* 28 *




 そんなわけで波乱を孕んだ姉妹校交流会。
 丸一日の休暇日を取り、予定を一日先送りにして、予想通りの続行と相成り申して。

 二戦目のプログラムは、みんなの”予想通り”の”予想外”。そうですね。野球でございます。
 当然、一戦目と同じく私も野球にも参加せねばならずみんなでわきあいあいとスポーツマンシップにのっとった試合を行い、姉妹校交流会は無事、参加メンバー誰一人として死者を出すことなく、閉幕となりました。

 結果は完全勝利。まぁ、一戦目はあんまり勝ち負け付けづらい結果にはなってしまっているんだが、如何せん、京都校、呪霊討伐レースやぁゆーとんのにみんな虎杖くん殺しや東京校メンバーとのタイマンにまっしぐらで本丸呪霊どころか三級呪霊すら一体も倒していない始末であり。
 一応それを鑑みるとうちの方は三体くらいは処理していただろうという事で、一応の勝ち星をもらうことが出来たという塩梅でございます。

 その晩は珍しく二年生と一年生、示し合わせて学食で集まって、プチ打ち上げ会などというものも行いました。

 結局、花御襲撃のことも、特級呪物が盗まれていることも、原作通り大人たちは私たちに隠し通すつもりであるようで、初日のアレに関しては現在調査中、という何ともお役所仕事的な発表で有耶無耶にされている現状であります。

 とは言え、日があけて、久々に戻ってきた平穏。
 私にとっては狗巻コーチとの鬼の特訓が終わり、交流会というイベントも終わり、本当に本当に久しぶりの日常、と言うわけでありまして。

 今朝早々に一件の任務を真希さんと片付けてきたところなのですが、その任務ですらも、というか高専を出るという行為自体もとてもとても久々すぎて、行菱、完全に浮かれ散らかしている状態でございます。

 だって!!!午後!!!オフですからね!!!しかも明日も今のとこオフですよ!!!!!!

 こんな自由な時間がたくさんあるってほんと久々…!体感でいうと五年ぶりくらい!!!!
 どうしよ!体も全然しんどくないしなんでもできるし昼寝もできる!!!今から出かけるのだってできるんだもんな!!!!!自由って素晴らしい!!!!
 朝もいつまで寝てたっていいんだもんな!!!!(よくはない)


 などとるんるんで購買に向かっていれば。

「高菜」

 この前まで当然のように毎日朝から晩まで顔を見続けていた見慣れ切った顔が、私の前に現れました。
 条件反射でドキッとしてしまった。
 いや、大丈夫。別に今日さぼったわけじゃないもんな。やましいことなんてなんもない。大丈夫。

「お疲れ様です。自販でも行くんですか?」

 私がそう問えば、彼はおかか、と首を振った。

「たらこ」

 おまえをさがしていた。…と、いうような意味のことを云っているらしい。
 いや、ともすればホラーです!!!!いや私の単語選びが悪いんでしょうけれども。
 狗巻さん、口語どんな口調か分からんもんで。素朴にするとなんかこう、強そうな感じになってしまうな。お前とかいうんかな、この人。

「探されておりましたか。どうされました?」
「すじこ」
「あぁ、はい、大丈夫ですよ」

 私がそう返せば、彼は頷いて、歩き始めた。
 大方方向的に学食かどこかだろう。コーヒーでも飲みながら話そうぜってことか。

 ………うん、ほんのり、私の都合の悪い展開のような気がするな。




◆◇◆◇◆



「………いやあ、それに関しては本当にごめんなさい。ほんと、あんなヤバイのが出てくると思わなかったんです」
「しゃけ。……高菜?」
「いや夢にも思いませんよあんなの。実際、気配、とてもわかりづらいというか…すごく、同化しやすいような気配だったじゃないですか?」
「しゃけ」

 まぁ、そうだ。と言わんばかりに頷いたものの、やはりコーチはいくらか疑わしそうに私のことを見つめてくる。やめてよ!ごめんやん!

「別にほんとに私真希さんが言っていたようなええもんちゃいますからね!?わかりませんよそんなところまでは」
「たらこ」
「ぐぬ……いや、まぁそりゃあ…その先に伏黒くんたちがいたのは分かってました………でも、ほら、二人、バチバチにタイマンしてたから消耗してたんじゃないかと思って。
 二人ともボロボロの所にあんなのとカチあったらワンパンで殺されても可笑しくないとも思いました」

 そう。
 どうやらこのコーチ、私にとって非常に都合の悪いことにほんのりと勘付いているようなのである。

 お前花御のやばさあの距離からでもわかとったんちゃうか?????おん????そんでその先に伏黒達おるんもわかっとったんやろ???おん??正直にゆうてみいワレェ。という感じである。
 あくまで実際の狗巻さんとは関係のない意訳です。

 どうにも、なんだかこのコーチ、私がその二人をかばって花御を呼び、そして一人で引き付けて逃げる気やったんやないかと思っているらしくて。
 クソヤバ特級呪霊を呼び寄せてしまったことは別にいい、と言うかむしろそのヤバイのを狗巻さんの方に持ってきたことに関してはやや褒められたんだけど、如何せんその、一人でどうにかしようとしてたんちゃうやろな疑惑で若干の怒りを見せているようなのであります。

 すみません…雑魚の自覚あるのでそんなしゃしゃり方はしません……大丈夫です…!

「あの時点で一番ダメージ少ないのは狗巻さんだって思ったんですもん……コーチなら何とかしてくれるかなって……」

 事実だろう。実際、京都校の誰とも接敵していない。しかもこの人にとっちゃ三級呪霊の討伐なんて蚊をはたくようなもんだろう。

「……」
「それは”じゃあなんてそのあと狗巻さんが二人の方向に逃げた時に止めなかったのか”って顔ですか」
「しゃけ」
「いや合流して四人になるのはシンプルに戦力増強じゃないですか?」
「……?」
「消耗してる人たちに不意打ち入るのはいやだったんですけど、こっちが大変なことになってる!!!ってところで通りかかって加勢してもらえるのは非常に助かるかなと。あの二人だってめちゃくちゃ手練れだし」
「……。しゃけ」
「納得していただけましたか」

 こくり、とやや不思議そうだが、コーチは頷いてくれた。
 しかし。

「……たらこ。」

 語の圧ぅ!!!とはいえさ、と言う幻聴すら聞こえた!!なるほど!!!狗巻さんガチ勢はもはや幻聴聞こえてるんだな!!だからあんなスムーズに会話しとるんやわ!!!

 そしてばれてますねえこれは!!!あの瞬間の逡巡めちゃくちゃばれてますねえ!!!!
 コーチが走り出したあの瞬間、ワンチャンもしかしたらコーチじゃなくてこっちに向かってきてくれないかなって期待しちゃったとこまでしっかりばれてますねえ!

 いやでもそれはもう原作通りの戦闘はしてもらわなあかんと分かってたから、私にタゲあると分かっても全然コーチについていくつもりではありましたけれども!!!!けれども!!!!ちょっとシンプルに興味があっただけだもん……。推しだしさあ……!推しの眼中に入りたいってそんな変なことじゃないでしょお!!!!

「いやあれは!どっちに意識が向いてるかって把握しとくのっていざというときに必要かと思ったんです!ほんとに!!!喧嘩売ったの私だし!!」
「………」

 狗巻さんのじとっとした目でガン見する攻撃!
 こうかはばつぐんだ!

「じゃ、じゃあ私はこれで」

 行菱は逃げ出そうとした!
 しかし!回り込まれてしまった!!!

「………」
「えひん……」

 流石にぴえんと言えるほど愉快な空気ではない。
 相変わらずじとっとにらまれながら、がっつりと二の腕を掴まれた私はそれ以上まんじりとも前進できなくなってしまって、諦めて逃げる体勢をやめた。

「すじこ」

 今回は自分がいたからいいものの。今後は絶対に何があってもそういうことはダメだよ。
 なんて諭すようなことを云って、狗巻さんは心配そうに眉を下げる。

「……もしかして、心配してくださってたんですか?」

 きょと、と思わず目をぱちくりして、私はそう聞き返す。
 当然だろう、と言わんばかりにコーチは頷いていた。
 そうか。まぁ、問い詰めてくるところを見る限り、薄々そうかなとは思っていたが、まさかほんとにそういう善性のものだったとは。
 ほんとこの人も人がいいな。おばちゃん心配になっちゃう……。

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。私、自分が雑魚なこととか誰より分かってますし、戦闘に対する度胸も人一倍ないの分かってますし、そういう類の無茶はようしませんよ」
「…しゃけ?」
「はい。そこはほんとに安心してください。助けてほしい時の救援要請の速さは誰にも負けない自信があります」

 少し茶化すように言えば、冗談だとわかってくれたのか、狗巻さんも少しだけ表情を柔らかくした。

「まぁ、今回結果的にみんなめちゃくちゃ深手を負ってしまったし、狗巻さんだってかなりつらい目に合わせてしまったので、軽率だったな、とはとても反省していますが。」
「おかか」
「狗巻さん、優しすぎません?大丈夫ですか、しんどくないですか、そんだけ人にやさしくて」

 私の打算にまみれた戦略に乗ってどえらい深手を負ってしまったというのに、自分のダメージについては気にするなと私のフォローまで入れてくれる始末である。ほんと、心配になる。優しすぎないか。なんなら怖いまであるが????

「おかか」
「まぁ……まぁ確かに、あんなん出てきてもうた以上、学生総力戦するしかなかったやろうし、どのみちそうなった、っていう言い分もわかりますけども。でもやっぱりちょっと、」
「しゃけしゃけ」

 本当に優しい人である。私の罪悪感をみじんこたりとも残したくないらしい。
 どのみちそうなっていた。あんなの相手にしたんだ、被害はむしろ最小限に抑えられた方だ。なんて、当然のように擁護してくれちゃうもんだから、なんかもう、甘えたくなってきてしまった。

 私は打算で、この自分よりも全然幼い人たちの命を危険にさらして、痛い思いもつらい思いもさせた。
 何一つ、守ってやることも力になってやることもできなくて。

 でもそれは、それで必要なことだから、と諦めた、聞き分けのいいふりをしていた。でも、結局、そんなのは「ふりをしていた」だけ。

 コーチと同じように心配になる気持ちや、痛い思いを代わってあげたい気持ち。ごめんねって罪悪感や、私がチート能力持ちだったら何とかしてあげられるかもしれないのに、っていう悔しい気持ちや、無事でいてくれて心の底から安堵している気持ち。そのどれもが、紛れもない本心だ。

 だから、そんな風に、こんな私の打算にかまけた怠惰を許容されてしまうと。

 実際、他人の目がある以上、泣いたりなんてしないけど、それでも、本当に、見ないふりをしている本心を改めて自覚させられるような気がして、本当に、うっかり、涙でも浮かびそうになってしまう。

「え」

 わし、とおもむろに、頭に手を置かれた。
 その、人の頭を撫でる、と言う仕草が思いの他男らしくて、酷く可愛く思えてしまった。

 ……この人は、他人の感情の機微にとても敏感なのかもしれない。

 訓練が辛すぎた頃にも、すごくすごく心遣いをしてもらったし、本当、些細な表情やしぐさで、すごく的確に、他人の気持ちがわかる人なんだろう。

 それって、とてもやさしくないとできないことだ。
 周りの人が辛くないように。嫌な思いをしないように、って思う人にしか身につかない視点のはずだ。

 本当にいい子なんだなあ、と、打ちひしがれたような気持ちになってしまった。

 狗巻さんはそのまま、何を言うわけでもなく、ゆっくりと私の頭をなでる。
 でも、その優しいまなざしで”色々考えてくれてありがとう”なんて、本来なら私が言わなくてはならないだろう「言葉」を確かに伝えてくれていた。
 つくづく、目は口ほどにものをいう、という言葉を心の底から実感させてくれる人だな。

 人間、言語というものに私は重きを置いている。いた。
 だから、呪力を初めて扱う頃には、伏黒くんが丁寧に言語化して伝えてくれることにとても感謝していたし、実際、だからこそここまでスムーズに習得することが出来た、とは思っている。

 でも、どうだ。今度は、今回は。

 そうだ。
 今回のこの交流会前の訓練は、その時とはまるで真逆の状態だった。
 言語化した説明は一切ない先輩。主目的くらいは分かっているけれど、どこが悪いとかどこをどうすればよくなるとか、ほとんど、言葉でのやりとりはなかったはずだ。
 
 だけど、どうだ。
 結果、コーチだなんだって言って、伏黒くんと遜色ないくらいには、「先生」としてたくさんのことを教えてもらって、ここまで、立派に成長させてもらった。
 そして何より、当の私が、ただの一度も、”その訓練方法”を嫌だと、やりづらいと一度も思った事がなかったではないか。


 ……大人の悪いところだよなあ。反省しないと。

 なまじ、色々経験してきてしまった分、自分のしてきた経験で、どうしても良しあしの判断基準を作りがちだった。
 私にとっては、「言語化して教えてもらう」方が「良い」。
 できることなら「実践を交えてやる」方が「良い」。

 それは確かに事実の時もあるけれど、それと同じだけ、事実じゃない時もあるのだ。

 環境。時間帯、ひと。そこにある様々な要素で、どんな事象だって変化する。変容する。
 絶対、なんてことはないし、私たち擦れた大人は、自分らの思っている以上に、無意識的に、全然そのつもりのないところから「偏見」という凝り固まった視点でしかものをみられなくなっているようだ。

 これは、今後も肝に銘じていきたい気付きだな。
 特に、生きるか死ぬかの世界だ。できる発想は柔軟にしていく方がいい。

 差別も偏見もステレオタイプも、他人に押し付けたくない人だし、自分はそういう穿った見方はしない部類の人間だと慢心していた。
 気を付けよう。多分、他にもこうして気付けていないことは沢山あるに違いない。

「コーチ」
「?」
「ありがとうございます。なんだか、すごくすごく、大事なことに気付けた気がします」
「??」

 不思議そうに、狗巻さんは首を傾げていた。

 でも、私は、それ以上何も言わないまま、黙ってもう少しだけ、そのちょっとだけ乱暴な優しい手付きを甘受することにしたのだった。






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