■ ■ ■



「…………神や仏なんて、居るのかな」
「知らねぇよ」

 それっきり、我が同僚は黙々と手を動かすだけになった。

「ちょっと、綿花、してもいい?伏黒くん、次、急ぐ?」
「いや、いい。どうせ次相談入るまで3人待機」
「そっか。じゃあ、ちょっと待ってね」

 そんなこと言っても、別に器用でも芸術センスがあるわけでもないから、大層なことはしてあげられないけれど。
 やらないと、全くできなくなってしまうので、練習の意味も込めて、と、言い訳のように内心でつぶやいた。

 業務用の、大きな大きな冷蔵庫。
 亡くなった方が入るための、専用の冷蔵庫だ。

 アメリカ映画みたいに、個別の引き出しがあって、ひとりずつ出てきてもらえる、というような形ではない。
 大型スーパーの冷蔵庫とかそういう感じだと思う。飲食店とか。
 ただただ、大きな冷蔵庫の中に、寝かせるところが複数あるだけの、ウォークイン冷蔵庫だ。

 入口の扉にはお線香立てとお花が供えてある。
 暗くて、湿気の多い、地下の部屋だ。

 ここに入る方っていうのは、基本的に誰も面会に来ない方だ。
 全く身寄りがない方。どこのだれかも分からない方。そういうのは市とかからお金をもらって、決まった形で斎場へ送り出す。

 今日のこのかたは、身寄り一切なし、ご自身も生活保護を受けていて、という方。

 面会があれば、ドライアイスをお当てして面会の方々が滞在してもらえるようなお部屋に安置するのがほとんどだ。
 まあ立派なお葬式をするけど、お通夜まで日が空いていて面会が絶対にない、とかドライアイスや安置室は一日ごとにお金をもらわないといけないので、そのお金を節約したい方なんかもここに入られることもあるけれど。
 コッチだと、安置室にいて頂くのの三分の一くらいの価格で済むから。

 規定のお棺に、この故人様を納めて、そして。
 お布団をかけて、少しだけ、お頭の周りを、飾ってあげようと思ったのだ。

 普段なら、忙しいし時間がない中だし、誰も面会も来ないんだから、と最低限のお道具やお着物しか入れない人も多い。
 かくいう私だって、かなり気合を入れて、飾りを作りこんでやろう。ってなることは少ない。
 最低限、見苦しくないように、お布団のよれたのとか枕を隠すように顔の周りに一枚綿花を敷くくらいだ。


 でも、なんとなく、今日は、感傷的だった。


「このかただって、絶対、色んな人とかかわって生きてきたに違いないのにね」
「…死ぬときは、結局みんな一人なんだよ」
「そういうことなのかなあ」
「そういうことだろ」

 ちまちまと綿花を裂いてはきれいに皺を伸ばして、三つ折りにして帯を作って、重ねて、額縁のように飾っていく。
 伏黒くんは、そんな光景を、ただぼんやりと眺めていた。

「神だか仏だか知らないけどさ」
「おう」
「いてくれたら、いいよね。そういう、どんな人でも見送る存在、っていうのが、いたらいいのにな、とは思う時がある」
「それが俺たちなんじゃねえの」
「……あ、そっか」

 はた、と手を止めて、私は顔を上げる。
 なんでもないことのように、彼は依然としてお柩の中を眺めていた。

「伏黒くんは、普段ポエマーな感じ全くないのに、時折とても素敵なことを言う」
「ポエマーではねえよ」
「ふふふ」



 これは、そんな私たちの、”日常”の物語。



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