戦国捕物帖(前編) | ナノ

戦国捕物帖 前編




 となりの村の様子が、いつもと違っていた。
 普段なら、同じ年頃の子どもたちがわらわらと駆け寄ってくるのに、今日は人っ子一人見当たらない。人だけでなく、村の人々が飼っている牛や犬の姿さえ、忽然と消えてしまっている。
 さらに不思議なことに、空っぽの家々や田畑は、なぜかことごとく背の高い篠の木々に囲われていて、まるで村全体が一夜にして竹林になってしまったかのようである。
「みんなして、神隠しにでもあったのかなぁ……」
 首をかしげたのは、たまきだった。母譲りの霊力をもってしても、この怪異の原因を一目で見抜くことは難儀らしい。
「ゆり姉、まり姉はどう思う?」
 環は、それぞれ左右の手をつないでくれている、退治屋の双子姉妹を交互に見上げた。姉妹は顔を見合わせ、お手上げだとばかりに揃って肩をすくめる。
「とりあえず、まだ誰か村の中に残ってるかもしれないから、手分けしてさがしてみようか」
「ああ、それがいいね。──弥芳みよし!」
 姉妹の片方が振り返り、大声で弟を呼んだ。男子衆おのこしゅうは、まだ彼女たちの三十歩も後ろにいる。おしゃべりに興じていた弥芳は、二度目の呼び声でようやく気がつき、にこにこしながら駆け寄ってきた。
「なんですか、姉上がた?」
「ごらん。見ての通り、村の人たちが誰もいないんだ」
「えっ……誰もいないとは?」
「多分、ゆうべのうちに何かあったんだと思う。誰か残った人がいないか、みんなで手がかりをさがしてみよう」
 環と同じように、首をかしげたのは兄の時守だ。背中におぶさっているのはいとこの吉祥丸きっしょうまるで、なにやら子犬のように鼻をひくつかせている。
「きち、何かにおうのか?」
「うん。──むこうに、ひとがたくさんいる」
 吉祥丸が村はずれの山の方を指差した。
 皆で山道を登ってみると、はたしてそこには、村人たちが鬱蒼と茂る木々に身を隠すようにしてひしめき合っている。どうやら牛や犬まで引き連れてきたようだ。
「おれたちは、あのあくどい領主を懲らしめてやるんだ!」
 双子の姉妹が事情を聞けば、若人衆のひとりがそう息巻いた。
 ──今年は前年にも増して不作だった。そこでゆうべ、一揆をむすんだ村人たちが領主に年貢負けの直談判をしに行ったのだが、領主は一切聞く耳を持たず、全員門前払いされたという。
 腹を立てた村人たちは、家に戻るなり対抗手段をとった。村から引き揚げ、山に立て籠もることで年貢の納付を拒否するのである。山は神宿る聖域と考えられており、こうなってしまえば、たとえ領主であろうとみだりに立ち入ったり、強制的に連れ戻したりすることは禁じられていた。
 家や田畑を篠の木々で囲っておいたのは、そうすることでそれらも聖なる山の一部となり、誰にも立ち入ることができなくなるためだという。
「欲深い領主のせいで、おれたちは正月の餅さえ食えやしない……」
 村人の憐れな訴えを聞いた子どもたちは、顔を見合わせた。
 ──悪しきものを懲らしめ、弱きものを助けるという親の教えを、今こそ実践する時である。
「そんなに欲張りな領主なら、きっと年貢を取り立てるために、みんなを力ずくで連れ戻しにくると思うよ」
「やっぱり、そうだよなぁ……」
 時守の指摘に、村人たちはがっくりと肩を落とす。
 でも、と少年はつづけた。
「安心して。おれたちが追いはらってあげる」
「──追いはらう?どうやって?」
 にやり、と子どもたちが笑った。



(続)



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