▲連載 | ナノ

02.「今日も貴女様の姿を探していました」




「はぁ……」


 わたくしが駅のホームで過労で倒れてから、もう一週間が経ちました。

 その節は部下の車掌達や、クダリに多大なる迷惑をかけてしまいましたが。あとから聞いた話ですが、気絶したわたくしを駆けつけたクダリとシンゲンが医務室まで運んでくださったそうで。次にわたくしが意識を取り戻したのは夕方。その日の職務はするなと周囲に強く釘をうたれてしまい、渋々その日は休むに徹することとなりました…が。

 目覚めた先が医務室で、その部屋にあの方の姿がなかった事に深く…落胆してしまいました。

 医務室にまで…いる筈がありません。わたくしを引き渡したあとで彼女は役目を終えたとばかりに立ち去ってしまったのでしょう。


 今日も今日とて、彼女の姿を探してしまいます。

 今もこうしてマルチトレインへ乗車せねばと、ホームへ向かっていますのに、わざわざ遠回りをしてあの方、ナマエ様と出会ったホームへと足を運び、もしかしたら姿があるのでは、と淡い期待を馳せてしまいます。次にカナワタウンのホームも覗き…やはり姿がなくため息しか出てきません。

 わたくしは一体何をしているのでしょう。まっすぐに仕事へ向かわずに寄り道など…これではクダリの事を叱る事など出来ないではないですか。


 ため息を飲み込んで、頭を仕事へと切り替えたどり着くはマルチ乗り場。既に到着していたクダリと一言二言交わしてから二人で地下鉄へと乗車し、挑戦者が来るまでの間椅子に隣通しに腰をかけ、たわいもない会話をします。大抵はバトルの話しなのですが。


「ねえノボリ」
「なんでしょう」
「今ため息ついてた、それ今日で何回目?」
「…失礼、意識していませんでした」
「今日だけじゃない、一週間前ぐらいからその調子だよねノボリ
すっごくきょろきょろってホームみたり、落ち着かなかったりしてる」
「…………」


 さすがは片割れ、というべきでしょうか。他の者が気づかなかったというのに、何故感づかれたのか…。


「意識散漫なのは認めます、明日からは気持ちを切り替えて仕事に臨む所存です」
「無理だよ、絶対無理ーー!」
「なっ」
「だってノボリ、なんでそんな風になっちゃってるのか、自分で気づいてないもん。
気づいてないのに治しようなんてないでしょ」


 クダリは口元を三日月形にほころばせ、からかうように楽しげに笑う…。


「でしたら貴方は分かるというのですか、わたくしの事ですのに貴方が」
「わかるよ、解決方法だって知ってる。
ノボリ、ナマエちゃんって、知ってるよね?」


 ガタッと音をたてて思わず立ち上がりクダリへと向き直ると、クダリはふざけたように椅子の上で体育座りをして「ノボリ顔コワーイ」などとぬかしております。いつもの営業スマイルではなく、にやにやと笑い…何がそんなに楽しいのでしょうか。わたくしは、ナマエ様の名前が出たというだけでこんなにも動揺が隠せずにおりますのに。


 しかし、何故ナマエ様の事でわたくしこんなにも胸が高鳴っているのでしょう…?

 あの日のことを謝罪申し上げたいという気持ちの他に、一体なにがあるというのか。


「ナマエちゃんね、最近ダブルトレインに通ってくれてるんだよ。ノボリが倒れちゃった次の日にダブル乗ってくれてね、ボクの顔見て「あの黒い車掌さんと同じかおーー!」って驚いてたよ」
「なぜ、早くそれを教えてくださらなかったのですか…!!」
「聞かれなかったから」


 なんで?と、いわんばかりに首を傾げられ苛立ちを隠す事が出来ずに、言葉ではなく眼力でクダリを権勢します。


「ノボリ…本当に怖いんだけど」
「でしょうね…、わたくし今なら貴方にシャンデラの鬼火をお見舞いしてやけどを負わせて一週間病院送りにしてもいいかもしれないとすら思っておりますので」
「わー!待った!!からかってごめんね!ちゃんと話す!大丈夫ぼくノボリの味方!絶対ぜったい!!」


 わたくしの殺気のこめられた鋭い眼差しに、真っ青になりつつもクダリは私の腕を退いてひとまずは、と再び椅子に腰を下ろさせてきました。


「ナマエちゃん最近イッシュに引っ越してきたばかりなんだって、だからバトルサブウェイに来るのも初めてで、ボクの事もノボリの事も知らなかったみたい。だからナマエちゃんの中でノボリはまだ“黒い車掌さん”っていう認識みたいだよ」
「そう…ですか」
「ノボリ、今どんな顔してるか鏡見てみる?」


 こんな顔、とクダリは自分の眉を人差し指で下へと引き延ばしなんとも情けない顔を作って見せてきました……いまわたくしがそのような顔をしているとでも言いたいのですか。


「ノボリ、ナマエちゃんこのあとシングル乗るよ」
「!」
「昨日ボク勧めてみた。シングルにも挑戦してバトルの幅広げてみたら、って。ナマエちゃんダブルバトルが好きみたいでボクのとこに通ってたみたいだけど、今日は確実にシングル乗るよ。約束したからーっ」
「ナマエ様が……シングルへ」


 お会い、出来る。

 あの日のナマエ様の顔を、声を、仕草が脳内で鮮明に蘇り自分では制御できぬ胸の高鳴りを感じました。

 なにを、なにから、お話すればよいでしょう…?あの日の謝罪と、心からのお礼と、あわよくば…わたくしの名前を覚えては頂けないでしょうか。いえそれだけでなく、もっと、もっと、お会いできる機会が増えればどれだけいいか…。

 
 貴女様の事を、もっともっと、知りたいのでございます。


「ノボリ、幸せそう。ナマエちゃんに会えるの嬉しい?」
「う、嬉しいなど浮ついた気持ちではございません!わたくしはあの日の無礼をお詫びしたいと考えているだけです」
「ノボリって、鈍いの?それとも臆病なの?」
 何をいうのかと、不快に感じたのをそのままにクダリを睨み付けると、例の如くにやついた笑顔を返され、わたくしへと指を指してこめかみをそれでつついてきました。


「ナマエちゃん、今日はシングル乗るけど。もしかしたらもう乗らないかも」
「な…」
「さっきも行ったけど、ダブルを鍛えたいんだって。今日シングルへ行くのはボクが結構強引に勧めたから。だから、チャンスは今日しかないかもよノボリ」


 クダリは椅子から立ち上がると、崩れない笑顔をそのままにトレインの中央へ立ち私へと手をふって返してきました。


「もう会えなくなるかもしれない、それをどう思って、どう動くのか。それ判断するのノボリだからね。
後悔して、またため息だらけな事にならないようにしてね。ボクおーえんしてる!」


 そこで、21両目の扉が開き挑戦者様がお二人車両へと姿を現されました。

 わたくしも、クダリに続いて立ち上がり中央へ歩み寄り、いつもの前口上で挑戦者様を招き、腰に控えていたモンスターボールへ手を掛け小声でクダリへ呟きました。


「クダリ、わたくしこの後急ぎの用事がありますので、お客様には大変申し訳ないのですが、このバトルを早々に終わらせる所存でございます」
「あっは、挑戦者の人かわいそう!うん、でもノボリがシングルに乗り遅れたら大変!ボクもすっごく本気で頑張っちゃう!」


 クダリと背中合わせに、ほぼ同時に挑戦者様へモンスターボールをかざし、帽子のつばを掴んで深くそれをかぶり、その隙間から覗く己の威圧を含む瞳で挑戦者様を見やれば、挑戦者様は肩をぶるっと振るわせておびえているようにも伺え、


「おや、折角ここまでいらっしゃったのです。
どうぞ、わたくしノボリとクダリとのバトルをお楽しみくださいまし…。」
「今日のノボリはきっと手加減してくれないから君たちちょっとかわいそう!
でも電車は急には止まれない、途中下車は出来ない…ならもうこの後にする事は一つだけ!」

「シャンデラ!出発進行!」
「デンチュラ!全速前進!」


 バトルが、始まります。

 いつもなら心躍る勝ち抜いて来られた挑戦者様とのバトルも、今は楽しむ余裕もなく、ただ早く早くと…ナマエ様にお会いする事ばかり考えてしまい、どうやら…挑戦者様への手加減への配慮が出来ないようです。


 何故、こんなにも心がざわざわと落ち着かないのか。お会い出来るというだけで胸高鳴るのか…。


 ナマエ様に再度お会い出来たその時に……その答えは導き出されるのでしょうか?








2012/04/24

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