あいな頼み


 後をついてくるその歩調はひどくゆるやかだった。
 距離がひらいたことに気付いた殺生丸は、歩みを止めて振り返る。かごめが大儀そうに息をつきながら、懸命に彼に追いつこうとしていた。みごもれば人間の女は皆このように動作が緩慢になるものらしいとりんから聞かされてはいたが、実際そうした変化を目の当たりにするのは初めてだった。
 立ち止まりじっと観察しているうちに、いつのまにか追いつかれていた。着衣に馥郁たる花の香りをまとわせた人間の娘は、匂やかな春の陽気そのものという風情で微笑んでいる。以前より頬が血色よくふっくらとして見えるのは、これもまた赤子をその身に宿しているためであろう。
「お義兄さん」
「……」
「さっきは、どうもありがとう。助けてくれて」
 自惚れるな、と言わんばかりの流し目を彼はくれてやる。
「助けたつもりはない。──雑魚妖怪が行く手の邪魔だった、ただそれだけだ」
「はいはい。そういうことにしておきます」
 かごめは締まりのない顔をしている。まったく信用していないと思しき態度がやや癪にさわるが、相手がふと真顔になったことで、ささやかな不満は跡形もなく霧散した。
「お義兄さん。……こんなこと、あなたに頼んでも仕方がないかもしれないけど」
 言い置いて、しばし躊躇いがちに俯くかごめだったが、意を決したようにまっすぐ殺生丸の眼を見据えた。
「いつどこで、何があるかわからない時代だから、後悔しないうちに言っておくわ。嫌なら忘れてくれてもいいけど、今はただ聞いてほしいの。あのね──」
 彼は先を促すように静かに義妹を見つめ返した。
 義妹の瞳が、にわかに揺れさざめいた。
「もし……いつか私とこの子がいなくなって、あの村の人達も誰もいなくなって、──犬夜叉がこの世でたった独りきりになってしまったら、その時は……」
 



19.04.07



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