▽連載 | ナノ

「クラクラしちゃう」


 ゲームで見るよりも、実際に立ったこの地は本当に“生もの”で、建物だって沢山沢山、知らないものがあったし、服屋さんや、食べ物屋、ポケモンショップにカラオケなどの娯楽施設も沢山あった。
 この地の交通機関はポケモン達の“空を飛ぶ”だけじゃなく、車やバスもちゃんとあるのだと学んだ。

 変わらないのは空の青さぐらいかな?


「うーん…」


 本日はクダリさんが仕事が休みで、一緒にショッピングに来ていた。

 クダリさんは手持ちポケモンは必ず一匹はモンスターボールから出して連れ歩く癖があるらしく、今日はバチュルを肩に乗せて一緒に家から出てきた所でした。
 バチュルはお出かけとばかりに頭に可愛い赤い小さなリボンを結んでもらっていて、とてもとても可愛いお姿になっている。
 そんなクダリさんも、いつものサブウェイマスターのコートとは違い、全体的に白をあしらってはいるけど、暖色系のシャツに、帽子をかぶった私服を大変スタイリッシュに着こなしていました。


 クダリさんファンの友達が見たら倒れてしまいそうな程かっこいいお兄さんだ…。


 街ゆく人の視線を奪って、目立つクダリさんのオーラは隣を歩いていいのかと罪悪感すら感じてしまうほどのかっこよさで。


 そして、何故私達がショッピングに来たかと言うと、この世界に来て間もない私の為にクダリさんが衣服などの日用品を買ってくれると言ってくれたのが事の始まり…。
 申し訳ないと思う反面、お金も何もない私はその好意に甘えるしかありませんでした。

 いつか!お仕事見つけて必ず恩返しをしなくては…!!クダリさんから自立しなくてはいつまでも甘えてばかりはいられないしっ

 仕事、雇ってくれる所はポケモン世界ではあるのかなぁ。なんて悠長な事を考えている私とは逆に、クダリさんはさっきから一緒に立ち寄った女性モノの服屋さんの店の中で端から端まで見回して、沢山あるそれにうなり声をあげて、その声の通り難しい顔をしていた。

 もしかしたらどれを買えばいいのか分からなくて迷っているのかもしれない。


「クダリさん、あの…私本当に2,3着あればなんとか着こなすのがんばりますし。安物でいいので、あの」
「うん、分かった!
ねぇねぇ、決まった、ちょっと来て」


 クダリさんは決まった、と満足げに頷くと店員さんを手招きして呼び、満面の笑顔で商品の服を指さした。


「これ、全部ちょうだい」
「ぜぇ?!」
「ぜ、ぜんぶーーーーーーーーーー?!?!」


 私と店員さんの驚愕の声が辺りに響き渡った時は昼過ぎ…。

 クダリさんは、かっこいいし、優しいけれど……金銭感覚は人よりもかなり麻痺してしまっているようです。




 そして、

 ノボリさんが忠告していたとおり…、私の事は自分のポケモン扱いとして見なしているようで。

 彼のバチュルのおめかし具合を見ても分かるように、彼は己の手持ちポケモンへは最上級の愛を注ぐ。

 それはつまり、私にも該当されてしまっているらしい…のです。






***




「本当にいいの??全部買わなくて」
「いいいいいいいいいいんです!!私あんな大量の服達を着こなせる勇気も魅力もないですし、顔面蒼白になってしまった店員さんに申し訳ないですし!!なにより、あんな素敵な服達全てに見合う見目でもないですし…」
「ナマエに全部似合うと思った、だから買いたいって思ったのに!」


 クダリさんはぶーぶーと頬を膨らませ不満たらたらといった感じで、歩道を一緒に歩く。

 彼の両手には巨大なアパレルの紙袋が持たれており、その中にはやはり沢山の私へと買ってくれた服が入っている。

 全部買う事は阻止できたけれど、この量…!!こんなに沢山はいいですって言ったのに嫌だ嫌だと譲ってくれずに買ってもらう事になりました…。

 クダリさんの肩からそっとバチュルを手にとって抱きかかえる。小刻みにぷるぷる震えて「なぁに?」と、大きなブルーの瞳で見上げてくるこの子からマイナスイオンを感じるよ。


「ねぇバチュル…、貴方のご主人様は寛大なの?それとも金銭感覚人よりも壮大なだけなの?」
「ばちゅ?」
「あーそれ酷い!
それにバチュルにだけ聞くのおかしい」
「?、何がですか??」
「ご主人様って、ナマエだってボクのポケモンでしょ」


 だから大好き!って…そんな天使の笑顔で、なんとも人間には言ってはいけない台詞をさらりと言っていますクダリさん…!

 私はセレビィじゃなくて人間ですって何度も言ってるのにーー!!


 気がつけば手を繋いでいて、ぐいぐいと私の手を引いて歩いてくれるクダリさんだけど。
 この手が意味する事も「自分のポケモンが迷子にでもなったら大変!」みたいな親心なんだと思う。

 えと…うん、もうポケモン扱いでもいいや。ご自宅でお世話になっている身だし、大変よくしてくださっているのは確かな事だし。

 これ以上の事はなにも望んではいない訳だし。


「じゃあ、私の事は“家政婦ポケモン”というジャンルで見てください」
「ぷは!なにそれ??」
「ご主人様の為に日々家の掃除をしたり洗濯したりの身の回りのお世話をする希少価値あるポケモンという事で」
「わあ新種のポケモンだったんだねナマエ!ボクすっごく助かっちゃう!」


 苦笑混じりに冗談を漏らせば、それに冗談で返してくれる。

 そんなやりとりも楽しいと感じるようになってきたという事は、私は着実にこの世界に、クダリさんに、馴染んできているという事…なのかもしれない。


「あ」


 突然、ぴたりとクダリさんの足が止まる。

 どうしたんだろうと彼を見上げれば、クダリさんの視線は歩道を挟んで向かい側の煌びやかな建物へと向かっていた。

 目に痛いライトアップで輝く施設、モンスターボールをかたどられた看板。
 こんな建物ゲームであったかな??


「クダリさん??あの建物がどうかしたんですか??」
「んー、ノボリがね。ナマエに女の子の友達つくったらいいって言ってた。ノボリあの子に連絡とってたみたいだったなぁって思って」
「あの子??」


 そういえば先日ノボリさんは私へもそんな事を言っていた。
 男であるノボリさん、クダリさんに相談できない事も同じ女性同士なら甘えられるのでは…と。


 一体誰の事を言っていたのかな??


「でも…んーー、ボクはあんまり仲良くしてほしくないなぁ」
「その方とですか??なぜ…」
「ボクと似た所あるから」
「?」
「気に入ったら独り占めしちゃいたくなる。べったりになる。
ボクはナマエ気に入ってるからとられちゃったら寂しい」


 ふにゃんと、眉をたれて切なそうにそんな言葉を紡がれると不覚にもきゅんときます。

 お気に入りのポケモンを捕られたら寂しいだなんて、やはりクダリさんは年齢よりも幼い…のかな?可愛らしくて、いじらしくて、放っておけなくなる。


 くすり、笑みを漏らしてしまって。思わずクダリさんの頭を背伸びをしながら撫でていた。


「私を拾ってくださったのはクダリさんで、一緒にいてくれるって絶対の安心できる居場所をくださったのもクダリさんです。
クダリさんが私をいらないって言うまで、私はクダリさんのいる場所にいたいです」
「−−−−−−。」


 クダリさんは、言葉もなく目を見開いて何か言いかけて口を開いたけど、そこから言葉を紡ぐ事はなく、その代わりに嬉しそうに…微笑みをくれた。


「えへ…、
ね、大体のものは買ったし、残り時間はライモンシティを見学してあそぼ!まだ時間沢山ある」
「いいんですか?クダリさん疲れてませんか?」
「全然!それよりもナマエと遊びたい!」
「でしたら、私も見て回りたいですっ
興味がある施設が沢山あるので、ご迷惑じゃなければ」


 二人でこれから始まるであろう楽しい時間を思い浮かべて笑い合う。


「じゃ、荷物預けてくる。バチュルとここでちょっと待ってて!」
「はいっ、待ってます!」


 クダリさんはあっという間にこの場から駆け出し、近場のデパートの中へ消えていってしまった。コインロッカーのようなものを探しに行ったのかな??

 残された私とバチュルはガードレールにもたれ掛かりながら歩道を足早に行き交う人々の波を眺めて一息ついていた。


「本当に違う世界に来ちゃったんだなぁ…」
「ばちゅっ」
「…バチュルはクダリさんが好き?」
「ばちゅるっ」
「好きなんだね、じゃあ…どれぐらい好き?」
「ばちゅーーーーーーーーーーーっっっっ」


 バチュルは私の手のひらの上で、めいっぱい両手両足を伸ばして大きく広く見せて頑張っている。まるで「これぐらい好き!」と言っているかのよう。


「大好きなのね」
「ばちゅっっ」
「なら、クダリさんのポケモンだって言われてる私も、いつかそれぐらいクダリさんの事が好きになるのかな?」


 異世界な、この世界にきて…出会ったクダリさん。いつかさよならするなら近づき過ぎてはいけないとは思うけど、ポケモン達のこの懐き具合をみても彼の人望が伺える。

 いつか、いつか、さよならする時に寂しい感情が沸いて溢れる程に好きになったらどうしよう?


 そんな途方もない事を考えていた時、周囲から複数と見られる女の子達の黄色い叫び声が聞こえてきた。


「?、なにかあったのかな?」


 黄色い声、という程だから、何かに驚いてでも嬉しそうな。

 気になって振り向……こうとしたら、突如黄色い影が私の真横に着地した。


「ひ?!」
「仕事仕事で疲れちゃう、
?、あら…貴女」


 と、飛び降りてきた?!

 私の目がおかしくなければ、今私の隣に着地したこの女の人は目の前のビルの窓から飛び降りて着地した。三階ぐらいの高さから、です!!


 あ、れ…?

 この人、どこかで見たことが……?

 金の髪に、無駄なくシュッとしまったスタイル、全体的に黄色い衣装を身に纏うクールビューティーさん、は・・・・・。

 もしかして、ライモンシティジムリーダーのっっ


「カミツレさん?!」
「ナマエさん?」


 な、何故私の名前を!?

 もう確定となる、何故ここにとか、沢山の疑問はあるけれど最大の疑問はなぜ私の事を知っているのかというお話でありましてっっ

 カミツレさんは、長いまつげを何度も瞬かせて私をじっと見つめて、眼を細めて笑った。


「やっぱり貴女が、ノボリ君が言っていたナマエさんね」
「え?!ノボリさんの事もご存じで?え?え??」
「うふふ、お話は聞いているわ。
ここではない、違う世界から来ただなんて、クラクラしちゃう」


 カミツレさんはおもむろに私の手を握ると、綺麗に微笑んで…


「私、貴女に興味があるの。ビリビリ刺激的なお話、聞かせてほしいな」
「え、あのっ、話しがみえなっっ?!」
「今私追われているの、だから一緒に来て」
「え?おわ??えええええええ?!?!」


 私の手を掴んだままで、なんの前触れもなく駆けだしたカミツレさんに抵抗の余地なく私も否応なしに走り出す羽目となった。

 あああ、バチュル!!地面に落としちゃった!?


 バチュルに手を伸ばしてみても、バチュルはご主人様であるクダリさんがそこで待て、と言っていた言葉を守り、小首を傾げながら私を見送っていた。
「カミツレさんーーーー!!」
「困りますカミツレさんーーーー!!」


 ビルの出入り口から数名のスーツ姿の人たちが出てきて、カミツレさんへと焦りながら何か叫んでいる。  


「あ、あの呼ばれていますけど!?」
「いいの、今は休憩時間にするって決めたんだもの。だから何をするのも私の自由

だから、
私と遊んでくれるよね、ナマエさん?」



 不敵に、妖艶に微笑むカミツレさんに……私にはもはや拒否権はないようでした。








***


「ナマエ…?」


 ナマエがカミツレに手を引かれ姿を消した直後、ナマエと別れた場所に戻ってきたクダリは辺りを見回し、その場にたたずんでいた。


「ばちゅ!」
「バチュル……ナマエは?」
「ばちゅるる」


 半ば放心状態といった風にクダリはバチュルを抱え上げ、ナマエの所在を伺うも、バチュルは小首を傾げるのみだった。

 また、周囲を見回す。

 ざわざわ…

 人々が行き交う雑音のみが周囲に響き渡る。
 大勢の、誰かが誰かと行動を共にするなかで、クダリは一人立ちすくんでいる。


 いなく、なっちゃった。

 また、いなく…。





『ノボリ、ボクのポケモンは…?』
『あのポケモンは−−−』





 ぞくり、と。寒気が背筋を走る。

 何を思いだしたのか、過去の過ぎった記憶に顔を青くしたクダリはバチュルをモンスターボールに戻すと直ぐさまその場から弾けるような勢いで駆けだした。


 怯えたのは置いてきぼりの、孤独でした。。。





2012/05/18




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