* 15 *




 俺が、”それ”に気が付いたのは、梅雨のはじめのころだった。

 じっとりとした空気。初夏に向けて、上がる気温。
 不快指数が跳ね上がるこの時期は、確かに、人間の陰鬱な負のエネルギーも高まりやすいものだ。

「誰かの恨みでも買ったのか」

 休日。雨が降っていた。

 最近は術師として任務も一人前に任されるようになって、そして何より、しょっぱなのあの悪ふざけと言われても可笑しくない怒涛の激務をこなしたことが評価されているらしく。
 学生であることや、行菱自身の等級から鑑みても、比較的多忙にさせられがちな彼女も、今日は珍しく、休日をのんびりと謳歌しているようだった。

「えっ……?!……お、思い当たる節、無いけどなあ……?!」

 心の底から驚いたような顔をして、彼女は自身の背後を気にするような仕草をする。
 そして何故か、自身の髪を手に取って、匂いを嗅いでいた。

「なんか私やばい?」
「やばい程じゃねえが……放っておいたら呪力にでもなりそうな感じだな」
「えっ?!それやばい程ちゃうん…?!」
「まぁ、まだ別に呪力って程じゃねえし」
「あっ、そ、そうか……?」

 気の所為かと見紛いそうな程度の、目を凝らせば凝らすほど視認しづらい、うっすらとした"その"気配。

 まだ呪力、というものにまで至っていないそれは、しかし確かに、この目の前にいる行菱という人間のもつ呪力や気配とは異なるもの。

 どこかの誰かの、明らかな、"強い念"。

 それのもとが善性のものだったのか、あるいは悪意じみた悪性のものなのか、それは分からないけれど。

 いずれにせよ、同じ事だ。
 強すぎる信仰心も、苛烈な好意も、思念としては呪いと大差ない。

 …………苛烈な、善性の、?

「まぁ、思い当たる節が無いならほっといてもいいだろ。今更、多少呪われたところで今更行菱が負けることもないだろうし」
「あぁ……まぁ、勝てばええんやもんな……?!」

 終始不思議そうな様子で、しかし彼女は確かに納得した様なそぶりをみせた。

 まぁ、現状確かに、様子を見るしか無いだろう。
 このまま自然に消滅するようなものなら放っておいても問題ないし、逆に、呪力にまでなってさえしまえば、出処をたどるのが容易になる。

 行菱は呪術師だ。唐突に成立した呪力や術式に甚大な被害を被るとは考えづらい。

 どの要素をとっても、どう考えても、大丈夫なはずだ。
 焦ることも、不安を覚えることも、必要ない。

 …………ひっかかる必要なんて、ないはずだ。


◆◇◆◇◆


 それから数日。
 何故だか少し気になったので、しばらく行菱の様子をみていた。
 特に、急激に気配が強くなるという事もなければ、弱まることもなく。

 やはり数日やそこらでどうこうなるもんでもないのだろうし、そこまで神経質になっても仕方ないかと気を離そうとしていた、その矢先のこと。


「……行菱。何をした」
「えっ」
「この間の件、忘れてないよな」
「…………う、うん」
「毛ほども覚えてねえじゃねえか」
「ご、ごめんなさい!なんやったっけ!?」
「不穏な気配が纏わりついてるって話だよ」
「あっ!!ありましたねそんなことも!」
「なんで他人事なんだよ」
「いやあ……全然害も実感もなく暮らしていたもので…」
「…はぁ」

 当の本人がこれでは、今後に不安しかないな…。
 やはり早いうちに対処しておくべきだろうか。

「随分、気配が濃くなってきている。そろそろ、呪いと呼んでもいいほどに。
 …もう一度聞く、何をした?」
「何もしてへんよお…。今日なんかつい一時間前まで寝てて今さっきようやく稼働始めたくらいやし。
 昨日も別に、任務出てただけやしなあ」
「昨日の任務は?」
「真希さんと。別によくある内容やったし」
「具体的には?」
「神奈川の商店街で不審な事件が続いているから、それが呪霊じゃないかっていう調査と呪霊討伐。
 実際呪霊やったけどまぁ別に、真希さんの手を煩わせるほどのもんでもなかったしなあ」
「……。お前今まで任務で神奈川いった事あったっけ」
「え、覚えてへんなあ…。ないんちゃうかなあ」
「補助監督捕まえて調べてもらうか」
「あー、そうすれば一発かも」
「この後時間は?」
「あるー」
「じゃあ今行くぞ」
「はあい」

 二人して、補助監督の事務所へ向かう。
 神奈川に、呪霊を崇拝する一般人でもいるのだろうか。
 自身の崇拝対象を消され逆上するという可能性はありそうだ。

「あ、お疲れ様です」

 ふと行菱が言う。
 
「お疲れー。どうしたの、伏黒くんやけに神妙な顔してるけど。喧嘩?」
「お疲れ様です」

 2人の補助監督が向かいからやって来ている。

「お疲れ様です。喧嘩じゃないです」
「そう、ならいいけど。今から任務?」
「いえ。少し、事務所に用があるんです」
「事務所って、うちの、だよね?」
「はい」

 高専で事務所、と呼ばれるのは補助監督のそこしかない。
 というか、高専における事務関係は補助監督が一手に担っている、というのが正しいだろう。

「僕聞こうか?」
「行菱が、今までに任務で神奈川に行った事があるか知りたいんですが」
「あぁ、いいよ。すぐ出るすぐ出る」

 そういって、補助監督、金枝さんはポケットからスマホを取り出した。

「あぁ、どう?気に入ってくれた?」
「はい、知らない曲でしたけど、好きなかんじ。見た目もすごく綺麗で可愛くて。お部屋の一番見えるところに飾りました。ありがとうございます」
「そう。ならよかった」
「てっきりお菓子か何かだと思ってたんでびっくりしましたけどねえ」
「いや俺もそのつもりだったんだけど、見た目に一目ぼれしちゃって」
「そんなのを私がもらっちゃってよかったんですか?」
「もちろん」

 行菱は、金枝さんが調べている間、もう一人の補助監督と楽しそうに話している。
 飯田さん。最近補助監督として高専に来たいわば新人だ。
 寡黙…というかあまりべらべら喋る印象がないが、慣れてきたのか随分と打ち解けた雰囲気だった。

「あるにはあるね」

 結果がでたらしい。
 金枝さんが顔を上げる。

「何回ですか」
「3回。どうかしたの?」
「その3件がどんな任務だったか分かりますか」
「これと、これだね」

 そういって、金枝さんはスマホをこちらに差し向ける。
 本人が言っていた、昨日のものも含めての3件。

 今回と同じ、住宅街付近での任務ではあるようだが、場所は当然バラバラだ。

「……」
「あらら。また難しい顔に」

 想定通りか?いや、要素としては弱すぎる…?

「どうしたのさ。相談事でも調べ事でもあるなら言いなね?」

 金枝さんは心配そうに言った。
 確かに、一人、誰かしらには伝えておくべきことなのかもしれない。

 ……。

「ありがとうございます。もし困ったら、また、声掛けます」
「そういって絶対かけてこないタイプなんだよなあ、伏黒くんは」

 まぁ、思春期なんてそんなもんなのかな。
 行菱みたいなことを言いながら、彼はそういって能天気そうに笑っていた。

 当の本人がこちらの話に全然入ってこない。
 視線を向ければ、依然、飯田さんと何かを楽しそうに話しているようだった。
 コイツほんと危機感ねえな………。

「飯田くんもついに独り立ちし始めたし、僕はそろそろまた手が空くからねえ」
「そうなんですか。早いですね」
「ね。優秀優秀」

 純粋に感心した。
 まだ、高専で見かけるようになって一か月くらいのはずだった。

 補助監督。補助、なんて単語が付く割に、中枢管理としては呪術師よりよっぽど複雑で高度な仕事のように見える。やることも、覚えることも多そうだが、一か月そこらでできるようになってしまう程度のものなのだろうか。

 ゆら、と、視界の端で、何かがゆらめいた気がした。

 反射的に、目を向ける。
 その先にいるのは、行菱と、飯田さんだ。

 …身振りか何かを見間違えたか。
 行菱の纏う「呪力」となり始めたそれが、何かに見えただけかもしれない。

「あ、めっちゃ引き留めてちゃってますね、すみません」
「あ、ううん。大丈夫だよ〜」

 慌てて言った行菱に、金枝さんが返事をした。

「そうですか。よかった」
「こちらこそお時間とらせてごめんねえ」
「いえ!」
「じゃあ、失礼します」

 そう告げれば、お疲れさま〜と言って二人は事務所の方へと歩いていった。
 …さて。

「3回も行っとったんやな、神奈川。全然覚えてへんわぁ」

 この場に残っている行菱が、そういって、けら、と笑う。
 聞いていたのか。

「まぁ、いちいち覚えてなんからんないだろうけどな」
「そらそうよ〜ただでさえ別に記憶力なんて良くないのに。
 でも、となるとやっぱり神奈川になんかある説が濃厚なんかなあ」
「可能性はあるけどな…」

 断定はしきれない。
 そう思っていれば、携帯が通知を鳴らす。

 メールだった。さっきの神奈川の件について金枝さんがまとめて情報を送ってきてくれている。

「なに?」
「神奈川の3件、金枝さんがまとめて情報を送ってくれてる。見て思い出せるか?」
「多分無理やけど、まぁ、やってみよか。」

 そんなわけで、廊下で立ちながらに疲れたらしい行菱の要望で、ついでに学食でコーヒーを飲むことにした。




「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「がんばれ」

 ぐりぐりとこめかみを抑えながら、彼女は長いこと唸っていた。
 本当に、全く記憶にないらしい。
 まぁ、普段から本当に興味のないことに関しては何も覚えてないという印象はあったが、まさかここまでとは。

「いやまっっっじでなんの変哲もなかってんて多分。絶対」
「何か不審な人物を見たとか」
「ない…」
「帳を解除した後に、こちらを見てた人間がいたとか」
「わからん…………」

 ただ、ここまで行菱本人の印象に残っていないのなら本当に何もなかった可能性も高い気がしてくるな。
 何か、恨みを買った、というわけではないのかもしれない。

 で、ないとすれば?

「これまでの人間関係で揉めたこととか」
「ええ…?そら人並にはあると思うけどなあ。そこまで嫌われてたってちょっと怖いな…」
「まぁ、行菱の性格なら十中八九逆恨みか大して関わりのない奴が、ってところだろうな」
「いや分からんでそんなん。裏ではどちゃくそ嫌われとるかもしれんやん」
「ないだろ」
「でもこの状況よ?」
「落ち着け。お前まで負の念放ち始めたら事態はもっと悪化する」
「あっ、それはそうね…。深く考えないことにしよう。」
「そうしとけ。…にしても、手がかりがなさすぎるな…」
「すいやせん…私のことやのに私の情報提供能力低すぎてすいやせん…」
「もう少し危機感と警戒心を持てとは思うが、別に謝ることじゃない」
「いつもありがとう…苦労かけるなあ」
「別に掛けられた覚えねーよ」
「優しい」

 とはいえ。
 手がかりが全くないという状況ではどうしようもないので、結局その日はそのまま解散することとなったのだった。



◆◇◆◇◆


「流石にまずくなってきたな」
「うっす。ついに他の色んな術師や補助監督さんからも心配されるようになってきました」

 ぶい、と、それでも能天気に、その当人は笑っている。
 そろそろ、完全に呪いとして成立してしまったようだ。
 のんきにへらへらと笑うその間も、人影のような、目だけがある真っ黒の靄がびったりと背中に張り付いている。

 まぁ、生きてりゃそんなことくらいあるって。
 なんてのんきなことしか言わなかった五条先生も、流石にここまでくるとどうにかしないとだね、と言い始めていた。

 そんなわけで、心配でだか野次馬精神でだかやってきた釘崎、虎杖と4人で学食で膝を突き合わせている。

「と、いう状況でございます」
「成程ね。くるる的には全く思い当たる節がないと……」
「そうなんよ。知らぬ間に誰かにめちゃくちゃ恨まれとるとは怖い話やでほんま」

 う〜〜ん。女二人が同じ様な仕草をして考え込んでいる。

「呪いにまでなれば出所もたどりやすいと思ったんだが、うまくいかなくてな」
「相当遠くにいるのかしら」
「かもしれない」
「まぁでも、そこまで嫌われとるんが高専の人ではないってのだけが救われるよな」
「そうね。身近にいる人ではないってのは確実だからね」
「そうなの?」

 頷き合った女二人に、不思議そうに虎杖が返す。

「原則、術師から呪いは生まれない」
「そうなの?」
「あぁ。一般人でも多少なりとも呪力はもっている。だが、呪術師と違い、奴らは己の持つ呪力の操作方法も、垂れ流しを防ぐ方法も知らない。だから、強い負の念を抱けば抱く程、普段垂れ流されている呪力が寄り集まっていって呪いになるわけだ」
「へえ〜。だから補助監督とかでもねえってことか」
「あぁ。あの人達はそれが必須条件というわけではないから、もちろん見えるだけで呪力操作を知らない”窓”や補助監督もいるけどな」
「じゃあその人たちの可能性はある?」
「まぁ、それはそうだけどな。少なくとも、こんなところに勤めていて、同僚ともいえる人間を呪おうと思うほど暇な奴もいないだろ」
「そうよ、相手が呪霊ならまだしも、こちら側に怨嗟を抱くなんてないでしょ」
「ん〜〜まぁ、そりゃわかるけどさ。でも別に、呪いになるのって”嫌い”だけじゃねえだろ?」
「まぁそらあ、ストーカー女の行き過ぎた執着とか、結構呪いにはなりがちだとは思うけど」
「それこそそんな暇ないんちゃうん、ここの人」

 そうかな〜。と、少し納得のいかなさそうな顔をしながらも、虎杖は、とりあえずそう頷いてみせた。

「なんだ、虎杖。思い当たる節でもあるのか」
「いや、そんな大層なもんじゃねえんだけど」
「いい」
「直感だけどさ。…あ、飯田さんだ、と、思ったんだよな」
「飯田さん?」

 予想外の人名に、思わず俺は行菱を見た。
 彼女も、きょとんとしてこちらに目を向けたので、図らずも顔を見合わせる形になった。

「雰囲気、っていうか、まぁ、気配か。ちゃんと視認するまで、飯田さんがいるんだと思ってて」

 少し気まずそうに、虎杖は頬をかいている。
 釘崎も呆気に取られているようだ。

 …確かに、気配として、近い気もしなくもない。
 少なくとも、高専関係者ではないだろう、という固定概念で除外して、外部の人間だとばかり思ってしまっていたが、そうか。飯田さんなら……。

「………ま、まさかとは思うけど、何かしらの恨みを買っていて、その復讐を果たすために、飯田さんは高専に入り込んできた、とかそういうホラー映画みたいな奴?」

 言ったのは、行菱だった。
 だが、そうじゃないことは、彼女以外、全員、分かっていた。

「逆でしょ」
「だろうな」
「だよなあ」
「え?」

 そういって、三人でそろって頷いた。
 あそこまでされていて本人には見当が付かない、というのはそれはそれでどうなんだというところもあるが。

 とりあえず、まぁ、確かに、その黒い靄が、執着故の生霊にも似た何かだというのなら、それは、飯田さんで、全く納得のいく話だった。

 それくらい、彼は、あからさまに行菱を可愛がっている。
 どうやら年上に好かれるたちらしい。金枝さんや楠さんのタイプだ。学長の娘か何かを過剰に可愛がる扱いとは違う、類の。

「成程ね。そこまでヤバイって感じはしなかったけど、そういう奴って外面はいいっていうし。
 他の人間にはばれないようにストーカーしてるって言われてもなんか納得だわ」

 とはいえ、釘崎の言う通りだった。特に異常、というわけでもなく。
 俺たちが見た範囲では、金枝さんがしているのと変わらない、”普通”の好意的な態度、という程度で。

「ストーカーって……」

 …あぁ、でも。

「………そういや、行菱、この間、飯田さんに何かもらった、みたいな会話してなかったか」

 そして、それは、あの、初めの変化の直前、のような口ぶりではなかったか。

「あ〜…」
「え、なによ。何かもらったの?ぬいぐるみとか?」
「この文脈でそれやったらもうめっちゃ怖いなあ…アウトやもんなあ……」
「そうね、盗聴器か髪の毛は入ってるでしょうね」
「ホラーやん……。でももろたん、ただのオルゴールやからなあ、大丈夫やと、思う、ねんけど……」
「いや、その方がやべえだろ!」

 がたっと釘崎が立ち上がる。
 そしてそのまま、行菱の腕をひったくり、現物みに行くわよ!と言って歩き出した。
 あんたらもはよこい!と吠える。

 とはいえ、確実にアウトであろうことは目に見えているので、俺も虎杖も大人しくそれに従うことにした。


「クソ、絶妙に趣味がいいの腹立つわね」
「ま、まだ一応飯田さんが犯人とは限らんのやんな…!?アグレッシブすぎひん…?」

 部屋の外。中にはとても人間は入れられない、と言って、彼女は無理やりに入ろうとする釘崎を意地でも引き留めた。
 珍しい彼女のそんな拒絶の体勢に負け、仕方なく、部屋の中から現物をもってきてもらうことになった。

「でも確かに、こういうのだったらいくらでもなんでも仕込めそうだよな」

 そういって、虎杖がオルゴールをまじまじと眺める。
 そこまで大きなものではない。
 行菱の両手にちょこんと乗るそれは、箱の形をした、レトロ調の装飾がされた、重そうで決して安物ではなさそうなオルゴールだった。

「こ、怖いことを…」
「触ってもいいか」
「あ、うん」

 許可を得て、彼女の手からそれを取る。
 軽く振ってみるが、違和感は特にない。

「……いや、あるな」
「え?」

 なんとはなしに、裏を返す。
 底の方に、不自然な穴が開いている。

 オルゴールの構造など知らないが、箱の蓋を開け、中のパーツを適当に引っ張る。
 音を鳴らす機構は抵抗なく外れた。
 そして、その下に、小さな機械のようなものを見つけた。
 丁度、穴の真上のあたりだ。

 特に何を考えることもなく反射にも近い動きでその機械を抜き取り、握りつぶす。

 不愉快だった。非常に、胸糞が悪い。
 当人に悪意のつもりが無かろうと、他者に恐怖或いは不快感を与えているという事が分からないのだろうか。

「黒だな」
「何これ……?」
「位置的に、盗聴器かなんかじゃないか」

 よってたかって、オルゴールをのぞき込む。
 こういう機械系に詳しい人間は誰かいただろうか。

「これ以外には、何かものをもらっていたりはしないか」
「ん〜あとは任務帰りのお土産くらいかな。お菓子が多いし、ほとんど食べてもうてるなあ」
「市販のお菓子だな?」
「そう。あ、でもお菓子作るの趣味だから今度なんか作ってあげようか、とか言ってたなあ」
「それ、絶対食うなよ」
「さ、流石にこの展開で食べれるほど肝座ってへんわ」
「いや、それにしても、人ってわかんないもんね……」
「一応、部屋の中も全部調べてもらった方がいいんじゃないか」
「えっ。さ、流石に部屋に入れたことはないで…!?」
「補助監督は俺らのスケジュールをみれるだろ。いつ高専にいて、何日間不在にするか、あの人達だけは正確に把握している。話じゃ寮棟のマスターキーもあるって話だしな」
「えっそんなの初耳なんだけど!花のJKかこっておいてそれどうなの!?」
「高専入るときに話あったはずだぞ」
「聞いてないわよ!」
「あ〜…。いっとった気はするなあ…」
「とりあえず五条先生か誰かに言っといたほうがいいんじゃね?行菱も嫌だろ、盗聴器のある部屋での生活なんて」
「それは、まぁ、そうね……?!」

 虎杖はスマホを出して、五条先生に電話を掛ける。
 珍しく暇だったらしく、数コールののちに通話に応答があり、おおざっぱに説明をしていた。

 すぐ、先生はやってきた。
 それも、夜蛾学長を連れて。

「先生おーっす」
「おはようございます」
「遅いわね!」
「えっ嘘結構早い方だと思うんだけど!?」

 などときゃいきゃいやってから、先生たちは俺の手元に視線を移す。

「問題のブツはこれ?」
「はい」

 手からオルゴールをとりあげて、二人でまじまでじと眺めている。

「あ、これも」

 そういって、握りつぶした、機械だったものも差し出す。

「粉々!元が何だったかわかんないじゃん!」
「今も聞かれてると思うと腹立たしくて」
「いや気持ちはわかるけど!」
「………」

 夜蛾学長に至ってはもはや言葉も出ない勢いでの激怒である。
 そりゃそうだろうな。あれだけ普段可愛がっている教え子の私生活が脅かされているわけだから。

「ん〜でも見た感じ盗聴器って感じだね。部屋の中にもまだあるかもしれない感じか」
「業者を呼ぶ?んー。信頼性の高そうな探知機を買う?どっちの処理のが早いかなあ」

 如何せん、場所が高専の中、なのである。
 何かしらの外部の人間を招き入れようとすると大変なのである。
 かといって、探知機、だなんて物を買ってきても、素人の捜索では詰が甘そうだし、先生が悩む気持ちも分からなくはない。

「どーする、学長」
「部屋を変える」
「あ、なるほど。それが一番早いね」

 ぽん、と五条先生が手を叩く。

「さ、じゃあそうと決まればさっさとしちゃおう。ガサ入れもかねて、僕たちも手伝うよ」
「えっ待って人間を招き入れられる状態ちゃうんですって」
「まぁ、年頃の女の子だしねえ。恥ずかしいことの一つや二つあるよね。大丈夫、一旦かくしておいで。僕らはくるるが外に出した荷物を運ぶ係にしよう」
「えっ待ってマジで今この瞬間から始めるんですか!!?」
「だって僕も学長も、恵たちもいつ忙しくなるか分からないんだよ?さっさとしちゃった方が手があっていいでしょう」
「ええ…!びっくり」
「困る?」
「いや問題はないですけど…」
「じゃあ決まり!」
「くるる、私は別に入っても大丈夫よね。女同士だし」
「いやっあのですね、そういう次元じゃないんよなあ!部屋綺麗そうな人はみんなあかんかなあ…!」
「きれかないわよ」
「わたしのばらちゃんの部屋はいったことあるもん」
「アレは来るから片付けてんの!おら早く開けなさい」
「ひ、ひかんといてな…!?」
「アンタががさつそうなことくらいもう分かってるっつの!今更ひかないわよ!」
「信じるで…!?」


 結局、その日のうちに荷物の移動や家具の移動を終え、行菱は無事、引っ越し作業を終了した。
 当然、そのあとに部屋に業者を呼んだが、やはり予想通り小型カメラと盗聴器がいくつか、設置されていたようである。

 そんなわけで純粋に犯罪を犯したという事で飯田さんは高専を追放となった。
 外の世界での処罰がどうだったのかまでは俺たちは知らない。
 普通に警察に突き出したかもしれないし、もしかしたら、高専内の事情をもう大分知ってしまっていることもあるから口留めをする代わりに警察には突き出さなかったのかもしれない。

 ちなみに、彼女の背中にびったりとくっついていたあのヒトガタは俺たちの手でしっかりと祓っておいた。
 ここまできても、行菱にはあまり危機感がなかったので、もう少し警戒心を持てと学長と釘崎から説教(?)を食らっていた。

 当の本人は、まぁ、生きてたらこんなことくらいあるし、となんでもなさそうに苦笑いするだけだ。

 どこまでも危うい人だ、と思う反面、おそらく、あの大したことなさそうな反応は、今までにも何かしらの経験をしたことがあるからこそなのかもしれないな、とも思ってみた。

 確かに、ああいった人間が一番、変な執着をされるのかもしれない。
 というか、散々否定され拒絶されてきた類の人間は、行菱みたいな人間には執着してしまうものなのだろう、と、なんとなく思う。

 彼女は、何も否定をせず、何も拒絶をしない。
 そんな雰囲気が、確かにあるような気がする。

 だから。こんな自分でも。散々忌み嫌われてきた自分でも。
 この人ならば、もしかすれば、許し、受容してくれるのではないかと。

 きっと、彼女には、他者にそう思わせる何かがあるのだろう。

 まぁ、俺に何がわかるんだ、という話だが。


「行菱も、大変だな」
「どしたん、急に」
「いや、別に」
「そう。それにしても、ほんと、ありがとね。伏黒くんが色々してくれへんかったら私、どうやって犯人を捜せばいいかも分からんかったし、確実に放置してたわ」
「だろうな」
「ですね。とはいえ盗聴器は怖いわ…ほんと助かった…。
 流石にぬいぐるみに話しかけたりとか、一人で延々と呪詛を吐いてたりなんてせえへんけど、めちゃくちゃ元気に歌ってたりお菓子を声出して大絶賛してたりするから恥ずかしくはあるでな」
「確かにそれは恥ずかしいな」
「せやろー」

 けらけらと、彼女は、いつものように笑っている。
 そんな光景に、呆れたくなる気もするが、そんなことは結局できず。
 なんだかんだで、その”いつもどおり”の笑みに安堵してしまう俺もまた、行菱に甘い人間の一人なのかもしれない。

 平穏のふりをした不穏が去った、ある夜更けの光景である。



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