未だに溶けない氷
小学生の頃、荒船哲次は「近所のお兄ちゃん」だった。 家も割と近くて同じ登校班だった2歳年上の男の子は、ぶっきらぼうな割に面倒見が良く、それだけで小学生としては頼りになるカッコいい憧れの対象だ。もちろん私もすごく慕っていた。
そう。でも慕うのは自分だけではない話なのだ。 それなりに荒船哲次と仲良かった所為で、自分と同じように荒船哲次を慕う同級生の女の子に、妙な対抗意識を持たれたことが、そもそもの始まりだったと思う。
ある日、その同級生が荒船哲次に私にイジメられたと相談しに行った。 もちろん事実では無かったし、荒船哲次だって私のことを知ってるんだから、そんな嘘にすぐ気付いてくれると思った。当然の思考回路だ。小学生なんて割と都合よく世界は回ると思っている。
でも、正義感の強い小学生の男の子がそんなことまで気が回るはずが無い。今思えば、それこそ当然の思考回路だ。
私は、荒船哲次に私側の言い分も聞かずに一方的に注意された。
信じていたのに、信じられていると思ったのに。 私は、荒船哲次からの信用を失ったことで「荒船哲次に対する信用を失った」。
単純な思考で考える子供の憧れが嫌悪に変わるのは、そう難しいことではない。 むしろ好きだった分、マイナスに振り切れるのは簡単だった。
それからは必要最低限口はきかないようにしたし、中学は進学校に進んだときいて、自分は普通校を選んだ。件の同級生も転校し三門市を去ったこともあって、もう一生関わることは無いと思っていた。
前から気になっていたボーダーに、高校入学と同時に入隊する時も、念のため、人が集まる本部では無く、家から離れた鈴鳴支部に志望した。 入隊してから、荒船哲次も所属していることを知って、鈴鳴にして良かったと思っていたところだった。
同時期にスカウトされて入隊した鋼さんは、実力差はあれど、同じアタッカーということもあり、とても気を使ってくれたので、やっと歳上の男子に対しての警戒心も薄れ始めていた。 サイドエフェクトもあると思うけど、メキメキと実力を付けていく鋼さんに秘訣があるのかと訊くと、剣の師匠がいるという。
「良かったらお前にも稽古つけてもらうか?」 「わ〜!ぜひぜひ!」
なんて会話したのが遠い昔のような気がしてくる。
それは、気の遠くなるような再会だった。
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