分からなかっただろうけど、聞いてくれているという事が嬉しかった。
あと、シビルドンの話しも聞いたの。
トレーナーの人と喧嘩しちゃって飛び出してきたんだって。
本当は、その人にうんと甘えたくて、昔いっぱいしてもらったみたいに抱きしめて褒めてほしかったのに、最近は全然構ってくれないのが寂しいんだって。
それがうまく伝わらなくて、また寂しい思いが濃くなって、悲しくて悲しくて飛び出してきてここまで来ちゃったんだって。
迎えに、来てくれるのを待っているんだって。
絶対に来てくれるっていう自身がシビルドンにはあるみたい。構って欲しくて、こうして困らせちゃっているのかな?
でも…絶対に迎えに来てくれるって自身を持てるトレーナーさんってどんな人なんだろう?さぞかしいい人なんだろうね。
仲直り、手伝ってあげたいなぁ。こうしてお世話にもなった訳だし。
シビルドンから感じられる気持ちが拗ねちゃったこどもみたいで、それをすっきりさせてあげる事が出来たらいいな、なんて考えている時だった。
シビルドンを呼ぶ声が響く。
「シビルドン」
「!」
ふわっ、ってシビルドンからあったかい気持ちが流れ込んできた。ああ…これは喜んでいるみたい。それに、私へも語りかけてくる「ほらね、むかえにきてくれたよ、ぼくのことだいすきなんだよ」っていう自慢。
大好きなんだね、一体どんな人なのか…さらに気になってきた。
シビルドンと、迎えに来たトレーナーさんは何か会話した後で、ライモンシティーの観覧車へ乗り込んだ。シビルドンが移動すると振動で外の音が全くといっていい程聞き取れなくなるので、何の会話なのかは分からなかったけど、シビルドンは嬉しい!って気持ち以外にもやっぱり最初から募っていた不安は消えていないみたいで…。
少ししてから振動もなくなり、観覧車にのったんだって事を理解した。
かすかに聞こえてくる会話…。
「約束守るの、遅くなってごめんねシビルドン。それに、バトルであまりだしてあげれなくてごめんね。明日からはちゃんとする!」
「…………。」
シビルドンから感じる気持ちは「ばとるじゃない、みんなずるい、あたまなでてもらった、ぎゅーしてもらった、なんでぼくだけしてもらえなかったの?あまえたい、かまってほしい」そんな可愛くもいじらしいものだった。
言葉を伝えられないのは…辛いね。私もこの体になってからそのことに気づいたよ…。
シビルドンを慰めようと、口内から彼の唇をぽんぽんと撫でた時、外から疑問符を浮かべた見たいな声が聞こえた。
「ん?シビルドン、もしかしてなにか食べてる??」
ビクゥ!!っとシビルドンの体跳ねた、勿論私も。
ま、まずい…!!ここで私の存在がばれたら、この人もさっきのトレーナーの人たちみたいに私を捕まえようとしてくるんじゃ?!
シビルドンは必死に私のことを隠そうとしてくれているのに、外にいるトレーナーさんはそれに気づかずに恐ろしい事を口にした。
「シビルドン、口の中の物食べ物なら早く食べちゃってね、夕飯の時お腹いっぱいになr−」
『びぃ?!』
「え」
いっっやあああああ!!つい声だしちゃった?!
だだだだだだって食べちゃってとかいうから?!やだやだやだ!!このまま見知らぬ世界でごっくんされて死ぬなんて嫌ーーーーーー!!
声を出したことを後悔しても、後の祭り…。己のポケモンの口の中になにか居ると思ったら放っておく訳はない訳で…。
「…シビルドン、お口の中のものぺっして」
「!!、!!」
「ぺっ、しないと夕飯抜いちゃうよ」
あ…私夕飯に負けた。
シビルドンが夕飯抜き、と言われた瞬間に筋肉が強ばったのを感じて、自分は夕飯に負けたのだと理解した。
スゥっと感じる風。その直後、私の体は勢いよくシビルドンの口内から外へとはき出された。
いきおいをそのままに、くるくると体が回転して、トレーナーは飛んできた私を両手で受け止めた。
「びぃ!?」
「え、ポケモン?」
目の前が真っ白に染まる。
白い…服。青いネクタイ。白い帽子。
綺麗な穢れなき白銀の瞳を瞬かせて、私を見下ろしてくるのは
真っ白な、車掌さん。
え、あ…れ?シビルドンのトレーナーさんって・・・・まさか?!
サブウェイマスターの、クダリさんっっっっっ?!?!?
「セレビィ??」
「びぃぃぃぃ?!」
痛いーーーーーーー?!
私が驚くよりも早く、クダリさん(もうシビルドンとのセットという時点で確定だよ!!)は、私、セレビィの触覚を鷲掴みにして興味津々とばかりに引っ張ってきた。
この人こういう性格なのーーー!?ゲームじゃちらりとしか喋ったり登場したりしないから性格とかあまり分からなかったけどっっっ!!
この人への知識と言ったら、ギアステーションでサブウェイマスターをしている車掌さんで、ダブルトレイン担当で、お兄さんはノボリさんで、私の友人が彼らの熱烈なファンだという事ぐらいしか知らない!!
私、あまりバトル強くなかったし、ゲーム本編しかあまりやっていなかったからーーー!!
本気で引っこ抜かれるかと思うほど引っ張られて、相当痛かったので、クダリさんの手から逃げ出して、シビルドンの背中に隠れてぶるぶる震えた。
当の本人はもういじめないから出ておいで、とか言っている。
悪気ないと言わんばかりの純度100%の笑顔だ…!こんなにも笑顔が綺麗な人は珍しいなと、そこは素直に思うけれど、
私は、セレビィじゃないもの!!
人間よ!!って、心の中で主張すると、それに気づいたシビルドンもそうだ、そうだ、と言わんばかりにクダリさんの“セレビィ”発言に対して首を振った。
不思議そうに首を傾げたクダリさんに、手っ取り早く説明するにはどうしたらいいかと少し考えて………名前を、名乗る事にした。
シビルドンが観覧車の窓ガラスに息を吹きかけてくれて、そこに指で文字を書いた。
“ナマエ”
「……ナマエ??」
「び!!」
それが、私の名前です!!本当は人間なんですよ!
ちょっと得意げに挙手をして見せると、クダリさんはぽかんと口を開閉させたあとで「そっかぁ、ナマエ。可愛い名前だね」なんて笑顔で告げられたので、毒気が抜かれた思いだった。
この人は、服の色だけじゃなくて…心の中も真っ白……なのかもしれない。
「えーと、キミの名前ナマエっていうの?」
「せれび!」
「そっか、ボククダリ、サブウェイマスターしてる。よろしくね」
ああ…やっぱりクダリさん。
もう、ここまでそろったら絶対夢じゃ……ない!!
くらり、目眩に襲われる。ちょっとだけ…まだ夢だったらよかったのにと、思っていた気持ちが完全にここで吹き飛ばされてしまった。
私は本当に、たった一人で、、、この世界に来てしまったのね。
その後?
凄い急展開になりました。クダリさんとシビルドンを仲直り?させてあげてから、これからどうしようと途方にくれていたら、クダリさんが屈託のない笑顔で「ボクの家ここからちょっと歩くけど近い、みんなで夕飯目指して全速前進!」なんて…言い出して。全力で遠慮をしたのですが、か弱いセレビィな私はもう…力尽くで抱きかかえられるがままにクダリさんのご自宅へと連れて行かれたのでした。
連れて行かれる中で、ちらり…クダリさんを見上げれば目があって。にっこりと笑顔を頂いてしまった。
「キミ、もしかして迷子?キミのトレーナー早くキミを見つけてくれるといいね!」
「びぃ…」
いませんよ…そんな人。だって私人間だもの、それに………この世界じゃ一人ぼっちなんだもの。
不安で、辛くて…怖い、そんな感情が顔にでてしまったのか、私を抱きかかえるクダリさんの腕の力が緩んだ事が身をもって分かり、その直後優しく…頭を撫でられた。
「び…?」
「よしよし、大丈夫、キミとトレーナーが再会出来るまで、傍にいてあげるから。
だから、キミは一人じゃないから、そんな悲しそうな顔しないで」
ふわり、舞い降りるは彼の柔らかな声と笑顔。
頭に添えられた手に、なんて暖かいのだろうと思ってしまった。
気休めの言葉として感じられなかったのは、彼が本当にそう、思って言葉にしてくれたというのが分かったから。
なんだか、たまらなく嬉しくなって、、、ひっそり泣いてしまった。
2012/04/30