「もし、海辺でとても大きな巻貝を見かけたら、それはきっと私の母だよ」
思いもよらぬ返答に、千尋は目を瞬かせた。
──冗談なのか、本気なのか。ハクは口元にいつもの奥ゆかしい微笑みを浮かべながら、愉しそうに千尋の反応を窺っている。
「……どうして巻貝なの?」
「私の母の本性は、大きな田螺だから。巻貝が住み家なんだよ」
「タニシ……?ハクのお母さんなのに、竜じゃないの?」
純粋な疑問を口にする千尋。ハクはまた、嘘とも真実とも知れない表情で笑う。
「天の川に住んでいてね。神々のあいだでは、
「ふうん……」
「私は会ったことがないんだ。生まれてから今まで、ただの一度も」
その声が存外寂しそうに聞こえた気がして、千尋は思わずハクの顔を見つめてしまう。
ハクは変わらぬ穏やかな顔つきで、深い水の底のような瞳で、どこか遠くを眺めている。
「──今度、海に行こうよ」
その横顔に、励ますように優しく、千尋は語りかけた。
「海辺のどこかに、とても大きな巻貝があるかもしれないよ。一緒に探してみようよ」
ハクがほんの一瞬哀しげな目をした。けれど千尋に向き直ると、嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。──千尋」
2019.01.07