瓊 音ぬなと 




 その魂は過ぎし日の悲劇によってひどく傷つけられ、荒廃していた。
 魂にきざまれた喪失の痛みと悲しみが癒えるまでには実に五百年もの時を要し、「玉」は、その長きを一心同体のように寄り添って過ごした。
 ──やがて魂はふたたび清らかな巫女として世に出現した。
 前世に比肩する、あるいはそれ以上の強大な霊力を予感した「玉」は、その尋常ならざる可能性をおそれ、巫女の奥底に封印をほどこした。
 赤子は幼児に、そして少女に育っていった。
 「玉」は、この少女がいずれ否応なしにみずからを巡る因果に組み込まれることを知っていた。だから少女の内から全てを見守りながら、定められた宿命の到来を待ち侘びた。
 十五の年をむかえたかごめは時を越え、戦国の世にたぐり寄せられた。
 少女の破魔の矢に貫かれた「玉」は飛散した。あどけないばかりだった小娘が今ようやく巫女として目覚めたことを、「玉」は思い知る。
 幾百年という長きをその魂と共存し、切り離され、彼女の手によって収集されては、ほかに奪取され──帰還と別離をくりかえす。
 かごめはついぞ「玉」を必要としなかった。数百年におよぶ共生、魂と魂の触れ合いを一瞬たりとも回顧することなく、
「──消えなさい」
 唯一の正しい願い事とされる、そのたった一言によって、途方もなく長いあいだ張り巡らされてきた因縁の糸を断ち切ったのである。
 かくして「玉」は、消滅した。
 残存するものがあるとすれば、それは──魂。清らかな魂に魅せられ、切り離されてもなお寄り添い、癒し癒されることを願ってやまない、魂の名残り惜しさそのもの。
 魂は、最後の力をもって、枯れ井戸にほかならぬ己自身の願をかける。
 そうして今一度、閉ざされた時空の扉は、彼女の前に開かれるのであった。



2019.03.14

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