青年が色取り取りの花束を手に部屋を出ると、
水槽で泳ぎ回っていた人魚が顔を出した。
「そのお花、キレイ! ねぇ、どうしたの?」
その無邪気な笑顔を見て、青年は少し困った様に笑い返す。
「……今日は、あの子の誕生日なんです」
あの子?と人魚が首を傾げると、
青年は花束を床に置き、話し始めた。

「もう、ずっとずっと前の事なんですけどね」
再び苦笑する青年の声に、
人魚は先程まで立てていた水音を止めて聞き入る。
「僕が、このサーカスに来る前、
 森に居たのは知ってるでしょう?」
子供の様に何度も頷く人魚に、青年も頷く。
「その頃の大切な友達です」
友達!と嬉しげな声を上げながら人魚はくるくると回った。
「どんな子? メラルディーの友達の話、もっと聞きたい!」
青年は少し考えた後、君に似てたかな、と人魚の頭を撫で、
その優しい感触に人魚が再び笑う。
「何時も一緒に遊んでいました。
 ……花畑に行ったり、川で水浴びしたり」
怪我をした小鳥を二人で世話をした事も有ったなぁ、と、
目を細め、幸せそうに想い出を綴っていたが、
段々と顔が曇り始め、ぽつりと呟きが零れた。
「……ずっと、ずっと続くと思っていたのに」
心配した様子の人魚が、どうしたの、と尋ねると、
青年は一層寂しげな笑顔を浮かべる。
「待っても待っても、来なかった。
 前の日も、何時も通り、また明日遊ぼうって別れたのに、ずっと」
ひどい、何で、と水面を波立たせる人魚を静止しながら続ける。

「誰かに止められたのか、他に大切な友達が出来たのか、
 僕が森から出られないのがつまらなかったのか……」
それとも飽きて忘れちゃったのか、と呟くと共に、
青年の目から涙の様に淡い花びらが舞い落ちた。
「もうすぐ誕生日だから一緒にお祝いしようって、
 喜んで欲しくて、あの子の好きな花束を作って待ってたのに」
床に置かれた花束の上に、
堰を切った様に溢れ出した同じ色の花びらが積もって行く。
「皆が人間と仲良くしても傷付くだけだって言ってたけど、
 僕達だけは別だって、ずっとずっと友達って……約束、したのに……」
わぁ、と、顔を抑える手の隙間から色を零しながら、
押し寄せる感情を吐き出すかの如く、泣き声混じりの言葉が続く。
「頑張って森から出られるようになった時、真っ先に会いに行った。
 ずっと言いたかった……何で来なくなったの、
 僕を嫌いになったの、また一緒に遊ぼうって……!」
段々と大きくなる声に圧倒された様に、
人魚は複雑な表情を浮かべたまま黙り込んでいる。
「人間の友達と楽しそうに歩いてた、
 僕はずっと一人で寂しかったのに、
 何回呼んでも振り返らなかった、手を掴む事すら出来なかった!」
くしゃくしゃと握りつぶされた花びらから鮮やかな雫が滴り、床を染める。
「僕の事を忘れて、声も姿も分からなくなって、一人で大きくなって……
 殺してしまえば一緒に居られるなんて考える自分が怖かった……!
 ……友達なんかじゃない、大好きだった、
 一番大切で、ずっと一緒に居たかった……!」
最早叫びに近い声を発しながら、
水槽に寄り掛かって暫く泣き続けていた青年だったが、
ふと、ひやりとした感触に顔を上げると、
心配そうな表情の人魚が、
青年がしたように優しく頭を撫でていた。

人魚は目線が合った事に驚いた様子で一瞬手を止めた後、
あのね、と慌てながら口を開く。
「一緒に泣いたげられないけど、
 シアーザは、ずっとメラルディーの友達だからね」
大分勢いが弱まり、ほろほろと零れるだけになった花を拭う様に、
青年の頬を水に濡れた冷たい手が包む。
「一緒に遊んで、お話して、誕生日もお祝いして、
 今みたいにメラルディーが泣いたら、ずっと横で聞いててあげる。
 ……ずっとずっと一番大事な友達だからね」
約束、と浮かべられたぎこちない笑顔を見て、
目を赤く染めた青年も恥ずかしげに笑みを返した。

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