「ボクを怒らせたの、だぁれ?」2
***
「いたい!?」
「あら…」
最初はペチ!次はバチン!っと音がした気がする。
カミツレさんは私をソファーに組み敷いたままで私の頬にモンスターボールを押しつけてくる。
と、当然といえば当然だけど、それに捕まる事はなく、私はただひたすら頬にモンスターボールを押しつけらえて、ぐりぐりと痛い目にあっているだけだった。
うあああん!!ほっぺが変形しちゃうーーー!!
「か、かみつれふぁんっ、いひゃいれふーーー!!」
「うぅん…、やっぱりゲットは出来ないみたいね。ナマエさんは人間って事でいいのかしら?」
カミツレさんは、大変がっかりしたと言わんばかりに憂い帯びてため息をつくと私の上からどいて、私の手を引いて身を起こしてくれた。
「ごめんなさいね、ノボリ君にナマエさんの話しを効いてあげてとは言われたものの、あまりにもしびれちゃうお話だったから、手っ取り早く捕まえられるか捕まえられないかでナマエさんが何者なのか調べようって思って」
「そ、それで本当にゲットしちゃったらどうするんですか!?」
「えぇ?だから言ったじゃない。
もしゲットで出来たら私が大切に育ててあげるわね…って」
にっこり、綺麗に微笑まれて何も言えなくなって言葉を飲み込む。
うぅ…!美女の笑顔は反則だよ…!!反抗する気が失せてしまうもの。
「でも」
カミツレさんは自分の両手をぱんっと合わせて、またまた楽しげに笑った。
「こことは違う世界から来たのは確かなのよね、詳しく教えてほしいわ。魅力的でくらくらしちゃうお話……楽しそう」
うっとり、めろめろ、そんな効果音が聞こえて来そうな目で見つめられて思わず笑顔が引きつってしまいました。
か、カミツレさんってこういう人な、の…?確かにクールビューティーだけど、その、いろいろと思考が危険な気がしなくもな、い。
なんというか、刺激的な事が大好きで、それの前には盲目になるという感じがするよ…。
「ね、お話効かせてくれる?
それに、今のお礼といってはなんだけれど、貴女が元の世界に戻る手助けをするわ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、知り合いにも掛け合って情報も集めてあげるし。この世界で不慣れな事なんかも教えてあげる、異世界の友人が出来るなんてクラクラしちゃう…!!」
「あ、あはは…」
やっぱり刺激的な事が好きなのね…。異世界の友人がほしいなんて普通の人じゃ考えもつかない事だ。
「ああ、そうだわ。
ナマエさん、いえナマエ?」
「え、はい?!」
急にさんづけなしで呼ばれ、微笑まれ、挙動不審気味に声をあげると、カミツレさんは輝かしい笑顔を見せてくれた。
「クダリ君の所なんかじゃなくて、うちの子にならない?」
「え?!」
な、なにをおっしゃるのですか…?!
ご冗談を、と首を振るも、カミツレさんはどうやら本気で言っているらしく…。
私の手をがっしりと掴んで、キラキラな笑みを近づけてくる。
「最近じゃあジムへの挑戦者も癖のある子が少なくって退屈していたの。
異世界からきて、しかもセレビィだったりもして、そんな貴女といたら毎日が刺激敵で楽しそう……」
「こっっ恍惚な顔しないでください?!」
「ね、一緒に暮らしましょう。
ナマエだって男と一緒に暮らすなんて肩身狭いんじゃない?女同士気楽に一緒に暮らして、休日は女同士でショッピングもして、楽しく楽しくこの世界に慣れていけばいいわ。」
「いっっいえでも!!」
「それに、
…クダリ君の愛って、絶対重いわよ」
「え…?」
真面目な、顔でそう告げられてしまって、私は不思議そうに首をかしげる事しか出来ない。
ノボリさんも…似たような事を言っていたけど。
その真意は、まだ出会ってからそう時間が経っていない私には判断は出来ない事。
クダリさんという人物への知識は少ない、私はきっとカミツレさんよりも、彼を支えるどんな人々よりもクダリさんから遠い。
でも、そんな私でも…想う事は。
「私、クダリさんのところがいいです」
苦笑まじり、というのかもしれない。困ったように、でもそれに幸福を含ませて目尻を下げて笑った。
「私に最初に居場所をくれたのはクダリさんですので…、
それに私、彼が私をいらなくなるまで傍を離れたくないですって…宣言したばかりなので」
だから、ごめんなさい。
カミツレさんから手を離してもらって、深々と頭をさげる。
怒るかな?じゃあいらないって突き放されるかな?
今更自分の無礼な態度にびくびくしてカミツレさんの反応を待った。
「おしいわねぇ…、
貴女みたいにくらくらしちゃう存在、私が最初に出会っていたら私のポケモン達同様、愛してあげたのに。
クダリ君に嫉妬しちゃう」
なんて、冗談交じりに笑顔で言ってくれて…、カミツレさんは私の肩をぽんぽんと叩いて顔を上げるように促してくれた。
顔をあげれば優しく微笑むカミツレさん…。
「でも、貴女と友達になるぐらいはいいでしょう?
貴女の存在についてもそうだけど、貴女のその強い意志にも…興味をそそられたわ」
ポケモントレーナーになったらいい線行くかもよ、なんて笑って言われる。
「あ、ありがとうございます…!」
「あら、私は友達になりたいって言ったの。
敬語は堅苦しいわ」
「!、あ、ありがとう…カミツレ?」
「くすくす…っ、なんで疑問系?」
「え、えへへ」
照れくさくって、赤くなりそうになる頬をかいて笑い返すだけの私をカミツレ…は友達になりたいんだって言ってくれた。
クダリさん、クダリさん!私、友達が出来ましたよ…!それに、貴方のポケモンなんだって、言い切りましたよ。
喜んでくれるかな、なんて的外れの事を考えて、褒めてくれるかなとまで考えた私は、やっぱりクダリさんのポケモン化しているのかもしれない。
「あ、そういえばこんな物も持っているの」
「え、なに??」
「マスターボールよ」
ビシッッと、音をたてて石化する!!
ちょ、ちょっと待っ!?マスターボールって100%の確率でポケモンを捕まえられるっていうあの!?さすがセレブさん持っているものが凄い!!
「じゃ、じゃなくって!!私は人間だって言っ!?」
「最後、最後にするから。
これでゲット出来なかった素直に諦めるから、…ね?」
「可愛らしく小首傾げられても駄目だよ嫌ーーーーー!!」
逃げだそうとした私の首根っこを後ろから掴んで、カミツレは妖艶に笑うんだもの!あああああもうこの世界濃い人ばかりーーー!!
『シビルドン!!ようかいえき!!』
「え?!」
バシュウッって、薬品をかけたかのような焼けた音が部屋に響き渡り、それは壁を溶かし、破壊して、ぽっかりと空いた穴から私がよく知る彼が転がる勢いで飛び込んで来た。
「ナマエ!!」
「く、くだりさ?!」
「ちょっと!!カミツレちゃんナマエから離れてよ!!」
クダリさんはカミツレの手をぺちって弾いて、私を抱き寄せた。
ぎゅうぎゅうと、苦しいぐらいに抱きしめられつつ、何事かと見上げればクダリさんの額に汗が浮かんでいて、息もつかれたように切れている。走ってきて…くれたの?
「ふふ、そんなに威嚇しないで?まるで雌をとられたヨーテリーの様よ?」
「その手に持ってるのマスターボール?!ナマエはボクのポケモンだから駄目だよ!!」
「いいじゃない、一人ぐらい譲ってよ。私も彼女が気に入ったのに」
「絶対そう言うと思った!!だめ!あげない!!」
「ナマエ、クダリに飽きちゃったらいつでも私の所へ来ていいからね?」
「え、えぇとっっ」
「〜〜〜!!もう、怒った!!シャンデラ!!カミツレちゃんと遊んで良いよ!!」
クダリさんのGO!サインに、控えていたシャンデラが「でらっしゃん!」と、嬉しげに鳴いて姿を現した。
なんだかハート乱舞しているように見える、その視線の先はカミツレで…。
「ひっい!?」
「え?」
壁際まで一気に後退して、カミツレは顔を真っ青にさせてカタカタ震えている。
「か、カミツレ…?あの…もしかしてシャンデラが嫌いなの?」
「き、嫌いじゃない、わ…!苦手なのよゴーストタイプ全般的に…!!」
「なんで?」
「怖いからよ!!
って、い、いや!!近寄らないでちょうだい!!」
怯えて部屋の中をドタバタと駆け回って逃げるカミツレ、そんなカミツレが大好きなのか…シャンデラはしゃんしゃんと球体を鳴らしながら嬉しそうにカミツレを追い回している。
あ、あはは…カミツレにも弱点って、あったのね。
「ナマエ、突然いなくなったからボク…心配した」
ぎゅって、さらにきつく抱きしめられた事によって意識がクダリさんへと戻ってきた。
そこでふと気がつく、私を力いっぱい抱きしめる彼の手が…震えてる。
正直、なんでだろうって思ってしまう。
私は確かに彼に拾われて、彼のポケモンという立場で彼の傍にいる事を選んだ。
でも、震えて、いなくなる事を怯えさせてしまうほど…交流が深いとは思えない。
「クダリさん?クダリさん??どうかしました…か?」
本当は痛いぐらいだったけど、それを気にしてないというように振る舞って、彼の背に手を回して落ち着いて、と撫でてあげると、クダリさんは弱々しい瞳で私を見下ろして、額と額をくっつけてあわせてきた。
「また…いなくなっちゃったのかと、思った」
いる、ここにいる。
そんな独り言を呟いて、深く…安堵のため息を吐いた。
また、いなくなる…?
それは私の事をさしている訳じゃないのは分かった。
クダリさんが、ポケモン達を愛して執着している人だと聞いていたから…もしかして。
クダリさんは過去に、ポケモンと離ればなれになったりでも…したのかな?
憶測にしかすぎないけど。
日の浅い私というポケモンがいなくなっただけでここまで怯えるというのなら…そうとうのトラウマなんじゃないのか、な。
「私は何も言わずにいなくなっちゃりなんてしませんよ」
「…本当?」
「はい、私はクダリさんの傍に居たいですよ」
「…じゃあナマエ、居て。傍にいてよ
一人は、寂しいのは、嫌い…」
涙目になってふるふると首を振った彼に、この世界に来たばかりでハンカチなんて持っていない私は仕方なく指先でぬぐってあげた。
クダリさんの瞳が不思議だと言わんばかりに何度も瞬かれた。
「今日はもう無理な時間になっちゃいましたけど、また今度ライモンシティ見物に連れて行ってくださいね!」
「−−−−うん!」
クダリさんに満面の笑顔が戻る。
嬉しそうに微笑む。
言葉の意味を理解してくれたようだ。
また、という事は次があるから。それは傍から離れませんよという事で。一緒、という事は一人じゃないという事。
こういう形でも、クダリさんに恩返しはできるのかな?出来ているといいな…。
それでも、
いつか元の世界に戻る日が来て、彼の傍から離れるその日は……彼は笑ったまま送り出してくれるのかな?
私の両手を握って幸せそうに満面の笑みを浮かべるクダリさんを眺めて、そんな事を…考えていた。
「…ところでクダリさん。
何故…壁を溶かしてここへ来たんですか?あと…その穴から見えるジェットコースターは…?」
冷や汗混じりにクダリさん越しに見える溶かされた壁の穴と、その奥に見える黒い煙をぷすぷすと上げているジェットコースターを見やる。
ジェットコースターはカミツレさんのこの一室の前でレールの上で停止しているものの…バチバチとエンジンがショートした音と共に黙々と黒い煙を上げている。
か、確実に壊れてる…よね?
クダリさんはキョトンとしたまるで悪気はないですという風な顔で、これまたあっけらかんと答えた。
「うん?あれね、このジムのトレーナー達がここに来るまですっごく邪魔してきて面倒だったから、ボクのシビルドンとデンチュラに放電で電気あびせて勝手にスピードあげて動かした。すっごいスピードでたからショートして制御できなくて。
で、カミツレちゃんの部屋の前まで辿り着いたのに止まる様子なかったから…シャンデラのサイコキネシスで壊しちゃった!」
「壊しちゃった!?」
「えへっ」と、可愛い笑顔で首を傾げて未だ逃げ惑っているカミツレに壊しちゃってごめーん、なんて謝っているけど悪びれた様子はない。
壁…ようかいえきで溶かしたのも、もしかして入り口とか分からないから手っ取り早く溶かして入ったとかそうい…う?!
「駄目じゃないですかぁ!?」
「え?なんで怒ってるの??ボクナマエが辛い目にあわされちゃってないか心配で急いできた。」
「人様の物壊すなんて駄目ですよ!!カミツレさんだってジムの運営とかに支障きたしちゃうんじゃっっ」
「だって…!ナマエがカミツレちゃんにさらわれちゃったから」
「浚われてないです!ちょっと手引っ張られて招待されちゃっただけです!と、友達にもなれました!」
「!!!!!!!!」
クダリさんをたしなめつつ、出来事を告白しただけなのに、クダリさんはまるでガーンという効果音が聞こえて来そうなほど青ざめて、ぷるぷる震えてしまった。
「と、ともだち…!カミツレちゃんと?」
「え、は、はい。なんでもノボリさんが一言声を掛けてくれていたみたいで、それで色々とお話して友達に…」
「ノボリ馬鹿!!なんで頼んだ相手がカミツレちゃん!?」
クダリさんはヒステリックを起こした子供みたいにじたんだを踏んで、ライブキャスターを取り出すと、言葉のとおりノボリさんへ『ノボリ馬鹿!!』とメールを送信した。
…そしてすぐ返信が返ってきたらしく鳴るライブキャスター。
それを見てクダリさんがまた悔しそうに暴れていたので、ノボリさんからの返信内容の方が一枚上を行っていたのだと思います。さすがお兄ちゃん。
クダリさんはカミツレと性格合わないのかな?それともあれかな…同族嫌悪とかそういう??なんだか二人は似た面もある気がするのは私だけかな?
クダリさんは悶々としたノボリさんとのメールのやりとりを終えたあとで、キッと私へと振り返った。そ、そんな涙目で悔しげに唇噛みしめなくても…!
「決めた!やっぱりあれナマエに買ってくる!」
「?、あれってなんですか?」
「後でのお楽しみ!手続きとかあるからちょっと時間かかるけど絶対買ってあげる!」
「???」
何を買うつもりなんだろう…?
とりあえず今は考えても分からないだろうと割り切って、カミツレへと視線を向けると…変わらない、ずっとずっとシャンデラと追いかけっこしている。
クダリさんもそろそろ止めればいいのに止める気配がないので、相当拗ねてしまっているらしい。
困ったなぁって苦笑をもらしつつ、未だご機嫌斜めのクダリさんの服の袖を握ってつんつんと引っ張った。
「クダリさん、物壊しちゃったのは後でちゃんとカミツレさんに謝りましょうね」
「でもっボクナマエの為に頑張った!だから謝らない!」
「迎えに来てくださったのはとても嬉しいです、でもご迷惑かけちゃだめですよ」
「嫌!謝らない!」
「クダリさん、」
「やだってば!ボク間違った事してなっ」
「私カミツレにちゃんと私はクダリさんのポケモンですって言いましたよ」
「何度お説教されても……って、え??」
クダリさんの大きな瞳が不意をついた言葉に何度も瞬かれる。
恥ずかしくなったので、歯をにってわざとらしいぐらい見せて、はにかんで笑ってしまった。
「だから、
良くできましたって褒めてください!」
クダリさん以外の方の元へは、行かないですよ!
なんて、冗談まじりに宣言するよりも早く、歓喜に沸いたクダリさんに掻き抱かれてしまったのだからしょうもない。
出会ってから短いのにこの安堵感はなんなのでしょうか。
どうにも、
心と体の感情表現が大きすぎてついていかない…そんな気がするのは何故でしょう?
2012/06/09
加筆修正2012/06/11