さて問題だ  



 



「それで、君はどこの中学生徒だい」

「どことは」

「黒曜生なら問答無用で咬み殺すけど」

「ちょ…違いますって、至って平凡な」


高校生です。と出かけた言葉を呑み込んだ。違う、今の私はただの中学生。かといって何も知らないこの近くの学校の名前なんて知る筈もないから俯く。


「…まあいいや。こんな時間に何をしてるの」

「気が付いたらここに」

「ワォ。何それふざけてるのかい」

「本気です」

「その無表情じゃ嘘かどうかもわからないけど、いいや。面倒くさい」


興冷めと言わんばかりに背中を向けて「さっさと帰りなよ」と忠告を残した少年。肩に羽織った学ランを翻し歩く姿は威風堂々。どこかその背中には威厳があった。待って、今ここで放置されたら私どうしたらいいんだ。考えるより行動。中学生相手だけど、私は命知らずにもその学ランを掴んでいた。


「…なに」

「この辺でタダで働ける場所って、ありますか?出来れば住み込みで」

「中学生が働けるわけないでしょ。馬鹿?」

「だったら学校に住み着きます」

「ふざけてるの」

「だったら、」



「じゃあ洗いざらい吐きなよ。さっきから核心は隠そうとしているのが見えてる」


無意識だけどね。そう付け足して少年は横目で私をみた。言うか、言わないか。押し付けられた二択に迷う事無く口を開けた。答えは、NOだ。人なら他にも居るのだから今此処でそれも出会って数分の人間に話せることでもないし、話したところで信じてくれるわけない。

「ふーん、まあそうだろうとは思ったけどね」

「…それでは。御迷惑かけてすみませんでした」


ぺこりと一度お辞儀をして駆け出せば、今度は少年に待ちなよ。と止められる。唇を弧に結び妖しく笑った少年に背筋がぞくりと栗立つのを感じた。

「条件を変えてあげる。今から僕の攻撃をかわして、一撃でも入れられたら教えてあげるよ」


僕に不可能はないからね。自信気に語る目は嘘をついてはいないよう。ちらつかせるトンファーは食らったら間違いなく重症。だけどそんな理想の条件の揃う場所を知る人が、果たして他に居るのだろうか。一か八か。ごくりと生唾を飲んで首を縦に振る。と、糸が切られたように飛び出した少年。突然すぎて反応が遅れた。それについ頷いたけど私は喧嘩すらしたことのない、凡人だ。目の前の獅子に一泡ふかせるだなんて、不可能に等しい。


けど、


「(引き下がったら、死ぬかもしれない)」


生への依存なのか、それとも意地なのか分からない。ぐ、と足を踏み込んで少年に向かう。予想外だったのか一瞬目を開いたが、すぐ猟奇的な笑みに変わりトンファーを振り上げてきた。しかしそれを私は――避けてしまった。


「ワォ。思ったよりもやるね」

「命がけですから」


なんて言って実際一番ビックリしてるのは私だ。襲い掛かった少年をギリギリで後方に飛び退き、かわす。人は死ぬ気になれば何事も可能になるのではなんて考えながらトンファーを瞬きもせずに食い入るように見る。不思議とその動きがはっきりと確認できたから、動きを読み、紙一重でかわす。

「逃げてばかりじゃ僕は倒せないよ。君のスタミナ切れで、咬み殺されるだけだ」

「分かってる」


だけど彼と違って私には武器は無い。あるのは己の体。使えるのは足と腕。どこをどう攻めればいいのか。…まず隙が生まれる瞬間を見極めなければならない。目の前でトンファーを振る少年を良く観察するように、動き、癖、何か隙に繋がるものは無いか探す。できるだけ冷静に、判断を間違えないように慎重に。そして見つけたのは本当にわずかで一瞬だけ生まれる、チャンス。

「さっさと諦めな」


ブン!と勢い良くトンファーを振ったその瞬間にガードと攻撃が共に消えた。体制を立て直すカンマ一秒の間にその脇腹に蹴りを入れる。めり、と骨に当たったように軋む音が足を通して伝わった。


「く…っ」

少年が初めて表情を歪めたところでようやく自覚が出てきて立ちすくむ。今、自分は食らわせた。少し痛んだ右足が数秒前の奇跡を物語る。


「…面白いよ、君」


ふらりと立ち上がった少年の口元は愉しそうに吊り上っていて、ぺろりと舌なめずりをした。手に持った凶器を地面に落とすと鉄の落ちる重い音が聞こえて、少年の顔は元の無表情に戻っていた。


「合格だよ。教えてあげる」

「…ありがとう」

「そのかわりに一つだけ教えて。君、名前は」

「白咲#neme1#」

「麻哉、か。僕は雲雀恭弥。並盛にいるからには僕のルールに従ってもらうよ」

「は、はあ…」

「どんな事情があるか知らないけど、君の家は僕が手配してあげる」


懐から取り出したのは携帯とメモとペン。何か携帯で会話をした後に、メモにすらすらとペンを走らせる。ビリ、とメモを破ると私に差し出してきた。


「そこが住所だよ。好きに使えばいい。もう話は済ませてあるから」

「え、住所って」

「空き家ならいくらでもあるからね。電気、ガス、水道代は不要だよ」

「でも、」

「まだ何か不満なのかい。…ああ、食費か。それなら」

「人の話聞きましょうよ」

「なに」

「そんなに良くして貰う理由もありませんし、大層なことはお願いできません」

「へえ。偽善ぶるつもりかい?素直に甘えたらどう」

「偽善ぶってるつもりなんてありませんから」

「何が不満なの」

「不満なんてないけどそんな事頼めません。ありがとうございます」


もういい、別に当たろう。折角の話だけど断って深々とお辞儀をした後に、どこへ行こうなんて考えながら歩いていたら茶色い髪の優しそうな女性が歩いていた。――良かった、あの人に聞いてみよう。話しかけやすいか否か判別するにはやはり容姿だろう。ダ、と走りその女性に話しかけたら笑顔で振り向いてくれた。


「あら、ツッ君のお友達?」

「あの…お尋ねしたいことがあるんです」

「そうだったの、ごめんなさいね。どうしたの?」


笑顔を絶やさないにこやかな女性に、先ほど雲雀さんに話したこととほぼ同じ事を言う。そして中学生であることも。一分ほどで話し終えると、女性は私の頭を撫でて優しく微笑んだ。人に触られたのって久しぶりな気がする。


「じゃあ住むところが無くて困っているのね」

「はい…」

「それならうちに来ない?同い年の息子も居るし、他にもお友達も泊まっているのよ」

「え?」

「家族が増えたみたいで嬉しいじゃない」

いいのか、それで。仮にも同い年の息子が居ると言っているのに、女なんて泊めてもいいのだろうか。だけどこの優しい温かい雰囲気の女性がどこか幼い頃に亡くした母と重なって、頷いてしまった。女性はにっこりと笑い、行きましょうか。と歩き出す。

「お名前はなんていうの?」

「白咲麻哉です」

「可愛い名前ね、麻哉ちゃんでいいかしら?」

「はい」

「娘が出来たみたいで嬉しいわ。私は沢田奈々っていうの」

「奈々さん、ですか」

「自分の家だと思ってゆっくりしてね。好きなだけ居ていいのよ」


少し歩いたところで奈々さんが足を止めた。目の前にあったのは一軒家。二階建ての平凡な大きさでありふれた家。だけどなんだかその家が懐かしいような、優しいような雰囲気で胸が温かくなる。

「本当にいいんですか?」

「困ったときはお互い様じゃない、御両親が居ないなんて辛かったわね。
私をお母さんだと思って甘えてね」


ふふ、と緩やかに浮かべられた笑顔にはいと頷く。だけどこれまでにないほど緊張していて、手が冷たくなってきた。握ったり、広げたりを繰り返すうちに奈々さんは玄関のドアを開ける。人と、上手く関わっていけるのだろうか。不安を抱えながら一歩足を進めると、上の階から少年が降りてきた。

「母さんおかえり、ご飯まだ…って、えっと…」

「ツナ、今日から一緒に住む事になった麻哉ちゃんよ。
ご両親を亡くして引き取り手が居なくて困っていたの」

「(母さんーーー!!?)」

「…ごめんなさい。お世話になります」

「ビアンキちゃんとイーピンちゃんとランボ君とリボーン君とフゥ太君はどうしたの?」

「今買い物に…」

「そうなのね、それじゃあ今日は御馳走にしなくちゃ!
ツナ、一緒の部屋でいいわよね?」

「え!?」

「(奈々さん!?)」


もう一度言うけど仮にも女の子を同い年の息子の部屋に入れていいの!?ツナと呼ばれた男の子の反応は正しい。けれど聞く耳を持たない奈々さんは「それじゃあ麻哉ちゃんを宜しくね」と言い残し台所へ消えていった。…どうしたものか。




「えっと、麻哉…さん?」

「すみません」

「いや、母さんの行動にはもう慣れたから大丈夫…じゃなくていいの?オレと同室で」

「私はどこでも結構です。ご迷惑でなければ」

「そ、そっか」


取り敢えず案内するよ、と苦笑いしたツナさんの後ろに着いて階段を上がる。汚くてごめんね、と開かれたドアの向こうは確かに少し荒れていたけどこれが男の子の部屋なんだろう。大丈夫です、と返したらツナさんはまた苦笑した。

「あと、オレとおんなじくらいだし敬語なんて使わないで欲しいっていうか、」

「だけど、」

「全然したのチビにもダメツナ呼ばわりされるくらいだしさ!」

「じゃあ、ツナさんも遠慮なく接していいから」

「うん、あ。それと呼び捨てでいいよ」


へら、と少し頼りないけど柔らかい笑顔はお母さん似だ。わかったと頷けばツナは掃除をするからすこし部屋を出て、と言ってきた。

「やる」

「え?」

「住まわしてもらう立場だし、やらせて」

でも…と渋るツナをぐいぐい押して部屋から出すと、ごめん。ありがとう、と笑ってくれたのでいいえ。と返した。さて、始めるか。





さて問題だ
沢田さん親子は優しい人だった



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