* 12 *



 そら走っていける距離なので大した距離じゃない。
 お陰ですぐ、高校には到着した。
 少年たちは当然先についていて、伏黒くんが虎杖くんに待てを教えているところだった(大語弊)

「カバン、あの車の中だから」

 ずかずかと進み、校門を乗り越えようとする伏黒くんを追いながら、私も言った。
 みつきさんも車から降りて、ひらひらと手を振っていた。

「あ、おい!」

 お前も行くんかい!と言いたげな虎杖くんは無視して、私も校門に駆け寄った。
 とん、と軽やかな音で校門をよじ登った師匠とは違い、私は潔く呪力に頼ってとぶ。いやほんと便利よこれ。色々助かる。

「行菱も待機でいいぞ」
「ざ、雑魚処理係くらいはできると思うねん…多分…!」
「無理だと思ったらさっさと退避しろよ」
「分かってる、大丈夫、足は引っ張らない、引っ張るくらいなら見捨てて去る」
「分かってんじゃねえか」

 そう。変な躊躇するほうが、返って致命傷になったりする。
 ので、やばくなる前には、退避する。
 よっぽど私なんかの助力だけで勝算があがる様なら別だが、多分、もうそんなレベルではない。

 伏黒くん一人なら大けが、で済むもんでも私を抱えてたので致命傷になりました、じゃ洒落にならんからなマジで。
 それだけは、ちゃんと心得よう。世のどんくさヒロインみたいに見捨てられないよ!とかいうきれいごとだけで負担になるようなことだけは避けよう。ほんとに。

「部室どこだったって?」
「3階、中央」
「3階?!」

 ババアに厳しい世界だなほんと!!
 駄目だなこれ早いうちから呪力補正掛けとかないとシンプルに素のスタミナなくなるやつや。
 まあそもそも素のフィジカル力だけで走ってたら伏黒くんに追いつけないのである程度のテコ入れは必須なんですけれども!

 そのまま、校舎に入り、階段を駆け上がっていく。
 よしよし、このペースなら持つ。大丈夫。

 3階につく。雑魚はいるが、人間がいそうな気配がない。


「きゃああああ!」


 唐突に、女の子の悲鳴。上から。そうだ、4階だったな。

「!もう部室を出たのか!!」
「伏黒くん先に!」

 3階の方からも、1体。
 踵を返しかけて止まった彼に、私は言い切る。

「いけるか」
「大丈夫」

 さて、狭いので小さくまとまっていてもらおうか。
 腰に下げた球体を金具から外して、私は手に持った。

 大丈夫、強がり抜きで、負けない。

 それを見越してだろう。
 やばくなったらすぐ降りてこい、と言って、伏黒くんは駆け下りて言った。
 ちょっとね、ぱんぴ救出、レベル高いから。玄人に任せる方がまだ勝算高いんよ。

 さ、今日も熊ガチャだ。

 ありがたいことに召喚時の特殊効果なのか、この人、顕現すると必ず呪霊が一旦距離を取るんよね。 
 SAN値直葬するあの感じがあれなんかな、呪霊にもキくんかな。ノックバックついてるわこのこ。

「うん、いい具合」

 サイズ感の調整も今となってはお手の物である。
 今日は野薔薇ちゃんサイズの普通の手斧だ。でも見た目はいつもの赤黒。今日もいつものをそのまま小さくした感じがミニチュアみたいで可愛いね。

 よし。じゃあ行きましょうか。
 4階で伏黒くんのわんさんが顕現した気配。彼は分断してもやりやすいな、式神で状況がわかるから物理的に視覚が通らなくても多少は把握できるのが強い。

 あとは、虎杖くんが、私の知る通りの、強い男かどうか、ってとこだろうか。

 私も、眼前の呪霊と一気に距離を詰める。
 そのまま、愚直に振り下ろす。速さで勝てれば脳筋プレイでも問題ない。

 ざく、と手ごたえ。
 炊き立てのお米が、腐ったようなにおい。いや、あり得ないっていうかこう、わかりづらいかもしれないが、そうとしか表現ができなかった。
 炊き立てのお米の臭いを、吐きそうにした臭い。少しだけ時間のたった遺体からする、臭い。

 そういえば。私は呪力や呪霊の気配をこうして臭いでも感じ取ることがあるが、意外とこれは少数派らしい。
 ただ普通の人間の感覚器官と一緒だそうだ。視力があまりよくないから、聴覚が鋭敏になる、って人は結構いる。そういうのと同じだそうだ。視力は確かにあまりよくない。だから、呪力に関しては嗅覚が特化してきたんだろう、って五条先生が言ってた。

 ”…後は多分、なんとなく、嗅ぎ覚えがあるんじゃないかな。”

 今までの世界では呪いなんて見えていなかった、って言ったけど。
 なんとなく、そういうものに近い場所に、ずっといたんじゃない?

 あの、詮索するような声音は、よく覚えている。
 別にそんなにきな臭いことはしてへんねんけどな。私の事実以上のことを想像して、何やら五条先生は勘繰っているらしかった。生来のオカルトオタクですからねえ、と笑っておいたが。

 さて、そんなことはどうでもよくて。
 一撃で祓えてしまったような雑魚だったが、どうやらこれ、3階に雑魚、集まってるな。
 部室でお札をはがした瞬間の残穢に群がっている感じだ。
 もう少し等級が高いのは逆に知性が高いから本丸をちゃんと嗅ぎつけて降りていったのだろう。

 もう少し、奮闘しますかね。あいにく救世主にはなれないけど、雑魚用タンクくらいにはなれる、と、良いな。まありんほんの強さありきなので、あながち驕りでもないと思うんだけども。

 た、と駆け出す。ギアがあがってきた。体が軽い。
 あとこの学校めちゃくちゃ廊下広いな。これなら、斧、でかくしても大丈夫そうだ。

 うろうろとひしめいている雑魚たちを手早く処理していく。
 ああうん、幸運サイドテールくんじゃないけど、私もこういう方がよっぽど向いてる。テンポがいい方が気持ちよくて好き。

 ただ、気を付けないとな。不注意で、足手纏いになったら、それだけでまずゲームオーバー、原作としてもゲームオーバーだ。
 伏黒くんは、なんとなく気配を察する限り、私を見捨てられるタイプでもなければ、多分、何かしらよりも私を優先してしまうタイプだ。や、変な意味じゃなくて。ただ事実としてね。そらまあ、初対面でもないし多少は愛着と言うか、級友としての思いやりがあるだろうから。
 ああ見えてあの子、情に厚いっていうか。おるやん?”身内”以外にはめちゃくちゃ冷たいし残酷やけど、ひとたび懐に入ったらめちゃくちゃ大事にするタイプ。ああいうのに近い。

 さあさあ。廊下にはびこる雑魚たちは順調に減らせてきたよ。
 後は部室の中だ。ありがたいことに群がってくれているおかげでとてもわかりやすいよ。

 べろん、と天井から垂れるように、ヘドロのような影。
 私めがけて落ちてくるそれを跳んでよけて、着地際に斧を振る。瞬間、雑魚は霧散する。

 その音で気付いたのか、部室の中の雑魚たちが一斉にこちらに向いた。

 よし、そのまま廊下の所までひきつけて、斧を大きくしよう。
 背後にも二人くらいいるな。

 作戦通り、背後の奴に注意を払いつつ後退。
 斧を大きくして、前方から一閃。
 そのすきをついて距離を詰める後方の呪霊を躱し、喧嘩キック。申し訳ないんだがきれいな武道キックなんか出ないんだわ???とっさにね????

 その間に斧を引いて、最後の呪霊は叩き潰す。いや斧なので切ってるのか。これは、一応。

 さて。さて。程よく無双感も演出できたことだしそろそろ上りましょうか。
 いや待て?伏黒くんってここからなんで死にかけるんだっけ。昼間のあのダニか?

 ………あれくらいなら私もいれば倒せないか…?いや、驕りか。そういうのはやめておこう。

 ドォオン!!!

 地面が揺れる。
 咄嗟に斧の頭を地面につけて、体を支えた。
 おわあ、そうか。そりゃ致命傷にもなるわ。

 伏黒くんが夜の空に舞う。いやポエマーってる場合じゃない。
 上部、四階校舎を貫通して、連絡通路の屋根みたいなところに大きな影が飛んでいった。

 丁度、目の前。
 3階の中央から、その通路は伸びていた。

 あれがダニだな。あと伏黒くんもいそうだ。
 彼の術式も解除されている。

 窓を開けて、連絡通路の上へ飛び出した。

 いや待て別に割ってよかったんじゃないかこんなことになってるくらいなんだし。
 と言いつつ咄嗟に躊躇って普通に開けるあたり、学生時代の優等生が出てるな。ほんと、器物破損とは無縁の人生だったっちゅうんに。

 通路の上で、私は、再び斧を顕現させる。
 ダニにノックバックは効かないらしい。その代わり、伏黒くんに向かって迷いなく進んでいた踵を返して、威嚇をするようにこちらを向いた。
 あら、最近見ないガチャ結果だな。

「……そうか、不意打ちとかスニークキルには向かないわけだな、この人は」

 なんも考えなかったが、タゲがこちらにむいてしまった。
 仕方ない、甘んじて受け入れよう。
 構えて、軽く腰を落とす。

 直後。

 びゅ、と、勢いの良い風を切る音が聞こえて。
 それから、ごん、と固い音を立てて、ダニの上に何かが落下した。

 いや、虎杖くんだった。
 っていうか普通にあの距離飛び降りてくるんやばくないか。

「っうぇ!?」

 おなかに、負荷。
 一瞬何も理解できなかった。早すぎて。こわ。
 どうやら、ダニをメテオで攻撃したあと虎杖くんは私を抱えて、伏黒くんの方まで持ってきたらしい。
 戦力は分散させない方がいいってのは基本的戦略かもな。賢いぞこの人。

「大丈夫か!?」
「逃げろっつったろ」
「言ってる場合か。今帰ったら夢見悪いだろ。
 それにな」



 ―――こっちはこっちで、面倒くせえ呪いがかかってんだわ。




「…!」

 いや本当に、この文脈好きなんだよな。
 物理的なものと、比喩的なもの、っていうか。確かに、あの言葉は”呪い”なんだろうなあって。
 いや、言語化してしまうとややその面白みに欠けてしまう気がするので、あんまり言及したくはないんだけど。

 呪い、というテーマに、あらゆるしがらみや矜持をのせてくる。
 陀艮ちゃんの戦闘でのパパ黒登場シーンの「禪院家の呪い」っていう表現も本当に好き。

 虎杖くんが一撃をかまし、そしてかまされる。
 鈍い音を立てて、こちらに吹き飛ばされた。

「呪いは呪いでしか祓えない」
「…早く言ってくんない?」

 二人とも全然平気そうで笑うわ。
 や、割とシリアスな致命傷加減なのかもしれないけど。

「何度も逃げろっつったろ」

 ぎこちない動きで、伏黒くんは立ち上がる。
 やめときな、と声を掛けるが、シカトされた。つめたい。

 そして、不可抗力的に一番前に立っていた私の腕を軽くつかんで後ろに下げて、一番前に立った。
 なるほど、目立ちたがりね。タンクしたがりね。わかったわかった。

 …と、茶化そうかと思ったがやめておこう。
 これはこれで気遣いというか、師匠は師匠なりのプライドなのだろう。
 守ってやろうという意思は感じたので小さくお礼だけ言っておく。

「今あの2人抱えて逃げれんのはお前だけだ。さっさとしろ、このままだと全員死ぬぞ。
 呪力のねえオマエがいても意味もねーんだよ」

 …まだ、どんなイレギュラーがあるか分からないから、楽観はできないけれど。
 それでも少し、私は、光のある確信をした。

 この後、五条先生の到着を待てばいいだけだ。
 私はありがたいことにまだノーダメージ。
 しのげる。はずだ。
 少なくとも、誰かが死ぬようなことにはならない。……させない。それが、できるはずだ。

 宿儺受肉イベがあるのは、まあ仕方あるまい。
 そこを阻止してしまうと、多分普通に、今後呪術師勢力が戦力的に圧倒的に劣って、殲滅される。
 原作通り、なんとか虎杖くんには宿儺を取り込んでもらいたいのが本音だ。
 大きく道を外れると、何が起こるか分からない分恐ろしい。

 よし、よし。大丈夫。
 校舎内も雑魚は殲滅しきっているはず。先輩たちも含めて、誰も死なせないでやり過ごせる。

 ……何か、忘れてないよな?大丈夫だよな???

「なあ、なんで呪いはあの指狙ってんだ?」

 さてサラっと起き上がり、サラっと元気そうな虎杖くんが最前列マウントを取っていく(語弊)。
 あの、どんどんじわじわ近づいていってるのちょっと面白いですね。

「食ってより強い呪力を得るためだ」
「なんだ、あるじゃん、全員助かる方法」
「あ?」
「俺にジュリョクがあればいいんだろ」
「なっ―――――」


 …指!
 お目にかかれましたね!らっきい!

「馬鹿!!やめろ!!!!」

 ぺろり、と、青年は指を飲み込んだ。
 いや文章にするとマジでヤバイ。

 あのサイズ感のもの丸のみってだけでヤバイのに何故爪側から行くのか。
 引っかかったらクソ痛そうなんですけど。
 っていうか咀嚼っていう概念知ってますかね。

 こちら側の動揺。
 それを隙とみなしたのか、ダニは虎杖くんに突っ込んだ。

 ぶわ、と、異質な呪力が発散されるのを感じ取る。
 否応なしに、鳥肌が立った。


「…!」


 一撃だった。
 たった一撃で、その大きな呪霊は倒れ伏す。

 虎杖くん……と呼んでいいのか分からないが、彼は、ぱちくり、として自身の手を見上げ、そしてそれから、ゲタゲタと大声で笑い出した。


「あぁ、やはり!!光は生で感じるに限るな!!」


 唐突な、諏訪部降臨である。
 アニメ見てるときはさ、ああ別の人がCVしてるなあ、としか思わなかったけれど、この、いざ目の前にして、否応なしに明らかに同じ声帯から出ていると理解せざるを得ないのに、全くの別人のような声、と言うのは、中々SAN値を騒めかせる何かがあるな。
 アニメで見ていた時とは違って、こう、なんか面影がある、と言うか。ちゃんと、虎杖くんの声なんだよ。なのに、全く別の人間の声なんだ。

 そういう、理解のできない理解が、脳が拒否する絶対的な事実が、いつだって人間の正気を攫って行くんだろう。アガるね。

「最悪だ…」

 ぼそり、と、こぼれるようなつぶやき。
 そうだね、これこそが、全ての”最悪”の、始まりなのかもしれない。

「呪霊の肉などつまらん!人は!女はどこだ!」

 ぐるり、と、人外の目がこちらを向く。
 私以上に神経質に、伏黒くんが身構えたのが分かった。

 …おお、流石に、蛙の分際なので蛇ににらまれると足くらい竦むわ………?

「………まだ、そんな奴がいるのか」

 え、どゆこと。こわ。
 吐き捨てるように言ったあと、宿儺は興味をなくしたように視線を逸らす。
 見下ろす先は、住宅街だ。

 ……と、とりあえず、命拾いか…?
 目の敵にされて秒殺フラグが立ったのか…?!

「…いい時代になったのだな。
 女も子供も、蛆のように湧いている。
 素晴らしい」


 ―――――鏖殺だ。


 その声音だけで、ただの矮小な人間などというイキモノは震え上がらざるを得ない。
 小さく、手指が震えだすのを必死にかくしていれば、が、と、唐突に宿儺は右手で己の首を掴む。

「あ?」
「人の体で何してんだよ。返せ」

 同じ声帯から出る、自作自演と変わらない言葉の応酬。
 だけど確かに、違う存在同士の”会話”だった。

「オマエ、なんで動ける?」
「?いや、俺の体だし」

 至極当然のように言って、彼は、虎杖くんはきょとんと、している。
 ふっと、首を掴む手の力が緩んだ。


「動くな」

 伏黒くんが、影を呼ぶ。

「お前はもう人間じゃない。」
「は?」
「呪術規定に基づき、虎杖悠仁、お前を―――――」



 ”呪い”として、祓う。



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