公演が終わり静まり返った舞台の上に、
人形遣いは一人、佇んでいた。
その手からは無数の糸が垂れ下がり、
その先には美しい女の人形と醜い男の人形が繋がっていた。
カタカタと無機質な音を立てながら人形が動き出す。
「喩え貴女に拒絶されても構わない、僕の心を知って欲しい」
骨組みを剥き出しにした様な男の人形が、
姫君の様な女の人形に、そっと手を伸ばす。
「貴女の事を誰よりも愛しています」
女の人形が、その手を取ろうと腕を伸ばした瞬間、
ガシャン、と言う音と共に劇は中断された。
数秒の間を置いて、人形遣いの溜息が広い舞台に木霊する。

人形遣いが座り込んで二人の人形を眺めていると、
何かが音を立てた。
後方から聞こえた物音に人形遣いが振り返ると、
そこには女の人形によく似た美しい歌姫が居た。
歌姫は少し驚いて謝った後、話し掛ける。
「素敵な劇ですね」
黙ったままの人形遣いの横に腰掛け、微笑む。
「……続きはどうなるのですか?」
歌姫の問いに、人形遣いは首を振る。
「それは……未完成と言う事ですか?」
少し考え込んだ後、首を傾げる歌姫に、
人形遣いは再び首を振り、呟く。
「……女は、手を……取らない……」
その答えに、驚いた様な悲しむ様な、
複雑な表情を浮かべながら歌姫は問う。
「……何故、でしょうか?」
暫く黙り込んだ後、人形遣いが口を開く。
「男は……醜い……から……」
それを聞いた歌姫は大きく首を振った。
「そんな事、理由にならないと思いますわ……だって」
ハッとした様子で否定してしまった事を謝る歌姫に、
人形遣いは続きを促した。
「……だって、そんなに優しい告白をする人の事……
 嫌いになれる訳が有りません……」
少し切なげな表情を浮かべながら「我が儘ですけれど」と続ける。
「一度だけでも良いから、
 その人を幸せにして差し上げる事は出来ないのですか……?」
人形遣いは仮面越しに歌姫を見詰め、女の人形を差し出した。
「……貴女が、動かして欲しい……」
歌姫は人形遣いの申し出に戸惑いながらも人形を受け取る。
「……この子の動かし方、教えて下さい」
そう言って差し出された歌姫の手に自身の手を近付け、
一瞬、ビクリと怯えた様子で動きを止めた後、優しく掌を重ねる。
二人の指が動くと共に、人形も動き始める。

それから暫くした後、
歌姫はようやく拙いながらも一人で人形を操り始めた。
多少不自然な動きではあるが、小さくお辞儀をさせ、微笑む。
人形遣いは少し驚いた様子だったが、
すぐに男の人形もお辞儀を返す。
それを合図に、人形遣いは大きく息を吸い込み、
一人の時と同じ台詞を発し始める。
「……喩え貴女に……拒絶、されても……構わない……
 僕の心を、知って……欲しい」
一人の時よりもたどたどしく、途切れ途切れだが、
それを聞いている歌姫は柔らかな微笑を浮かべていた。
再び、男の人形の手が、女の人形に差し出される。
「……貴女の事を……誰よりも……
 ずっと、遠い昔から……愛しています」
先程は存在しなかった台詞に歌姫は戸惑った様子だったが、
女の人形の手がぎこちなく伸ばされ、男の人形の手に重ねられる。
「私も……貴方の事を、ずっと……」
返事が来るとは思っていなかったのか、
人形遣いの体が大きく仰け反り、人形がガチャンと音を立てた。

歌姫は一瞬悲しげな顔をした後、
申し訳無さそうに立ち上がり、
女の人形を男の人形の傍らに座らせる。
「……私の我が儘に付き合って下さって、
 有り難う、御座いました」
そのまま背を向けて立ち去ろうとする歌姫の手を、人形遣いの手が掴む。
驚いた様子で歌姫が振り返ると、
人形遣いは慌てた様子で手を離し、
近くに有ったナイフで女の人形の糸を断ち切ると、歌姫に差し出した。
「……もう、悲しい思い、させない……自由……」
歌姫は、震える声で呟いた後、両手で仮面を抑え、
黙り込む人形遣いの前にしゃがみ込むと、
女の人形を床に置き、
落ちたナイフを拾って男の人形の糸を断ち切ると、
人形の倒れる音に振り向いた人形遣いに、はにかみながら呟く。
「……この人も、一緒じゃないと……」
人形遣いに男の人形を抱かせると、歌姫は再び立ち上がり、
「おやすみなさい」と、女の人形の手を小さく振らせ、
部屋へと戻って行った。

その日以来、人形遣いが悲劇を演じる事は無くなったのだとか……

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