* 05 *
※めちゃくちゃ普通に「www」が出る
「うんうん、いい感じに仕上がってきたね!恵をつけて正解だった」
うん、と言葉の通り満足そうに頷きながら、言った。
先刻、何の気配も予告もないまま、唐突に呪力を投げつけてきた人の機嫌のよさとは思えないな全く。
まあだが、伏黒師匠の丁寧な講座と訓練のお陰で反射的にその奇襲を呪力でガードすることができたので、先生的にはそれがうれしかったようである。
「まあ、師匠がいいと、って言いますもんね」
などと言いながら、私もお愛想笑いを返しておく。
「基本的な呪力操作はできるようになった、そもそも呪力や呪霊は見えている。
こうして、ある程度の反射防御も可能…。
うん、くるる、任務に出てみようか!」
「……え?」
何やら物騒な言葉が聞こえた気がして、私は思わず聞き返す。
「任務だよにんむ。実際に高専の外に出て呪霊を倒すんだ」
「いや、無理ですよ死んでしまう」
「大丈夫大丈夫、恵を付けるし。恵はああ見えて2級っていうすごい術師なんだから」
「いやそれは今までの訓練で相当実感はしていますけどね?!」
「あ、あとはそうだね、術式!くるる本人的に、何か思い当たるようなことはない?」
「あったりまえのようにスルーされた!!!!ないです!!!!!」
「んー、そっかあ。まあこればっかりは無いもんは無い、っていう感じだしあるもんはある、って感じだから自覚がない以上はどうしようもないね。とりあえず保留にしておこうか。
とにかく恵にはできるだけサポートに回るように言っておくから、くるるがメインで戦闘をしておいで。
素手は厳しいだろうから、真希に言って手頃な呪具をあつらえてもらおう。いける?」
「いや、ぜんっぜんいける気しません」
「どうしても?」
「どうしてもですよ?!ふざけて拒否ってるんじゃないですからねこれ」
「ええ、どうして。怖い?」
「怖いですよ。負けることも怖がることも屈することも平気なんですよ私は。自分の身の安全が一番なんです」
「それは、まあ人間としてはそうだけどね。別にそんなめちゃくちゃやばいってものやらせようとはしてないよ?」
「それでもなあ……」
「じゃあ、こうしよう」
ぴ、と先生が二本、指を立てた。
「2週間」
「にしゅうかん?」
「2週間だけ時間をあげる。その間に恵なり二年生なりに稽古をつけてもらうとか、教えてもらうとかして、任務に出られるよう準備して。
くるるだってわかってるでしょ。学長が、過酷な世界だって言っていたわけ。
高専にいる以上、任務に行かないでいるというのはとても難しいんだ。
それでも主体で臨むのがどうしても怖いっていうんだったら、補助監督の枠に入れて、サポート側の人間に回ってもらうこともできるけど。
………まあ、わかるでしょ、大人の考えそうなことだ」
少しだけ、ばかばかしそうな雰囲気で、そういって先生は笑った。
確かに、それだけで察されるものはあった。
そりゃあ、万年人手不足の業界だといわれているくらいだ。
可能性が少しでもあるのなら補助監督なんて役割に甘んじないで、ちゃんと呪霊を祓い任務をこなせる”呪術師”を増やしたいに決まっている。
そんなのはどこの会社も、どこの組織も同じというわけだな。
「……まぁ、そういわれてしまうと弱いところがあります」
曲りなりにも、こちらも伊達に社畜をやって来てはいない。
組織に貢献すること。どれだけゆがんだ理念を押し付けられようと、そうしようとするのが社畜なのだから。
私だって、いつまでも引きこもっていられるとはおもっていない。任務、行けるようにならんといかんなとはちゃんと思っている。
それこそ、原作読んでた時の所感、「あ〜〜〜これ反転術式の使い手のヒロインがしょうこ先生の後継者みたいな顔して姫プかまして大きな戦闘にはかかわらずでもヒーラーポジで大切に大切にされるタイプのベタが確立されてくやつだな〜〜〜?」っていうド偏見が実現しない限りは、私が任務から逃れられることはできないだろう。
それか、それですらためらわせるほどの雑魚さを見せつけていくか。
まあでもそれだって任務の中で行っていく方が確実だろうしな。
いずれにせよ、状況的にも私の性格的にも、逃れられない、ということだ。社畜の性。
芋り散らかすのはまあ仕方ないとして、二週間もらえたのはもらえたのだから、できる限りの準備はしてみようか。
じゃあ私が今、二つ返事で任務行きます、と言えなかったわけ。
実際に経験しないとできるかどうか分からない、というビビり方をする私だ。
任務というのがどういうものか全く分からないから怖い。それは確かにあるだろう。でも逆に言えば、私はやってみないと要領を得ないタイプでもある。やって覚える方が早いっていう。
それなのに、尻込みした理由。
んー、そうだな、多分純粋に戦闘が怖いんだろうな。
私喧嘩のケの字もしたことねえもん。兄弟喧嘩で無抵抗の弟に飛び蹴りをくらわしたことくらいはあるが、それとこれとはやっぱり事情が別だ。
「うん、じゃあ、がんばって。もし時間があれば僕も稽古ついてあげるし」
「それは流石にちょっとないですかね……」
「ええ、ないの」
「恐れ多すぎるっていうか。」
「ちゃんと手取足取り教えてあげるのに」
「セクハラですか」
「最近の子はすぐセクハラセクハラっていう!こわい!」
「あはは。いったもん勝ちなとこはありますよね。」
「まあでも、被害に遭ったならいうのは大事だけどね。くるる、言い出せないタイプっぽいし」
「ええ、そうですか?」
けら、と笑っておいた。
図星をつかれると、人間反射的におんなじ反応をしてしまいがち。
とっさにキレる、とか、おんなじ笑い方する、とかおんなじことをいう、とか。
まあ人間そういう風に出来ているのでな。
さて、そんなこんなで、あと、二週間、ということになってしまったわけだが。
二週間か。今日何日だっけ。
……期日は、GWが過ぎたくらいか。
まぁ、可能な範囲の努力くらいは、してみてみようか。
私、学生の頃から努力って言葉が一番きらい、って豪語してきてたけど。
◆◇◆◇◆
「……と、いうわけなので、殴る蹴るも教えていただけると非常に助かるわけですが」
「言い方」
ふわん、と、コーヒーの良い香りがする。
当然、そりゃ私サイドからはそれなりにがっつり知っているとはいえ、”くるる”としてほとんど喋ったことのない二年生の先輩にいきなり頼み込むのはハードルが高くて。
私は流れるように伏黒くんの部屋を訪ねたわけだ。
そりゃだってもう頼み事という頼み事は大抵彼にお願いしているし基本なんか困ったことがあれば二言目には伏黒くん!!!だ。もはや介護状態。
さてそんなわけで部屋を(不在も多いのでダメ元で)訪ねてみれば、丁度コーヒーを淹れていたらしくて、少し驚いたような顔をした彼は、とりあえず、「…行菱も飲むか?」と提案をしてくれたので、有難くいただくことにした。
そんなわけでおもむろにコーヒーをせびってしまったことに謝罪?とお礼を言いつつ、突発的にお茶会が始まり、そして私は早々に本題を切り出した、というところ。
ちなみに青年の部屋は非常に片付いていた。すごいな。私も弟も高校生の時なんか部屋地獄やったぞ。
これが母親に甘やかされて生きてきた人間と、自立せざるを得ない環境で生きてきた人間の違いか。生活力の桁がちがうぜ。自分でコーヒー淹れるとかも一人で暮らすまでしたことなかったわ。
「何とかね…戦えるようにしてほしいわけですよ。多分あの感じだと私の仕上がりとか心づもりは関係なく二週間後には放り出される感じなんすよ」
「まぁ……呪術師名乗る以上は切り離せないところではあるからな」
「やっぱりそうですよね………」
「要は物理的な体術戦闘っていうよりは任務で呪霊を祓える様にってことだろ?」
「まぁ、そう、いうこと?」
「別に先生もいきなり自分の等級超えるような任務あてないだろうし、やりようはあるな。
俺でもいいし、あとは夜蛾先生に呪骸を借りるのもいいと思うし」
「は!学長先生!お兄さん天才では」
それ非常に良いじゃないか。
あれやからね。五条先生が表の主人公様にさせるくらい王道な訓練方法じゃん。まあカテゴリ違うけど。
あと表の主人公ってヤバいな。夢女出てたわ今……
「でもそれそんな簡単に借りられる感じのもんなん?」
「さあ。良いんじゃねえの。別に夜蛾先生も行菱のこと見殺しにしようとは思ってないだろ」
「そっかなあ…」
くい、とコーヒーを飲む。自分で淹れる時は牛乳だけ入れるんだけど、残念ながらブラック党の彼の部屋にはお砂糖くらいしかなく。特にこだわりと言うわけではないのでお砂糖だけもらって、飲んでいる。
とは言え夜蛾先生もあんまり話したことないんよなあ。
まあでもあの人、強さ調整とかも思いのままそうだからめちゃくちゃよさそうではあるよなあ。
パンダ先輩が感情もってるのってかなり特殊な例だっていうくらいだし、他の呪骸はほんとに動くぬいぐるみくらいなんだろうし、ニンゲン相手とかよりは随分やりやすそうではあるしな。
「いってみっかあ…学長先生のとこ」
「そうだな。とりあえず、そうしてみれば」
「うん、ありがと。マジでいっつも的確に最適解出してくれて助かるわ…なんでもかんでも伏黒くんに相談しすぎの自覚はあんねんけどなあ。解決してくれるっていう確信があるからどうしてもなあ」
「んなこと気にすんな。アドバイスしてやれるとこはするし、できないとこはできないんだから」
「優しい……じゃあまた来るわ…相談しに」
「おう」
「コーヒーもごちそうさま」
「いいよそれくらい」
「ありがと」
くい、と最後飲み干して、流しで勝手に洗っていい?と声を掛けながら立ち上がる。
伏黒くんも立ち上がって、いいよ、と、私の手からマグを取った。
そっか、ありがとう。と今一度お礼を言って、私は出口に向かう。
「ではお邪魔しました」
そういってドアノブをひねってドアを開ける。
後ろから預かるように伏黒くんが手を伸ばして、代わりにドアを開けてくれた。
青年やるじゃん。中々紳士だ。お礼を言って、ドアを預けた。
じゃあね〜と手を振って、私は部屋を後にする。
おう、と返事はくれたが手は流石に振り返してくれなかったなあ。振ってくれたら可愛かったのに。
などと思いながら、私はその足で、学長室へ向かうことにした。
やや足取りは重い。
面識ない人にもの頼むって結構ハードル高いんよな。仕事ならまだしも私用ですからね。
◆◇◆◇◆
こん、といい音のするドアを、4度ノックする。
はい、と学長先生の声がした。
「失礼します」
声を掛けて、それから扉をあける。
就活マナー講座とかでやったなこういうの。なんかもう全部忘れてもうたけど。
「…行菱か」
少し驚いたような顔をして、先生はそういった。
は、名前覚えてもらってる。ありがてえな。
「はい、おはようございます」
まあ全然昼なんだが、そう、つるっと出てしまった。
「丁度こちらからも呼ぶつもりだった。まあ、座れ」
そこへ、と言って示されたソファに、私は失礼しますと言ってかけた。
デスクにいた先生は、私の座るソファのローテーブルをはさんだ向かいのソファに移動する。
「どうだ、高専での生活は」
「はい、お蔭様でこれといった困りごとはありません」
「ならいいが。変な奴とか嫌な奴とかはいないか?」
「え?」
「セクハラとかあったらすぐいうんだぞ。教師でも生徒でも補助監督でも」
「えっ……あっ、はい、ありがとうございます、全然そんな雰囲気もなく、大丈夫です」
「ならいいが……。そうだ、悟がもう任務に出そうとしているらしくてな……」
……うん?
……うんん?
「あっ、はい、聞きました」
「なんだと……?!」
「二週間やるから準備して来い、と」
「悟あいつ………!!俺は止めたんだ、だがあいつが人の話なんて聞いてるわけなどはなからなかったということか」
「あはは」
……そ う き た か ! !
まあ確かにここにこういう扱いしてもらえるのって実質チートだな?!どの姫プ設定ヒロインよりも強いところあるな!?そうか……原作主人公とは完全に真逆を行くヒロイン……確かによくあるな……。
だがしかし、このゴツゴツおじさんが、トリップ特典だかなんだか知らないがこんだけモンペみたいな顔しておろおろ心配してくれると逆に可愛いまである…
めっちゃ心配してくれるやんこの人……いいひとだ…。
「二週間後……大丈夫か?まだ怖いなら学長権限で俺が止めるから安心してくれ」
「本当ですか……!」
だからあwwwwモンペすぎるwwwww
モンペでキャラ崩壊するのって夏油さん(本物)とかかと思ってたけどこんなところにこんな潜在モンペがいたとは……。
まあ可愛いを作れるくらいだから可愛いが好きなんだろうな。ならこんだけ歳の離れた女の子供なんて可愛がりはするのかもしれない。子供とかも好きそうだもんな。
「いや、でもですね。できる努力はしてみたいなと思いまして」
なんだか一気に緊張がほぐれてしまって、私は意外とあっさりと本題に入ることができた。
「…!!!なんてえらいんだ………!!!!」
「パ、パパかな…!?」
「!??!パパと呼んでもいいんだぞ!?!?」
「www
まぁ、機会があればww」
「いつでもいいぞ」
「はいwww
でですね。私、当然戦闘どころか喧嘩もしたことのない人生を送っていまして。
二週間後にいきなりポンっと任務に出るのは怖いんです流石に。」
「成程、訪ねてきたわけはそれか」
「そうです。何か、私のレベルにあった訓練付き合ってくれるようなぬいぐるみさんをお借りできればと思いまして」
「…!任せろ、今日中には作り上げる」
「特注!?いやいいですよ、何か既存のかたとかいらっしゃれば………」
「そうはいくか!すまんが一日だけ時間をくれ。明日の9時に取りに来てくれればいい」
「えっほんとに良いんですか……?!」
「もちろんだ。かわいい教え子のためだからな、それくらい訳ないさ。」
「あ、ありがとうパパぁ……!」
「よ〜し、パパ頑張っちゃうぞ!」
「!?wwww
いやでも本当ありがとうございますwwww
では明日、また、くじに来ます」
「ああ、楽しみに待っていてくれ」
「はい!wwww」
ではお暇します、と席を立って、きっちり頭を下げてお礼をした。
お辞儀の姿勢がきれいだな!とパパは元気に誉めてくれた。ありがとうございますと返して、学長室を出る。
……いやあ、予想外であった。
そこがそう来るかい。全然ノーマークだったし学長先生なんて雲の上の存在くらい関わりがないまま過ごすのかと思ったけど案外そうでもないみたいだな……。というか頼れる人が増えたのはありがたいことだ。
思ったよりも依頼に使う心理的エネルギーが少なく済んだので、非常に気分がいい(?)。機嫌いいのが自分でもわかる。というか一人はやっぱり近くにモンペがいてくれると助かるよな。安心感もあるし、何か困ったときに頼るハードルがすごく下がる。ああいう、頼られてうれしい!みたいな反応をしてもらえると。
いやあ、良かった良かった。
この世界マジで捨てたもんじゃねえわ。トリップって流石だな。
などと考えながら、私は帰路をたどる。……と言うと些か大仰すぎるが。
一旦、自室に向かうことにした。
本格的な訓練は明日、先生(パパ)の呪骸を受け取ってからにしようと思うので、今日はもう休憩にしよう。