メイ秋/文
2018/08/16 23:39

ジワジワと遠くから聞こえて来る虫の声に目を覚ます。
普段なら とうに日は落ちている時間なのに、
この虫の鳴く頃は夕暮れ時になっても日差しが強くて動き辛い。
もう一度眠ってしまおうか考えていると、愛らしい足音が耳に届いた。
音のした方に視線を向ければ彼女もこちらに気付いた様子で、
にこりと微笑みながら近付いて来て、私の隣に腰を下ろす。
心なしか いつもより呼吸が荒く、白い肌には汗が伝っていた。
体調でも悪いのかと問い掛けようとしたが、先に口を開いたのは彼女だった。
「メイナード様、元気してはった? しばらく来れんくて、堪忍ね」
少し困ったように笑いながらハンカチで汗を拭う彼女。
その言葉に それほど長く会っていなかっただろうかと考えて、
彼女と出逢ってからは独りの時間に耐えきれず殆ど眠っているのだったと思い出し、
いかに自分が彼女に依存しているかを再確認する。

返答も忘れて考え込んでしまった私に対し、
彼女は不思議そうな表情を浮かべていたが、
誤魔化すように最近の様子を訪ねると 再び話し始めた。
「この夏は、もう暑ぅて暑ぅて…ちょっと疲れとったんやけど…」
彼女の額を拭い切れなかった汗が伝う。
上気した頬に手を伸ばすと、彼女は一瞬戸惑った様子だったが、
すぐに目を閉じて顔を擦り寄せて来た。
「メイナード様の手は、冷やっこくて気持ちええね」
その言葉に生者である彼女と死者である私の違いを
突き付けられたように感じ、思わず黙りこくってしまう。
私の手に伝わるのは彼女の肌の滑らな感触だけだ。
人肌の温もりも、夏の暑さも、私には分からない。
そんな感覚はとうの昔――おそらく死した時に、失われてしまった。
もしも私が彼女と同じ生者だったのなら、
赤く染まった頬の温度を感じる事が出来たのだろうか。

――ふと気が付くと、彼女は目を開けて私を見つめていた。
後ろめたさに視線を反らしてしまい 誤魔化しの言葉を探していると、
彼女は「また難しいこと考えてはったん?」と困ったように笑ってから呟いた。
「メイナード様の考えてはる事は ウチには よぉ分からんけど」
頬に添えたままの私の手に、彼女自身の掌が重なる。
「こうやって触れ合うて 何か一つでも伝わるんやったら、ウチはそれでええと思うんよ」
恐る恐る彼女の目を見つめると、夕焼け色の瞳の中に情けない顔の私が映っていた。
我ながら酷い顔だと苦笑すると「やっと笑うてくれはった」と花のような笑みが返ってくる。
私のような化物に、愛を与えて、笑いかけてくれる、美しい人。
堪らない愛しさを感じて柔らかな掌に口付けると、
今度は彼女の方が驚いた顔をして黙ってしまった。
……何か間違えてしまっただろうかと私も沈黙していると、
彼女は「もう」と消え入りそうな声を溢してから、
普段の穏やかな笑みとは違う、恥じらうような、拗ねるような、少女の顔で呟いた。
「……メイナード様のせいで、余計暑ぅなってもたわ」
頬に紅葉を散らし、俯きながらも私の手を離そうとはしない彼女。
触れた掌から温度が伝わってくる事は無いが、
きっと彼女の頬は日溜まりのように暖かいのだろう と、そう思った。



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