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人もまばらな始発電車で、及川はあたしのぴったり隣に座って、手を握っていた。所謂恋人繋ぎで。恋人同士でも何でもないのに。
自分とは違う、少し冷たくて大きくてゴツゴツしてる男の子の手。あたしの体温をあげるように、少しだけ握る力を入れた。及川も何も言わずに握り返す。嬉しいけど、怖い。あたしは愛されていると錯覚しそうで。
降りる駅は及川の方が先だけど、もしかしてあたしが降りる駅まで送ってくれるかなぁ、とか妄想。だけど、やっぱり及川は本当の恋人ではないからか、自分の降りる駅が近付いたとき、「俺、次だ」と呟く。それなのに、少し間を開けて、名残惜しそうに、「ねぇ、なまえちゃんも次で降りようよ」とか言ってくるから狡い。
「いや、降りないよ」
「そっか」
あっさり諦めるあたりも、及川らしいと言うか、なんだかんだ寂しいと言うか。思わせぶりなのに、どこか突き放してる。
このまま時間が止まればいいのに、そんなあたしの気持ちなんて無視するかの様に電車は進んで、ついに及川の降りる駅に着いた。
するり、手を離した及川は少し困ったような、よくわからない表情でこっちを見た。きっと、あたしも似たような表情をしていたに違いない。
「じゃあ、またね」
「うん」
自動ドアが開いて、及川が降りて。及川は白線を越えた所まで歩いたら、そのままこちらを振り返った。この時には及川はいつもの笑顔だった。
ゆっくりと自動ドアが閉まった向こうでバイバイと笑顔のままで手を振る及川。あたしが手を振り返すと、電車が走り出してもまだ手を振っていた。子どもみたいだ。
及川が見えなくなるくらい電車が進んでから、急に昨日の夜を思い出す。一線を越えてしまったからには、もう友達には戻れない。でも、きっと恋人にだってなれない。
及川が一緒に降りようと言ったとき、ついていっていたら、何か変わっていたんだろうか。いや、きっと変わらない。及川のことだから、「やっぱりお家に帰った方がいいよ」とか言うんだろうな。
最初で最後の恋人ごっこだったんだなぁ。こんな残酷に優しくするくらいなら、最初から拒絶してくれた方が良かったのに、と改めて思って、それでも嬉しかった自分がなんだか惨めで。
生温い感情に任せて、あたしは少しだけ、泣いた。