塩と砂糖
プロローグはいつも突然
※エース視点
「え?何?もう1回言ってくんね?」
「エース、これで何回目?」
「いやだって、マジで理解できなくて…」
「だから〜、今日はフロイド先輩の機嫌が悪そうだからモストロラウンジ行きたいんだけど、一緒に行ってくれない?って言ったの」
放課後、時間あったら付き合って欲しい場所がある、なんて監督生に言われて、気軽に「いいよ」なんて返さなきゃ良かった。いくらヒマでも、せめて場所と理由を聞いてから返事はするべきだった。
「…デュースとグリムは?」
半ば諦めを含みつつ、せめて1人で付いて行くまいと悪友2人の名前を出す。
「デュースは部活だって。グリムは『あの双子のおっかねー方が機嫌悪い日に近づきたくなんてねーんだゾ』って言われちゃった」
「いやオレもグリムに大賛成なんだけど」
監督生の似てないグリムのモノマネはさておき。さっき廊下で見かけたフロイド先輩が機嫌悪そうだった時、今日は部活無くてよかった〜!って思ったばっかだっていうのに。
「え〜、じゃあエースもダメ…?1人だとちょっと行きにくいんだよなぁ…」
「そもそもさ、なんでフロイド先輩の機嫌が悪い時にラウンジ行きてーの?」
「えっ、それはねぇ〜、えへへ…」
急にモジモジ照れ始めた監督生にちょっと引きながら、まさか、なんて考えが頭をよぎる。
「実はね、機嫌悪い時のフロイド先輩が好き…」
「え?!マジでまさかの方??」
ここは友達として止めるべきか?想定内の答えとは言え、動揺するオレに監督生は不満なようだった。
「ちょっと、エース!ちゃんと聞いてよ」
「だから監督生はフロイド先輩が好き…」
「違うって!機嫌悪いときのフロイド先輩が元の世界で好きだった漫画の1番好きなキャラにそっくりなの!」
「……は?」
「もう結構前に完結してる漫画なんだけど主人公のライバルの学校の先輩がめっちゃタイプのイケメンなんだけど見た目の話だけじゃなくてそれで」
急に早口で理由を捲し立てる様子に驚いていると、要は!と結論を述べた。
「フロイド先輩が推しに似てるから、モストロラウンジでゆっくり眺めたいの!」
予想外の熱量に思わず「イイヨ…」と答えてしまったが、オレじゃなくたって同じ反応になったはずだ。
◇ ◇ ◇
「おや、珍しいお客様ですね」
放課後、モストロラウンジに出迎えてくれたのはジェイド先輩だった。
「良かったです。今日は 何故か 空いてるんですよ」
困ったように、何故か、を無駄に強調しつつも楽しそうな様子を隠さないフロイド先輩の片割れは、絶対理由をわかっている。
普通だったら、今日はラウンジに寄るのを避ける。そんなこと、火を見るより明らかだ。
席に案内される時、ちょうどフロイド先輩とすれ違った。
いつもなら用がなくても絡んでくるフロイド先輩は、忙しいわけでもなさそうなのに、オレらをチラリと一瞥しただけでそのまま仕事に戻っていく。
普段とは違う態度に居た堪れなさを感じるオレと対照的に、監督生はそれはもう、愛おしそうにうっとりとため息を吐きながらフロイド先輩の立ち去った方を眺めている。
「やっぱカッコイイ…、好き…」
話を聞いているオレでも勘違いしそうな態度の監督生。それをジェイド先輩がキラキラした目で見ているのを見て、オレは嫌な予感しかしなかった。
◇ ◇ ◇
とりあえず、その日は特に何も無くモストロラウンジを後にすることが出来た。しかし、それが逆に怖い。どう考えても嵐の前の静けさでしかない。
「…っていうことがあってさ〜」
「やっぱり行かなくて良かったんだゾ…」
「絶対これから面倒くせーことになるし」
「も〜、付き合ってくれたお礼にドリンク奢ってあげたじゃん」
「一番安いやつな」
「…ん?じゃあ監督生は結局リーチ先輩のことが好きなのか?」
「それなんだよ、面倒くさいのは」
次の日の昼休み。いつものメンバー…グリム、デュース、監督生とオレで食堂に移動しながら、ラウンジでの顛末を話す。
デュースの疑問に、オレが答えようとした時だった。
「あーっ!!」
廊下の向こうから突然大声が上がる。声の方を見ると噂の人物が走ってこちらに向かってきた。
「小エビちゃんたちも、これから食堂?一緒に行こぉよ」
昨日とは打って変わり、ニコニコと楽しそうなフロイド先輩は、ほぼ無理やりデュースと監督生の間に入り込んで、監督生に声を掛ける。
「ねぇ、オレ、ジェイドにすっごく面白い話聞いたんだよね」
不自然なくらいテンションの高いフロイド先輩に、グリムは怪訝そうな顔を隠しもしないし、デュースも一歩引いている。
しかし、肝心の監督生はと言うと、「へぇ、そうなんですか」なんて普通に答えていた。
余りにも普通な態度に、フロイド先輩は何度か瞬きをして首を傾げる。
それはそうだろう。ジェイド先輩から聞いたと言う話が、オレの予想通りなら、フロイド先輩が隣にいるというだけでも監督生はもっとソワソワしたり、顔が赤くなったりしてもおかしくない。ましてや、「どんなお話だったんですか?」なんて、昨日の夕飯を訊ねるような反応は想定外なはず。
「えーっと、小エビちゃんはオレのこと好きって聞いたんだけど」
「えっ!?その話ですか?!」
「あ、本当なんだぁ〜」
色々と駆け引きするのが面倒になったのか、ストレートに話すフロイド先輩。少し低くなった声で、せっかく良かった機嫌が悪くなったのがわかった。
しかし、その話を聞いた監督生が慌てだしたのが良かったのか、またニコニコと話を進めようとした。が、
「いや、あの、違います!!」
「…は?」
ジェットコースター並みに気分が変わる先輩には、部活のときに散々悩まされてきたが、今回ばかりはさすがに同情せざるを得ない。
「別にフロイド先輩のことは好きじゃないです!普通です!」
追い討ちをかけるな、と心の中で叫ぶ。フロイド先輩の表情は固い。
「じゃあなんで昨日オレのこと好きって言ってたの?」
「正確に言うと『フロイド先輩の見た目』が好きなんです」
「どういうこと?」
「えっとですね…」
昨日、オレにした話をフロイド先輩にも話す監督生。
「ふ〜ん…よくわかんねぇけど、すげームカつく」
フロイド先輩は、深くため息を吐いて不機嫌に溢す。
「オレはオレだから。漫画のキャラとかじゃねぇし」
まぁ、当たり前の反応だ。
「小エビちゃんはさぁ、オレよりオレに似てるそいつの方が好きってことでしょ?オレがいるんだから良くね?オレのこと好き、で良いじゃん」
「ですよねぇ…。でもフロイド先輩は推しに似てる見た目しか好きじゃないんですよ」
…あれ、これフロイド先輩、結構すごいこと言い出してね?と思ったが、監督生はよくわかってないのか、なんか的外れな返事をしている。
盛大にすれ違う2人(主に監督生の所為)を放置して逃げたい。て言うか、デュースとグリムは既に逃げてんじゃん。
「…決めた。小エビちゃんにオレのこと好きになってもらう」
「私、なかなか推し変できないんで…」
「いや、最早そういう話じゃないよね?」
首は突っ込みたくなかったが、ついに思わず心の声が漏れ出してしまった。でも、この状況じゃ仕方ない、よな…?
「絶対落とすから覚悟しててねぇ」
「あ、その顔は好きです…!」
どっちも矢印が向いているのに、噛み合っていない、この波乱は、これが始まりなのだった。
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