* 02 *


「…え?」

 見慣れぬ駅の改札口。どこだろうここは。まあでも、地下鉄は地下鉄なんだろうからすぐに帰れるか。
 まだそれなりにちらほらと人がいて、先ほどとはうってかわってあまりにも”いつも通り”の風景。

 思わず間の抜けた声を出してしまった。
 慌てて振り返れば、もう私たちが出てきたであろう穴はなくなっていた。
 というか、そもそもこの向きで今私が立っているのも訳が分からない。どう考えても壁から出てきた人たちじゃん私ら。

「一人で帰れるか?」

 そう問われて、なんとなく、定期を探すために、カバンを開ける。
 かばん……かばん……?

「あれ、」

 あれ??
 カバン。
 確かに、電車を出るときに、持った、私の、カバン。
 いや、待て、だけど、違うぞ、これは。

「?どうした」
「………」

 いやに、見慣れたカバン。
 いやこれは確かに私のカバンなんだろう。
 でも、私の記憶として、今日の退勤の時に持ってきた通勤カバンとは、まるで違う。


「は、」



 そうだ。
 あの時、一瞬、何かに気付きそうで、



 ば、と、髪を掴んで見えるように目の前まで持ち上げる。
 茶色。まだそこまで痛んでいない、茶髪。


「!?えっ、え?!」
「え、何」

 引いてる青年なんてほったらかして、私はつけている腕時計や、自身のいまきている服を確認する。

「……!」

 紺色の、プリーツのスカート。ブレザーとネクタイ。
 派手ではないが、黒に金色ががっつり使われた、別にブランドものでもなんでもない腕時計。
 ちゃら、と高い音をたてて腕時計にぶつかる、パワーストーンのブレスレッド。

 そのどれをとっても、”今”の私のものではないことに、今になってようやく、気が付いた。

 葬儀屋なんてやってるもんだから、まあ他所の会社は知らんが、うちの会社は完全黒髪。地毛が茶色でも黒く染める。時計は赤や金は使ってないものを付ける決まり。
 それに、ブレスレッドは、会社に入って新調した。

 どれもこれも、私が付けているはずのないもの。



 こんなのまるで、




 高校時代を再現したみたいじゃないか―――――




「あ、伊地知さん」
「大丈夫でしたか」
「まあ、任務的には問題ないんですが、」
「…!巻き込まれた方がいらっしゃったんですね」
「はい。酷く困惑しているみたいで」
「一旦、車に案内しますか?事情を説明すれば安心してくれるかもしれませんし」
「そうですね」

 酷く私からはなれた世界で、そんな会話をしているような気がした。
 分厚いガラスを何枚も隔てた、全く私には関係のない世界。そんなことないのも、わかっているはずなのに。

 厚意であることは確実なようなので、私は連れられるまま改札を出て、そして、真っ黒い車に青年とスーツの人と一緒に乗り込んだ。
 やはり駅は全く見覚えがないものだった。
 しかも駅名確認したけど、聞いたこともない駅だったし、私帰り方わかんない。


 ………あれ、っていうかなんだかこの人たち、もしかしたら見たことあるかもしれない。



「大丈夫ですか」

 眼鏡のおじさんがコーヒーを買ってくれた。
 疲れた体と脳みそにコーヒーカフェインはしみる。
 緊張がほどけたときのように、少しだけ、泣きそうになってしまった。

 ゆっくりコーヒーを飲んで、それからカバンに入っている鏡で自分の顔を確認した。


 ………あぁ、予想、通りだ。



「お兄さん、出るとこ間違えたり、した可能性ってあります?」

 おもむろに話しかけた私に面食らいながらも、青年はどういうことだ、と答えてくれた。
 なんとなく、諦めに近い落ち着きを取り戻してきたお陰か、コーヒーのお陰か私はようやく、その見覚えのある顔の正体にも行きつく。

 伏黒、恵くんだ。
 私はこの人を、確かに知っている。

 いやまさか、こうして対面で座って会話をすることなんてありえないと、そもそも実在すると思っていなかったのだから、こうしたリアルな人間の質感でそこにいられるとどうしても結びつかなかったんだろう。

 だって、私の知る彼は、そしてその傍らの伊地知さんも。
 夢と希望の少年漫画の、いち登場人物なのだから。

「……私、見るからに高校生ですよね」
「そうだな。」
「……私、違う世界線に来てしまったみたいです」
「…は?」
「この駅、知らないです。私が乗っていたはずだった地下鉄には昇っても下ってもあんな名前の駅なんてないです」
「何を、」
「何を、と言われても、そうとしか。
 あんな化け物が出てきたんです、異世界へ通じる駅に降りてしまったっていうのだって、あり得そうな話ですけど」

 気付いたら誰も乗っていない電車で、得体のしれない化け物に遭遇する。
 帰りの電車で寝落ちてしまって、元居た世界とは全く違う異世界についてしまう。

 そんなの、どちらも同じくらい、ネット怪談でありふれた話だ。
 きさらぎ駅かな????時空のおじさんシリーズかな???猿夢かな???

「……あれは”呪い”だ。
 あんたらみたいな一般人にとっては突拍子もない存在だろうが、あれは少なくともこの世界の水面下でずっとずっと昔から確かに存在し続けてきたものだ。
 世の中の”見えない”大半の人は知らないだろうが、”見える”人間は絶えず存在し続けていて、その組織は確かな歴史もある」
「いや、まあ別にそれを疑っているわけじゃなくてですね」

 この世界の私たち凡人が知らない水面下がある、というのなら。別に異世界トリップくらい起こるんじゃないだろうか。
 まあ、これはそもそもただの異世界トリップっていうだけなんだけども。

「ただあの、いずれにせよ、私、帰る場所がないと思うんですよね」

 スマホを取り出す。
 いやまあ渋谷とか割とリアルな土地をちゃんとモデルにして描いてある作品だから我が愛しの()地元もないわけがないんだが。
 もしこれが本当なら、私うっかり関東に来てしまったことになるしな。
 東京校の伏黒くんがいるってことは、京都校もあるわけだし極端に西に寄ってるってことはないだろう。

 スマホの地図アプリで、地元を調べる。
 ほら見ろ、位置情報めちゃくちゃ東におるぞ。ここ何県だ。

「ここ…千葉ですか」
「ああ」
「私……滋賀……にいたんですけど…」
「滋賀…?」
「はあ…」
「結界の出入りに寄って実際の世界との位置情報に齟齬が出ることは、確かにままあります」

 伊地知さんが、助け船を出してくれた。
 まあ確かに、ありそうな話ではある。

 実際、滋賀の私のいた土地を調べて、グーグル航空地図をめちゃくちゃアップにしてみる。

 ……お、おやおや。私の住んでたアパート、近隣丸ごと更地だなあ……?
 結構築年数のあるアパートだから、多分グーグルマップ作った時にはもうあったはずだぞ。
 っていうかこの漫画実際から数年前が舞台じゃなかった?平成の終わりくらいだったでしょう。
 今令和もいいとこよ???

「あ〜〜…」

 控えめに、声を出してみる。
 なんだ、と伏黒くんがスマホをのぞき込んだ。

「これです。私の住んでるアパート」
「……空地?」
「ね。多分結構昔からあるアパートのはずなので……私、未来にでもきてしまったんですかねえ」

 何かの間違いじゃないのか、と言わんばかりのお兄さん。
 確かにそんな都合のいい(悪い)ことがあってたまるかとは思う。
 が、オカ板なんていつもご都合主義みたいなとこあるやん。そんなんトリップになったらもっとやでこれ???

 大体行くとこなくなってて原作キャラのお世話にならざるを得ないか知らない家に住んでることになってて謎の生活費が振り込まれているか、原作の強キャラにおもしれー女とか言われて囲われるかの3パターンやで????(偏見)(ジャンルにもよる)

 この漫画だと五条先生出てきて気に入られて高専に入れようという無理やりな展開が王道そうですけど、どうですかね。その場合五条先生寄り不可避なんですけどそれはちょっと困りますね???夏油さん派なんですけどね私???

 いや、まぁこの凡人があんなドチートに気に入られる要素ないのでそれは大丈夫か。
 天地がランバダ踊ってもおもしれー女。とは言われないだろうから大丈夫だ。

 ちなみにもっと言うなら推しは上からふるべゆらゆら(原作出てきて秒で最推しに台頭)、陀艮ちゃん(特に呪胎)、花御さん(流石にみんな好きやろ)。

 イカイシンショウさんマジかっこよすぎるやろ流石に。推せますねえ……。あ、あとパパ黒さんもめちゃくちゃいいですね。女の人はみんなどちゃくそかっこいいのでみんな好きです。

 いやあ〜〜〜〜マジで死ぬの確定しないと会えないってわかってるけど折角目の前に伏黒恵おるんやから一目でいいから見たいな〜〜〜〜〜〜〜〜流石に無理やろうし将来有望な若者に軽率に死ねとはよう言わんけども。いや夢って捨てたもんじゃねえなマジ。色んな意味で。

「……そんなことが?」

 納得がいかなさそうな顔で、伏黒恵が私を見ている。そんなこと言われてもなあ。
 しかもこの様子やと多分お財布まで高校生なってるで私。
 元々の社畜ババアのお財布でATMもちゃんと使えるならまだしも、週6でバイト行ってるとは言えたかが高校生のお財布やからね???勤務時間の短さなめるな???あとぼくのおちんぎんままがつかいこんでたからね(合意の上)

 まぁでも、ドッペルに遭遇すると死ぬっていうし、家がないならないでそれも安心かもしれない。
 友人とか母親に関してはこの世界は知らんが少なくとも元の世界で普通に生き続けていることだろうし。

「記録はありません。ただ、可能性がゼロではないのと、呪いと同じようにいつの時代も必ずそういった類の逸話、言われが存在しているのを見ると、本当に起こりえることなのかもしれません」

 などと真面目に話している傍らで、私は興味本位で現在の勤務地を調べてみた。
 結婚式場だった。うん。まあ、惜しい!似て非なるパラレルワールドですね。もしかしたらこの世界線ではこの時代になってもバブル時代のレベルで若者が結婚式に憧れて実際に執り行っていてめちゃくちゃ儲かってるのかもしれない。

 後は……高校時代のバ先だな。
 ん〜〜〜〜あ〜〜〜めっちゃ民家みたいに見えますね〜〜〜〜!
 っていうかこのへんこんなに住宅街だったか?????

 ここは似て非なる土地。私の千葉とは違う土地。似本だ。亜メリ仮、仮フォルニアみたいなもんだ。アーカムかな。

「いずれにせよ、このまま放り出すわけにはいきません。今後の対応は補助監督側で行いますので、ひとまず高専に戻りましょうか」
「それはそうですね」

 そういって、伊地知さんは車を発進させた。




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