* 13 *
「いや、なんともねーって。それより俺も伏黒もボロボロじゃん。早く病院行こうぜ」
能天気に、虎杖くんは言った。応酬は終わった。
私は、彼が本当に彼だということを分かっているので、賛同してもよかったのだが、ここはあくまでも空気の振りを貫こうかと思った。
体にあった、宿儺の時の紋様が消えていく。紋様なのか?はなみさんにもあるみたいなやつね。特急呪霊のはやりなのかあれは。
「今どういう状況?」
「なっ、」
伏黒くんとそろって、勢いよく振り返った。
聞きなれた声。だが、その唐突さにはいつまでたっても慣れない。
「五条先生!どうしてここに」
「や」
先生は虎杖くん以上に能天気だった。
「いや来る気なかったんだけどさ、流石に特級呪物が行方不明となると上が五月蠅くてね。観光がてらはせ参じたってわけ。」
ボロボロじゃん、と伏黒くんをあおる先生を見てついつい笑ってしまいつつ。
「までも、野郎はどうでもいいや。くるるが無事そうで何より」
「雑魚故雑魚の相手ばかりしておりまして。大変なところはこの勇敢な青年たちが全部どうにかしてくれました」
ばばあは見てただけ。オブサーバーババア極めるから。任せて。
「そうそう、それでいいのそれでいいの。どうしようもないことはどうしようもないからね。」
「それはそう」
「で?」
見つかった?
またもや完全に同じタイミングで、私と伏黒くんは、先生から目をそらした。
「あのー、ごめん。
俺、それ食べちゃった」
しん、と、沈黙が降りる。
マジ?と、先生は珍しく驚いたように言った。
「「マジ」」
青年たちの声が重なる。
「んー?」
よくよく見ると、と言う感じ。ほんとだ混じってるよ、うける、とか言って先生は物珍しそうに虎杖くんを眺めている。
「体に異常は?」
「特に……」
「宿儺と替われるかい?」
「スクナ?」
「君が食った呪いだよ」
「ああうん、多分できるけど」
「じゃあ10秒だ、10秒たったらもどっておいで」
「でも…」
「大丈夫、僕、最強だから」
………この人は、その言葉を、どういう心境で言うんだろう。
なんて、感傷的なことを想ってしまった。
当の先生は相も変わらず能天気そうにきくふくを伏黒くんに投げつけていた。
「コイツお土産買ってきてやがる」
「まあでも美味しいから仕方ないって」
「いや人が死にかけてるんですけど」
最早ゴミでもみるような目で先生を眺める伏黒くんをなだめて(?)おく。
おいしいよね、美味しいお土産は仕方ない。旅路のおやつには必須。
ちなみに眼前の10秒の攻防、私の及ぶレベルではないのでもはや観戦すら諦めている。
はやいすごい、くらいのふわっとした認識で終わらせておこうと思う。なんかもう疲れたし、五条先生きた時点でもうこのイベントは終了である。
きくふく何味あるんかな、美味しそうなのあったらせびろう、と思って袋の中を勝手に物色する。
そうこうするうちにふっと、あの威圧的な呪力が消えた。
「おっ、大丈夫だった?」
「驚いた。本当に制御出来てるよ」
「でもちょっとうるせーんだよな」
「それで済んでるのが奇跡だよ?」
唐突に、先生が、虎杖くんの額に触れる。
すこん、と彼は意識を手放した。
「何したんですか」
「気絶ぅ」
きぜつぅ、じゃないんだわ。ぶりっこすな。
「これで目覚めた時宿儺に体を奪われていなかったら、彼には器の可能性がある。
さて、ここでクエスチョン。彼をどうするべきかな」
意地の悪い教師だな、と思う。
だけど同時に、モンペなんだろうな、とも思う。
「…仮に、器だとしても、呪術規定に則れば、虎杖は処刑対象です。」
”でも、死なせたくありません。”
確かに、伏黒くんはそういった。
「ふふふ」
「…私情?」
「私情です。なんとかしてください」
なんとかしてください、なんて、対象によってはとんでもないことを、何でもないような顔で、言い切ってしまう。
彼のこういうところが、とても好きだなあ、と、思う。
”自分”のことを否定しない、信じて、自信をもって主張をする、というのは人によってはとても難しいことなのだ。
私自身も、彼のそういうところに助けられて、今ここにいる、と言う事実もあるけど、それもこれも抜きにしたって、本当に、そういうところを人間として、尊敬している。
あと、この、揺ぎ無い声音には、きっと、五条先生ならどうせ何とかできるんだろ、っていう揺ぎ無い信頼がこもっている、というところも素敵だな、と思う。
彼等のことを多少、本来の関わり以上に知っているからだけれど、きっとこう、ちょっと私らぽっと出には及ばない、強い関係性があるんだろうな、とはやっぱり思わざるをえない。普段の生活の中でね。
先生も、そんな彼をみて、くるくると笑った。
知っている。この人は、なんだかんだでモンペの気質だ。
「かわいい生徒の頼みだ。任せなさい」
そう、言い切ったからには、きっと絶対、どうにかしてくれるのだ。
彼にだけは、それが出来てきてしまうのだから。
◆◇◆◇◆
あくるひ。
虎杖くんは、先輩たちのお見舞いに行って、それから斎場に上がった。
私たちはみんな一緒に車に乗って、虎杖くんと五条先生を斎場で下ろし(一応おとなつけとこうかってことになった。五条先生が大人とカウントできるかは謎だが)、そののち伏黒くんは高専に関係のある病院に治療を受けに言った。
とはいえ高専で受けられるような反転術式での治療では当然ない。普通にぱんぴの人がする普通に物理的な治療。要は応急手当という感じ。
私は特に用事もないので、そんな彼に付き添ってぼうっとしていた。
治療ののち、時間が丁度良かったので、虎杖くんたちを迎えに行く。
そして、東京に連れ去るために、虎杖くんの荷物を取りに行った。
「面倒な様だったら、高専の方で家の引き払いとかの手続きは代行できるからね」
「マジ?すげえな」
「まあ、こういうことも少なくないからねえ」
などと良いながら、私と五条先生は虎杖くんの荷造りを手伝う。
流石に荷物は郵送かな、とおもっていたが、この人、もしかしなくてもめちゃくちゃ荷物少ないぞ。
「もってくものこんだけでいいの?」
「おう。家具とかは向こうにあるんだろ」
「まあそやけど…趣味のものとかさあ」
「ゲーム入れたし」
「ええ…!?」
「まあでも女の子ってもの多いイメージかも。男はみんなこんなもんだよ」
「ええ…!?そうなん…?!??」
最後の荷物を積み込んで。
虎杖くんは玄関からお家を振り返る。
おじいちゃんと一緒に暮らしたお家。
寂しさを処理する間もないまま、思い出まで置いて、新天地に連れていかれる、とは少しだけ可哀そうな気もした。
だけど同時に、それでよかったのかもしれないな、とも思う。
高専には、人がたくさんいる。少なくとも、ここよりは。
だから、たった一人になってしまった、という孤独感に押しつぶされるような時間は、すごく少なくて済むのかもしれない。
どちらが彼にとっての正解かは、私にはわからない。人によってはどちらも正解になりうる可能性があるから。
感傷に浸って浸って浸りつくして一旦ぐずぐずになるまでふやけてふっ切る方が、綺麗に消化できる人と、こうやって忙しない日常の荒波に身を投じて、悲しみが知らぬ間に小さくなって、ようやくそこで飲み込む方が消化しやすい人と。
人間の心は本当に多様だから。些細な環境や性格や時間や運が、本当に絶妙なバランスでブレンドされて、成り立っているものだから。
だから、私たちに出来ることは、いつだって、誰だって同じ。
彼本人が選んだその決断が、彼にとって、少しでもいい結果をもたらしますように。
そう、祈ることだけだ。
「あ、後さ。」
「うん?」
「骨」
「ご遺骨?」
「そう。あれ、ってどうするのが正解なの。ちょっとしてから墓に入れなきゃなんないんだよな」
「入れなあかんことはないし、待たなあかんこともないよ。
ここにお墓があるんやったら、今日、もう、入ってもらってもええし、高専に来てもらってずっと寮の部屋にいてもらうんでもいい」
「そうなの?じゃあ今日もう今からいってぽんっていられんの?」
「うん。まあ、お墓にも依るけど。管理事務所の営業時間内、職員立ち合いのもとならいいよとか勝手に開けていれていいよとか色々やからね」
「へえ」
「あと別にお墓に入ってもらうとしてもお寺さん呼ばなあかんってこともないからな。お墓がお寺にあるっていうなら別やけど」
「そうなんだ」
「そう。ただ古風なやり方するなら、四十九日間お家でおまつりしてから納めるとか、一年とか三年とかの節目で納めるとかっていうのが多いと思う」
「んー、や、いいや。わざわざ東京まで来てもらうこともないだろ」
「まあ、それはそうやね。慣れ親しんだ土地ですぐ落ち着いてもらう方がええんかも」
「今日、最後、墓寄ってもらえるかな」
「運転手の問題?大丈夫やと思うで。あの人、運転はHP消費しないとおもっとう人やから」
「じゃあ今日、入れちまうわ」
「うん。お墓の事務所に電話してみ。」
「そうする」
流石は現代っ子である。
スマホを出してさっとブラウザでお墓のことを調べて、事務所に電話を掛けた。
もろもろのことを話す。可能だという返事が返ってきたみたいだ。
「四時半までに来れるならって」
「おやまあ。もう出なきゃじゃない?」
「や、ここから10分くらいのとこ」
「そっか。じゃあ忘れ物チェックして、お花を買っていこう」
「うん」
最後に今一度、部屋を見渡す。
世話んなったな、なんてつぶやくものだからうっかり私が泣きそうになってしまった。
そういえば彼、自活力の高いイメージだ。そらそうなんだけど。
あの、普通に片付いたキッチンでご飯を作って、おじいちゃんと二人、にぎやかに暮らしていたのかと思うと、何とも言えない気持ちになった。
西日が、きつく差している。
大切な人の終の棲家に別れを告げるには、相応しい光景だった。
◆◇◆◇◆
「ししょーやーい。大丈夫かーい」
小さくドアをノックして、私は小声で呼びかけた。
寝ているならそれはそれで構わないのだ。
そうしたら、行菱か?と、声がしたので、そうです行菱です、と返事を返す。
がちゃ、と、ドアが開く。部屋着姿の、もうすっかり包帯も取れた伏黒くんがいた。
「起こしちゃった?」
「いや、起きてた」
「ならよかった。怪我どお、大丈夫?」
「ああ。クソほど寝たし」
「よかった!お水買ってきたよお水」
「マジか、さんきゅ、助かるわ」
「生命線だからねえ」
持っていたビニール袋を手渡す。2リットルが3本だ。
「よく平然と持ってきたなこれ。購買結構距離あるだろ」
「平気やわこれくらい。でも距離は確かにあるから病み上がりには酷かなあ思て」
「お前も疲れてんだろ、俺は良いから休めよ」
「ありがとー。でもめっちゃ普通に元気やからお兄さんこそご自愛くださいやわ」
「なんだそれ。コーヒー淹れるけど飲むか」
「え、いいの?むしろいれたげようか?」
「いいよ。座っとけ」
「ええやだあ」
とはいえご厚意には甘える主義。いや、正確ではないな。伏黒くんのご厚意には、だな。
ってな訳でちゃっかりお部屋にお邪魔して、私は家主を座らせ無理やりコーヒーを淹れることに成功した。
「牛乳、冷蔵庫にあるから使っていいぞ」
「え、どうしたのいつの間に」
「こないだ、久々に飲むかと思って買った」
「そうなん。じゃあお言葉に甘えてもらおー。」
冷蔵庫開けるよー、と許可を取って冷えた牛乳パックをとりあげる。
…の割には未開封なんですけど開けちゃっていいんですかね。
「飲んでへんやん」
「買ったはいいけど気分じゃなくなった」
「なんやそれ」
まあちょっとあるけどそういうときも!などと言いながら笑う。
牛乳を入れて特に混ぜることもしないので、そのまま二つマグをもって、テーブルについた。
「はいおまたせえ」
「さんきゅ」
「いーよー。怪我人は安静にしててください?」
「もう治ったって」
「まあそれはそうか。今はもう疲弊してるだけの人やな?」
「まあ、それは否定しないけど」
「めっちゃがっつり頭割られてたもんな」
「それは虎杖もだろ」
「それはそう。みんな重症やのになんもしてやれんでごめんなあ」
「いやむしろそのための怪我なんだからいいんだよ」
「ええ?」
「俺もあいつも別に生きてるなら重症だろうとなんでもいいけどよ、お前が怪我負ってみろ、五条先生に殺されるぞ俺ら」
「いや流石にそれはない」
「それに準ずるものはある」
「ええ……?!アンチ男女平等派の人間か五条先生」
「なんだそれ」
「男ならなくな!男なら女をかばえ!男ならにげるな!みたいな」
「昭和かよ」
「五条先生って平成生まれよな」
「多分…ギリギリ…?俺の11くらい上なはず」
「11…27歳くらいか…」
おや。元の時間軸でも若干年上そうだな。までも、それならギリ平成か…?平成も30年くらいあるしな。
来年の5月か。元の世界だったら、平成が終わるの。こっちでも終わるんかな。
むしろそういう意味のある年号設定だと思って読んでたけど、ついぞ読者として答えを知ることはできなんだな。
「にしても、お前も随分強くなったよな」
「んー?」
「正直、一人でも大丈夫どころかあの2級以外一手に処理し切れるとは思ってなった」
「まじ?もしや褒められてる?」
「普通に誉めてる」
「え、わあい。嬉しい」
「思ってなさそ」
「そんなことないで…?!まぁでも、りんほんあってこそかなあとは思う」
「それでもいいんだよ。戦力になるなら手段なんて」
「あぁ、まぁ、それはそっか」
「そもそもあんなもん使える時点で呪術師として上等だよ」
「どしたん今日は。褒めて伸ばす日?」
「他意はねえって。ちょっと見くびってたなって思っただけだよ」
「見くびってはいてくれていいなあ」
「なんでだ」
「や…期待されるまでになると緊張してパフォーマンス下がるねん…」
「あぁ、っぽいな」
「え、マジ?わかる?」
「分かるわかる。あと他人に合わせてる時が一番活き活きしてる」
「それもばれてる……!他人見てタイミング合わすの超楽しい。まぁ慣れた人限定やけど」
「行菱はマジでわかりやすい」
「マジか」
などと他愛のない話をしていれば、ふっと外が騒がしい気がして、二人ともなんとなく口をつぐんで、次の音を待った。
不穏な感じの騒めきではなかったとは思うが。
そうすると、聞こえてきたのは、虎杖くんと五条先生の声だった。
ああ、なるほど、学長面談を終えて、寮に案内されてきたというところか。
「虎杖くんだね」
「だな。っつかこれ部屋隣にされたな」
「あらまあ。先生もやめたればいいのにな。特に男子学生組は間に一つ空室はさんでいこうぜ。
ただでさえ壁薄いねんからやましいことの一つもできひんやんなあ」
「いらん邪推をするな」
「ええ、だってやましいことせな死ぬんやろ自分ら」
「死なねえよ!」
「あははは!」
ったく。
そういって伏黒くんは立ち上がる。
部屋の外を見に行くようだ。
「よりにもよって隣かよ」
廊下でおもむろに声を掛ける。
私もこっそりドアの影から3人をのぞく。
「伏黒!今度こそ元気そうだな!」
「まぁな。っつか空室なんていくらでもあったでしょ、なんでわざわざ」
「ええ、だってにぎやかな方がよくない?」
「高校生が男女隣の部屋ってどうよ」
「え、そうなの?」
「あっ!そうだった行菱部屋向こうじゃん!」
「それはたしかにやべーな!」
「悠仁やべーの?」
「いや俺はなんもしないよ?!でもそもそも棟も一緒って大丈夫?他の人とか」
「まあ大丈夫っちゃ大丈夫だけどね。そんなのにおびえて震えてるような女子ここには存在しえないし」
「あぁ…まぁそりゃそっか」
「せやで、早々負けへんで」
「お、よう」
「よっすー」
言いたい放題言われている様なので登場しておこう。
五条先生が白々しくおや!そんなとこにいたの!なんて言っている。
「いましたよ」
「今恵の部屋から出てこなかった!?」
「えっ!」
「いや虎杖くんまでおばちゃんの顔すんのやめて?!それパートのおばちゃんが全く仲良くない男女無理やりくっついてることにして囃し立てるときの顔やで!?」
「でもだって」
「でもじゃないの!お見舞いに来てただけ!」
「あ〜〜〜なんだあ」
「先生は残念そうにしないで?!」
二人してなんだぁ、とか言ってきやがるんだがどうしたらいいんだろう。
むしろ高校教師としては逢引は咎める立場なんじゃないですか!修学旅行とか女子部屋の階に男子が行こうとしたら捕まえるでしょ?!
「まぁでも、すぐ女の子増えるし!」
「え!」
「明日!」
「「急!!」」
おっと虎杖くんとハモってしまったぜ。
ちらっとだけ目を合わせて笑った。はっぴーあいすくりーむ!
「明日みんなで迎えに行くよ!」
「おお!」
「わあい、女の子!」
やったぜ。女の子嬉しい。っていうかついに野薔薇ちゃんをお目にかかれる!
仲良くなれるかは分からんが!!楽しみだぜ!!!