* 08 *





 はてさて。
 時がたつのは早いもの。
 すっかり四月も終わり、ほんのりと初夏の空気が漂い出した、今日この頃。
 当然、この界隈の人たちにはGWなんてものは関係なく。
 世間が連休だろうとなんだろうと任務に追われて、せわしなく高専内の時間は過ぎていった。

 私はといえば、当然、訓練に明け暮れる日々。
 こんだけ努力らしい努力を継続したのなんかいつぶりだろう。部活とかもすぐ飽きちゃうタイプだったからなあ。

 そんなわけで、期間中に一度だけ、みつきさんに連れられて、補助監督目線で任務に同行させてもらったけれど、それ以外はこれと言って変わったこともなく、毎日高専に引きこもり、コミュ障らしく一人でぬいぐるみと戯れていたわけである。

 ちなみに、初の外出時。既に、呪力操作も覚えたうえにリンフォンもちゃんと扱えるようになっていたおかげか、一番最初のあの時みたいな、めちゃくちゃ毎ターンごとに呪霊とエンカウントする、みたいなことはなくなっていた。

 多分あれはマジで学長先生が言っていた通り「呪力がある、なのに垂れ流しになっている=呪力操作ができない=雑魚」みたいな理論で呪霊もコスパのいい餌だと思って近寄ってきていたんだろう。
 論理的な思考はなくても、ほら、動物の本能的みたいな感じで。

 まぁもしくは、あの一瞬だけの限定イベントだったのかも。
 夢主の特典よろしく体よく高専に入るためのご都合主義的予定調和突発イベント。
 ……いや、マジであり得るな。アレなかったら私高専入ることもなかっただろうし。

 …と、もう過ぎたどうでもいいことはおいておくとして。

 学長先生の訓練用ぬいぐるみのおかげで大分、見えるようにもなってきた。
 早い動きとか”攻撃”としての動きの流れとか。

 しかも、若いってすごくて、二週間っつったら流石にどれだけ追い込んだって素人が付けられる筋肉もスタミナも限界があるだろ、大して変わらんよ、なんて思っていたんだけど、自分でもびっくりするくらい、動けるようになったと思う。

 稼働可能時間なんてめちゃくちゃ伸びたし、何なら斧を振り回すのだってかなり楽になった。
 慣れや体の動かし方をわかってきた、っていうのもあるのかもしれないけど、それにしたって、飛躍的と言っていいくらいの成長だった。まあ、あくまで個人内の話なので、当然まだまだ伏黒くんや二年生の先輩には敵わないんだけど。

 あ、それでも何とか、ぬいぐるみのレベルは10まで上がりました。
 レベル20は一級相当を想定して作ったとかいう爆弾発言をいただいてはいたので、適当に計算して大体3級くらいの強さでしょうか!本当だったら大成長だよ!やったね!
 なおおごるつもりはありません。クソ雑魚の自覚をもってつつましく生きよう。怪我の元ですからね、慢心なんて。

「……わぁ、なんか緊張してきた」
「なんでだよ」

 ということで。皆さまお察しのこととは存じますが、そうです。期日がやってきました。
 晴れて、呪術師としてにんむでびゅうでございます!!!!!
 補助監督は楠さんというお兄さん。ヤンキーが髪くろくしただけ、って見た目した喧嘩の強いお兄さん。呪霊も殴れるのでいざというとき安心。
 そして保護者として、予定通り伏黒くんがついてきてくれています。

「いやお兄さん私ついこの間までパンピだったプラス今現在も雑魚という生まれたての小鹿やで?????」
「大丈夫だって、昨日見た限りじゃ早々問題ねえよ」
「えええ…!かいかぶりや!」
「なんでだよ。とにかく!変なことは気にすんな、俺が合わせてやる、好きにやれ」
「ええ……何それかっこいい……ちょっと前のスポーツ漫画とかであったようなセリフやな…」
「茶化す元気があるなら放っておいても大丈夫そうだな」
「あああうそうそ!ごめんなさい!」
「はいはい」
「稚拙なりに頑張るので…カバーをお願いいたします」
「当たり前だろ。っつか初戦の奴にそこまで期待してねえし、今回の等級くらいなら俺だってそれくらいの余裕ある」
「なんて頼もしいのか……」
「普通だろ」
「普通ではない。そうやってちゃんと下の面倒みられるというのは確かな経験もしくは技能がないと無理」
「急に真面目だな」
「いやあ……いつも真面目やで…?」

 まあでも、うん、お兄さんのいう通りなんですよね。
 実際確かに実力がある人からしたら、下のカバーなんてなんてことないもんなんよな。
 逆に、自分もあんまり余裕のないクラスだと、下の面倒見れないくらい自分でいっぱいいっぱいになることもある。

 稚拙さで迷惑をかけていいのはビギナーの特権だし、そのために先輩がついてくれているっていうのもある。
 経験のある人は、そんなビギナーを見ながら合わせてあげられるし、尊重して上げられる。

 そういう、感覚的なところは、仕事にしてもなんにしても、きっと同じであることだろう。
 だから、まあ確かに、合わせられるかな、とか実践でのとっさの判断ミスるとか非常にありそうだしな、なんていう考えだしたらキリのない不安は一旦おいておいて、ちゃんと自分が主体でどう臨むか、っていうのを考えよう。
 今日は伏黒くんのやり方、じゃない。私のやり方を模索する時間だ。

 ……それにしても、カバーされる側って久々だから、ちょっとそわそわするな。
 至らない自分をみられるのってちょっと恥ずかしいし、できれば完璧にこなして見せたいけど、まあそんなことはなから無理だってことはわかっている。少なくとも、私には不可能だ。

 だから、まあ、多少の失敗は織り込み済、という心構えを持たなくちゃね。
 動じない心。泰然自若と構えてなんぼよ。特に私、テンパるといいことないから。っていう自己暗示。

「ちなみに、コンディションはどうだ?」
「よいよ。万全を期して昨日はしっかり早寝した」
「そうか。呪力も足りてるか?」
「足りて…?!寝たら全回復ってシステムじゃないの呪力」
「ゲームじゃねえんだから。普通に疲労と一緒だよ。度を越せば回復しきらないときもあるし、ちょっと休んだだけで回復するときもあるだろ」
「そういうもんか」
「そういうもんだ」
「なんも考えず斧振り回してたからなあ。フィジカルの持久力が初手問題過ぎて、呪力の減少には差し掛からんかったわ」
「いや、良く分からん」
「ええ…?!」

 などと漫然と会話をしながら、車は人里を離れていく。
 大都会から飛び出して、私たちはとある緑豊かな町へと向かっていた。
 もうすでに住宅街って程ですらなくなってきたよ。村感出てきた。田んぼが広いぜ。

「で、ちゃんと任務概要は読み込んできたかクソガキども」

 そういって、運転席の楠さんが言った。
 いや、全く、と悪びれる様子もなく伏黒くんが返したので、チッと盛大に舌打ちをした楠さんが、紙の束をこちらに投げてよこした。

「二級術師だかなんだか知らねえけど、1年風情が任務前にして余裕ぶっこいてんじゃねえよ」
「は?そんなつもりないですけど」

 おう、どうやらお兄さんたちそりは合わんらしいな。
 元ヤン同士は反発する定めということか………。2人とも陰キャには優しくできるヤンキーのくせに……。同族嫌悪は根深いからなあ……。

「どんな任務?」

 そのまま放っておくと口論がヒートアップしそうなので、私はあえて口をはさんだ。

「あぁ、」

 そうだった、と言わんばかりに伏黒くんが書類に目を落とす。
 見る限り、心霊スポット扱いされている廃屋にはびこる低級呪霊を退治せよ!みたいな任務の様である。

「深泥町跡地に1件だけ残る廃屋にて、3級相当の呪霊の反応あり。
 ”窓”の視察により、呪霊の行動範囲はその建物を出ないことが判明している。
 当区域は地元では有名な心霊スポットとして認知度があるため、一般人がその被害に遭う前に対処せよ。
 …だとよ」

 さっと目を通しただけで、飽きたように視線を外して、彼はそういった。
 挙句の果てに、もういらん、と言わんばかりにその紙の束を私によこしてきた。

 いや私もいらんが。
 などと思いながらも、大人しくそれを受け取って、少しだけ眺めるふりをしてから膝の上に置いた。

 確かに、これだけのことのためにわざわざこの紙の束を事前に出力して持ち歩く気には到底なれない。
 私なんかまだ実践も初めてなくらいのド素人だし、余裕をぶっこいているつもりなんて毛頭ないが、それでも、全然全く、予想の範囲を出ない、陳腐なストーリーである。

「なんと言うか、まあ、うん。普通やね?」
「普通だな」
「楠さん意外と真面目やね?」
「そらお前こちとら大事な大事な学長のお気に入りのデビュー戦まかされてんだぞ、マニュアル通りの流れでやらなかったらボコられんだっつーの」
「あぁ……そうだった…」

 すっかり忘れておりましたが、そういえばそうでございました。
 あらゆることのあらゆる基盤を整えて、過ごしやすいように調整してくれている挙句、教育までしっかりと面倒見てくれている我がパパはそれはもう盛大なテンプレモンペだったんでございました。

「にしても予想外過ぎたよな。まさかあの学長があんなにデレデレになるなんてよ」

 けた、と楠さんはおかしそうに笑った。
 確かに、それに関しては本人である私がいちばん驚いている。同じくらい感謝も、もちろんしているわけだけれども。

「ありがたい限りでございますほんと」

 そういって、私もその言葉に返事をする。

「まーでも、学長とは言えセクハラされたらすぐ言えよな」
「いや流石にそれはないんちゃいます??」
「分かんねえぞー。現に少し前まではあんな贔屓丸出しの学長をお目にかかることこそ”ありえない”ことだったんだから」
「あぁ……それを言われてしまうと何とも言えんわけですけれども…」

 そうね、人生は何が起こるかマジで分からんもんやからな。
 楠さんの心遣いにも素直に感謝しつつ、私は曖昧な笑みでその場をやりすごすことにしたのだった。


◆◇◆◇◆


「よし降りろガキども」

 この人はとことん口が悪い。
 が、言葉の割に悪意がなくて、なんかちょっとかわいらしくも思えてくるな。
 煽りポメラニアン……みたいな……。狂犬チワワ……みたいな…?

 言われた通りに車から降りて、私たちは、”それ”を見上げる。

 古びた一軒家。
 建物の作り的に、当然といえば当然だが、かなり昔の民家だという事が伺い知れた。

 それは、かなり状態が悪いようにも見えたが、崩落している箇所などはなく、しっかりと閉された家の中はここからでは何も見ることが出来なかった。

「二階建て、かあ…。」

 流石にここまで状態が悪い建物の二階になんか軽率に上がりたくないな。
 心霊番組とかで言うと、二階の窓から女がこちらをみていた、みたいなのとかって定石だと思うし、ホラースレでも二階に何かしらあるっていうのも少なくないから、もしかしたら”奴ら”は二階にいるのかもしれないけど。いや普通に怖い。崩れるやろこんなん。

「登ろうとすんなよ」

 やだなあ、というのが顔に出ていたのだろうか。
 楠さんがそういって、先回りして牽制を掛けた。まあそら、いやなのでできれば上りたくねえっす。

 そしてそれと同時に、じとり、と伏黒くんが不満そうな目を彼に向けた気がした。
 補助監督がしゃしゃんな、ってことかな。いや、そういう事を思うたちではなさそうか。どうしたんだろ。

「はい、あがらんでええなら上がりたくないですね」
「上がらないで良いようにちゃんとどうにかしろ」
「ふわっふわやないですか」
「まぁ奴ら基本的には他の呪力に寄ってくるし、おびき寄せるのは難しくねえんだよ」
「そうですか…。お兄さんは半ば呪術師みたいな勢いですね」
「まーな、実質、みたいなとこはまだあるかも」
「心強いなあ」

 などと世間話をかましていれば、無駄話と判別したらしい伏黒くんが見かねて、ほらさっさと行くぞ、と会話を切りに来ました。
 ウィッス。すんませんアニキ。なんて茶化して言いながら、私は廃屋に踏み込んでいく師匠に付き従うことにした。


 車を付けた地点から真裏にあたる位置に、玄関だったものは、存在した。
 元はちゃんと扉がついて、空間を閉じていたであろうそれも、今や誰かにけ破られてその辺に無残に転がっているだけである。

 あけ放たれた口から、私たちは躊躇うこともなく、家の中へ踏み込んだ。

「うわあ…。オカルトオタク、それなりに長くやって来てはいるけど、実際廃墟、なんてのに入ったん初めてやわあ」
「遊びではくるもんじゃねえぞこんなとこ」
「そう、それをよく分かってるからこそよ」

 いつ崩落しても可笑しくない。ほとんど森に呑まれた自然であり、虫や野生動物がどえらいことになっている可能性だってある。後は得てしてこういうところ、ヤンキーが好みがち。
 そのどの要素を見たって、陰キャの女オカルトオタク仲間だけでは出向く気に成れない場所である。こんなとこ。っつか虫無理やからね。勘弁してマジで。不衛生もそこそこ苦手やで。

「昔はねえ、不審者も怖かったからねえ」
「それは今も警戒しとけよ」
「驕りじゃないけど、一般人くらいなら今なら勝てる気がする」
「まぁ、それはそうかも知んねえけど」

 などと言いながら、日中でも薄暗い屋内に懐中電灯で光を当てながら探索していく。
 お昼間でも結構雰囲気あるな。よくある心霊番組みたいだ。
 呪力の濃淡で、多少おおざっぱには呪霊の居そうな場所はわかるが、一応手近なところから簡単に全体を探索していくみたいだ。

「本丸に直行はせんのやね」
「他にも潜んでるかもしんねえからな。別にそこまで労力かけて探さなくてもいいと思うけど、中心部で囲まれるくらいなら事前に各個撃破してる方が堅実だな」
「なるほど」

 なるほど、この人も優しいな?もしかして(今更)。
 自分の時ならしないだろう丁寧なムーブをしてくれているようだ。
 ひよっこのペーペーが今後他の人間と組んでも大丈夫なように、出来るだけリスク排除し安全な攻略法を見せてくれているわけだ。

「基本的には等級の低い呪霊は呪力を隠すなんてことはできない。
 でも、だからこそ"窓"が見つけられなかった高位呪霊が潜んでいる可能性もないことはない。
 本当にそんな呪霊がいるとすれば低級呪霊は食われていることが多いが、まれに徒党を組んでることもあるみたいだからな。怪しい痕跡がないか、残穢は低級呪霊のものであるか、くらいは見分しているほうがいい」
「なるほどなあ」

 結果だけじゃなく、過程もちゃんと教えてくれるの助かるぜ。
 こういう理由でやってます、と言ってくれるだけで一気に覚えやすくなるし、必要性を理解できる。
 マジ甲斐甲斐しい。最高。会社で一番好きだった先輩とおんなじ教え方してくれてるわ…。神…。

「ま、とはいえ、初戦の奴にそんな不安要素も排除出来てない任務を渡すわけないんだけどな。あの学長が」
「……マァソレハソウデスヨネー」

 そうこうしているうちに探索も終え、特に不審なものも見つからないまま、私たちは問題の部屋に到達した。

「……あぁ、良かった。かつらと鏡台がぽつんと置いてある、なんてことにならなくて」

 あったのは、ごく普通の、荒れた室内だった。
 心なしか広くは見えるものの、人の背丈くらいある斧振り回すのにはあまりにも、向いていない。

 そして、直後。

 ずるり、と気味の悪い音を立てて、床の下から、歪な形をした呪霊が、酷く愉快そうに目を細めて這い上がってきた。

 一体。呪力量的にも、問題はなさそうだ。

「やばくなるまで、俺は手、出さないからな」
「わかった、頑張る」

 かちり、と腰にぶら下げた球体を金具から外す。
 呪霊、完全顕現。
 やはりどこまでも悪意のある笑みをたたえて、それはこちらに手を伸ばす。

 対抗して、こちらもりんほんを顕現。お兄さんやい、片手斧くらいの小さい形にはなれんかい。
 そして、伸ばされた手をよけるために、横に飛びのいた。

 ずる、と、粘性の何かが這う感覚。
 いつものSANチェックタイム。
 よけられたからだろうか。慌てたような様子で、呪霊は一度、私から大きく距離を取る。

「ひゅう!流石、やるねえ!」

 顕現したそれを眺めて、私は思わず声を出した。
 イメージが具体的だったのが功を奏したのだろうか。

 私の手にあったのは、普段通りのあのクソでか大斧ではなく、片手鍋くらいのサイズの振りやすい斧だった。普段の斧をそのまま小さくしたようなビジュアルで、ミニチュア感あって非常に可愛い。

 さて!しょっぱなから全然想定していたものと違う戦闘スタイルになっちまいましたけども!
 多分大丈夫、違うのはリーチだけ、何なら振りやすくはなっているからプラマイゼロなはず。

 体の動かし方が上手になったのも、機敏になったのも、スタミナが前よりついたのも、有難いことに学長先生のぬいぐるみ訓練のお陰で事実。大丈夫。それに、最悪、師匠が致命傷直前で助けてくれるはず。

 大斧でしか訓練していない故の不安を、そんな内言でハッパをかけて払拭して、私はぐ、と斧を握る手に力を込めた。
 何やら警戒するようにこちらを見ていた呪霊めがけて、地面を蹴る。
 基礎行動に対しての呪力補正……は、やめとこう。難しいことは考えず、とりあえずは殴る蹴るだ。

 流石に、真っ向から行ったその攻撃は黙って受けられるわけもなく。
 飛ぶように逃げたそれを追って、私は着地の瞬間を見定めた。

 横に、一閃。
 よし、呪力も、タイミングに合わせて大きな誤差なく集められている。

 ど、と、鈍い手ごたえ。
 そのままひるまずに振りぬけば、綺麗にそれは、力の向きに合わせて飛んでいく。
 そのまま追う。起き上がる前に、もう一撃。

 どろり、と、球状だったそれが、溶けるように伸びた。
 どろどろと液体のようになったそれは、奔走するように私から距離を取る。

 ……もしや、3級とはいえ、クソ雑魚だったんじゃないか?

 ふわとそんなことが脳裏をよぎった。
 が、私は慌ててその思考をかき消す。危ない危ない、それめっちゃフラグやから。そういうの気を付けた方がええで!

「いいのか、逃げるぞ」

 後ろで、壁にもたれた伏黒くんが静かに言った。
 は、これが後方腕組監督面師匠か……!

「ですよねえ!どうしよ」

 これ、踏んで捕まえられるわけもないしなあ。
 とりあえず届くうちにトドメさせるか試すか。
 と、思って斧に呪力を多めに込めて床を這うそれにたたきつける。
 手ごたえは薄い。

「ん〜〜〜」

 どうしたもんか。
 そう思って眺める。
 あ、おや。どうやら、縫い付ける力はあるみたいだな。

 斧は、しっかりとそのスライム状の呪霊を床に縫い付けてくれていた。
 有能だ。マジこの人有能だ。一生相棒でいてくれ。

「これは踏めばええんかしら」

 むんず、と踏んでみる。あまり効果はない。
 斧を手にもって、そこから呪力を流し込んでみる。
 途端、ぎゅうとかぎゃーとか言いながら、呪霊が激しく身もだえ始める。お、効いている。

「行菱。」
「はいな」
「そのまま、斧を通さず素手でソイツに呪力を当ててみろ」
「はいな」

 言われた通り、一旦斧から手を離して、恐る恐る、それに触れる。
 どろ、とした見た目通りの感触はなく、何か生ぬるい霧の中に手をつっこんでいるような感覚だった。

 意識を向けて、呪力を集める。
 手ごたえがねえ。呪力、普通に寄せるだけだと人間も呪霊も関係なく迎合しちゃう感じがあるな。
 流しそうめんのすでに水の流れるレールにそうめんを落とし込む感じ。調和しちゃう。

「それは、斧の時と同じやり方か?」
「そう」
「なら……。押しつぶす、イメージ。できるか?」
「おしつぶす?」
「呪力で、それを押しつぶす」
「なる」

 水に膜を張って、水圧で押しつぶす。ようなってことだな。少し難しい。
 一度、手を離して、何度か試みる。
 ぐい、と、押す手ごたえがあった。

 ぱん、と、その膜がはじけた感覚がする。
 そしてそのまま、私の呪力が、呪霊にぶちあたって、そして、溶かす、ような?塩酸か何かをかけたような感覚があって、そのまま呪霊は断末魔を上げて霧消した。

 あぁ、いや、違う。
 焼いた。蒸発させた。
 そんな感覚な気がする。

「大体の感覚は分かったか」

 壁から背を持ち上げた気配があって、私も斧を拾って立ち上がる。

「わかった」
「まあ手ごたえとか感覚は人によって違うがな。その感覚で呪霊を祓うのが一番基本の所だ」
「伏黒くんマジで先生やんね」
「まぁ、五条先生よりは、言葉で説明するのはうまいと思う」
「あはは。それは本当にそうだわ」

 とん、と斧を球体に戻して、腰の金具に取り付ける。
 一気に屋内の空気が変わった。いた呪霊は本当に奴だけだったんだろう。

「あのまま斧を通して呪力を流しこむのも間違いじゃない。それでも確実に祓えただろう。
 だが、つくづく、特異だな、それは」
「え、そう?」
「斧を通すだけで、全く行菱のものとは違う呪力に変換されているように思える」
「呪具ってくらいなんだしそんなもんなんちゃうん」
「そりゃ多少はそうだ。多少はその呪具自身が持つ呪力の色が混ざる。が、あくまで主体は使用者であるものだ。呪具は呪力を宿しているだけであって、使用者のように呪力を生成し流し込んでいるわけではないからな」
「成程、言わんとすることはわかるような」

 まぁとにかく、ミッションは☆3つでフルコンプリートという塩梅である。
 くると踵を返した伏黒くんに倣って、私も入ってきた玄関口へ足を向けた。


◆◇◆◇◆


「おつかれー。なんだ、楽勝だったんじゃん」

 車の外で煙草をふかしながら、楠さんが気楽そうに迎えてくれた。
 まあそりゃ、物音とか呪力の感じで大抵のことはわかるか。

「なんか、思ったよりは大丈夫でしたね」
「にしてもマジでそのリンフォン?とかいう奴やべーな」
「まぁ、よく言われます…」

 ほらよ、と副流煙を吐くついでに、後部座席の扉を開けてくれるものだから、私は厚意に甘えてそのまま車に乗り込んだ。

「でもこのレベルで楽勝なら、三級任務は問題ねえな。」
「あ、やめて下さいそんな報告ダメですよ、ギリギリなんとかなったって言っといてください」
「残念、今後の任務の割り当て決めるの俺らじゃねーから。頼むなら伏黒にいっときな」
「はっ…!五条先生か……!」

 私に続いて隣の席に乗った伏黒くんをぱっと見れば、まぁ、と短く肯定の返事が返ってきた。

「マジか。頼むわ。別に全然楽勝ではなかったですからね」
「アレを楽勝と言わんでなんというんだ」
「うっ……だってアレマジの雑魚やったやん!ただシンプルに学長のモンペでとったやん!」
「まぁ一理あるが……別に祓い方さえわかれば三級くらいいけるだろ」
「なぜ…何故みんなしてそんな感じなのか……!!!」

 っつっても分かってはおるがな。どうせ人がたらんからそうやっていけるいけるゆーて少しでも雑魚任務処理班を増やしたいんよな!わかるで!無駄に社畜してへんかったからな!!!

「つっても2級に上がるまでは単独任務もないし大丈夫だろ」
「あ、そっか。ならいいや」
「すぐ手のひら返したな」

 煙草を吸い終わったらしい楠さんが運転席に座って、よしじゃあけえるぞー、とゆるい声を出して車を発進させた。

 まぁ、何はともあれ、初任務、大成功ということみたいですね!






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