*死亡系ネタ
「これで、いつでも天国へ行けるわ」 彼女はゆったりと微笑み、そう言った。 純白のヴェールを纏い、月の光を浴びて煌めくその姿はきっと、この世界の誰よりも美しい。いつまでも自分のものにしておきたい、共に生きてゆきたい。そう思うのに、彼女はもうじきいなくなってしまうのだ。
「折角なんだ、縁起の悪い事を言わないでくれ」 「そうね、一巳さんはロマンチストだものね」
長くアリスを使い続けた彼女の体は、既に限界を迎えていた。けれど、私がそれに気付いたのは、もう手遅れになってからだった。
「本当は、一巳さんを看取ってから逝きたかったけれど」 「是非そうして欲しい物だ」 「でもね、いいの。これで十分」
ドレスをそっと撫で、目を伏せる。 「君に永遠の愛を誓うよ」 「ええ、私も」 深夜の教会、張り巡らされた結界。今この場所に居るのは、本当に自分達二人きりで。
「貴方が死ぬその時まで、きっと私の事だけ想っていてね」 「ああ、勿論だ」 「でもあんまり待たされると、柚香ちゃんと先生が羨ましくて拗ねちゃうかも」
血が通っていないのでは、と疑う程に白い頬をそっと撫でた。薄く色付いた唇が微かに震え、言葉を吐き出そうとしたがそれは音として耳に届く事無く、消える。
「……大好き」 「知っているさ」 「ほんとうに、しあわせ」
もしも、このアリスが彼女に通用したのならば。そうすれば、彼女をずっとこの世に留まらせておく事が出来るのに。万能でない能力が、通用しない彼女の体が、少しだけ憎らしい。 ふいに、腕の中に居た彼女が胸を押した。
「そとにでましょう」 私の手を握り、歩き出す。 「どうしたんだ、急に」 薄い手袋越しに伝わる体温が彼女がまだ生きているのだと実感させて、ただただ切なくなる。 やがて入り口に辿りつき、重い扉に手を掛け、
「見て、凄い星空でしょう」 「……ああ、これは凄いな」
私の手を離し駆け出した彼女は、満天の星空を背にくるりと回って見せた。
「私、星になって一巳さんの事見てるわ」 「天国に、行くんじゃないのか」 「ふふ、そうね、天国は夜空の向こうにあるのよ」
そのまま数回ターンし、戻ってきた彼女は少し苦しげだった。 「あまり動き回らない方が良い」 「悲しいなあ、昔はマラソンもできたのに」 手摺を頼りに、その場に座り込む。
「今から、もっと素敵なものを見せてあげる」 「……まさか、とは思うが」 「サプライズ、です」
細い指先を絡め合わせ、瞼を下ろす。ああ、いけない。これじゃあ、君は、
「初等部の子に、協力してもらったのよ」
彼女が発したそれは眩しいくらいの光を放ちながら辺りに散らばり、じきに優しく暖かな情景を映し出す。最初は彼女だけ、次に私や泉水、柚香、沢山の人々。これは、彼女や彼女と共に過ごした人間の、記憶だ。
「ねえ、幻想的でしょう」 「こんな事をして、体は」 「もう、野暮な事言うのね。思い出の映像、って結婚式の定番じゃない?」
ひどく幸せそうな姿に、それ以上はもう何も言えなかった。彼女の隣に腰を降ろし、その光景に目を向ける。幸せも、後悔も、何もかもを、この目に焼き付けよう。決して、消えぬように。
「あなたはきっと、そのアリス故に此の先もずっとずっと生きていくのでしょう」 「……」 「ほんの一瞬かもしれないけれど、この記憶達の事は忘れないでね」 「あたりまえだ」
そうして満足そうに微笑んだ彼女は、そっと
月に立てた墓標 key word * 天国 手すり 結婚
小ネタでも一度書いたのですが、しっかり書いてみたくて。 彼女のアリスは記憶保存、初等部云々は委員長の幻覚のつもりで。 タイトルはカカリアさんからお借りしました。*13.12.10
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