* 07 *



「ありがとうございました」

 定刻、九時。
 とはいえ尋ねるときはちょっとだけ遅れる方が正しいマナーとかも聞いたことがあるので、早く行くことはせず、きっかり定刻に、私は学長先生の部屋を訪ねた。まあそういうマナーって淘汰しようぜっていう空気がないこともないしそもそも正しいかも分からんので信じてまではないんだけどさ。

 学長先生はしっかりと待ち構えていてくれて、今日も優しいパパよろしく私のことを気遣いつつ、昨日の約束の品を渡してくれた。
 用意してくれたのはラリった目をした二足歩行の頭身をしたウサギと、可愛くない目つきをしたハリネズミだった。いやラリかわが過ぎる。絶妙にキモ可愛いから先生のセンス困るんよほんと。

 そんで、めちゃくちゃ気に入った旨を隠しもせずはしゃいでお礼を言って、私は先生の部屋を後にした、というところ。
 柔道場、今日も空いているみたいなのでその足で向かうことにした。スマホでね、予約と使用状況見れるんよ。便利。
 荷物の多い女になってきたので、ランチバックくらいの小さい手提げを持ってきた。なかに携帯と財布と充電器とりんほんが無造作に突っ込んであって、そこにハリネズミとウサギも突っ込んだ。
 ぬいぐるみたち、起動させるとサイズも変わったりするらしいが、オフの時には手乗りサイズくらいなのだ。

 あと、最近知ったのだが、呪術師、あと呪力を感じられる補助監督さんたち。
 繊細な人は夜寝ていても強烈な呪力を感じただけで起きてしまう人がいるらしい。あとシンプルに大きな音とか。でも夜中くらいしか時間が空かない人もいる。
 そんなわけで私がよく行く柔道場や、他の訓練で使うような部屋には簡易的なかけすての帳が貼ってあるらしいのだ。
 外に呪力を漏らさない。あと物理的に防音設備が整っている。
 色んな配慮のされた利便性の良い施設であるらしい。いや高専の回し者みたいになっちゃったけど。

「くるるーーーーーー!!!!!」

 どどど、とわざと勢いの良い足音を立てて、後方から五条先生が走ってきた。

「おお、先生おはようございます」
「はいおはようございます!」

 ビッッっと勢いよく私の隣で止まって、先生はにっこり元気に挨拶を返してくれた。

「今日これから訓練?」
「そうです!学長先生が訓練用呪骸を作ってくださったので」
「そっかあ!真希にはもう呪具ももらったみたいだしね?」
「はい、有難いことに真希さんの方から声を掛けていただいて」

 改めて思い返すと百パーセント他力でちょっと申し訳ないくらいだな。
 呪力操作もひゃくぱー師匠のお陰で習得しているし。
 人間一人では生きられないとはいえ私は自力要素が少なすぎるのかもしれない……。

「そっかそっか。リンフォンをもらったんだってね」
「ああ、そうなんですよ」
「見せてもらってもいい?」
「?はあ、」

 どうぞ、と手提げの中からそれを取り出して見せる。
 先生はそれを受け取って、まじまじと眺めた。……と思う。目隠ししとるからしらんけど。
 っていうかそれで何が見えるというんだね。りくがんってイコール千里眼的なものなの??????

「うん、まあ、なんだろう。とにかく、これに呑まれるような気配を感じたら即刻呪力を流し込むのをやめるんだよ」
「はい。」
「あと、最後の…なんだっけ、杖?」
「はい、杖、”魚”ですね」
「そう。その魚とやらには絶対にしちゃだめだよ。それだけは、本当に窮地を救う力を持ってる、とかコイツ言い出すかもしれないけど、信じないで。いや信じるのは良いけど、実行しないで」
「はい、まあ、元の逸話も知ってますから、流石にやりません」
「何かそんな話が一般人の間でも伝わってるの?」
「ネットの怪談って感じですね。結構前から私は存在知っていました。だから、選んだんですけど」
「成程、そうなんだ。じゃあ、知っているよね。地獄の門だ、って」
「はい。色んな人を招く門ですね」

 ああそうか。
 色んな人間を引き込んできたから、変形時の騒めきも、完成する形状もあんなにバラバラなのかな。

「んん…ちょっと心配だな。本当に、変な気がしたらすぐに手放すんだよ」
「はい。大丈夫です。」
「魅入られると狂ったように魚にしようとするって話もあるし」
「ああ、これ、結構昔からこの界隈で記録があるんですね?」
「うん。まあでも、一方的に被害に遭った、という記録だけだね。これがそもそも呪具として武器になるとは知りもしなかったよ」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ〜。ってわけで俺もちょっとついていってもいい?」
「はあ、まあ、いいですけど」

 先生のお時間とるほど大した動きはまだできませんけどね。

 などと思いながらも、止めていた足を再開して、私たちは二人で柔道場に向かった。



「じゃあ、まず、その斧、とやらを見せてくれる?」
「はーい」

 先生が隅に座って、そして少し離れたところに、私が立っていた。
 言われた通り、りんほんに呪力を流し込む。
 ざわめく不快感にも、この調子だとすぐに慣れてしまえそうだな。

 今日の斧ガチャリザルト!今日はよく見る奴じゃない方!黒赤中二病仕様!

「うっわあ……きもちわるう」

 案の定先生もそんなことを言いながら、げろげろ、とふざけて舌を出した。
 きたねえ大人だな……。

「っていうか、気がすごいな…。顕現だけでここまで濁るもんかね、空気」

 謎の体言止めを披露しつつ、先生は臭い空気でも払うように手を振った。

「ええ、そうですか?」
「うん。流し込んでいる呪力がくるるのものとは全く思えないほど、かけ離れた邪悪な呪力だ」
「あらまあ」
「っていうかそういうタイプなんだね。疲れないの?」
「斧は別に大丈夫ですね〜」
「次の奴は少し?」
「はい。呪力を循環させるように巡らせるので、ちょっとまだ神経を使うというか」
「それはすぐ慣れるよ」
「ですね。精進します」
「まあ、本人が平気で気に入っているならそれが一番かな。呪術も呪具も、”呪い”という時点でそういう不穏さから切り離せるものではないし」
「?」
「いや、何でもないよ。人形、起動させてみようか」
「はあい」

 人形を起動させる。レベルもちゃんとつけてくれているので、メモリを1レベにあわせて、起動スイッチを押した。

 ぽん、と私の手から跳ね降りて、ガンギマリウサギは地面に着地した。
 ぽん、と膨らむ。子供くらいのサイズになった。

「!」

 そして、ウサギは、ものすごい勢いで距離を取る。
 柔道場の角までとんでもない速さでとんでいって、そして、威嚇するように唸った。鳴くのかコイツ。

「おやおや」

 わかっていた、とでもいうように、先生がため息を吐く。

「?」
「そのあまりにも濁った呪力に完全にひるんじゃってるねえ」
「レベル低くしすぎたってことですか?」
「いや、関係ないんじゃないかな。レベル上げても、変わらないと思う」

 いつの間にか移動をしてウサギを捕まえていた先生は、背中についているメモリをかちかちといじっていた。

 ウサギの目の色が変わる。
 なるほど、レベルが高くなると赤に近づいていく仕様なのか?

 今度は、すさまじい勢いで、ウサギがこちらに向かってくる。
 いや、待って!?

 防御の術は呪力で受けるしか知らない。
 何かしらを食らったらまずい、と思って闇雲に斧を振る。ば、と、ウサギが飛びのいた。
 そのまま、呻きながら再度こちらに向かってくる。
 それは、なんというか、狂犬に近い雰囲気だった。恐怖のあまり、取り乱しているように見えた。

 一直線。
 早くはあるが、飾り気はなかった。
 タイミングを狙いすまして、私は再び、斧を振る。

「はい、一旦ストップ」

 ウサギの首根っこを掴んで、先生が背後に立っていた。
 いやだから、瞬間移動は意味分からん。

 私も、斧の頭を地面につけて、柄だけを支える形をとる。

「今の、レベルマックスね。あんな発狂した子供みたいな動きされても何の訓練にもならないじゃんね。完全に気迫負けしてるなあ。学長、メンテの時間だよ」

 そういって、手を招く。
 気付かなかったが、いつの間にか入口からこちらをのぞくようにして学長が私たちを見守っていた。

「学長先生」
「………」

 学長先生は何も言わぬままウサギを受け取った。
 五条先生が私の手提げからハリネズミを取って学長先生に渡していた。

「悟」
「まあ、皆までいうないうな」

 何か、男二人、もの言いたげな空気を出しながらも、学長先生はそのあと言葉をつづけることはなくて。
 ええ、なんだろう、と思いつつも言及するのはやめておいた。
 何やら思ったより問題児らしいな、りんほん。リョウメンスクナが正統王として据えられるくらいの世界観なんだからりんほんくらいええやんけ。そらクトゥルフ先輩とかが出てくるならなんか道理を外れた問題児とされてもいいだろうけどさ。どうせコトリバコとかもあるんでしょ!!!!知ってるんだからね!!!!!普通に特級呪具とかで出てくるんでしょそのうち!!!!

「調整、効く?」
「ああ」
「だって、良かったね〜〜〜」
「あ、はい」
「くるる、パパは心配だ……よりによってそれをもっているとは」
「そうなんですか…?」
「絶対に、してはいけないといわれたことを守るんだぞ」
「それは、もう、徹底するつもりですけど」
「ならいいんだが……。だがそれを扱えるということは優秀でもあるということだからな………自信を持ちなさい」
「あ、ありがとうパパ……?」

 なんだかお通夜みたいな空気です。
 実際のお通夜ってもっとあわただしいかもっと朗らかですけどね。久々に会う親戚さんたちが孫とか見て大きくなったね〜〜!!!とか言って大体沸いてる。
 しんみりするのなんてお葬儀の後の出棺の直前くらいよ(ド偏見)。まあ家によるし故人様にもよるけど。

 まあそんなことを言いながらも、全容を把握できて安心したらしい先生ズは調整を終えるとかえっていった。
 調整後は、学長の想定した通りちゃんと人形は稼働するようになったらしいので、誰もいなくなった柔道場で私は改めてレベルを1にして、少しだけ気合を入れて、訓練を開始した。


◆◇◆◇◆


「………よしやめようもうやめよう十分頑張った」


 時間にすれば、かなり短いだろう。
 だけれど、私のスタミナは完全に枯渇した。
 先生高望みしすぎじゃないかな!?!?!ってか逆か。私のこと買いかぶりすぎなんよな!?!?!?
 ……てくらい、レベル1で苦戦している。
 
 休憩をはさんで数時間やっているが、まだ一度も勝てていない。
 もちろん、先生が作ってくれただけあって、攻撃も早いけどあたる瞬間に完全に威力を殺してくれるようなやわらか設定ではあるけれど、これが実際に害を成す意図があったら確実に何回か殺されてるなあ……っていう勢いだった。
 なんなんこれ。レベルマックスは五条先生に匹敵するんですか??????(私が弱すぎるだけ)

 とにかく、休憩してもスタミナが切れるの秒になってきたし、ちょっと足も震えてきた。
 多分これめちゃくちゃ明日筋肉痛になるぞ。

 私はりんほんの変形を解いて、今日の訓練を終える決意をした。

 今日はゆっくりお風呂に浸かって、早く寝よう。
 そんで明日からも頑張ろう。

 努力の仕方がわかりやすく、軌道に乗ってくるとそこまで苦痛でもないからな。
 模索している状態が一番私にはつらい状態だ。どう努力していいか分からないし、何か手を付けてもそれがあってるか分からない、っていうのね。もしかしたら時間無駄にしてるかもって思ってめっちゃ嫌よね。

 今回は学長先生も五条先生もお墨付きなんだから大丈夫に決まってるしな。そういうのはあとひたすら根性で続けるだけ!って思ってまだとっかかりやすい。

 それにしても汗かいた。こんなに汗かいたんいつぶりや。子供の時以来や。
 乾くとやばそうだしシャワーだけ浴びてしまおうかな。

 手提げにもろもろを突っ込んで、私も柔道場を後にした。


 
「ふぃ〜〜〜〜〜〜」

 薄化粧の生活って最高だな!
 なんかもう汗でどろっどろで落ちきってたしお風呂でがっつり顔まで洗ったったわ!髪も洗ったし!乾かすん面倒やから前髪という概念はかなぐり捨てたけど。
 化粧もし直してもそこまで手間じゃないし。もうすっぴんで生きようかな、むしろ。

「風邪引くぞ」

 さっぱりして上機嫌に廊下を歩いていれば、師匠が向かいからやってきた。師匠もふろかもしれん。それっぽいものを抱えている。

「ししょう!おつかれさまです!!」
「テンション高いな」
「なんとかハイってやつかもしれん」
「訓練が順調なようで何よりだ」
「伏黒くんのアドバイス?がマジでクリティカルすぎたよね。学長先生気合いいれたの作ってくれたし。後真希さんに良いものももらった」
「ああ、リンフォンとかいうやべえ呪物だろ」
「もはや呪物だったか」
「まあ、使いこなせてんならいいんじゃねえの」
「見た目が好きなのでオールオッケーかなと思っている。推しの顔って大事」
「顔、なあ」
「っていうか先生結構方々でその話言いふらしてるんやね?」
「元々呪物として登録されてたみたいだからな。五条先生が直接言いふらしていると言うよりは勝手に話題にされてるって感じみたいだぞ」
「ええ。真希さん普通に呪具として紹介してきてたんやけどなあ」
「まぁ、武器庫の所有権は禪院家にあるからな。禪院家しか知らないこともあるんだろ」
「そういうもんか」
「多分な」
「知らんけどってやつやな」
「そういうことだ」

 けら、と私が笑ってみせれば、少しだけ、伏黒くんも笑うようなそぶりをみせた。
 おう青年、青年もちゃんと笑えるんやな。おばちゃんびっくりや。

 あとめちゃくちゃ人のこと言えへんけどな、笑う時に手を口元まで持っていくんは自分の本心を隠している人の特徴やで。絶対とは言わんけどな、そういう場合が多いってだけやけどな。

 …っつっても伏黒くんは私ら"読者"が知る限りでもめちゃくちゃそのタイプのキャラやったもんな。1番初めの時点でな。
 お姉さんのことは隠すわ私の最推しイカイシンショウさんのことは隠してめちゃくちゃ早い段階から必殺自爆かまそうとするわで、クールで頭脳派論理タイプの謎多きメインキャラ、ってキャラクター性としてはめちゃくちゃいいしみんな好きなんだろうけど、いざ実際"自分が関わる人間"だと思うとめちゃくちゃ心配ですよ。

 もう全然普通に思考がババアやけどこの子にはなんとか幸せになって欲しいんよな。実際関わってわかるこの良い子さとかほんと報われてほしい。お姉さんもぜひに快復してくれ。

「伏黒くんもこれからお風呂?」
「あぁ、任務で泥被った」
「あらまあ、それは災難やったな」
「まぁな。でも割とよくある」
「過酷だ……」
「お前も二週間後には放り出されるんだぞ」
「アッ……そだった…………私のこと見捨てやんでな伏黒くん……」
「やっぱり俺がついてくのは確定なんだな」
「五条先生の算段ではそうみたいよ」
「…まあ、それはそうか」
「マジで、たよりにしとうで、師匠」
「……まぁ、単独でも任務もまだまだ先だろうし、しばらくは俺がつくだろうし、いいか」
「うん?」
「なんでもねーよ。」
「ええ?」
「ほらさっさと部屋戻って髪乾かさねえと本当に風邪引くぞ」
「ひかんよお。引いたことないもん」
「今まで無くても、わかんねえだろ」
「えー」

 大丈夫だよついぞ学生が終わるまで一度もそんなことで風邪なんか引いたことないねんから。
 などと思いつつも、気に掛けてくれていることは確かなので、にこにこ笑ってお礼をいっておく。

「じゃあ部屋戻るねおつかれ」
「おう」

 手を振って、私は歩き出す。
 伏黒くんもついにひら、と一度だけだが手を振りかえしてくれました。これは仲良くなったと言っても過言ではないかもしれませんね!!!!







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