▽連載 | ナノ

「ポケモン、ゲットしました!」




「あの…っ、あのですね」
「モシ?」
「え、あ、はい!私ナマエっていうの。よろしくねヒトモシちゃん」
「モシモシ」
「本日はお日柄もよろしく…」

「なにをされているのですかナマエ様」


 ノボリさんからの冷ややかな視線が背中に突き刺さる…!

 少し前、私がこのヒトモシのトレーナーになりたいです!と宣言して、ノボリさんからモンスターボールを頂いたまではよかったんだけど。。。

 わたし…手持ちポケモン持っていないからっっ、ポケモンを弱らせてからゲットするっていう基礎も出来ない状態だしで、もうやけくそ!という感じでヒトモシちゃんの前に正座して話し合いの場を設けてみたりしていました。

 だって、無理矢理連れて帰っちゃうのもなんだか可哀想だし、まずはこうっ穏便に…!!


 でもやっぱりこんなやり方は斬新すぎるらしく、目の前のヒトモシは正座しながらしどろもどろで言葉をつむぐ私に距離を置いたままで首を傾げながら黙って眺めていた。

 ついにはノボリさんが苦笑混じりに私の隣にしゃがみ込んできた。


「わたくしのポケモンをお貸し致しましょうか?」
「いいいいいいいえそんな恐れ多い!!」
「このまま話し合い…という形であのヒトモシを捕まえるつもりでございますか?」
「は、はい!!頑張ってヒトモシのハートをゲットしてみせます!!」


 ノボリさんは帽子を深く、かぶり直し。そこで小さくククッと喉鳴らした。

 わ、笑われ…た??


 呆れてしまっただろうかと、どう取り繕うと慌てていると、ふわり…ノボリさんの大きな手のひらで優しく頭を撫でられた。
 でも紡がれた言葉は優しいその動作とは違って、厳しい現実を告げる言葉だった。


「ですが、ヒトモシのトレーナーになるというのはナマエ様が思っているよりも遙かに大変な事になるでしょう…。ヒトモシの育成を途中放棄したトレーナーも少なくないのです」
「そんなこと、しません!」
「−これをご覧下さいまし」


 ノボリさんはコートのポケットから電子辞書…のような物を取り出すと、文字盤を叩いてから画像を引き出し、それを私に見せてきた。

 電子辞書上に、ヒトモシの立体映像が浮かび上がっている。


「ヒトモシの性質はご存じでございますか?
ヒトモシは、人やポケモンの生命力を燃やして自分の蓄えにしているのです」
「そういえば元の世界でもそんな情報を聞いた事が」
「ヒトモシは正直初心者向けのポケモンではございません。扱いにとても苦戦を強いられるでしょう。貴女がトレーナーになったというのならヒトモシの食事は貴女がご用意しなくてはなりません」
「魂…ですか?」
「ええ、わたくしもシャンデラをパートナーに控えておりますが。シャンデラはわたくしの魂も燃やす事がございます。わたくしはもう慣れた物ではございますが…、
魂を燃やす…といいましても、加減さえすれば寿命を削るような事にはなりません。
一時的に体力は落ちますが、回復可能です。」


 そのヒトモシが加減をすれば、の話しだとノボリさんは真剣な眼差しで言う。


「加減…してくれなかったらどうなりますか?」
「魂を全て燃やし尽くされては回復もなにも出来ませんので。
体という器だけが残ります。いわば…人形のような状態になってしまうでしょう」
「にっ人形…」
「それでも、その危険の可能性があるとしてもヒトモシのトレーナーになりたいとおっしゃられますか?」


 まっすぐに…私の表情や仕草、それを逃さないように見つめてくる。
 まるで、試されているようにすら感じる。


 魂…食べるポケモン。
 ゴーストタイプだし、それは…仕方のない事なのかもしれないけれど、正直怖いけれど。

 ノボリさんと、シャンデラは見ているコチラがうっとりとしてしまう程の仲の良さだ。それはお互いの事を信頼しあっているからかな?言葉も通じないのに、ノボリさんはいつもシャンデラが何を望んでいるのか分かっているみたいに寄り添って、ほほえみかけて。シャンデラはそんなノボリさんをまるで守るみたいに、一心同体みたいにバトルで戦って、ノボリさんが勝利すると、ノボリさんが嬉しそうにするとまるで自分の事のように喜ぶ。


 わかり合えない、ポケモンじゃない。

 その子がどう動くのか、成長してくれるのかは……やっぱりトレーナー次第なんだ。


「…私、あの子に認めて貰えるトレーナーであれるように頑張ります!
怖いとかそんな理由で途中で放棄してしまうような事は絶対にしません」


 正座から立ち上がり、ノボリさんにまっすぐに向き直ると勢いよく頭を下げた。


「ヒトモシの事、詳しく教えてください!わたし、あの子と友達になりたいですっ」


 だって、あの子一人だってノボリさん言ってた。

 お母さんも亡くなって、トレーナーにも見捨てられて、たった一人…だなんて。

 私…も、この世界に一人飛ばされてしまった時どうしようもなく寂しくて苦しかったからその気持ちがよく分かる。

 一人は、寂しいよ、辛いよ。

 だから、ねえ。



 ひとりより、ふたりでいよう。



「あのヒトモシをナマエ様だと例えるなら…、あの子のトレーナーになりたいという貴女様はクダリですね」
「く…?」
「ひとりぼっちのヒトモシを愛して下さるのでしょう?
そこまで、あの子の事を考えてくださるとは…予想外でわたくしは嬉しゅうございます」


 ノボリさんがその電子辞書をしまうのと同時に、わたしの足にぺたりと何かがくっついてきた。暖かいそれはなんだろう…と視線を地面に向けると、先ほどのヒトモシがにこにこ笑いながら私の足に抱きついてきていた。


「え、え??」
「実はわたくし、ナマエ様を試させて頂いておりました」
「え?!な、なにをですか!?」
「トレーナーとして、正しくあれる人物であるかを…でございます」


 ノボリさんは膝を折ってヒトモシの前にしゃがみ込むと私の足にくっついたまま、無垢な笑顔を向けているヒトモシの頬を手の甲で優しく撫でた。


「このヒトモシについて語った事は真実でございますが…、少々ぼかした部分もございまして」
「ぼかした部分?」
「このこの気持ち、についてでございます。
結果から申し上げますと、この子は自分の置かれた状況を何も理解できておりません」


 ノボリさんの手がヒトモシから離れると、ヒトモシはその手を追いかけるかのように、よたよたとノボリさんに歩みよって、今度はその手にすり寄った。

 真っ白なその笑みは、まさに生まれたての赤子のようだった。


「厳選を手伝っていたのはわたくしですので、この子が卵から産まれた時に最初に出会ったのはわたくしでした。この子のトレーナーにはライブキャスターで事の詳細を伝えておりまして……ヒトモシの誕生を喜んでいたのも本当です。ですが、このヒトモシに会いにコチラへ向かっている途中で…先ほどお話しした事件が起き、この子は一人ぼっちになってしまったのです」


 己のトレーナーにも、親にも、ひと目も会う事なく……。


 ノボリさんは言う。
 その事件の後…、このヒトモシの親のシャンデラのお墓にノボリさんが連れてきてあげたのだと。その時に「これは貴女のお母様のシャンデラのお墓なのですよ」と、もうこの世にはいない会えない存在になってしまったのですと、説明してあげても…ヒトモシはその意味を理解出来なくて、このお墓そのものが“お母さん”なのだと思って、ずっと、ずっと…寄り添っているのだという。

 最初にこの子の姿を見たときに、蹲った姿でいたのは。

 寂しい、悲しい、辛い。

 そういった感情ではなくて、ただ単純に…お母さんに甘えていただけ、なんだ。

 甘えても、その苦しいまでの愛情に応えてくれないのに……何故こたえてくれないのかも分からないでただ、一人寄り添っていたんだ…。


「…このヒトモシ、人見知りを…しないんですね。ノボリさんにも私にも甘えてくれる」
「ええ…、産まれ持っての性格と言いましょうか…。人なつこいヒトモシというのは珍しいでしょうね。
それ故に…甘える相手が欲しいのでしょう。何も答えてくれない墓石にすら離れられずに愛情を請うほどに、この子は愛されたくて仕方がないのです」


 だって、産まれてきたのですから。

 祝福されて産まれてきた子なんだから、
 まず、まず最初に……お母さんに抱きしめて欲しかったよね、ヒトモシ。


「…私、ナマエって言うの」
「モシ?」


 しゃがんできた体制から、更に地面に肘をついて限りなくヒトモシと視線の位置を合わせて地面にへばりつく。
 ヒトモシは大きな瞳を何度も瞬かせて不思議そうに頭の炎を揺らした。


「友達に、なりませんか!」
「モシモシ?」
「うん、友達。えと…友達っていうのはね。一緒に遊んで、一緒に眠って、一緒にご飯食べたり、バトルしたり…かな?」


 一緒、という言葉にヒトモシが大きく反応した。

 その反応に嬉しくなって、顔なんかも熱くなっちゃって、うん!って大きく頷いた。


「そう一緒!もう一人じゃなくなるの、
一緒に、私と一緒にたくさんの楽しい時間、つくりませんか!」


 ヒトモシは、照れた笑顔になってしまった私につられるようにモジモジと顔を赤らめた後で、満面の笑顔で私の胸に飛び込んで来てくれて、
 抱きしめてかえすと、腕の中でヒトモシは嬉しそうに嬉しそうに身をすり寄せてきた。


「ふふっ、ヒトモシっあったかいね」
「モシ〜!」

「おやおや…。本当にバトルもしないでゲットされてしまいましたね」


 ノボリさんはそんな私達のやりとりを見て微笑ましいとばかりに喉をならして笑い、私の頭を撫でた。


「おめでとうございますナマエ様、これで貴女様もトレーナーの仲間入りでございますね。
そのヒトモシの事…どうぞよろしくお願い致します」
「はい!この子のお母さんの分までたくさん愛情を注ぎます!」
「もしぃっ」
「それは頼もしいです。
ええ、本当に…。全てを理解した上でそのヒトモシのトレーナーになってくださるとおっしゃってくださったナマエ様に、最上級の敬意を示したい程にございます。」
「ノボリさん、最初からこの子を私のポケモンにしようって思って…連れてきてくれたんじゃ…ないでしょうか?」


 だって、ベランダから迎えに来てくれた時だってヒトモシの進化形のシャンデラの技を見せてくれたし、この世界で過ごしやすくなる為に助言もしてくれるって言ってた。

 それはつまり、この世界で過ごす為には私にもポケモンが必要なんだって…気遣ってくれたんじゃないだろうか?

 それでこのヒトモシに、私を巡り合わせてくれた…んだと思う。それも決めつける形じゃなくて、全てを話して、どうするかの決定権は私に与えてくれた。

 それをした上で、私とヒトモシの気持ちを尊重して見守っててくれた。


 そうでしょう?って、目で訴えてみるとノボリさんは「なんの事でしょう?」なんて惚けて、口元に人差し指をたてて「内緒です」みたいなサインを出す。


 ノボリさんのこの優しさとか、気遣ってくれる暖かさとかに、胸の奥がきゅうってうずく。

 こういう気持ちをなんていうんだっけ…、私確か元の世界でも昔こんな気持ちをひしひしと感じた事がある。

 なんだっけ、なんだっけ、と考えているうちに、ノボリさんは地面に座ったままの私の腕をひいて立たせると、衣服についた砂埃をほろってくれた。


「ひとまずは、先ほど差し上げたモンスターボールでヒトモシをゲットしてくださいまし。
今の状態なら、なんの抵抗もなくナマエ様に身をゆだねるでしょう」
「は、はい!」


 どきどき、心臓が私の緊張を如実に表現して体内で鳴り響く。

 わぁっわぁっっ緊張する…!ゲットするのってゲームで見ているのと同じで、いいのかな?

 胸が高鳴ったままで、モンスターボール片手にヒトモシを見つめると、ヒトモシは両手を広げて「モシ!」って笑ってくれた。


「うん…!」


 それに勇気をもらって、ヒトモシの額にモンスターボールをコツンとあてると、ヒトモシの体はなんの抵抗もなく、モンスターボールの中に引き込まれていって、そこに収まった。


「えと、えと…?」
「それがポケモンを捕まえる、という事ですよ。ゲットする、とも言いましょうか」


 手の中にころんと収まったモンスターボールを角度を変えて何度も眺めて、なんとも言い切れない感情に感化されて胸がいっぱいになった。

 ヒトモシ、ゲットしちゃった…!トレーナーに、なったんだ!


 ポケットの中にまですっぽりと入ってしまいそうなほど小さいこの子に、沢山の事を教えて、一緒に学んでいきたいなんて感情も生まれて、無限に溢れる想いにどうしようもなく嬉しくなって胸が高鳴った。


「ノボリさん!本当にありがとうございました!」
「いえ、わたくしはあくまでも“助言”したのみでございますので。
では後々、バトルについてや育成について詳しくお教え致しますね」
「えっっ、そ、そんなそこまでして頂かなくても?!ノボリさんだって忙しいでしょうにっっ」
「ここまでしたのです、最後まで力にならせてくださいまし」
「で、でもっっ」
「ひとまず簡単なバトルは覚えておきましょう。バトルさえ出来ればこの世界に不慣れなナマエ様でも自由に外を歩く事も出来ますし、それに…」


 困り顔の私なんて見透かしていますよ、とばかりのノボリさんの優しい瞳と目が合う。


「クダリがいるギアステーションにも、足を運ぶ事も可能でしょう」
「!!!!!」
「おや、どうされました、豆鉄砲でもくらったような顔をして」
「な、な、なんで私がギアステーションに行きたがっている事を知ってっっ?!」
「夕食時に、クダリが仕事の話しをしている姿をナマエ様は大変羨ましそうに、寂しそうに眺めていたので。そうではないかと……違いましたか?」
「ち…っちがいま、せん……」


 一人でのお留守番は…寂しかったです。

 そう、素直に告白すると「分かっておりましたよ」なんて、心の奥底まで暖かくなる言葉をくれるものだから堪らない。

 優しすぎて泣きそうで、無性に…抱きつきたくなるほどのこの感情は…もう答えは一つしかない。


 ノボリさんは……


「では、ひとまず帰還致しましょうか。ヒトモシ先ほども伝えましたがヒトモシの育成は少々骨が折れますので詳しく説明致しましょう」
「……………」
「…ナマエ様?わたくしの話しちゃんと聞いておられますか?」


 ついぼーっとしてしまった私の肩をノボリさんが掴んで軽く揺すったものだから、驚いてつい…今まさに思っていた事が口から出てしまった。


「は、はい!!聞いてましたよ!!

お兄ちゃん!!」

「は……」
「あ…………っっ?!」


 あーーーーーーーーーーっっっ!!!!口に出して言っちゃったーーーー?!

 だだだだだだだってノボリさんっっ、本当になんだかもうお兄ちゃんの鏡、みたいな事ばかりしてくれるんだもん…!理想のお兄ちゃん像そのものなんだもん…!正直ちょっとクダリさんが羨ましいぐらいのブラボーなお兄ちゃんっぷりだと思ってしまったよ!!
 全力で甘えたい!!なんて思わせてくれるノボリさんはお兄ちゃん中のお兄さん気質の人だよと私は思います!思いました!思っただけで終わろうと思ったのについつい口にだしてしまいましたどうしよう気持ち悪がられたらどうしよう気持ち悪いからクダリさんの家から出て行けとか言われたらどうしようーーーーっっっ?!


 青ざめて心の中で大パニック。心中大混乱になってしまっていたけど、いつもそんな私をやんわりとつっこんでくれるノボリさんが、キョトンと目を見開いたままで固まっていたから、やっぱり怒らせてしまったんじゃないかと冷や汗までだらだら流れてくる。


「あ、あのノボリさん…?!もしかして怒って、ます…か?」
「ああ…いえ、怒ってなどいませんよ。
ただ…」
「たっ、ただ?!」


 ノボリさんは、何故か私から視線を反らして気まずそうに咳払いをした。


「兄と…呼ばれるのは悪い気はしませんので」
「へ」
「ナマエ様がそのように思っているのであれば…呼んで下さっても構いません」


 チラリ視線を贈られ…、その視線がまたうれしさを隠しきれていなくって。

 ちょっと、なんだか、そんな、期待に満ちた目で見られるなんて思ってなかった…!

 そういえば実の弟のクダリさんはノボリさんの事“お兄ちゃん”とは呼んでいないものね。

 もしかしてノボリさん、
 お兄ちゃんって、呼ばれたいの?


「え、えへ。でも急にはなんだか照れます、ねっっ
やっぱりノボリさん、って呼ぼうかなぁ」
「そうですか…」
「でも私、ノボリさんみたいなお兄ちゃんがいたらブラコンになってしまいそうです。
お兄ちゃんみたいって、思っててもいいですか?」
「…ええ、どうぞ」


 今まで見た中で一番優しく微笑まれて、頭を撫でられた。

 また胸がきゅんってするっっ
 こんな、お兄ちゃんが、私は、ほしかったです!!

 今は恥ずかしくて無理でも将来、ノボリお兄ちゃんなんて図々しくも呼ばせて貰えないだろうか…!いえいえでも居候ふぜいの私なんかがそんな図々しい事をっっ


「では、わたくしも」
「はい?」


 ノボリさんは、懐からハンカチを取り出すと、私にそれを握らせて、先ほど地面に肘をついて汚れてしまった肌をふくようにと促してきて…。


「心の中で、ナマエ様の事を妹のようだと思う事に致します。
「いも!?」
「ナマエ様は恥ずかしがりでいらっしゃるようなので、甘え下手なのかもしれませんが、

いつでも、わたくしを頼ってくださいまし」





 拝啓、クダリさんへ。

 友達に引き続き、どうやら私は自分のパートナーであるポケモンのヒトモシと、さらにはお兄ちゃん(的存在の人)が出来てしまったようです。






2012/06/23 




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