「ねえ、起きて」 「ん、」 「起きないと襲っちゃうよ」 「……や、です」
まだ眠っていたい、そう訴える身体に鞭を打って起き上がる。
「鳴海先生、生徒に手を出すなんて犯罪です」 「そうだねえ、君が申告すれば僕はロリコンで大問題だね」 「しませんけどね」
お願いするよ。笑う鳴海に釣られ私も笑ってしまう。
「ねえ、朝ごはんは目玉焼きがいいな」 「それは私に作れ、ってことですかぁ」 「勿論」
甘えた風に強請るひとを無碍には出来ず、仕方なしにキッチンへと赴く。目玉焼きとトースト、ウインナー。それからスープにしよう。野菜をたっぷり使ってコトコトと煮込むのだ。 「なんだかこうして見ると幼妻っぽくていいね」 「もう、へんたい」
もしも、本当にそうであれば、それはとても幸せなことだけれど。
「夢みたいです」 「ん?」 「私がこうして、貴方の隣に立っている事が」
これはきっと、かわいそうな私の、しあわせな夢だ。
「君はどうも、自分を卑下するよね」 「そうでしょうか。その点鳴海先生は、自信満々で羨ましいです」
声が少し、震えてしまったかもしれない。どこか気まずくて、ふいと顔を逸らす。 このひとが私とこんな風に、所謂恋人と言う様な関係になってくれたのはきっと同情から。でも、それでも構わないから、このまま。
「リビングの方で待っていてください、すぐに出来ます」 「……うん、分かった。でも運ぶのは手伝うよ」 「はい、ありがとうございます」
ふと蛇口に映った自分の顔は醜く歪んで見えた。私はやっぱり、汚い人間だ。鳴海と同じフェロモンのアリスで、私は一体何人の人間を騙し傷付けただろうか。両手どころか、両足を使っても数え切れないのだろう。とんだ詐欺師、こんな私が幸せになる事なんて、許されない。否、許されてはいけない。 ひどく、苦しかった。夢の中はとても心地がよくて、暖かくて。けれどそれは同時に、強い罪悪感を抱かせた。
「ねえ、私のこと、好きになってくれますか」
ありえない妄想を呟いて、とたんに恥ずかしさに襲われる。 それを誤魔化す様にトースターからパンを取り出して、お皿に乗せた。焼き上がった目玉焼きも盛り付ける。 「ああ、」 力が強すぎたのか、とろりと黄身が溢れ出してしまう。
「もう、雑念って駄目ね」 溜息を零しながらおなべのふたを開け、今度はスープをマグカップに注ぐ。
「崩れたお前は私みたいね」
調った食事を前にしてふとそんな事を思う。綺麗にまあるい方はあのひとで、崩れて汚い方が私。同じ物をもって生まれ、同じ場所に居るけれど、こんなにも違う。
「……先生!出来ましたよ!」 「待ってました」 「1個崩れちゃいました。崩れてない方持って行って下さい」
崩れていない方のお皿を差し出すと、鳴海はふと目を伏せた。
「先生?」 「ん、いや、僕が崩れた方を貰うよ」 「ええ、自分で食べますって」 「そっちがいいんだ」
強い口調に少し驚いてしまう。 「まぁ、それなら、どうぞ……」 「うん、ありがとう」
満足げに崩れた目玉焼きを持ってテーブルへと向かう鳴海を怪訝に思いつつも、私も自分の分を持って後を追う。
「お腹ペコペコだよ、いただきます」 「はい。……いただきます」
軽く手を合わせて、食器に手を伸ばす。先程目玉焼きを自分と鳴海にたとえていたせいか、丸い黄身を崩すのには少しだけ抵抗があった。 「ねえ、」 「なんですか」 「少し見た目が崩れてたって味は変わらなく、美味しい」 「……え?」
大切なのは本質なんだよ、と続く。一体何を言い出すのか、何が言いたいのか。
「君が思っている様に、君は汚くなんて無いんだ」 「せん、せい?」 「僕はとても荒んでいたから、罪の意識なんて無しに人の心を弄んでいたよ」
とても真剣な目に、何もいえなくなってしまう。初めて聞かされる鳴海の過去だった。
「君は罪悪感を感じて、反省している」 「……っ」 「僕は君が想うほど綺麗な人間じゃないよ」
カタンと音を立てて、ナイフが転がり落ちる。拾う余裕は無く、手をぎゅっと握り締めた。
「夢なんかじゃない、現実を受け入れるんだ」 「先生、私、わたし……」 「君はね、少し臆病だけれど、素直で愛らしい僕の生徒、そして未来の花嫁さん」
ぽつぽつとスカートに染みを作る。ああ、ないているんだ。 私は、幸せな夢から覚めてしまった。
「君は誰よりも綺麗だ」
もう、崩れだした目玉焼きをきたないとは思わなかった。
key word 詐欺師 夢 目玉焼き ま、まとまりがない *13.11.28
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