* 25 *
方角で言うと、どちらだろうか。北西、というところか。
風景的に言えば、加茂さんと伏黒くんが花御と接敵する、あの建物。
それを目指して、私は今、ひたすらに走っている。
この後が怒涛の戦闘フェーズであることもあり、ペースはやや温存め、呪力補正ゴリゴリである。
切羽詰まる前に今後の展開を整理しておこうか。記憶を頑張って呼び戻すんだ。
たしかメイン戦闘は狗巻さん・加茂さん・伏黒くんのトリオ。
花御さんに追われて狗巻さんが術式で足止め&加茂さんの術式で攻撃のヒットアンドアウェイ戦法。
狗巻さんに限界がきて脱落、加茂さんもワンパンで退場だったか。
そのあと真希さんが到着して伏黒くんとクソかっこよ連携シーンやってんな確か。
そしてそのまま、戦線は湖まで移動する。
伏黒くん今回は頭割られるんじゃなくておなか裂かれるんだったな。真希さんも肩貫通されんねん確か。
で、東堂さん・虎杖くん到着、あとは脳筋テクニカルゴリラたちにお任せして、五条先生がトドメを指すと。
案外覚えてるもんだな。いや、ある意味アドレナリンが出ているのか、これもトリップ特典の一部なのかだな。平常状態ではとてもここまで細かく思い出せるような人間じゃなかったような気がするんだけどな、私。
…ともかく今回もそりゃ致命傷の人間は出ていないけれど、被害と言えば被害は甚大で、無傷の人間なんかほぼおらんわけよ。
特に狗巻さん、加茂さんあたりはめちゃくちゃ重症の部類だ。後伏黒くん。
………とは言え、というところだな。
狗巻さんはいずれにせよ限界まであの手法を続けるだろう。当初の予定通り五条先生の元まで何とか足止めするってのは私がどんだけ加勢でがんばったとて無理なことだ。
真希さんの到着まで何とか耐えられたら、という感じか…?いや、いずれにせよ、彼なら真希さん合流後も自分がどんだけヤバくても花御の隙を作るために言葉を放ち続けることだろう。
きっとそれは私らがいくら止めても変わらないだろうな。
多分そんなことくらいは、あの戦闘をみたことある人間なら誰でもわかることだ。だってあの、自分が完全に戦闘不能に追い込まれると分かっている最後の自爆技じみた大言壮語を放つ、あの時のあの躊躇のない歩と言ったら。そりゃもう、あんな覚悟がある人を私ら程度では止めることなんてできないわけですよ。
くう。かっこいいぜ先輩。思い出しただけでしびれるね。
ってなわけで心苦しいが、彼の矜持によって、彼の重症は必要な犠牲ということだ。
可能な限りの加勢はして、あとは彼に任せるしかない。
他。加茂さん。
彼はかばってしまっても大丈夫そうだな。あとは私の加勢で何かしら狗巻さんの限界を遅らせることが出来れば、避けられる展開でもある。シンプルに私の反射速度で間に合えばかっさらってもいい。
彼はいていてもらっても、今後の戦闘展開的に困るどころか有利になるだろう。人に合わせて加勢、という形での戦闘経験も少なくないだろうし、何より術式と戦闘スタイルがそれに非常に向いている。
加茂さんはかばうことにしよう。
次は伏黒くんか………。彼はな…彼は必要経費感が否めないな…。当然これも心苦しいわけだが、あの花御の種の場面。アレを的確に東堂さんに伝えるあの数言がなければうっかり詰みかねない。
今後のことを考えても東堂先輩には必要以上に怪我を追ってほしくないのが本音。何か今後戦線を離脱せねばならないほどの深手になってしまうと、それはもう、深刻なレベルで原作展開的に詰む。
かといって、実際にその光景を見ない上でいくら言っても、瞬間的にあの的確な判断ができるほどの信ぴょう性を持たせられるかと言われると怖いところだ。
あの瞬間、あの刹那に彼が種の特性を思い出せたのは、自分の目で実際に見たという要素が、そして何よりそれを自分の身をもって体験した人間が放つ言葉がそれだけ重たかったからだという可能性は大いにある。
すまん……伏黒くんは今回も深手を負ってもらおう……。メインヒロインよりもヒロインしてるってだから言われちまうんだよ感は否めないが…これは必要な展開だ……ごめんよ……。
それに対してその直後の真希さんはかばえるもんならかばいたいところだ。
本人的にもそこまで深手ではないのだろうが、やっぱ痛いのは痛いしな。そのあとの展開的にも。どちらにせよ彼女は彼等に任せてその場は退場するだろうし。
まぁ、なんだかんだうだうだと言いながらも、かばう、とか偉そうに言ってるのはあくまで”もしも自分の実力がそれに足るならば”というだけの話だ。
そもそも私はこの場の誰よりも雑魚な自覚はあるので、うまくポジションを奇跡的にとれていて、奇跡的に反応が追い付いたならならば、という話。
手を出す、出さない、というのはあらかじめ決めておかないと人間ってやつはテンパって躊躇して「アレこれ手出して今後の展開大丈夫かな!?!?!」って行動に踏み切れない、ってことにどうせなるからな。
あと見殺しにする心の準備。覚悟。己のメンタル保全も気を遣っていかないと、軽率にくじけてしまいそうだからな、この世界観。マジで。
よしよし。言っているうちに大分、狗巻さんとの距離は縮まってきている。
玉犬さんもまだ解除前、という事は逃走劇は始まっていないという事だな。
あとアレやねコレ。ワンさんはじめは主人と一緒に行動してたのにいつの間にか狗巻さんとおるよね。伏黒くんも狗巻さんが一人になったの察知して派遣したんやろうか。
にしても、そろそろ本丸呪霊の呪力も感知出来てよさそうな距離なんだけどなあ。合図まで大人しくしている、みたいな話だったような気もするけど、にしたってよ。
位置的にももう結構近そうなんだけどなあ。アクティブ状態じゃないとやっぱり分からんのかな、等級高いって。
逆に伏黒くん、加茂さんコンビは……。
なるほど、もう少しで家屋エリアってところだろうか。
いやもうこのまま先に狗巻さんと合流してしまうか。
鬼の特訓のお陰でコーチが逃げれとるなら私もそれなりには逃げられる気がしとるよ???(大慢心野郎)
「コーチ!!!!!!!」
元気に手を挙げて振った。
タイミングを見計らって出たので、それはもういいタイミング。
三輪さんを携帯越しに眠らせ、玉犬を解除した直後。
ちなみに私がコーチを目視した段階ではすでにかなりはなみんのものと思しき呪力の圧は感じていたのだが、全然こちらには気が付いていないみたいで、どこか違う方角に意識が向いているようだった。
はなみんが先に気付けばその時点で出ようと思っていたが、結局そこまではいかなくて、今、と言うわけ。
「いくら!」
「お疲れ様です!どうですか進捗」
などと朗らかに話かけてみる。
おやおかしいな。まだこちらと距離を詰める気配がない。
「たらこ」
「魚卵オブ魚卵。まぁそれなら何よりです」
「しゃけ??」
「そりゃあコーチがいつの間にか単独行動してたからですよ〜!まぁコーチには私のカバーなんていらないんでしょうけど、動き的に呪霊狩りの本来の目的に走ってる感じかなと思って。なら一緒に行動でも問題ないかなと思ってみました。あと何より、コーチがいると私があんしん」
なるほど、とコーチは頷く。そうなんですよ。そういうことにしましょう。
そして問題な。
はなみん、一向にこっちに気付く気配がない。
まだそれなりに距離があるままだ。
このままだと本丸呪霊と先に接敵して戦闘が始まってしまう……。
「しゃけ」
「あぁ、そうらしいですねえ。でも速攻京都校分散してましたよ。結局虎杖くんと東堂さんの一騎打ちに落ち着いたみたいです。ほかの皆も割とタイマンばっかり張っている感じ。一応うちの人はまだ誰も退場してないんじゃないかな」
聞かれた通りにこたえれば、そうか、と少しだけ安心したようにコーチは目元を緩ませた。
ほんと、この人もいい人だよなあ。
……あぁ、そうか、これ予定外だな。
「あっちの方角にもう少し呪霊がいそうですよ」
私は慌てて、”その”方角を指さした。
嘘は何も言っていない。
その方角に、本丸と、はなみがいる。
そうだ。初手の私のリンフォンノックバックのお陰で大概の呪霊のスタート地点が北に寄っている。
はなみの目的は、あくまで扇動。派手に戦闘をして注意を引き付けること。
つまり、最初の接敵は誰でも良いわけだ。
そして、最初に感知したのが、今回は狗巻さんではなく、ここよりも少し西にいる加茂さん、伏黒くんコンビと言うわけ。
私の言葉を疑うことなく、コーチは頷いて軽快に走り出した。
私もそれに後れを取らないように続く。
大丈夫、間に合う。向こうは走って向かっている様子はない。
意識が他所に向いている分、殺意、の様なものがこちらに全然降りかかってこない。
狗巻さんは花御の気配をまだ感じていないようだった。
………いや、先に気付いてもらおう。早い方がよさそうだ。根拠ないけど。カンだけど。
「…?」
狗巻さんがこちらを振り返る。ばれてしまいましたか。
とてもとても細く、指向性を持たせて、出来るだけピンポイントに花御にだけ気付かれるように敵意を飛ばしたつもりだったんですが、まあ、一応私の前を走っているという事は花御との間にいるという事なのでね。通り道ではあるので気付かれてしまうのは多少は仕方ないか。
元々私不器用な方だしな。かろうじて常人程度にはできるようになったとは言え、細かい呪力操作とかそこまで得意じゃないのよね。
「ああ、いや。追うの面倒だなって。こっちに気付いて寄ってきてくれへんかなって」
これも、嘘は何も言っていない。
そして、案の定、気付いてくれた花御が明確にこちらに意識を向けたのが分かった。
しかし変わらず、悠然とした足取りで、”それ”は、確かにこちらへ向かってくる。
まだ、影も形も見えないどころか、呪力の明確な匂いすら分からないのに、その光景が見えたかのような威圧感がある。
……これが、特級呪霊、ですか、怖いですねえ。っていうかもうマザーアースですからね。母なる大地。子は母には勝てない。
そんなことを一瞬にして悟らせるほどの迫力が確かに質量を伴って存在している。そういう感じ。
ぼふ、と、唐突に、全く知らない呪力がはぜた。
あ、これが本丸呪霊だ。本当にがっつり気配を隠していたんだな。
これは、消滅の霧散だ。ほかでもない私たちが一番知っている、呪霊の息絶える時の感覚。
急に足を止めて、狗巻さんが身構える。手はすでに、口元のジッパーにかかっている。
……あ、待てよ?花御さん、目的は扇動な訳だろ。
派手な音立てて私らを追い立てて、慌てふためいた教師陣が私らの救出に躍起になる。そんで、バックが手薄になる。それを目論んでいる。
という事は何も、必ず戦闘をしないといけないわけではない……?
いや待て、今回の戦闘経験で得られる経験値はでかいぞ。そりゃもう、この、じょうごさんたち偽夏油一派の四天王との接敵、ガチの特級呪霊とは何たるか、そういう肌感覚と危機意識、それに対する己の実力不足量。実際に目の当たりにしてわかることも、実際にやってみてわかることもかなりあるはず……。
特に、虎杖くんのフェーズは多分大事な要素じゃなかっただろうか。
駄目だな、予定通りいくしかない。大人しくコーチと同じ方向に走ろう。
私が喧嘩売ったんだ、私があらぬ方向に逃げて他の誰も接敵しない様なルートを通ればと思ったが、それはやっぱり悪手…だよな……?
ざく、と、重たいものが土を踏む音。
出しっぱなしにしているりんほんを構える。
ざく、と、”それ”は、やはり悠然とした足取りで私たちの前に現れた。
じ、と、コーチが上着のジッパーを降ろす。
そしてじりと地面を改めて踏みしめた。
『”―――――”』
「……!!」
文字としても、そして実際の音声としても。
フィクションとして表現された”それ”を、確かに私は知っていた。
人間には到底理解することのできない、全く別の次元の言語。
だけど、”本物”の気味の悪さと言ったら当然そんなの比にならない。
ぞわ、と、背筋の粟立つ感覚。
確かに、アニメで表現されていたものと近い。
でもそれは、やはり、ただ理解不能だからと受け流すことすらできないほどの圧倒的な違和感を私たちに無理やり飲み込ませ、そして、その腹の中から、無理やり意図の芽を発芽させるような、そんな、人間には到底処理し切れない、圧倒的な―――――
「っ、”止まれ”」
狗巻さんが、そう”言った”。
完全にノーマークだった花御はその術式で、びたと歩みを止める。
「ツナ!」
「はい!」
叱責するように言って、コーチは爆速で走りだした。
狗巻さんの言霊が効いたのは、当然一瞬だった。狗巻さんが駆け出した直後、花御さんも、再び歩き始める。私は、その場から、動かなかった。
……どっちに向かってくる?
些細な、興味だった。
どっちに、注意が向いているのかっていう、それだけの事。
だって、”今回”は、私がいる。そして何より、私が先に”喧嘩を売った”。
どす、という重たい足音が、同じテンポで続く。
残念、タゲは狗巻さんに向いているようだ。
私も、すぐにコーチを追うように駆け出した。
推しに追われるってたまらないですね!!!
ふう!と大きく息をはいたら、ようやくそうやって茶化す余裕も出てきた。
少し冷静さを取り戻したつもりになって、私はそのまま遅れを取り戻そうと気合を入れる。
いやでもいざ目の前にするとほんとたまらんな。あの圧倒的な威圧感。意味分からん言語のSANの削られる感じ。めちゃくちゃ好き。やっぱり好き。推しは推しだった……。
びゅ、と鋭い空気を裂く音。
木の…アレは枝?根っこ?なんか分からんが植物の一部を伸ばして、花御さんはこちらに攻撃を仕掛けてくる。
たかな!と後方にいる私を案じて狗巻さんが振り返る。
大丈夫です!!!!と元気に返事をしながらそれを躱す。
ついでに、手にした斧で軽くたたいてみる。うん。まぁ、固いね!流石にそんなゆるきの接触じゃびくともしませんね!
なんでや……木ときたら手斧やろ…きこりになるんや私は……。
あっそうだ、警告もかねて脱兎は先に帰っていてもらおうか。
本丸呪霊じゃなかったんだもん!!って言ったところでブチギレられるやつだわこれは。
「うささん、先にパパの所におもどり」
ぽん、と柔らかく自身の頭の上を撫でる。
もはや完全に馴化していたが、彼女(彼?)はほんとにかぶっている帽子を忘れるかの如く大人しくしてくれていたので、それでようやく、動くようなそぶりをした。
そしてそのまま器用に頭の上に立って、ぴょんと宙へ飛んだ。
空中で、ウサギは霧散した。無事に飼い主の元へ戻っていることであろう。
さて、そうこうするうちに、随分と加茂さんたちの戦場にも近づいてきた。
………ん?
…んん?!
「すじこ!!!」
「はっ!!!」
ぞあ、と、後方からすさまじい、呪力圧。
大技の攻撃の予備動作だということは、流石の私にも思った。
回避。左右?いや、もう、森を抜ける。抜けたら、建物ゾーンだ。向こうっかわに伏黒くんたちがいて、そうだここで、
思考がまとまらないうちに、目の前がぱっと開けた。
少し方角が違う。が、おおよそ原作通り―――――――
「いや、違うな…!?」
ぱっと明るくなった視界の先。
どえらい勢いで、丁度私たちの真向いくらいの位置から、こちらに全力で走ってくる伏黒少年。
それを見送る、加茂さん。
なんつう絵面。そして、そうか。やっぱりか!先ほど感じた呪力のおかしな挙動はコレか!
「行菱!」
「ちょっ、なんでやねん!!!」
ばっちりと伏黒くんと目があう。
思わずとっても古典的な突っ込みの入れ方をしてしまった。
彼が走る速度を弱める。違う、そうではなくて!!!
「 ”逃げろ” !」
あああありがとうコーチ予定調和だよ!大丈夫だ原作軌道に乗った!!流石だよ!!!
ば、と、伏黒くんと、そして加茂さんも、花御から逃走する向きに駆け出す。
大丈夫、多分、前二人は射程範囲外。
私はタテではだめだ。そう直感して、横に全力でダッシュする。
漫画で見たような、スーパー広範囲攻撃。
ただし、家屋の屋根を飛び越えてなんて派手なことにはなっていない。
何故なら全員が地上にいるから。おかしいな。
私はギリギリ、とは言え一応ちゃんと回避は出来ている。気を取り直して前方二人の元へ駆け寄る。
狗巻さんはきっと大丈夫だろう。
あの位置からだ。私が結局今日の今日まで捕まえられない脚力の人が。私がよけられた攻撃をくらうわけもなく。
フラグみたいなこと言っているように聞こえるかもしれないが、そうではなくこれはただの信頼である。
「おふたかた!大丈夫ですか!」
「いやっ俺らは大丈夫だけど!お前なんちゅうもんを…!」
「いやほんまにね!」
三人固まって走る。加茂さんは依然きょときょとしている。
すぐに狗巻さんも追いついてきた。いや加速度バケモンなんよ。マジなんなんその脚力。
「大丈夫か!?怪我は」
「ないよ!全力で逃げとる!あと狗巻さんも一緒!」
「まぁ、それなら大丈夫だろうが……」
「ところでお兄さんこんなところで何してたの。何のタイミングだったの」
「いや加茂さんに喧嘩売られてたから戦ってたんだが、脱兎が解除されたのに気づいてそっち向かおうとしてた」
「タイマンほっぽりだして!?どういうこと!?!?」
「いや本丸出たならそれ倒したら終わりだろ?」
「いやそうやけどね!?!??!」
なるほどな!!!通りで加茂さんぽかんとしてたわけやわ!
真面目な戦闘シーンやのに急にほっぽり出されたらそらびっくりもするわ!!!私もびっくりやで!!!!
ほんとお兄さんはとことん興味ないとこにはドライね!!まぁプライドとか矜持に固執する必要性を感じない……みたいなとこめちゃくちゃ現代っ子っぽいけども!!
最近の若い子ってもしかしてそういう感じなのね!?おばちゃんびっくりよ。まぁ加茂さんも最近の若い子であるはずなんですけれども。
あ、そうか育ってきた環境古臭そうだからな加茂さんは。伏黒くんは両親不在のお姉ちゃんとだけ暮らしてきたネオ現代っ子やもんな。大人の古臭さにとことん晒されずここまで大きくなりました。みたいなね?!
さて。
場所が開けたからなのか、流石にそろそろ派手に行くか、となったのか、或いは四人に増えたし気合入れるかっていう感じなのか。
動機は何一つわかりませんが、推しのファンサ(攻撃)が過激になってまいりました。
「!!」
「!帳?!」
唐突に、頭上に暗雲。いや、これは、空が夜に塗り替えらえる、と表現した方が正しいだろうか。
思わず、加茂さんたちが足を止める。
或るのは、閉じ込められたか、という一抹の不安、ないしは動揺。
はなみんは、大きく跳躍し、そして、私たちの真正面へと躍り出た。
私もそろそろ、りんほんを大きい斧の方に変えておくか。
「……。何故、高専内に呪霊がいる。”帳”も誰のものだ」
「多分その呪霊と組んでる呪詛師です」
「?何か知っているのか?」
「以前、五条先生を襲った特級呪霊だと思います。風姿も報告と近い。」
げほ、と、重い咳。狗巻さんだった。
私が視線をやれば、彼はなんでもないような顔をして、手で電話のジェスチャーを作る。
うん、いいんだが、前から疑問だった。
何故君たちこのタイミングで結構普通にそんなに警戒を解いてしまっているのか。咄嗟の反応で間に合うくらいの距離だからか?
私は目の前にはなみんいてドキドキしっぱなしだけど???いや推しとか完成されつくしたオブジェクト最高とかそういうのは差し置いてよ???
……これが呪術師としての経験の差ってこと…?
「ツナマヨ」
「そうですね。五条先生に連絡しましょう」
返したのは伏黒くんだった。
ところでコーチ、コーチはスマホもっとらんのか?
「ちょっ……と待て。君たちは彼が何を言っているのかわかるのか?」
不思議そうに私と伏黒くんを交互に見てくる。私は曖昧な笑みだけを返す。
私のような若輩者はまだまだその言語を完全に理解できたなんて偉そうなことは言えませんでな。
伏黒くんはスマホを取り出していくらか操作をし始めた。
「今そんなことどうでもいいでしょ。相手は”領域”を使うかもしれません。距離をとって五条先生のところまで後退――――」
ビッ、と、的確な一撃。そうだな、連絡なんかされちゃあ困るよな。
その打撃は狙い通りにスマホをとらえ、それは砕けながら地面へとたたきつけられる。
さあさあ、戦闘が始まりますよお。どうしよっかなあ。はぐれたふりなんかしても多分あの感じだと心配して探してくれちゃいそうな善人らおるからなあ。
などと言っている間に。
狗巻さんの呪言での足止め、加茂さん、鵺、伏黒くんのコンボ攻撃。
あー、そろそろ私離脱しないとまずくないか。流れ弾食らって死ぬ展開あるぞこれ。
とは言え、そのまま駆け出す三人からはぐれる訳も行かず。
私もそのまま走り出した。いや完全に姫プしとんな今。まぁ今後一生ここでは姫プと付き合っていかねばならんやろうから、うだうだ言ってもしゃーないねんけども!
『”―――――”』
何とも形容しがたい”言葉”を、眼前の呪霊は私たちに投げかける。
言葉の音としては全く、なにもつかむことが出来ないのに、不思議とその音から意図は伝わる。
原作で誰もが驚く通りの、SAN値の削れる語り掛けである。
「気持ち悪ィな……!」
”やめなさい、愚かな児らよ。
私はただ、この星を守りたいだけだ。”
「呪いの戯言だ。耳を貸すな」
「低級呪霊のソレとは訳が違いますよ」
”森も海も空ももう我慢ならぬと泣いています。
これ以上人間との共存は不可能です”
以前はやったバンドの大昔の曲に、虹色の戦争、って曲があった。
SFショート・ショートの巨匠の作品にも、同じような話があった。
やはりそれは、人間でも思い至る位に、明白で残酷な事実だ。
ある日神様が現れて、地球上で一番多い願いをかなえてあげましょう、と言う。
小説の話ではたしか、それを受けて、人間たちが願いを統一しようと、各々の願いを主張し、それが戦争へと発展する。苛烈な戦いののちに、叶えてもらう願いが決まる。
そして人間は高らかに、それを宣言する。
だけど神様は淡々と言い放つのだ。
これで全員願いましたね。では、一番多い願いをかなえます。
そういって、人間が、地球上から姿を消した。
なぜなら、この地球に存在する「人間以外」の全てが、「人間を地球から消してほしい」と、心の底から願っていたから。
今まさに。この目の前の存在は、それと全く同じことを主張している。
そう、この”呪い”は、地球のあらゆる存在が私たち”人間に向けた”呪いなのだ――――
”星に優しい人間がいることは彼等も知っています。しかしその慈愛がどれだけの足しになろうか。
彼等はただ『時間』を欲している。『時間』さえあれば星はまた青く輝く”
「……独自の言語体系を確立しているんです」
「…狗巻を下がらせろ」
”人間のいない、『時間』”
―――――死して、賢者となりなさい。