春は好き。
桜がひらひらと儚げに舞い散る姿はとても、綺麗だと思えるし、ぼんやりとうっすらと浮かぶような光の様な太陽は優しくて、暖かくて、安心する。ぽかぽかとした陽射しに身をゆだねながら、思い浮かぶのはあの人の表情。まるで、春の様に穏やかな包み込むような優しさを持っている人で、それと同時に、ふわふわとしていて実体はあるもののすぐに消えてしまいそうな人。けれど、私はその儚さに心奪われてしまった。いつも、優しくて綺麗な笑顔を浮かべる彼の姿がどうしようもないほど好きで、好きで仕方がないの。


「ねえ、幸村君。」

「なに?」


少しウェーブのかかった艶のある黒髪をふわりと揺らしながら、幸村君はこちらを向く。さっきの彼とは幸村君のことだ。時間が経ったら、すぐに空気中に融けてしまうんじゃないかと思えるぐらい、私の側から離れてしまいそうな幸村君の体に寄っかかるように身を寄せる。その体温は暖かくて、幸村君は消えない、と私を安心させた。

「どうしたの?」と困ったように微笑む幸村君の表情は幸村君らしい、と思う。


「幸村君は消えない、よね。」

「どうして?」

「いつも、怖いの。確かに幸村君は強いよ、でも、とても、大きい重荷みたいなものを背負っている気がするの。私なんかじゃ張り合えない大きな苦しみを幸村君はみている気がする。」

「そんなこと、ないよ。」


心配しても、いつも、幸村君は否定する。穏やかな微笑みを浮かべながら安心させようと子どもをあやす様に私の頭を撫でる。その動作はどこか、春と似ている。安心するけれど、消えてしまいそうで、離したくなくなる。


「俺はね、ずっと傍に居るし、消えない。だから、笑って。」


そう言ってにっこりと、笑う幸村君はどこか、お母さんみたいだった。言ったら「コラ」っていつもの困った様に眉を下げながら微笑むのだろう。どこか遠くで桜が微かな音を立てながら小さくざわめいている。その音は、さっきの私の小さな悩みの感情と似ている。胸の中でざわめくチクリ、と裁縫針が指に刺さるような小さな痛みのような感情。けれど、この感情はいつも、いつも、幸村君が甘く柔らかに融かしてくれる。幸村君は春の様だともう一度思えた。だからこそ、私は彼のことが好きなのかもしれない。