* 26 *
―――――死して、賢者となりなさい。
ずあ、と、はなみの背後で、大きく蠢く気配。
直後。
木の根が、津波のように、圧倒的な質量をもって押し寄せる。
駆け出したのは、全員同時だった。
完全に背中を向けての、逃走。
軽やかに津波をのりこなし、はなみもこちらを追って走る。
木の幹分くらいの太さの根がともに追ってくる。
大きいのも怖いが、何よりあれが怖い。
質量が低い分、とても機動力や操作性にとんでいる。的確に致命傷になる部分を狙って、穿つ。
できるだけ、コーチの喉は温存させたいところだ。相手の攻撃は一点。こちらを、いや、誰かを的確に狙っているはずだ。
いらない予備動作は隠せ。三人にばれるな。意識だけ向けて。反射神経に全振りしろ。
………今!
唐突に、そして無理やりに足を止め、勢いを使って180度振り返る。
こういう細かな体の使い方は鬼ごっこのお陰で大分うまくなったとは思ってるんですよね!!!
ほぼ同時。
こちらを狙った木の根がまっすぐに、とてつもない勢いで伸びてくる。
伸びてくれると、私としては都合がいい。
大きく、斧を振る。
相当固いと覚悟はしていたが、完全には歯が立たないほどではないらしい。
中ほどまで刃が食い込んだ。そこで、根の動きは止まる。
い、いいぞいいぞ!案外多少は妨害に加われるか!?丈夫だな、りんほん。流石だぜ!!!
「行菱!!!!」
目にも留まらぬ速さで、私の横を何かが通り抜ける。多分加茂さんの術式。
風圧だけ感じた。多分、弾丸とかもこんな感じなんだろうな。
そのままもうひとふんばりをして、根と斧を地面にたたきつけた。
先が丁度、斧によって切断された。よし!!!!私は木こりになります!!!!!!!!!
「行くぞ!!」
「はい!」
百斂を受けとめるため、はなみの挙動が一瞬、完全に止まった。
それを見て、私たちは再び逃走を始める。
「話には聞いていたが、流石だな」
「りんふぉんですか?」
「あぁ。まさかアレに純粋な打撃でダメージを与えるとは」
「まぁほんとにほんとの末端の部分だから通ったんでしょうけどね」
「それはそうだろうが」
一行はそのまま、再び屋内を目指す。
加茂さん屋内好きね!インドア派か??
「高菜」
「そうだやめとけ、無茶だ、なんかあったらどうすんだ」
「えっ!?」
不満そうに狗巻さんと伏黒くんが言い出した。
いやまあばれたら先越されるか止められるとは思った故の行動ではあったがキレられるとは思わなかったな!?!?
「いや私だって別におる以上できることくらいはするで!?」
「一番危なっかしい奴が止めに出るな。怪我人抱えて走れるほどこっちも余裕ねえんだぞ」
「私、自衛、出来る!!!」
「出来てもだ」
「なんでや!まだ一番無傷なのも私なんよ!」
「当然だろ行菱が無傷じゃなかったら学長暴れるぞ」
「アッまぁそれはそうですね!?!?!」
「だから、おとなしく、前を、走れ」
「声の圧!!圧すごい!!」
とは言え学長だって暴れこそすれこんな状況やったってわかれば別に誰も責めないでしょうよ!そんなこと言ってる場合じゃないんだから今!!
「でも見たでしょう、りんほんめちゃくちゃ丈夫よ。盾くらいになるよ」
これ野球みたいに面を向けて振りぬいたら打ち返せるんじゃないかな。
「来るぞ!」
ごちゃごちゃ言っているうちに、次の砲撃。
今度はばっと加茂さんが最後尾を取った。つまり、はなみに一番近い場所。
三つのたまが浮いている。
そこから鋭い根がそれぞれ、勢いよく放たれる。
「 ”止まれ” 」
狗巻さんの声が目に見えてざらついてきているのがわかる。聞いているだけで痛々しい!
だが、効力は変わらず。
ビタ止まりしたその球体の一つに向かって私は斧を振り上げる。
「百斂」
加茂さんが術式で攻撃を放つ。
球体は綺麗に両断された。
そのまま左手を払って、術式で片側を焼く。割かし、今できる全力。
着火ののち、それは勢いよく燃え上がる。生木は燃えないもんだけど、まぁこの火は人体も焼く火だからな。根っこくらい燃やせるのかもしれない。
それはすぐに、灰になった。
「!」
はなみが少しだけたじろいだ。
穿血が弱点をかすり、そして顔に傷がつけられていた。
よしよし。
私は斧掴まれてぶん投げられるのが一番怖いので本人には攻撃できないけど、そうだな。派生した根っこや球体が燃えることが分かったのはでかいかもしれない。
いいぞいいぞ。あらゆる要素で有利属性だ。推しが自分に対して有利属性なのはわかるが逆となると不思議な感じだ。
まあ他の推しには水の権化だこんちゃんが控えているんですけれども。ひゃくぱー手も足も出ないの分かってるんですけれども。彼には。
「急げ、どうせすぐ直してくる」
加茂さんは再び走り出す。
徹底的なヒットアンドアウェイ戦法である。良いね、我ら格下には正しい戦闘方法。
「ゴホッ、ゲホ、」
「大丈夫ですか」
喉の薬をキメてるコーチに声を掛ける。
彼はただ、ぐいとそれを飲み干して、頷くだけの返事をした。
うん、それ大丈夫ちゃう奴やね。
「このまま外に出る」
「はい!」「わかりました」
加茂さんの指示に従って、先陣を切っている私と狗巻さんがそのまま、あいた扉を駆け抜ける。
少しバルコニーがあったが、そんなものは無視して、その先の屋根の上まで飛び出した。
さぁ。見たことある景色だ。
すかさず、外で待機していたらしい鵺くんが合流する。
はなみんも私たちを追って屋外へ。木の根が私たちの足元を狙い押し寄せる。
「狗巻先輩が止めてくれる。ビビらずいけ」
鵺くん、決死の大特攻。
狗巻さん、この一撃だけでも持たないか…?!
「 ―――――”止まれ”」
「!!」
ばち、と、はなみの動きが止まる。足りた!
「が、」
ぶしゃ、と、嫌な音。
慌てて振り返れば、狗巻さんが盛大に吐血して膝をついている。
流石に、ただでは済まないか……!限界ではあるようだ。
「…!狗巻さん!」
視界の端に、嫌なものが映る。
バチィ!と重たい音がする。鵺くんが攻撃を成功させた音だろう。
だが、今私はそれどころではない。
狗巻さんのもとへ駆け寄る。
間に合うか…!!?
木の根の球体が1つ、狗巻さんを狙うように、頭上に浮かんでいる。
そしてそれは鋭い根を伸ばし、狗巻さんを貫こうとして――――――
ダンッ!
「……っひい!間に合ったぁ…!」
寸でのところであった。
何とか狗巻さんの目の前に斧を突き立てて、根を阻むことに成功した。
やめて、僕そんなの知らないんですけど。や、まあそんなの言い出したら今回すでにちょこちょこ原作と違うことになってるからアレなんですけれども。
「…!」
はく、と、息を吐くだけの狗巻さん。だが、いつも大して意図を伝えるという意味では役に立っていない単語ばかりで話す彼の言わんとすることは、それだけで、理解するのには、十分すぎるほどだった。
だって、いつもは今と違い、顔の半分が隠れているのだ。それに比べたら、表情が読みやすい分、なんてことはない。
「はい、大丈夫です。狗巻さんこそ、大丈夫ですか」
こくり、と、彼は頷いた。もはやおにぎりの具すら出ない彼のそんな肯定は信じるには値しないんだけれども。
木の根は愚直だった。
道を阻まれても、そのまま、ただ斧を押し、突き破ろうとしているようだった。
私はそんな末端に、斧ごしに火をつけた。
かさばるもんを持ち歩いている、というのはそれはそれで防御面では非常に有用なんだなという事にようやく気が付いた。
火があがり、延焼し、球体に至る。これはもうはなみ本体の意識から切り離されているんだろうか。
最早攻撃の意図も何も感じなくなったその球体が地に落ちるのを眺めていた。
放っておくと、やはり燃え尽きるまでに時間がかかるな。呪力をしっかり込めて、すぐに燃え尽きさせるように力まないといけないようだ。
「あっ、ちょっと、」
知らぬ間に、静かに狗巻さんは立ち上がり、そして攻防を繰り広げる前方へと歩み寄っていた。
私の知らないうちに加茂さん鵺くんがリタイアしている。そこの展開に関しては避けられぬものでったか…すまない加茂さん…助けれるなら助けてやりたかったんだが、先に攻撃された方をかばっちゃったぜ…。
分かってはいたが、反射的に手が伸びる。
闇雲につかんで、留めようとした手だが、狗巻さんはそれをすると上手に躱して、迷いのない足取りで、進んでいく。
………まぁ、そうだよなあ。結局、私、今日の今日まで、一度もあの人を捕まえること、出来てないんだもんなあ。
「高菜」
ダウンした加茂さんをかばい立つ、伏黒くん。
そんな彼の肩を叩いて、狗巻さんは声を掛けた。
そしてそのまま、狗巻さんは花御に向かっていく。
そう、迷いも、躊躇も何一つない、確固とした足取りで。
「狗巻先輩!それ以上は…!!」
だが、そんな静止は、彼にとって些末なものなのだ。
きっとそれは、彼のプライドなのだ。
可愛い後輩を守るため。自分さえがんばれば、他者を救えるというのなら、当然のようにそうして見せる、彼の矜持であり、そして、紛れもない優しさだ。
―――― ” ぶ っ と べ ”
「っーー!!」
私でもわかる、破裂音にも似た、空気の波紋。
それは、確かに、”物質以上”の質量を伴って、攻撃対象へとまっすぐに飛んでいく。
直後。
”言葉通り”に、花御が”ぶっ飛んだ”。
がく、と、膝をつく狗巻さん。
私はあわてて駆け寄る。
「!」
伏黒くんが、上を見上げて瞠目した。
目が悪くて私には分からないが、おそらく、真希さんの登場なのだろう。
「狗巻先輩、頼んだ」
「わかった」
すぐに気を取り直して、伏黒くんはそういってかけていく。
私は言われた通りに狗巻さんを仰向けにして、声を掛ける。
うっすらと意識はあるようだが、全てのエネルギーを使い果たしているようだった。
「加茂さん、加茂さん。大丈夫ですか」
ひとまず警戒は怠らないまま、加茂さんにも声を掛ける。
こちらは完全に意識がない。顔にかなり強めの攻撃を食らっているようだ。脳震盪とかが怖い、あんまり動かしちゃいけない奴だ。
どうしたもんか。
やべえのは花御だけってわかっているし、戦闘中の二人を追ってもいいが、むしろこのまま介抱の振りをして離脱するほうがあっちの二人にも私にとっても得策か?
「!」
ふいっと近くで動く呪力に気が付いて、私は反射的に上を見上げた。
「大丈夫!?」
西宮さんだった。
「西宮さん!」
「二人は!?」
「生きてはいます。ただ、二人とも不用意には動かせない状態で」
「頭打ってる?」
「加茂さんは。狗巻さんは大丈夫です」
「そう……。やっぱりアヤメちゃんを呼んでる方がよさそうね」
「出来るようなら、ぜひ」
そういって、西宮さんはスマホで電話を掛けた。
すぐに、ばりばり、とあのぶあつい布を引き裂く音がした。
「みんな大丈夫!?」
アヤメちゃんの登場である。
「アヤメちゃん。加茂くんが頭を強く打ってるみたい。狗巻くんは私が運ぶから、出来るだけ動かさないように、加茂くんを先生たちの所まで連れて行ってくれる?」
「分かった。桃ちゃん先輩、狗巻くん連れてける?大丈夫?」
「大丈夫よ。」
そういって、彼女は狗巻くんを頑張って箒に乗せて飛び去った。乗せるのに手を貸した。
ふいん、という挙動に若干のふらつきを感じ心配ではあるところだが、私らは私らでもう一人の重症人の方に神経を使うことにした。
「どうする?私どうしたらいい?」
アヤメちゃんにお伺いを立ててみる。抱え上げるならやるぞ、みたいな意味。
「ああ、大丈夫だよ。加茂先輩の真下に穴をあける。」
「私、中からキャッチする?」
「あはは。できるならそれ普通にすごいけど。大丈夫だよ。まぁ、みてて」
じじじ、と地面に見たことのない亀裂が入る。
そしてそれは、ゆっくりと開く。
が、開いた先は、いつもの瞳孔の奥のような暗黒ではなく、何か、真っ平な、白色の、
「!」
「ね?」
なるほど、と思わず声が出た。
地面、という皮を一枚剥いだその下には、真っ白でまっさらな、大きなベッドが広がっていた。
ばりばりと穴は大きくなって、やがては完全に加茂さんの下からなくなる。
加茂さんが完全にベッドに乗った時点で、静かにそれは下がって言って、そして静かに口を閉じた。
「くるるちゃんもこっちおいで」
手招かれて、アヤメちゃんのいる穴から、結界の中にお邪魔する。
なんの違和感もない高さ、ただアヤメちゃんが足をつく地面に、大きなベッドがおかれていて、その上に、加茂さんが寝転んでいた。
「なんて便利な………」
「ほんとにねえ」
けらけらと笑って、アヤメちゃんは私の後方の、空間の穴を閉じる。
とっぷりと真っ黒に取り囲まれたような、若干の不安感が背筋を襲ったが、それも一瞬だけのことだった。
「東京でよかったよね。家入さんいるし」
「やあ、それは本当にそう」
ぴ、と彼女が少し別のところに爪を立てる。
引き裂く隙間から光が入り、中を明るく照らしていく。
「硝子さん!」
あいたあなからコンニチワ。
見えたのは、いつもの医務室で、そして見慣れた、我が校の養護教諭の先生の顔。
「わあ、君はまた、なんちゅーとこから」
大して驚いてもいなさそうなトーンでそういって、先生はぱちぱちと瞬きをして見せる。
「なんか交流会がえらいことになっとんはもう聞いてますか!?」
「あぁ、まぁ、聞いているけれど。負傷者が多いようだね。絶対に医務室から出るなとお達しが来たところだよ」
「そうですか。ならよかった。この人がその一号です!!!!!」
二人でばりばり穴を大きくして、奥に寝る加茂さんを示して見せた。
「わあ、何?結界使いなんだ?後ろの子?」
「そうなんです。京都校の有栖川アヤメっていいます」
きゅるん、と可愛い顔をしてアヤメちゃんは自己紹介をした。
まあ硝子さん嫌いな人なんておらんわな。わかるわかる。媚びていこ。
「あぁ、君が……。それで?奥の子…加茂くんだね。大丈夫?ここに下ろせる?」
「むしろ、先生コッチ上がってもらってもいいですか?」
「あー、まぁ、それでいっか。じゃあお邪魔するよ」
そういって先生は立ち上がって、結界に足を踏み入れる。
「おやまあ。随分重症だね。これは、術式で直せはするけど、多少自然治癒の時間も必要になるだろうね」
「まあ死ななければなんでも大丈夫です。死ななきゃなんとかなる」
「まぁ、それはそうかな。反転術式って、やりすぎても負担になるからねえ」
そういって、先生は加茂くんの状態を見分したのち、治療を開始した。
「くるるちゃん、この後どうする。誰かのとこ行くなら開けたげるけど」
「んん…!どうしよう」
真希さん。いや、もうそのあたりは終わっているかもしれないな。
他の人……。いや、大人しくしているほうがいいか。
「いや、大人しくしてる。行ったとて私では加勢にはならない」
「んー、まぁ、それはそうなんだよねえ。アヤメもそうだし。もう大人しくしておこっか」
「です」
「うん、まぁ、それがいいと思うよ。結構前に五条たちも向かってるみたいだし」
「あぁ……なら安心ですね」
真希さんのクソかっこよシーン生で見たい気もするけど、得てして人間、一番かっこいいのってめちゃくちゃ追い詰められてる場面なんよな。やべえ状況じゃないとそのかっこよさって際立たないっていうか。
だからそんなの軽率に見に行けるもんでもないっていうかね。向こうギリギリのとこで攻防しとんのに野次馬にはよういけんわ。
という事で諦めて、アヤメちゃんに出してもらった椅子に潔く座った。
まぁ大丈夫だろう。帳の所為で完全に帳の外の気配や呪力は分からなくなっていたけど、五条先生が向かっているのなら、問題なく原作通りの結末に違いない。
「他の生徒の状況はどんな感じ?」
加茂さんに目を向けたまま、硝子さんは言う。
アヤメちゃんは何も言わなかった。あんたの方が知ってるでしょ、という目だった。
いや、お姉さんが知っとんのと変わらんのよ。
「あと、少なくとも狗巻さんと伏黒くんはきます。もしかしたら真希さんも。後は分かりません。のばらちゃんとか真依さんも普通に戦闘してたので負傷はしてるかも」
「なるほどねえ。みんな命に別状、ない感じかな」
「そこまでは分かりません。私はボロボロになっとるけどまだ動ける、という状態までしか見てないので。伏黒くんと真希さんはまだ戦闘してます」
「聞く感じだと伏黒くんまた致命傷こさえてくるかもしれないねえ」
「そうですねえ……。」
頭割られの常習犯ですからねえ、お兄さんは。まぁ今回はおなか裂かれてくるわけですけれども。