■ ■ ■





 ―――――違和感が、あった。



 しかし、最初の瞬間のそれを、俺は掴み取ることが出来なかった。


「へぇ、見ない術式だね」

 そういって、五条先生は珍しく、目隠しを降ろす。


「術式?」


 ”ソレ”は、鈴の鳴るような声で言って、小さく首を傾げた。

 どこか愛おしむように細められた瞳は、どこまでも繊細な少女の幸福の様でもあり、同時に、酷く矮小な存在の生殺与奪権を気まぐれに弄ぶ、悪魔の愉悦の様でもあって。

「そう、呪術だ。知らない?」

 茶化すように、先生はそういった。
 だが、そんなことをしていられるほど呑気な状況じゃないことは、微かにだが、警戒の色を持つ彼自身の態度に何よりも表れていた。

「呪術。ああ、知ってる。そうだね。”今回”は、そういうものがあるんだってね」

 くすくすと、口元に手を当てて、”彼女”は笑った。

 見る限り、どこまでもただの”人間の少女”のように見える”ソレ”は、しかし、絶対的にその視覚情報を肯定させない、圧倒的な”異物感”を、伴っていた。

 ちり、と、何もない空気が燃えるように、微かな火の粉が舞っていた。

「貴方のことも知っているよ。”今回は豊作だ”って、”彼”がいっていたから」

 どこまでも無邪気な様でいて、どこまでも、感情のない様な、至極違和感のある、声音。


 ――――違和感。


「へえ、匂わせてくるね。最近の若い子はみんなそうなの?」

 五条先生は、一切、彼女から視線をそらさない。
 たかが一瞬の瞬きでさえ、許されてはいないことのように、その紛うことなき「最強」の視線を縫い付ける、それ。

 それが、どういう意味か。

「若い、かあ。若い、って、不思議な言葉だね」


 ……あぁ、そうか。



 先刻。
 不意に、唐突に空間を裂くようにして現れた、それ。
 偶然なのか、計算づくなのか、それは五条先生の眼前、至近距離に現れた。

 ふわり、と、花が舞うように微笑む、どこまでも美しい少女。

 視覚情報だけでは、確かにそうとらえられるその存在は、しかしその他すべての感覚器官がその情報を拒むような、異常ともいえる怖気を纏って、そこに降り立つ。

 先生は、至極自然に、そんな彼女から、距離を取った。


 そう、それが、違和感の正体。


 先生が、あとずさる。
 それは、そんな表現をされるほどあからさまでも、見苦しいものでもあるわけはなかったが、それでも確実に、彼女から、ただ純粋に距離を取るためだけの、移動をした。

 それが、どれほど、異常なことか。

 かの最強は、知っての通りの風雲のような気性である。
 普段の彼ならば、そんなことをされようものなら、気障ったらしく肩を組むか、或いはさらにその相手を挑発するように背後を取る。もしかしたら、そのまま、挑むように微動だにしないのかもしれない。

 色々、パターンは考えられるが、それでも、たった一つ、言えることがある。


 ”彼”は、後ずさるなんて負けを認めるような行為は、絶対にしない、ということだ。


 少なくとも、ただ初見、唐突に何かが現れただけの時点では。

 最強、五条悟にそこまでのことをさせる存在。
 まずそれ自体が異常で、そして、あり得ないことなはずなのだ。

「目的は、何かな?」
「目的?」
「そう。君は、何のために今この場を訪れたの?」
「訪れた…。では、貴方は、何故、存在しているの?」
「あ、意外と不思議ちゃん系だね?」
「哲学的、と呼んでほしいな」

 初めて、茶化すように、抑揚が付く。
 その一瞬だけ、酷く人間じみたその声音は、彼女の放つ強烈な”異物感”を鮮烈にするだけの効果をもたらした。

「哲学的、か。確かに、その斜め上っぷりはそれに近いものがあるのかもね」


 ”では、聞き方を変えよう”。


 先生が、諦めるように肩を竦めた。


「”君”は、一体、”何”なんだい?」


 確信の底の底に、触れるような、シンプルな問い。

 にたり、と、裂けるように、口元が笑みを描く。

「”私”?”私”は――――――――」








 或るひとつの、”神話”だよ。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -