* 06 *



 さて。
 その後しかるべき場所で確認をしたところ、真希さんは現在任務に出ているとのことで。
 先に呪具借りちゃおうかなあとは思ったもののそれもできず、結局私は本当に休憩時間を過ごしていた。
 自室で好きなことを散々したり少しうたたねをしてみたり。
 まあ明日から体力使うんだし、今日くらいは回復に費やしても怒られないだろう、なんて思ってみたりして。

 そうして、夕食。
 学食で一人(まあよくあるし、みんな当然のようにそんな感じ)夕食を食べていれば。

「くるる」
「!」

 聞いたことのある声がした。
 振り返れば、多いのでは…?!ってくらいの夕食をトレイに乗せた真希さんが立っていた。

「お疲れ様です!任務帰りですか?」
「そうだ。ここいいか?」
「もちろんです」

 許可を取ると、彼女は私の向かいにどっかりと座った。
 そして綺麗に手を合わせて、いただきますをした。そのまま、綺麗な所作で箸をもって、食事を始める。

 ……うん、こういうところ育ちの良さが出るっていうけど本当なんだろうなあ。普段のかっこいいのとこの品格のギャップは好きにならざるを得ない。マジで。

「悟から聞いたぞ」

 見惚れていた私に気付いたのか、真希さんはそう、話題を切り出した。

「呪具の話ですか?」
「ああ。なんかあんのか、触ってみたい奴とか、得意そうな奴とか」
「それがさっぱりでございまして。武器という武器を持ったことすらないんで、できれば初心者でも扱いやすいものがいいですねえ」
「まあ、だったら殴打系とか、洋モノの剣の類だろうな。ただ殴打系は本人の腕力がものをいうところがあるし、現実的じゃねえかもな」
「そうですよねえ。」
「飛び道具系は?」
「どうでしょう……ただ性格的にはそういうちまちましたのはあまり好きではないというか…」
「成程な」

 もぐもぐ、と真希さんはすごいスピードで大盛のごはんを飲み下していく。かっこいいぜ先輩。
 っていうか話を聞いてどういうのがいいかカウンセリングに来てくれるとか神では???何、かっこよっくって品もあってそのうえ面倒見もいいんですか????面倒見いいひと基本的に無条件で好きなんですけど????

 いや、おいババア子供ぶってんじゃねえぞとか言わないで!その辺ってマジで性格と才能だからどんだけ歳取っても世話焼かれる方が得意な人間と焼く方が得意な人間には絶対的な境界線があるのよ。知らんけど!

「まあ無難に刃物系だろうな。長物も扱いはややこしいが、慣れると結構よかったりもするが」
「かっこいいですよねえ長物。見ごたえは一番あるというか」

 小生ソシャゲでいつも槍系を推しがちなんだよな。
 何を意識するでもないんだが気が付いたら使ってるの槍みたいな。
 まあでもモンハンとかみたいな実際にアクション的に武器特性を生かして攻撃する、みたいなゲームには明るくないので何とも言えませんが。とりあえず飛び道具が性格的に向いてないことだけはわかる。

 ああいうアクションゲームは大体近接武器が好きだしなんなら大剣みたいな重めが好きよ。


「この後腹ごなし程度に軽く触ってみるか」
「え、いいんですか。真希さん疲れてませんか?」
「どうってことねえよ。大した任務でもなかったし」
「ならお言葉に甘えて……」
「おう、後輩は甘えとけ」
「かっこよ……」

 おっといけねえ口から出たぜ。
 あかんやんこんなん惚れてまうやろやん。ってかこの人好きにならんとおれるひとおる??
 やめてよマジで好きすぎると私どんどん話せなくなっちゃうんだから(ガチ推しにはダル絡みするの芋るガチオタ)。


◆◇◆◇◆


 さてそんなわけで優しい先輩に連れられてやってきました柔道場。
 なに、柔道場人気無いの????なんなら徐々に愛着沸きつつあるよ??

「さあ好きなのを選べ」

 どっちゃりと、真希さんと、あといつの間にか現れたパンダさんが畳の上に呪具という呪具を広げていた。
 レート、というか等級低いのでいいんだけどな。壊したりなくしたりしたら大変だし……。

「…そういえば、これ借りるのは良いんですけど壊したりしたら大変ですよね……?!」
「まあ、それなりには」
「高いって言いますもんね……?!」
「基本的にはな」
「一番壊しても問題ないのってありますか」
「まあ、このへんだな。こんなのは割と粗製乱造がきく等級みたいだし」

 そういって真希さんが示したのは大振りの斧とか槌の類だった。
 まあ確かに、携帯の面でも非常に問題がありそうだ。

「でも確かに身の丈を超える大きい斧振り回すとかってロマンありますよねえ」
「お前は呪力操作できるんだろ?別に可能っちゃ可能だと思うぜ」
「あぁ…そうか、シンプルに筋力強化ができるんですもんね」

 ちょっともって見ようかなあ。
 そういって持ち上げてみる。うむ、素の腕力ではかなり重たいですね。いや持ちあがるんですけどね????あと振りかぶって振り下ろすくらいは平気なんでしょうけど、そのあとの隙をカバーするとか切り返すとかまで行くと流石にしんどいな。

「いやむしろこれを常備することで筋力を鍛える……?」
「お、中々脳筋タイプの発想だな。嫌いじゃないぞ」

 パンダさんが愉快そうに言った。確かに脳筋の方が向いてるんだよな。

「あ、これは?」

 何やら片手サイズの20面体。デカいダイスか??透き通る青色で、なのに向こう側は見えない不思議な素材。

「それは、扱いづらいと思うぞ」
「え、そうなんですか、じゃああかんかなあ」
「試しに呪力、込めてみろよ」
「え、はい」

 師匠のお陰でそのあたりはもう難なく行えるようになっていた。
 斧を置いて、その箱を手に取る。呪力を、流し込む。

「おお!」
「うわ、きもちわる」

 表面がカタカタと震えて、面が突起したり窪んだりして、形が変わっていく。
 それだけのことなのに、絶対的にそれ以上な名状しがたい、違和感をかなり強烈にしたようなその歪な動きは、私だけでなくパンダさんのSAN値までごりっと削っていった。

 …うわあ、鳥肌たった!なんだこれたまらんな、こういう気持ち悪いの大好きなんよな!!
 ありえんくらいのでかい魚ににらまれたときのような、頭では別にそんなこともある、ってわかるのに感覚がどうしても拒絶する、人間の許容を超えた、何か。

 人間、脳が認知できる24個のモデルパーツがあって、それを組み合わせることによって立体を認識している、みたいな話をきいたことがある。つまり、その、人間に把握が可能な24のカタチを超えてきている、という確かな、人知の及ばない、おぞましさ。

 この背筋のうすら寒さ、たまらん。
 この冒涜的な動き、雰囲気、そして20面体……

「リンフォン、みたいなやつですか」
「よく知ってるな。そうだ。」

 そう、言い終わるころには物体は大振りの斧に変わっていた。
 柄を握るのもためらわれるような、あの無機物の表面の騒めきは、既にすっかり、なりを潜めている。

「斧になりました」
「トリガーが3つあるらしくてな。それは”熊”だ」
「まあ、それはそうでしょうね。あとなんでしたっけ。鳥と魚?」
「本当に知ってるんだな。鷹と魚だ。鷹は刀になって、魚は杖になるらしい」
「杖に変えると死ぬとか?」
「ご名答。正確には刀である”鷹”の次、”魚”に変えると持主、そしてその呪具が持つ以上の異常な力を発揮する代わりに、持ち主の呪力を食らいつくすか、変形を解いて20面体に戻そうとした瞬間に持主を内部に取り込むそうだ」
「は???めっっっちゃくそエモじゃないですか!!!!」

 なんだそれ!!!!すき!!!!!!オカオタ沸かざるを得ない!!!!!!

「なんで喜んでるんだよ……」
「いやっ……そういうヤバさめちゃくちゃ好きなんですよねえ……」
「なんかさっきの形変わる時のキモい動きもめちゃくちゃ嬉しそうに見てたもんな」

 パンダさんが冷静に言った。ばれておったか。

「……やるよ、それ」
「え?!!!」
「そもそも値なんてついてないようなもんだしな。厄介払いできるならそれはそれで都合がいい」

 引いたような顔で、真希さんはそういった。やめて!!!引かないで!!!!

「えっ……!!」
「めちゃくちゃ嬉しそうじゃん」
「そもそも呪力のえり好みがすごすぎてそもそも変形させられる人間が稀なんだ。
 しかも何の説明もなくトリガーを起動させられた。お前が”それ”に好かれているとしか思えない」
「わあ……何それひと昔前どころか古代からの主人公ばりの展開やないですか」
「エクスカリバーとかな。勇者じゃん」
「っつかあの変形の瞬間を嬉々として耐えられる時点でお前しかいねえだろ」
「確かに。俺鳥肌立ちすぎてパンダ卒業するかと思ったもん」
「ええ……?!先輩鳥に…?!」

 まあそもそもSAN値削れるのがたまらんみたいなとこはありますけどね。ホラー好きの性ですよね。

「でもいいっていうんなら遠慮なくもらっちゃいましょうかねえ…!」
「いいぞ、もってけ。むしろ二度と私に近づけないでくれ」
「共闘することがあれば許してくださいね」
「あらかじめ変形終わらせてからこい」
「こころえました」
「他は?もう少し触ってみるか?」
「いや、私の相棒はこやつしかいないと確信しました」
「そうか。まあ、気に入ったなら何よりだ」
「はい。ありがとうございました!撤収、私も手伝います?」
「いや、倉庫はややこしいんだ。それに軽率に人に教えてはいけない決まりになってる」
「ああ、そうですよね。大事なものもいっぱいあるでしょうし。」
「それに、パンダがいりゃ事足りるからな。心配すんな」
「ありがとうございます…」

 じゃあな、とたくさんの呪具を抱えて、二人はひらひらと手を振って柔道場から出て行った。
 私は、もう少しだけコイツをいじってから帰ろうと思う。

 ぐ、と持ち上げて見て、斧を振ってみる。でかい割に重さが無いので、基本的には呪力強化で打撃力を上げるような感じだろうか。
 基本的にどちゃくそ不器用なので魅せプみたいなかっこいいくるくるとかはできるようになる気がしないな。


 一度、20面体に戻そうかしら。
 最終形態にしてから戻すと私も地獄行き、ってことなんだろうからちょっとだけ確かに怖いところはあるんですけどね…?現代オカオタじゃ知らぬものおらんのよリンフォンなんて。そんな有名呪物に出会ってしまったらそりゃ手元に置きたくもなりますよね……!
 まあ聞いている感じ熊のあたりなら全然害なさそうだし、気を付けるのは鷹にした後くらいだろう。
 確か元の話によれば魅入られるというか、熱心に魚にしようと不審なまでの執着を見せるようになるらしいからそれだけ気を付けなきゃかな?

 ふっと、呪力の供給を止めてみる。
 斧は砂のように粉になってから、うごうごと私の手元に集まってきた。そうして、再び、20面体へと形成されていく。ちゃんと手元に戻ってくるの可愛いやんけ。

 しかもこれ多分砂じゃなくて灰だな。

 そして、もう一度、斧にしてみる。
 先ほどとは全く違う、蠢動。
 動物の心臓でも握っているような、それでいて、そんな規則的ではない、不快極まる異質な蠢き。

 そのまま、ショゴスが伸びていくようにずるずると長くなって、血管を伸ばすように、不規則に鼓動した。

 先ほどとは全く見た目の違う斧が、出来上がった。

「……おお」

 何それ。バリエーション豊かタイプなんだな??
 さっきのは黒基調に金の装飾、という上品なシンプルさのあるデザインだったけど。
 今度のは黒基調ではあるが赤が差し色になっていてなんとも中二ウケのよさそうな感じだ。
 背丈は変わらないな。私よりは大きくて……そうだな、五条先生くらいはありそう?
 そして、頭の部分は先ほどのものの方が大きかったな。

 斧ガチャ、楽しい。
 私はもう何度か、変形を解いて、斧に形成する、を繰り返した。

 変形する際は大体SAN値を削ってくるが、その動きと完成形に関連はないようだ。そして変形を解くときはいつも潔くて、SANを削るような感じはない。

 大体、斧のデザインは5つくらいあるようだった。大体私の好みに合っている。かわいい。センスいいなコイツ。
 あとその斧の中でも、多少優劣があるようだ。これはめちゃくちゃ弱い、とかこれだけクソ強い、って程の違いはないけど、私の呪力がいきわたりやすい形と、少しだけ通りづらい形がある様子。

 重さはどれも変わらない。私は割と腕力は弱くないたちだと思っているのでそのおかげかもしれん。この体の時だってお盆にジョッキアホほど載せて右手では4つもって飲食店内かけずりまわっていたからな。か弱いぶるつもりはありませんのよ。

 とはいえ普通に人体を抱えるパンダさんとかには流石に勝てないし、瞬発的な打撃力も全然真希さんには敵わないと思うけどね。女の中では強いとはいえここは如何せん規格外すぎるんよ。

 20面体に戻した時の色も様々だった。蛍が光るような色をしていることもあれば、透き通る緑の時も、まがまがしい濁った赤の時もある。
 あと20面体って面倒なので今後は便宜上球体と呼ぶことにする。

 さてこの辺りで斧は終えて刀、”鷹”にしてみようか。
 ついぞ、最初に見た黒いのは二度見ることができなかったぜ。
 まあいいか、基本運用はこの”熊”になるだろうから、いつかは出てくるだろう。

 さて、”鷹”にするのは…?

 斧に、適当にさらに呪力を流しこんでみる。
 ううん、違うっぽいな。全く呪力が無い状態に呪力を入れると斧になるわけであって、それ以上はどうするべきなのやら。0か1しか分からん女になってるやばい。

「う〜〜〜〜ん?」

 実際のりんほんは撫でまわすことで徐々に変わる、とか言ってたよな。
 撫でまわすってなんだ…物理的にか……?

 床に斧を置いて撫でてみる。まあ、変化はない。っていうか実際実用するとしてそのコンバート方法だったら面倒くさくてとてもじゃないが戦闘中には使えませんよ。

 呪力、でどうこうする?
 今は、ひたすら柄から呪力を流し込んでいる感じだ。一辺倒、一方通行の動き。

 撫でる……。巡らせてみる?

 意識を、集中させてみる。
 ちゃんと、斧を循環して、私に戻ってくるような流れ。を、作る。

 ぐ、として、少しのラグののち、呪力が手元までもどってくるのを感じた。
 ざわ、と、総毛だつように、柄の表面がざわついた。正解らしい。

 呪力が分散されている。
 いくらかは空気中に発散されているんだろうか。その辺は物理的なエネルギーに近いのかも。
 戻ってくる分は、入れている分から全然減っている。だからそのまま円を描くのではなく、一旦、手元で呪力を足して、また、巡らせる。

 ……うん、中々神経使うな。
 これを無意識でできるようになったら強いのかもしれんし実践でも使えるかもだけど、今の段階ではまだまだ難しいわ。24時間”鷹”企画とかやってみるしかねえな。

 そのまま群泳する魚がのたうつように形状を変えて、それは、剣の形になった。
 かなり刀身の細い、洋風を感じさせる、諸刃の剣。球体に戻す。

 今度ははじめから、めぐるように、呪力を流す。
 ぺと、と、湿った無数の子供の手のようなものに、手のひらを掴まれる感覚。ぞわぞわとそれは私の肌を撫でまわして、そしてそのまま、段階を飛ばして”鷹”となった。

 なるほど。なるほど。利便性はかなりいいぞこれ。持ち運びもしやすそうだしな。
 キーホルダーとかみたいにしたい。着脱式の接続パーツ付けて、腰から提げたい。

 最後に、球体に戻す。
 うん、満足した。今日はひとまず、部屋に戻ろう。

 ふっと腕時計を見る。
 やばい、結構いい時間だ。さっさと風呂に入って寝なくては。明日九時には準備おえないとだからね。


 慌てた私はそそくさと柔道場を出て、自室に戻り、今日という一日を終える準備をするのだった。

 いや、ハム太郎に語りかける訳ではないけどさ、学長先生にも真希さんにもお世話になって、でもなんていうかやるべきことをどうやっていいか分かった有意義な一日だった。ほんと、非常に。満足感がすごい。

 そういう日の寝る前ってめちゃくちゃ幸せだよな。
 私は誰に言うでもなく上機嫌に、おやすみなさい、とつぶやいてみた。








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