メイ秋/出会い捏造文
2016/07/10 13:56

とある町の外れ。
鬱蒼と茂る深い森を裂く様に続く道の奥、
石像に守られた鉄柵造りの門の向こうには、
微細な彫刻の施された墓石が建ち並ぶ、
古い古い墓地が有った。
訪れる人もとうの昔に絶え、
動物すらも近寄らない死んだようなその場所には、
人を喰らう恐ろしい怪物が住んでいるのだという――

――眼を開けると、いつもと変わらない墓所の風景が広がる。
ぼうっとする頭を抱えたまま、
また目覚めてしまったのか、と溜め息を吐く。
一度は死んだ筈の自分が何故起き上がってしまうのか。
初めて目覚めた日から考え続けているが、何一つわからないまま、
数百年にも思える時を、一人、この墓所で過ごしている。
自分と墓石以外 何も無いこの場所では特にする事も無く、
眼を閉じて今度こそ永遠の眠りが訪れるのを待っていると、
遠くで かさり と枯れ葉を踏む音がした。
幾年ぶりかの人の気配に、思わず姿を隠す。
かさ、かさ、乾いた音を連れて近づいて来る誰か。
足音は一つだけ、加えて軽い音からして子供だろう。
日も陰りかけたこの時間、一人ぼっちでこんな場所を訪れる子供……
迷ってしまったか、それとも捨てられたのだろうか。
どちらにせよ出来る事は何も無いが、
哀れに思い――久々の人間への興味も有っただろうか――
墓石の陰から そっと様子を見ていると、
暗い森から少女が姿を現した。

モノクロの世界の中で鮮やかに映える、見た事も無い衣装。
僅かな木漏れ日を受けて輝く、切り揃えられた髪。
何より目を引いたのは、俯いた髪の隙間から覗く、赤い瞳。
自分と同じ、けれど自分の濁った眼とは違う、
暖かく、どこか切なげな光をたたえた、夕焼けのような瞳。
引き込まれるように、僅かに身を乗り出す。
がさり と押しのけられた茂みが音を立てる。
しまった、と思う暇も無く少女が振り向く。
間一髪、姿を見られてはいなかったようで、
少女はきょろきょろと辺りを見回した後、
「誰かおるん?」と鈴のような声を発した。
見つからないように息を潜めていると、
少しの沈黙を経て、再び声が響く。
「もしかして、怪物さん?」
ビク、と体が強張る。
森の麓の町で、自分がそう呼ばれているのだと、
昔、墓地を訪れた人間達が話していたのを聞いた事が有る。
その人間達は鳥の羽音に怯えて逃げ帰って行ったが、
人間が私の姿を見たら、どう思うのだろう。
やはり恐ろしい怪物だと怯えるのだろうか。
それとも死にきれずに惨めな姿で彷徨う私を、蔑むのだろうか。
なりたくてこんな姿になった訳ではないのに――

「……ウチは怪物さんに、会いに来たんよ」
思いがけない言葉に、沈みかけていた思考が引き戻される。
その声には好奇や悪意は感じられない。
人前に姿を晒す事に躊躇いは有ったが、
少女はきっと私が現れるまで待つのを止めないだろう。
何より、私に会いに来たと告げる声は、どこか寂し気で、
哀しい決意が秘められていたように思えた。
……人前に現れるのはこれが最初で最後、
彼女が去ったら、独りで朽ちるのを待とう……
そう覚悟を決めて、墓石の陰から足を踏み出す。
少女は私の姿を見ると、少し驚いた後、
その幼い顔に僅かな微笑みを浮かべた。
「恐ろしい怪物って聞いてたけど、ただの噂やったみたいやね」
想像すらしていなかった反応に言葉も出ず硬直する私に、
少女は にこにこと人当たりの良い和やかな笑みで続ける。
「ウチは秋末。怪物さん……言うのも変やし……あなたさまは?」
一瞬、質問の意図が分からずに沈黙してから、
名前を尋ねられているのだと気付く。

「私は……」
そう言いかけて、自分の名前すら思い出せない事に愕然とした。
長い長い独りの時を過ごす内に忘れてしまったのか、
それとも死した時に人の記憶と共に無くしてしまったのか……
幾ら思い出そうとしても頭は真っ白のままで、
時間稼ぎの意味の無い言葉を呟きながら、
思わず目を逸らせて後ずさる。
ひたり と指に冷たい墓石が触れた。
「……私は、メイナード」
数秒の沈黙の後、墓に刻まれた何処の誰とも知れない名を名乗る。
彼女はその様子を見て怪訝そうに首を傾げていたが、
名を聞くと一層暖かく眩しい笑みを浮かべて口を開いた。
「そう、メイナード様言うんね」
覚えるように何度か呟いた後、
私の目をしっかりと見つめて再び微笑む。
「どうぞ、よろしゅう」
そう言って彼女が軽く頭を下げる。
冷たい風に髪が揺れ、微かに異国の花の香りがした。

――秋の末、夕暮れ刻の事だった



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