ぱちり、と瞑っていた目を開くと、
真っ暗闇が視界一面に広がっていた。
立ち上がって明かりを灯せば、
暗闇が、いつもと同じ部屋に変わる。
ふぁ、と軽く欠伸を一息。
私、いつから寝ていたのかしら。
早く支度をしなくちゃ、今日は大事な日ですもの。

化粧台の椅子を引き出して座る。
鏡に映る微笑んだ私の顔。
内容は覚えていないけれど、
とても素敵な夢を見た気がするの。
ああ、早く綺麗に準備して、この喜び、父様に伝えたい。
寝ている間に少し乱れた髪に櫛を通す。
真っ白な髪が、櫛を通って、はらり、と落ちた。
父様が雪の様だって言って、嬉しそうに結わってくれた髪。
父様みたいに上手くは出来ないけれど、
父様の手つきを思い出しながら結わう。

次にクロゼットの中のドレス達を見る。
父様が初めて私にくれたドレス。
父様が一番似合うと言ってくれたドレス。
みんなみんな父様が作ってくれた。
どれにしようかと悩んでから、一着のドレスを取り出す。
ひらひら、とリボンが揺れる。
綺麗な綺麗な純白のドレス。
今日は素敵な日だから、お祝いのドレス。
レースの付いた袖に手を通して、
父様がしてくれた様にリボンの形を整えて、
もう一度鏡の前で自分の姿を確かめる。
ああ、大丈夫。父様が褒めてくれる、いつもの私だわ。
ほっ、と胸を撫で下ろして、部屋の扉を開いた。

早く、父様に、会いたい。
何故だか、今日はいつもより父様の部屋の扉が遠く見える。
早く、この喜びを、父様に、伝えたいの。
そう思うと、足が勝手に駆け出して、
ドレスの裾が、ふわり、と浮いた。

……やっと、着いた。
たいした距離も無い筈なのに長い長い時間が経った気がする。
こんこん、と扉をノックすれば父様が顔を見せる。
一瞬、父様の顔が曇っていた気がするけれど、
すぐに、いつもの様に笑顔で迎えてくれた。
「今日も綺麗ですね、ウェルシェット」
にこり、と微笑を浮かべて私を見つめる。
「そんなにおめかしして、どうしたんですか?」
父様が不思議そうに首を傾げる。
あのね、素敵な夢を見たの。
父様が出してくれた椅子に座って答えた。

父様は「どんな夢ですか?」と、もう一度首を傾げた。
残念だけど、内容は覚えていないの。
「私は、怖い夢を見てしまいました」
少し眉を顰めて、顔を曇らせる。
父様、そんな事で悲しまないで。
怖い夢は、話せば無くなるのよ。
「ウェルシェットに失礼な夢を見てしまいました」
父様が、すこし戸惑った様子で呟いた。
「絶対に、有り得ない事、なんです」
まるで自分に言い聞かせる様に。
父様の夢に、私が出て来ただなんて。
夢の内容が何だったとしても、とても素敵な事。
やっぱり今日は、素晴らしい日だったのよ。
「いつもの様に目を覚まして、朝の支度をするんです」
父様が重い声で続ける。
「そして、いつもの様に、ウェルシェットが私の部屋に来るんです」
夢の中でも同じなのね。何が悪い夢なのかしら。
「しばらく他愛の無い話をして、本当に、いつも通りで」
父様の体が、かたかた、と震えている。
「でも、首、を」
首?
「ウェルシェットの細い手が、私の首に伸びて」
父様の、首?
「いつもの非力なウェルシェットからは、
 想像出来ない様な力で……」
父様は何度か荒い息を吐いてから、何度も何度も私に謝った。
「……ごめんなさい。
 たとえ夢でも、こんな話、するべきじゃありませんでしたね」
父様の頭の中を私が独り占めしてる……なんて素敵な夢。
私も、素敵な夢を思い出したわ。
「ウェルシェットの夢の話、聞かせて下さい」
父様が苦笑気味の笑顔を作って、言う。

そう、とてもとても素敵な夢だったわ。
朝起きて、おめかしするの。
素敵な夢を見て、父様に伝えたくて、
急いで急いで廊下を渡って、父様の部屋の扉を叩くの。
すると、いつもの様に父様が笑顔で迎えてくれるの。
「ウェルシェットの夢も始まりはいつも通り、なんですね」
「偶然ですね」と父様が言った。
暫く父様とお話して……
そう、確か、それも夢の話、だったわ。
やっぱり父様は悪夢を見た、って言っていたわ。
丁度今の会話と同じ。
「予知夢ですかね」
予知夢だとしたら、何て素敵な夢。
「何が素敵だったんですか?」
そう、お話した後、大事な事を思い出すの。素敵な、夢の事。
実現しなくちゃ、って、思い出すの。
「ええ、それで」と、父様が頷く。
父様を、独り占めにする夢。
ぎゅうっ、って父様を抱き締めるの。
「そうですか、やっぱり私の夢と違って素敵な夢ですね」
父様が微笑む。

だからね、今も、そうしなきゃって。
それを聞いた父様が、照れ臭そうに笑って私の髪を撫でる。
「ウェルシェットは甘えん坊ですね」
にっこり、と、私に向けられた笑み。
私だけの、父様。
夢の通りに父様に抱きついて、首元に手を伸ばしてネクタイを解く。
はらり、とネクタイが床に落ちて、父様が驚いた顔をした。
「ウェルシェット?」
「何をするんですか」と困った声で続ける。
襟元から覗く首を両手で包み込む。
「ウェルシェット」
恐怖に怯えた声で父様が言う。
目は見開かれて、体は再び震えている。
「止めて下さい」
涙を浮かべて乞う父様に微笑んで、手に力を込める。
私の非力な手でも大丈夫よ。
父様の首は、とっても細いもの。
「止め……下……い」
父様の声が遠ざかって、視界が闇に包まれて行く。

気がつくと、真っ暗闇の中に居た。
何だかよく覚えていないけれど、
とても素敵な夢を見た気がするわ。
早く、父様に伝えないと。

終?
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