* 20 *
「くるる!!」
とん、と降り立つなり、のばらちゃんの声がした。
「どこ行ってたのよ!?」
周りを見渡せば、東堂さんと真依さんと、そして真希さんとのばらちゃん。
なるほど、どこのタイミングかくらいはわかるぞ。
ひと段落して解散するあたりのことやな???
「いや、ちょっと私にもよくわからず」
「なによそれ!」
こちらの様子をみた東堂さんは流石にもういいか、みたいな顔をしてくるりと踵を返した。
のばらちゃんの気がそれているうちに退散するつもりなんだろう。
「あ、ちょっと」
気付いた真依さんがそのあとを追う。
「アンタたち、交流会はこんなもんじゃ済まないわよ」
捨て台詞のように、彼女はそういった。
「何勝った感出してんだ!!!制服おいてけゴルァ!!!!」
「やめとけ馬鹿」
「いやむしろ負けた人のセリフっぽくなかった?」
「でも!」
「ここじゃ勝っても負けても貧乏くじだ。交流会でボコボコにすんぞ」
「………」
ちら、と、のばらちゃんが私を見る。
なんだろう。私はだまって見返す。
「ねぇ、真希さん。さっきの本当なの?」
…あぁ!そういう。
だが、私のことを気にしてか、彼女はそこで言葉を切った。
確かなんか呪力がないやらなんやって話がここで出てくるんだったな。
「本当だよ。私に呪力はねえ。」
だが当の本人、気にする風もなく、明言をする。
「だからこの眼鏡がねえと呪いも見えねえ。私が扱うのは”呪具”。
はじめから呪いがこもってるもんだ。オマエらみたいに自分の呪力を流してどうこうしてるわけじゃねえよ。」
「じゃあなんで呪術師なんて…」
「嫌がらせだよ。見下されてた私が大物術師になってみろ。
家の連中、どんな面すっかな。楽しみだ」
そういって、彼女はにっと笑う。
かっこいいとしか言いようがないんですよね、この人は本当に。
ひがみ根性から無縁というか、ポジティブ極まれりというか。
「オラさっさと硝子サンとこ行くぞ。くるる、オマエも見てもらっとけ」
「あ、いや私は大丈夫ですよ」
「いーから」
「私は真希さんのこと尊敬してますよっ」
「あっそ」
歩きだした真希さんにのばらちゃんとそろってついていく。
「っつかオマエはどこ行ってたんだ」
「京都の二年とかいう人に拉致られてました」
「誰だそれ」
「有栖川って言ってました」
「あーーーあいつか」
「え、何、どういう人。っていうか全然姿見えなかったけどそんな人いた?」
「あいつ、結界系の術式なんだよ。隠すとか隠れるとか得意でな」
「そうなんですか。」
「ちゃんとボコってきただろうな」
「いやそんな感じではなく……」
「そこはちゃんとボコってこいよ!」
「えええ野蛮な」
流石にどんな状況でも無理だ。相手小柄な女性だぞ。
などと話していれば、狗巻先輩に肩を借りながら歩く伏黒くん一行と遭遇した。
「…!無事か」
今回一番の大怪我人であろう伏黒少年は私を見つけるなりばっと元気に頭を上げる。
いや元気ではないんだろうけれども。っていうかお兄さんが言えた義理じゃないねえ。うん。
「無事どころか無傷よ。お兄さんこそ大丈夫なんそれ。また派手に頭割られてもうて」
この人すぐ頭割られるからな。
なんでなん。人狼ゲームしたらリアル言いくるめ高い奴から吊っちゃうメタ的なあれ?賢そうな奴の頭は殴っとこうみたいなそういう風潮???
「俺は別に問題ない。そんなことよりどこ行ってた」
「ああこらこら大人しくしとけ」
狗巻先輩から離れてこちらに来ようとする彼をパンダさんが止めた。
肩を離してふらついていたので、私は思わず支えようと駆け寄って手を出す。
「平気だ」
「嘘ついたらあかんねんで…?!」
「ほら、みつかったんだからさっさと医務室行くぞ」
「こんぶ!!」
パンダさんが伏黒くんの襟を後ろから掴む。
狗巻さんがすかさず再び方に腕を回した。
「何、伏黒、あんたくるる探しに来たの?」
「……」
「お、こいつ照れてるぞツンデレか?」
楽しそうにのばらちゃんとパンダさんがいじりはじめる。
おう、すまんな師匠。心配かけて。
「そうだな〜〜〜心配だったよな〜!」
「可愛いとこあるわねあんた!!」
「しゃけ」
「う、うるせえうるせえ」
「やめたげて、今一番重症の人やねんから」
「ひゅ〜〜!くるるもかばってやんの!よかったじゃん脈ありだよ〜〜〜!!!?」
「いや若い若い!ノリが若すぎる!しんどいしんどい!」
やめたげなさいよ!このこまだ思春期なのよ!
まぁそれをやってる周りも周りで思春期だからこそと言う感じな訳だが。
まあともかくそんな騒がしい感じで硝子さんの所に行ったので、さぞ軽傷の奴ばっかりなんだろうと思っていたらしい医務室の主が伏黒くんを見て随分びっくりしていたのは仕方のないことなのかもしれない。
◆◇◆◇◆
「ししょおやーい」
あれから数日。
より一層訓練に精を出す同級生たちを微笑ましく眺めながら、私も継続して鬼ごっこをつづける日々でございます。
最近は狗巻先輩、体のどこかに風船を括り付け初めてコレを割るまで休憩できまてんという制度を開発してしまった。毎日死にかけである。
お陰で当初よりめちゃくちゃ体力ついたけども。
「ししょおねとるー?」
こんこん、と、ドアをノックする。
訓練を終えて、夕飯も終えた頃である。
もしかするとまだご飯か、お風呂いっとるかもしれんな。などと思いつつ。
諦めて踵を返そうとしたとき。
「何してんだ人の部屋の前で」
「あ」
予想通りらしい。
お風呂上りの伏黒くんが丁度かえって来た。ナイスタイミング。
「はやいなお風呂」
「そうか?」
慣れたように鍵を開けて、彼は部屋に入る。
まぁ入れば、と家主が言うのでお言葉に甘えることにした。
「で?なんの用だ」
冷蔵庫からお水を出して飲みながら、彼は言った。
「あぁ、そうそう。あのですね。術式、に関して教えてほしくて」
「術式?人によるところがでかいぞそれは」
「いやもっと大枠のこと。そもそもさ、術式ってどうやって分かった?」
「どういう術式か、ってことか?」
「そうそう。自分が術式もっとるなーって自覚したのって何がきっかけ?」
「あぁ……。俺は唐突に自分の影から玉犬が出てきたんだよ。参考にならないだろうが」
意図はすでにばれているらしい。
そういって、彼は水を持ったまま、私の向かいに座る。
「あー、なるほど、結構受動タイプの」
「そうだな。」
「ん〜〜〜〜伏黒くんに頼れないとなると困るんよなあ」
「まぁ…二年生は曲者揃いだしな」
「そう〜〜〜〜」
術式どころか呪力すら、っていう人にそもそも呪骸の人に、多分生まれた瞬間からわかり切ってた類の人だ。そういう意味では五条先生もわかり切ってるタイプだろうしアテにはならない……。
「釘崎は?」
「のばらちゃんもなんとなく、って言っとったわ。一番初めに襲われたときに出来る!!!って確信したらしい」
「あぁ…ありそうな話だな」
「みんなどうやって認知しとるん…」
「さあ……。あ、家入さんは」
「あ〜〜〜なるほど、今度聞いてみよ」
「だな。っつうかそもそも家族に呪術師いないのか?」
「ん〜〜〜〜んや、おらんねえ」
の、はず。
この世界線での私の家族がどんな感じかは全くしらんのでもしかしたら関西で元気に呪術師してる人がおかんおとんなのかもしれんけども。
ま、でもどっちにしろ頼られへんのやから一緒か。
「あとは…七海さんとか夜蛾学長とか日下部先生か、猪野さんか……」
「全く知らない人はちょっとなあ……………………」
「意外と人見知りだよな」
「意外どころかドストレートっすよ」
んん〜〜でもどうだろう。学長先生以外は聞きに行くのあんまり現実的じゃないなあ。
でも学長先生はもう見えてるもんな展開。
昔からぬいぐるみ縫うのが趣味でずっと作ってたらいつの間にか呪力を纏って動きだしてたんや〜〜〜って言われるのが見えとるもん。
やっぱり硝子さんかなあ。あの人もなんか、言語的に説明するの向いてなさそうな感じがプンプンするけどな〜〜〜〜〜〜。
「でも確かに、今後のことを思うと、もっているなら術式も扱えているほうがいいだろうな。リンフォンを扱える、という時点で、実際、行菱の高専での評価はかなり上がってきている」
「ええ、やだマジで?」
「マジだ」
「ええ〜〜それりんほんが強いだけやねんけど???」
「だが実際、強力な呪霊に対処できるとというのは事実だからな。呪いさえ払えればここではなんでもいい。その術も道理も行動理念も、上層部には関係ない。現実に、真希さんが呪術師として扱われているのがいい例だろ」
「あぁ……まぁそれはそうか…。っていってもあの人めちゃくちゃフィジカル強いから別次元やけどな…?!」
「呪力で底上げすれば行菱だって変わらないだろ」
「まあ…それは……いや、とは言えあの人には勝てんけどな……」
「とにかく、持てる戦略はもっているほうが自分のためになるのは間違いない。
何か漠然と、自分の術式であるとしたら、と考えるのも案外無駄じゃないかもしれないぞ。
術式ってのはもって生まれてくるもんだからな、意識までのぼらないにしても何かと無意識下で認識していて、その術式に類似した事象や行為を好んだり頻繁に行ったりするってことも少なくないみたいだからな」
「あぁ、なるほど。おもしろいね。確かに、ありそうな話やね。無意識下で親しみを覚えてるっていうか」
「だろ。なんか好きなこととか、縁があるなと思うものとかないのか」
「ん〜〜〜〜」
……縁があるな、と思うもの、か。
縁、縁かあ。
なんとなくとても不思議な感覚のする言葉だな。
「考え込むと逆効果だぞ」
「そうねえ。なんとなく、それを聞いて思い出したのは、マッチの匂い」
「マッチか」
「そう。擦った後の、あの、はなの奥にしゅんってくる、火薬の匂い」
煙草は、吸わなかった。
だけど、仕事柄、よく、使うものだった。
と、言うと確かに縁があるといえば、あるのかも。
「いいな。そういう感じで、色々考えてみたら」
「うん、そうする。ありがと」
「別に、なんも」
「そういっていっつもなんだかんだでちゃんと解決のための方法を提示してくれとるんよ、お兄さんは」
ここまで私がまともに戦闘なんかをできるようになったのも、元をたどればお兄さんのお陰だ。
解決のための方法、を考えることすら、私だけでは弱いところがあるからな。
本当にいつも助けられてばっかりだ。ババアのくせに年の功見せつけられてねえぜ。
「……なんだ、それ」
「ええ?感謝しとるんよってこと」
ふと、時計を見上げる。
そろそろいい時間になってしまった。
「あ、ごめんね。夜の時間結構貴重やのにな。そろそろおいとまするわ?」
「気にすんな、そんなこと」
「あはは。ありがと。じゃあまた困ったことあったら助けを求めにくるわ」
「ん」
席を立つ。
同じように彼も立って、部屋の扉を開けてくれた。
「ありがと。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
ひら、と手を振れば、小さく、同じように振り返してくれた。
それに満足して、私はふふふ、と笑い声を漏らす。
彼は、それに何を言うでもなく、小さく目をそらして、じゃあ、と言って扉を閉めた。
うん、とだけ、返事をした。
そして、私も部屋に戻ってお風呂に入る準備をすることにした。
物思いにふける、と言うのは昔からお風呂とお布団と相場が決まっている。
いい案が思いつくのは大体その二か所なのだ。
って昔の中国の偉い人も言うとったらしいで。誰かは知らんけど。