或る晴れた日の朝の事。
街から遠く離れた屋敷に住む男に一通の手紙が届いた。
差出人は先日知り合ったばかりの人物だ。

黒い燕尾服に身を包んだ男が、
寝ぼけ眼を擦りながら品の良い装丁の施されたソレを開くと、
「私の屋敷で共に食事を致しませんか?
 もし来て戴けるなら、出来れば、ですが、
 御友人も御連れ戴けると幸いです」
と言う招待の言葉が綴られていた。
その踊る様な筆跡から、容易く差出人の笑みが想像出来る。
男も釣られた様に微笑して、
すぐさま承諾の返事を書き使いの者に手渡すと、再び床に着いた。

それから数日が経ち、あの招待状に記された日がやって来た。
二人の人物を連れた男が差出人の館を訪ねると、
満面の笑みを浮かべた館の主が、
「ようこそ、いらっしゃいました」
と歓迎の言葉を述べた。

「本日はお招き感謝する」
男も、その言葉に応える様に会釈し、
続けて、男の付き人で在る仮面を身に着けた人物も、
「この様な美しいお屋敷に招待戴けて光栄の極みです」
と恭しく感謝を述べ、
もう一人の客で在る大男の頭を押さえつけ、共にお辞儀をさせた。
その光景を見た館の主は、笑んでから客人達を庭へと招き入れる。

招かれるままに足を踏み入れた先で、
仮面の人物が感嘆の息を漏らした。
目の前には、少し古びてはいるが洒落た屋敷と、
屋敷を囲む様に美しく咲き誇る薔薇園が広がっている。
その光景に男も心奪われたのか、僅かばかり足を止めたが、
待ちきれない様子の館の主に誘われ、
屋敷の横に用意されたテーブルへと向かった。

「お客様がいらっしゃいましたよ」
と主が館に向かい呼びかけると、
陰気そうな料理人が何やら呟きながら、
用意して有ったらしい料理を運んで来た。
辺りに漂う微かな甘い香りに、
大男が待ちきれない様子で喉を鳴らせる。
暫くして料理達が手際良く並べられると、
料理人は再び僅かに聞き取る事が出来る程度の声で呟いて、
にやり、と怪しい笑みを浮かべ館へと帰って行った。
男は、その行動に首を傾げ料理人の消えた方向を見詰めていたが、
館の主の「いただきましょう」と言う声に料理へと視線を戻した。

食前の挨拶を済ませ、真っ先に料理へと手を伸ばしたのは大男。
一番大きな皿、メインディッシュの蓋を取り除くと、
食指を擽る芳ばしい香りが漂い、
鮮やかなソースで彩られたステーキが姿を現し、
大男が喜びの声を上げた。
「確か、肉がお好きだと、仰られていたと思いまして」
嬉しそうに語る館の主の声を聞いているのかいないのか、
ガツガツと血の滴る様なステーキを貪っている。

「ほら、皆様も」
彼の料理は絶品ですよ、と続けながら、
館の主も料理に手を伸ばし、笑みを浮かべる。
男も一口大に切ったステーキを口に放り込むと、
口元を弛ませ、その味への賛辞を述べた。
その様子を見た仮面の男も、
では、と、別の皿へと手を伸ばす。
蓋を開けた瞬間、甘い香りが一層強くなって。
仮面の男の、いや、館の主以外の者の視線が、
その香りの元で有るスープに注がれた。

恐る恐る、別の皿の蓋を開く。
隠されていた料理が、全て姿を現す。
色鮮やかな料理達と、噎せ返る様な甘い香り。
大男が、うっ、と声を漏らした。
仮面の男は、確認する様にチラリと館の主を見てから、
テーブルの上の料理を見詰め、硬直している。
男は、じぃ、と一人食事を続ける館の主を見詰める。
館の主は、おや、と料理を食べる手を止め、
首を傾げて不思議そうな声で尋ねた。
「どうかしましたか?」
その問いに、大男が声を荒げる。
「何が、どうかしました、だ」
館の主が、再度首を傾げる。
「新鮮な材料、か」
男が先程の料理人の言葉を繰り返し、
館の主の後ろを見て、成る程、と、頷いた。

「ええ、今日手に入った様なのですが……」
困惑した様な声音で館の主が言う。
心底理解していない様子の館の主に、大男が、再度叫ぶ。
「何で……そんな風に……食えんだよ!」
一皿だけ違う器に盛り付けられた料理を指差す。
「……和食はお嫌い、でしたか?」
未だ、不思議そうな表情を浮かべながら館の主が言う。
「そんな問題じゃねぇだろ!」
怒りで顔を赤くしながら、テーブルに手を叩きつける。
スープが跳ねて、テーブルクロスを汚した。
男は、二人の様子を、じぃ、と見続けている。
大男が「何で」……何で、と繰り返す。
相変わらず館の主は悩み顔のまま。
テーブルの上の料理達は、変わらず甘い香りを漂わせている。
「何でっ……!」と、怒鳴る様に言ってから、
「なかっ……仲間を……平気で……」
途切れ途切れに搾り出す様に続けた。
「……仲間? 何の事、でしょうか」
館の主が、そう言った瞬間、
大男が身を乗り出して襟を掴んだ。
その衝撃で料理がテーブルの上から落ち、
あ、と館の主の小さな声がして、
芝が鮮やかなオレンジに染まった。

「何がいけないんですか」
と館の主が目に涙を浮かべ、震える声で続ける。
「折角、大事に育てたのにぃ……」
涙に怯んだ大男の手から襟が開放される。
「美味しそうに実ったのに……」
手の甲で溢れ出る涙を拭いながら言う。
「そんなにカボチャが、お嫌いなんですか」
と歪められた館の主の顔は、南瓜そのもの。
屋敷の主の後ろの畑では、
まだ育ちきっていない小さな南瓜達が収穫の時を待っていた。

その後、修羅場が続いた事は、
言わずとも分かりきった事だろう。
兎に角言える事は唯一つ。
かけ離れた種と分かり合うのは、
非常に難しいと言う事のみだ。

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