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―――――違和感が、あった。
しかし、最初の瞬間のそれを、俺は掴み取ることが出来なかった。
「へぇ、見ない術式だね」
そういって、五条先生は珍しく、目隠しを降ろす。
「術式?」
”ソレ”は、鈴の鳴るような声で言って、小さく首を傾げた。
どこか愛おしむように細められた瞳は、どこまでも繊細な少女の幸福の様でもあり、同時に、酷く矮小な存在の生殺与奪権を気まぐれに弄ぶ、悪魔の愉悦の様でもあって。
「そう、呪術だ。知らない?」
茶化すように、先生はそういった。
だが、そんなことをしていられるほど呑気な状況じゃないことは、微かにだが、警戒の色を持つ彼自身の態度に何よりも表れていた。
「呪術。ああ、知ってる。そうだね。”今回”は、そういうものがあるんだってね」
くすくすと、口元に手を当てて、”彼女”は笑った。
見る限り、どこまでもただの”人間の少女”のように見える”ソレ”は、しかし、絶対的にその視覚情報を肯定させない、圧倒的な”異物感”を、伴っていた。
ちり、と、何もない空気が燃えるように、微かな火の粉が舞っていた。
「貴方のことも知っているよ。”今回は豊作だ”って、”彼”がいっていたから」
どこまでも無邪気な様でいて、どこまでも、感情のない様な、至極違和感のある、声音。
――――違和感。
「へえ、匂わせてくるね。最近の若い子はみんなそうなの?」
五条先生は、一切、彼女から視線をそらさない。
たかが一瞬の瞬きでさえ、許されてはいないことのように、その紛うことなき「最強」の視線を縫い付ける、それ。
それが、どういう意味か。
「若い、かあ。若い、って、不思議な言葉だね」
……あぁ、そうか。
先刻。
不意に、唐突に空間を裂くようにして現れた、それ。
偶然なのか、計算づくなのか、それは五条先生の眼前、至近距離に現れた。
ふわり、と、花が舞うように微笑む、どこまでも美しい少女。
視覚情報だけでは、確かにそうとらえられるその存在は、しかしその他すべての感覚器官がその情報を拒むような、異常ともいえる怖気を纏って、そこに降り立つ。
先生は、至極自然に、そんな彼女から、距離を取った。
そう、それが、違和感の正体。
先生が、あとずさる。
それは、そんな表現をされるほどあからさまでも、見苦しいものでもあるわけはなかったが、それでも確実に、彼女から、ただ純粋に距離を取るためだけの、移動をした。
それが、どれほど、異常なことか。
かの最強は、知っての通りの風雲のような気性である。
普段の彼ならば、そんなことをされようものなら、気障ったらしく肩を組むか、或いはさらにその相手を挑発するように背後を取る。もしかしたら、そのまま、挑むように微動だにしないのかもしれない。
色々、パターンは考えられるが、それでも、たった一つ、言えることがある。
”彼”は、後ずさるなんて負けを認めるような行為は、絶対にしない、ということだ。
少なくとも、ただ初見、唐突に何かが現れただけの時点では。
最強、五条悟にそこまでのことをさせる存在。
まずそれ自体が異常で、そして、あり得ないことなはずなのだ。
「目的は、何かな?」
「目的?」
「そう。君は、何のために今この場を訪れたの?」
「訪れた…。では、貴方は、何故、存在しているの?」
「あ、意外と不思議ちゃん系だね?」
「哲学的、と呼んでほしいな」
初めて、茶化すように、抑揚が付く。
その一瞬だけ、酷く人間じみたその声音は、彼女の放つ強烈な”異物感”を鮮烈にするだけの効果をもたらした。
「哲学的、か。確かに、その斜め上っぷりはそれに近いものがあるのかもね」
”では、聞き方を変えよう”。
先生が、諦めるように肩を竦めた。
「”君”は、一体、”何”なんだい?」
確信の底の底に、触れるような、シンプルな問い。
にたり、と、裂けるように、口元が笑みを描く。
「”私”?”私”は――――――――」
或るひとつの、”神話”だよ。