* 19 *
さてそれからというもの、二年生は付きっ切りで私らと訓練の日々でございます。
パンダ先輩がのばらちゃんを見ていて、真希さんが伏黒くんを見ているので、必然的に私は狗巻先輩に見てもらう形になっています。
やっていることと言えば毎日ガチ鬼ごっこくらいなんですけれども。
「たらこ?」
「たらこ………ギブですいったん休憩くださいしんじゃう…」
「しゃけ〜」
「そんな不満そうなしゃけ初めてきいたな?!」
さあ。今日も今日とて元気に鬼ごっこであります。
まぁ元パンピどころか引きこもりスポーツ未経験女、完全に弱点は体力のなさと己の体の動かし方のつたなさだというのは目に見えておりますゆえ…。
身体能力の高い狗巻先輩、逃げ方とてもアクロバティックなので、本当に本当に良い訓練になります。毎日違うところが筋肉痛になるもん。すごいよこの人。
「すじこ」
「あ、はあい?」
ちょいちょい、と立ったまま指を指す先輩。
なんだい、と思いながら歩み寄れば、そのまま彼も歩き出した。
方向からして自販機にでも行くんかな。
「……」
「……」
当然ながら、まだまだ小生、狗巻先輩の言語を理解するには至っておらず。
当然といえば当然なんだが、お互い沈黙のまま歩き続けている。
気まずいような、そうでもない様な。まあ狗巻先輩が気遣ってくれている故という事を分かっているからそんなに気まずいこともないかな。
何か喋ってくれても分からん、っていうののほうが困るのをよく分かってくれているんだと思う。
そして、予想通り自販機に到着する。先輩、お茶を買ってくれた。優しい。
その辺に座り込んで、二人で静かに水分補給をした。
特に意図もなく先輩を眺めていれば、ふと目があって、不思議そうに首を傾げられた。
「いえ、なにもないです」
「こんぶ」
これは分かった。そっか、という様な意味だろう。
再び視線を前に戻して、先輩はごくごくとスポドリを飲み干す。
そういえば、まだ初夏とは言え口元までがっつり覆った格好で走り回るってめちゃくちゃ暑そうだな。
熱中症にだけ気を付けてもらいたいところだ。
そして私も一旦飲むのをやめた頃を見計らって、グラウンドに戻ることにしたようだ。
私も大人しくそれについていく。
戻ると、狗巻先輩は同じく休憩に入っていたらしい真希さんにこんぶやたらこやと言って、それから私を見る。
なんだい、と首をかしげてみれば、真希さんが翻訳をしてくれた。
「今から30分休憩にする、だそうだ。丁度いい、ついでにオマエも休憩行ってこい」
私にそういってから、真希さんは伏黒くんにも声を掛けた。
「だってよ。こっちも休憩にするか」
聞いていたらしいパンダ先輩もそういった。
ぐあーとだかなんだかと言ってグランドの端に座り込んだのばらちゃんを見て、私はおつかれ、と声を掛けた。
「あんたもね」
「ほんとに。もと引きこもりはそろそろくたばりそうやでな」
「ありえるわね」
違う場所に座って真希さんと狗巻先輩が話している。伏黒くんも比較的こちらに近くはあるがまた別の所に座っていた。
パンダさんはどこかへ行った。
「あ、そうだお手洗ってくるわ」
「行ってらっしゃい。私も飲み物買いに行こうかしら」
「そうね。水分補給大事やからね」
「野薔薇自販機行くのか。じゃあ私らのも買ってきてくれ」
「ええ」
「ほら。六人分な」
そういって真希さんは野薔薇ちゃんに千円札を握らせた。
不満そうだが、逆らうまではしないようで、ぶう、と言いながらも仕方なしに彼女は立ち上がる。
「あ、私は大丈夫です、もう買ってもらったので」
「っつてもあと二口くらいしかねえじゃねえか。もっとけ水分。倒れるぞ」
「ええ…いいんですか?」
「いいっつってんだろ」
「六人分も持てないわよ、私。道連れよ行菱」
「あはは、いいよ、一緒に行く?」
「恵」
「俺ですか」
「お前だろ」
「………ッス」
「いいよ私行くよ」
「いい」
うだうだ言いながら、なんだかんだで結局三人で行くことになりました。
トイレはそのあとでもいけるのでね。
っていうかさっきの真希さんと伏黒くんの掛け合いめっちゃ姉と弟っぽかったな。よの弟あるあるって感じだったな。
……ん?まてよ?この二人が連れ立ってパシり……?
「私らスポドリな」
「ウィッス」
しっかり返事したのち、のばらちゃんが歩き出したので私たちもついていく形となった。
てくてく歩いていく。
別に歩けなくはないけど、絶妙に行くには面倒くさい、そんなある意味ちょうどいい距離だ。
「にしてもマジで暑くなってきたわよねえ」
「ほんまやねえ。そろそろ天気がぐずつく時期くるかな」
「あ〜〜確かに。台風シーズンも近そうね」
昔新卒の頃、上司のおじさんにいの一番に天気の話題振り始めたらもうオバハンやでと笑われたことがあるのを思い出した。
まあオバハン扱いされるのはやぶさかではないので(?)そこから直す気もないのだが、まあ確かに、他愛のない世間話の代名詞感が否めないよな。
そのまま他愛のない話をしながら、しばらく歩いて、(私にとっては)二度目の自販機に到着。
真希さんからもらった千円札を自販機に入れて、のばらちゃんはスポドリのボタンを連打した。
多分連打しても出てこやんのちゃうか。
「ったく、自販機もうちょい増やしてくんないかしら」
「無理だろ。入れる業者も限られてるし」
ほら。聞いたことある会話である。
ファーストエンカウントイベじゃん。
案の定、逆サイドから、二人、人間がやってきた。
ガタマのお兄さんとノースリーブのお姉さんである。うん、そうですね、あのお二人です。
それをみとめた伏黒くんが、はた、と少し驚いたような顔をする。
「なんでコッチいるんですか、禪院先輩。」
「あ、やっぱり?雰囲気近いわよね。姉妹?」
そういや真依さんのことは知ってて東堂葵のことは知らなさそうだったよなこの人。
禪院コミュニティかなんかの流れで知ってる、っていう感じなのかな。家庭のことはよう分からんけど。
「嫌だなあ伏黒くん。それじゃ真希と区別がつかないわ。真依って呼んで」
ぱちん、としなれたように流暢なウインクをかますお姉さん。あ、この人伏黒くんに色目使ってますよ!?そういう感じの奴ですか?!!?(茶番)
「コイツらが乙骨と三年の代打……ね」
「アナタ達が心配で学長についてきちゃった。同級生が死んだんでしょう?辛かった?
それとも、そうでもなかった?」
語調には、確実に悪意が滲んでいる。
それを察したらしい伏黒くんも、予想通り、少しだけ声のトーンを低くする。
「……何が言いたいんですか?」
「いいのよ、言いづらいことってあるわよね。代わりに言ってあげる。
”器”なんて聞こえはいいけど、要は半分呪いの化け物でしょ。そんな穢らわしい人外が隣で不躾に”呪術師”を名乗って虫酸が走っていたのよね?」
――――死んでせいせいしたんじゃない?
かちん、と、漫画みたいな音が聞こえた気がした。
それも、二人分。
いや少年少女よ、素直なのは結構だが本当に顔に出やすいな。わかりやすすぎるよ君たち。
「真依、どうでもいい話を広げるな。俺はただコイツらが乙骨の代わり足りうるのかそれが知りたい」
ずい、と、東堂さんが一歩踏み出す。
伏黒くんが身構えた。
「伏黒…とか言ったか。
どんな女がタイプだ」
「「……????」」
剣呑な雰囲気かと思いきやそうではなかったぜ!
と言わんばかりに二人は呆けている。
ぐい、と東堂さんは着ているシャツの首元を掴んだ。そして、びりびりと破いていく。
…ん???悪女かな????!昔そんなのあったな!?!?!暴漢に襲われたの!!って自演するために服脱ぐやつな!
「返答次第では今ここで半殺しにして乙骨…最低でも三年は交流会に引っ張り出す。
ちなみに俺は、タッパとケツがデカい女がタイプです」
悪そうな顔すぎる。逆に強面もここまで迫力があるとギャグだな。
「なんで初対面のアンタと女の趣味を話さないといけないんですか」
「そうよムッツリにはハードル高いわよ」
「笑うわ」
「オマエは黙ってろ。ただでさえ意味わかんねー状況が余計ややこしくなる」
「京都三年、東堂葵。自己紹介終わり。これでお友達だな、早く答えろ男でもいいぞ」
男でもいいの…?!男だと無条件につまらん奴判定にしてそうやけどなこの人…!
「性癖にはソイツの全てが反映される。女の趣味がつまらん奴はソイツ自身もつまらん。
俺はつまらん男が大嫌いだ。交流会は血沸き肉躍る俺の魂の独壇場…
最後の交流会で退屈なんてさせられたら何しでかすか分からんからな。
俺なりのやさしさだ、今なら半殺しで済む。
答えろ、伏黒。どんな女がタイプだ」
いやいや、めちゃくちゃ迫力ある風に見せてめちゃくちゃ語っとうけどやな。ようはオタクが推しの話してるみたいなもんやからな…?!
あと主語クソデカすぎる。やめた方がいいぞ青年、そういうのは。人間、多様性からは逃れられんよ???
「アレ夏服か?ムカつくけどいいなー」
「確かに、夏デザインほしいよなあ」
「ね。五条先生に言ってみようかしら」
「そうねえ。それがいいかも」
「いや、なんだこれ大喜利かよ」
「ボケてこボケてこ」
ボケるとしたらなんて答えるやろな。いや、やめようめちゃくちゃスベりそうやもんな。
ちなみに私は顔の良い女が好きです。もしくは華奢か笑顔が可愛いか可哀そうな子。
「別に、好みとかありませんよ」
おもむろに、伏黒くんが口を開く。お、くるぞくるぞ名言が(野次馬)
「その人に揺るがない人間性があれば、それ以上は何も求めません」
きちゃーーー!(大野次馬)
大名言ですからね!!!!
後冷静に考えても上手な返事だなと思うわ。敵を作らないというか。私も今後見習っていきたい。角立てない、大事。
「悪くない答えね。巨乳好きとかぬかしたら私が殺してたわ」
「うるせえ」
「……やっぱりだ」
ほろり、と、ゴリラの目にも涙。
「――――退屈だよ、伏黒」
有り余る、殺気。
どっ、と、えげつなく重い音。
伏黒くんが吹っ飛んだ。
私はと言えば全然目でとらえきれなかったそれをたた呆然と眺めていて。
――――とん。
そして、不意に、肩に手か何かがおかれた気がして、反射的に振り返る。
「パンピでしょ?避難しとこーよ」
くす、といたずらっぽく笑う、声の主。
今まで、影も形もなかった、小柄な女子生徒だった。
「えっ――――――」
すこん、と、視界が途切れた。