終わりと始まり

赤い造花とその下に伸びた薄い白い布。ご卒業おめでとうございます、と黒い文字で書かれているそれが胸元で静かに揺れていた。安全ピンで、今日で最後の学ランにつけられていたがその学ランにはついているはずの金色のボタンがなくなっていて風に揺られるまま中に着ている白いワイシャツが見えていて。

「すごいね、吹雪くん」

追い剥ぎにでもあったようなそんな格好に紺子ちゃんは瞳を丸めて素直に関心している。やっぱり吹雪くんは人気者だね、とそれはそれは嬉しそうに笑顔を浮かべるものだから僕はため息をついてしまいたくなった。この状況でどうしてそんなに嬉しそうに笑えるのかな、もっとこう、ボタンがなくなって残念みたいな、そういう反応を期待していたのだけど。まあこれはこれで紺子ちゃんらしいんだけれど、さ。

「どうして女の子たちはさ、第二ボタンを欲しがるのかな?」

なんて本当はその理由を知っているんだけどね。第二ボタンを欲しがるのは、心臓に一番近いから。だから一番近くの、好きな人の、ボタンが欲しい、と。でもそれは一方的な気持ちで僕の気持ちはどこにもないわけで。別にボタンくらい、こんなものが欲しいのならあげたってかまわない。だけど第二ボタンだけは、譲れないんだ。君たちが欲しがるように僕にはこれを持っていてほしい人がいるから。

「なんでだろう…」

紺子ちゃんはその理由を知らないみたいで首を傾げて、うーん、と真剣に考え始めるから思わず笑い声がもれてしまった。本当に真面目で純粋でかわいいなあ。そんな僕を不思議そうに見上げる紺子ちゃんの頭に向かって僕は右手を伸ばしてそのまま髪の毛をくしゃりと撫で回してから目線を合わせるように腰をかがめた。

「第二ボタンって心臓に一番近いでしょ?だから、その人の心や気持ちが欲しいから。それを近くに感じたいから、だって」

それを踏まえて今僕がこれを紺子ちゃんに見せたらどんな反応をしてくれるのかな。右手を紺子ちゃんの頭から離して胸元に、第二ボタンがあった所に近付けて右手を握る。その手を追うように紺子ちゃんの瞳が動くのを確認してから僕は右手をゆっくりと開いた。その手の中できらきら光るのは元の位置に戻された、第二ボタン。

「僕の気持ち、受け取ってくれる?」

驚いたように見開かれた瞳に第二ボタンがめいっぱいに映ってから、僕の顔に向く。それはどういう意味かなんて聞かないでね。それでもわからないのなら二文字の代わりに教えてあげる。揺れる丸い瞳に映る僕を確認して第二ボタンに唇をそっと押しつけた。これで鈍い鈍い紺子ちゃんにもわかったんじゃないのかな。その証拠に紺子ちゃんの、頬が、耳が、顔全体が、赤く染まっていく。

「え、っとあのっ」

戸惑ってこぼれる形にならない声を僕は無視をして第二ボタンを差し出す。反射的に伸ばされた紺子ちゃんの手のひらに第二ボタンを落としたら笑ってみせた。手のひらに乗せられた第二ボタンに視線を落としてまだ戸惑いながらもボタンを包むように手のひらを握った紺子ちゃん。それは僕の気持ちを受け取ったと思っていいのかな。ありがとう、なんて小さな小さな声が聞こえてきて目元が緩んでしまう。握られた手のひらの隣で揺れるお揃いの赤い造花と薄い白い布にそういえば卒業式だったんだっけと急に思い出した。今日で僕たちは白恋中を卒業するけれど僕たちの関係はまた新しく始まる。そう思ったらこれからが楽しみでしかたなくて情けないくらい頬が緩んでしまった。ねえ、紺子ちゃんもそう思ってくれたなら嬉しいな。