(サーカス)
私の住む街に大きなサーカスが来たらしい。
無駄に広く、人の多い事だけが取柄のような街である為、
旅のサーカス団と言う物珍しい存在の噂は数日前から街中に広まっていた。
そこまで騒がれるとはどのようなサーカスなのか、
私も例に漏れず興味を持ち一目見ようと訪れたものの
想像以上の人だかりに諦めて立ち去ろうとした時、
公演用と思われる大掛かりなテントの裏手に有る
小ぢんまりとしたテントに子供が駆け込んで行く姿が見えた。
この街では見掛けない髪色に人形のような服装、
年端も行かない少女に見えるが、きっとサーカスの関係者なのだろう。
その姿を何となく眺めていると
洋服のポケットから何かが転げ落ちたが、
彼女は気付かない様子でテントへと消え去ってしまった。
思わず駆け寄って拾い上げると、
それは何の変哲も無い小さな封筒に見えた。
すぐに追いかけて渡すべきだと言う気持ちと
関係者でもない自分がテントに立ち入って
許されるのかと言う思いの板ばさみになったが、
物が物だけに無くしてしまえば彼女が困るかもしれない。
何より、特別なチケットを手にしたような高揚感に突き動かされ、
私はサーカスのテントに足を踏み入れた。
テントの中には少しの荷物と、
私が入って来た以外にも幾つかの通路が有った。
誰か居ないのか、と声を上げてみても返事は無く、
周囲に人の気配が無い事を確認して
その一つを捲くると、長い暗闇の向こうに客席が見える。
まだ開演まで時間が有るせいか、誰一人居ない。
ステージに続く通路を閉じ、隣に有った幕を押し退けると、
その先は明かり一つ無い闇に覆われていた。
思わず手を伸ばし確認するが、幕を越えた所で輪郭すら見えなくなる。
ぞくりとして再び人を呼んでも返答は無い。
目を閉じながら意を決して闇に飛び込んでみると、
サーカスのテントとは違う硬い床の感触が伝わって来た。