* 22 *




「くるる〜〜〜!聞いたよ、術式、分かったんだってね〜〜!」

 さあ。
 こういう大きな動きがあるとやってくるのは、言わずもがな、五条先生でありまして。

 どこから聞きつけたのか(っていっても普通に補助監督のお兄さんとかにも聞いて〜!っていうて何人かに話したから知っていてしかるべきなのかもしれない)、任務終わりに元気に絡まれている所存であります。

「分かったのいつ?!昨日!?」
「けさですけさ」
「ほんとお!どう、実際に呪霊につかってみた?」
「まだそこまでの勇気なかったです」
「そっかあ!まあでもそんなに使い勝手悪い術式でもなさそうだしすぐ使いこなせるよ!ちょっと見せて見せて」

 野次馬精神丸出しである。
 ちょっとそこまでされるとやりづらいなと思いながらも、私はマッチを擦るみたいに、虚空に爪を立てて、人差し指で空気をする。

 ぼ、と、人差し指の先に火がともる。爪に火をともすとはこのことでありますな。

「おおおすごいね!着火の術式、ってところなのかな?」

 そおっと、先生は炎に指を近づける。
 普通にアツいんだね、と呑気に言っていた。

「そうっぽいですよねえ」
「火加減の調整とかできるの?」
「できます」

 やって見せる。大きくしたり、小さくしたり。呪力を集めたり引いたりするのと同じ感覚だった。

「成程、呪力がそのまま、酸素みたいな役割をしてるのか」
「?」
「この炎、燃えるのに必要なのは酸素じゃなくて、多分呪力なんじゃないかな。見た感じだけど」

 先生が言う”視た感じ”以上に正確なこともそうそうないんじゃないだろうか。
 まあでも、感覚的に、そういわれてみると非常にしっくりくるところではる。

「となると、可能性としては水中や真空の中でもその炎を使えるってことだね。強いよー、それ」
「本当ですねえ」
「ちなみに、炎に触れてるその指は熱くないの?」
「ないです」

 これは多分、私の手を離れていないからかな、と思うんだよね。

「ちょっといい?」
「はい」

 先生がETみたいに指を近づける。
 そしてそのまま、呪力を、流す?ようなことをした。

「!あっつ!」

 ごう、と炎は大きくなった。
 そして、本物の火のように、触れている指が熱くなって、私は慌ててそれを消す。

「成程。くるるの呪力だけで燃焼している間はくるるに害は与えない、って感じみたいだね。
 でも他者の呪力でも燃えるし、そうなると、くるる自身にも害が行く。
 ただし、元栓としての主導権は常にくるるにある、という感じかな」
「もとせん」
「そう。消す、というのは僕が呪力を流し続けていてもできたでしょう。だから、完全に制御が出来なくなるってことはないんだと思う。多分、使い慣れてくれば、相手の呪力での燃焼を拒むこともできるんじゃないかな」
「はあ…」
「まあ、しばらくは使って色々試してみることだね。実践でもいいし、怖いなら、またあの人形、アップデートしてもらってもいいと思うし」
「ん〜〜〜実践かな」
「お、いいね。度胸も多少はついてきたと見た」
「まぁ元々はやって覚えろ、ミスって覚えろというタイプの人間なので」
「いいねいいね。どんどんやってこ」

 さて。なんだかこの間も見たような目視分析のプロによる解説タイムも終了した様なので、私はおひるごはんを食べに行くことにする。
 おひる食べたら狗巻先輩と訓練だ〜〜〜〜そろそろ先輩に本気出したといわせなければ。
 いやその前にりんほんの使用許可出してもらう方が先か。
 まだ実践じみた動きにうつるのすら早いって言われてるからな〜〜〜ひい。精進精進。

「じゃあせんせえ、僕おなかすいたので学食行きますね〜」
「うん、行っておいで」
「はあい。じゃあお疲れ様です」




◆◇◆◇◆


 さて。それからというもの。
 現在、八月も半ばに差し掛かった所ではありますが、今月、どうやら地獄の特訓月間のようでございます。
 もとより特訓は地獄だったが、マジでこれを期に、任務にもいくことなく、毎日フルタイムで詰めて詰めての訓練の日々になりました。

 毎日マジでほとんど記憶がない。怖い。

 狗巻コーチの話では、満足するレベルに達しなければ八月丸々使ってでもやる、とのことだそうです。ひい。地獄。
 とはいえ、鬼詰めして三日、そしたら丸一日オフ、というスケジュールでやってくれているので、最低限人命はかろうじて保たれているという感じ。
 折角のオフなのに、と言われるけれど、このところ、オフの日も日がな一日寝ていることが多すぎて、ほとんど記憶がない。

 まぁでも夏に汗をかくのはあんまり嫌いでもないので(痩せそうだし)、それなりにいい汗かいた!!!!と毎日の充足感は高い。気がしている。


「たらこ?」
「はい、いただきます」

 最後にきゅ、と気合を入れて髪を縛って、私はそういいながら立ち上がる。

 朝の八時。
 今日も、最早ルーティンとなりつつある朝の光景が広がっている。

 もっぱら夜型の私。
 当然普通に平穏な暮らしをしていたら問題はない。学生時代、寝坊で遅刻、なんてことはしたことのないタイプの学生だったから。
 でも、それはあくまで普通の負荷しかかかっていない状況での話な訳で。
 いくら帰りついて風呂に入って秒速で寝ようと、どれだけ目覚ましを掛けようと、あまりにも度を越えた、私の人生の中で最大くらいの勢いでかかる負荷と、体力消費の前に、当然、朝なんて日に日に起きられなくなっていて。

 あまりにもそれが酷くて、私はついに、教えを乞う立場でありながらも、常套手段、他力本願にでることにしてしまったのだ。

 まあ、要は、マジで最近起きれなくなってきているので、集合時間の30分前に来ていなかったら起こしにきてください、と素直に狗巻さんに頼んだのである。
 爆睡こくクッソ不細工な顔を他人に見られるのは少々恐ろしいのだが、そんなことを云ってられる状況ではすでにない。
 というか最近毎日がしんどすぎておしゃれもクソもないわ。かろうじて人権が保たれるであろう最低限のエチケットしかこなしていない。風呂入るので精一杯なんだよこちとら。化粧水、乳液なんて工程すら耐え難くてオールインワンジェルになったわ!!!!!

 ってな訳で、今日も今日とて申し訳ない気持ちもありつつ、でも当然起きれるわけもなくて狗巻さんが起こしに来てくれていたというわけである。
 狗巻さんも狗巻さんで順応が早い。
 勝手に冷蔵庫の中のコーヒーとか飲んで待ってて下さい、って言ったので、毎日私を起こしてから私が準備する間に優雅に朝食をとっている。

 ごはんは毎朝私を起こしてから学食にとりに行っているようだ。
 ついでに私のももってきてくれるあたり、かなり優しい人であることがわかる。

 そういう、言わないでもこっちが助かる配慮をできる男っていいよな。コーチもさぞモテることだろうぜ!!!(ここぞとばかりに褒めておく)


「ツナ」
「ツナだ!わあい!」

 ほれ、と言わんばかりにサンドイッチを渡す、狗巻さん。
 今日は珍しく言葉のとおりツナサンドだった。ツナいいよな。美味しい。

「たらこ?」
「んん……どうでしょう、まぁ、足りなければ休憩の時にでもまた食べますから」
「すじこ」

 そうか、と頷いた彼をみて、お行儀は悪いのだが私はサンドイッチをくわえて冷蔵庫へ。
 もぐもぐしながら、マグに半分くらいカフェオレを作って、一気に飲み干した。
 おなかちゃぽちゃぽなるとつらいからな。

 そして昨日購買で買っておいたおにぎりを出して、適当に小さいカバンに突っ込んだ。
 そう。おなかが減ったら食べる。少しずつ細切れに、時間ないから十分とかで補充する。みたいなのは得意だ。アルバイト時代から培われた体質。

「うっす!ごちそうさまでした」

 元気に手を合わせた私を見て、狗巻さんも立ち上がる。
 このお兄さんもそうだし、高専の人って長袖長ズボン好きよね。
 そりゃ任務とか行くならその方がいいだろうけど、普段くらい半袖着たらいいのに。
 任務の時辛くないように慣らしてるってことかな。

 ともかく、散々待たせた狗巻さんとともに部屋を出て、私たちはグランドへ向かった。
 ……今日も地獄の時間が始まるというわけである。

 あの息の切れる感じと、肺の苦しさ、なんだか現実感すらなくなるようなめまいと暑さを思うととてもとても気と足が重くなるが、狗巻さんの歩調は変わらない。
 おいていかれる訳にもいかなくて、私は意地で足を進める。
 
 そう。何を隠そう、今この瞬間が、何よりも私が狗巻さんを待たせ散らかしても毎朝毎朝起こしに来てもらっている最大の意義だ。
 私一人ではもう、この根性なしだけでは、あのつらい訓練に出向く、なんてことが到底できなくなっている。

 別にどうという訳じゃ無いけど、誰かが居てくれるだけで、待たせてはいけないもんな、ってなんとか歩を進めることができるから、ほんと、たすかっている。
 他者の存在、というのは、こんなにも大きい。

「おかか」

 とはいえ、意地で頑張っても、歩調が緩んだことはばれてしまっているらしい。
 だめ、と言って、狗巻さんは無情にも私の手首をつかむ。

 そのまま、連れられて、私は歩き続けた。
 最早連行である。気持ちとしては引きずられている。散歩から帰りたくない犬も同然。物理的には逆だけど。家から出たくない犬。

「すじこ?」
「や、やめない……。違うんです……嫌って訳じゃないの……必要性も分かってるし、日に日に体力ついてるのがわかるのもちょっと楽しいところもあるの……。でもマジでシンプルに根性がないんです……あのしんどさに躊躇してるだけなんです……」

 足を止めて、軽く私を振り返る彼に、そう返す。
 その瞳は、説教するわけでも文句を言うわけでもなく、ただただ、少しの心配だけが映っている。

 そういえば、ほぼコーチとしか会わない日々をすでに半月ほど送っている。
 おかげで気が付けば、なんとなく彼の言いたいことが想像つくようになってる気がするな……。

「たかな」

 きゅ、と、両手が握られる。鼓舞のつもりなのだろう。
 あやすように小さく振られるその両手を見て、少しだけ、かわいらしすぎて笑ってしまった。

「はい、頑張ります…!」

 ちょっとだけ、気持ちの重さが払拭された気がする。
 ぎゅ、と手を握り返した私に満足そうに頷いて、狗巻さんは再び歩き出した。
 とは言え逃がさん、とばかりに片方の手は掴まれたままだが。

 まぁ、手首を掴まれて連行、のスタイルではなく初めてのお使いのごとく子供のように手をつないでいる形なので、待遇としてはきっとマシになっていることだろう。

 ……さ、うだうだ言っていても仕様がない。
 とりあえず行くだけ行って、始めるだけ始めよう。そんで、マジで無理ってなったら一旦ギブ、をかまそう。

 そう。
 重く考えてはいけない。とりあえずとっついてみる。
 やってみてから、考えればいい。

 それは誰より、私が一番分かっているはずのことだった。



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