決して豪華ではないが、清潔感のある居心地の良い印象のあるホテル。接客態度も大変よく、セリアもジャンヌも相応の好感の念を抱いていた。渡されたキーは608号室で七階のエレベーターに近い部屋。初めてのホテルに和気藹々と綻ぶセリアをどこか優しい面持ちで見つめるジャンヌ。まるで傍から見れば仲睦まじい姉妹のようだ。
「ジャンヌ見てください、景色が綺麗ですよ」
「本当だ」
自然の美しさほど垣間見る程度だが、人の造り上げた電飾がまるで星々のような輝きを放つ。60年前よりも輝きを増したその景色に、もの悲しい気持ちになる。彼女の居た時代にはないものばかりだ。
「えっと…、このカードをどうすれば良いのでしょうか?」
「これは此処に差し込めばいい、と思う」
「こうですか?」
シュッと差し込んで直ぐに引き抜いたセリア。その時間僅か0.2秒。開きません、と訴えかけてくる眼差しに頭を抱えた。どうやら気付くのが遅すぎたが、彼女には徹底的に常識を与えていかなければならないようだ。
「そんなに早ければ機械が読み取れないよ」
「そういうものなんですか」
今度はゆっくりと差し込み、ガチャリと音が鳴ったのを確認して引き抜く。ドアノブに手をかけて捻ると清楚な部屋が顔を見せる。隅々まで掃除されて整えられたベッドのシーツは真っ白。高揚する気持ちをなんとか落ち着けて、キャリーバッグを壁に立てかけて木製のイスに腰掛ける。何だか疲れが一気に押し寄せてきて思わず溜息が零れた。
「とても落ち着く部屋ですね」
「そうだね」
「あ!見てくださいジャンヌ、この国の雑誌です!」
備え付けられていたファッション雑誌を手に取りページを捲り始めたセリアは、この国の服装を懸命に調べている様子。隣に腰掛けて覗いてみると恐ろしいほど丈の短いスカートやボトムに絶句した。聖杯の知識では得ていたが、些か破廉恥ではないだろうか。
「この冬木に馴染むためにも、やはり服装から入るべきだと思いまして…。どれが良いと思いますか?」
「私が決めるの?」
「はい。私はジャンヌの服を選びます」
「……楽しんでいるでしょう」
「ええ勿論」
にっこり。正に効果音の付きそうなほど良い笑顔を浮かべて再び視線は雑誌へと戻される。これなんてどうです、と見せられるのはやはりどれも丈の不慣れなスカートばかり。半ばうんざりしてきた所だが、嬉々として尋ねてくる表情を見てしまえばどうも冷たく付き返すことは出来ないから困る。
「セリア、」
「どうしましたか?」
「これなんて如何かな」
ふと目に付いたのはシルクの生地で作られたワンピース。愛らしいが決して強調しようとしない素朴な感じがセリアの赤い瞳に映えそうだ。しばしその写真を眺めた後にセリアは嬉しそうに頷く。他でもない、ジャンヌが選んでくれたことが何よりも嬉しい。早速その服を売っている店舗を調べたら引き続きジャンヌの服選びの作業に入る。あれだこれだと同じような服を指して来るから、段々執着が無くなり最後に訪ねてきた丈の長いセーターと黒いスラックスで了承した。シンプルなデザインが少なからず今までのものよりはマシに見えたから、なんて言ったら怒るだろうから黙っておく。
「二つとも同じお店に売っていますね。このホテルからえっと、どのくらいでしょう?」
「この距離でしたら大体徒歩では些か離れていますね。明日タクシーを借りた方がいいと思う」
「はい」
正直ジャンヌの離した『たくしー』が良く分からないが、尋ねてばかりでは呆れられるだろうことは目に見えたので別のことを考えて切り替えることにした。明日のお昼は何を食べよう、と思うが早いか食べ物が多くのる雑誌を手に取り読み漁る。写真はどれも上手く取られていてどれも美味しそうだ。
「ジャンヌ、明日のお昼はこの蕎麦というものを食べましょう」
「ふふ。分かった」
と言った次の瞬間からページを新たに捲るごとに唸るものだから笑ってしまう。こんな華奢な体つきなのに、寿司もかれこれ16貫ほど食べたし随分と食欲旺盛だ。まあ良く食べるに超したことはないが余計な肉がついてしまわないか不安も感じる。今この時まででこれほどしか付いていないのならただの心配に過ぎないのだろうけど。
「セリア、差し出がましいけど魔力供給の方は大丈夫?」
「どうしてですか?」
「私を現界させるには他のサーヴァントの倍は魔力供給が必要になるし、万が一の時にセリアが自分の身を守れる位は無いと防戦になっちゃいます」
「それなら問題ありません。13代の歴史は伊達ではないですから」
得意げに言ってみせるセリアからは力強く温かい魔力が回路を通して伝わってくる。確かにここまでしっかりとした魔力を持っているならば杞憂に過ぎないかと納得。セリアの魔力量を把握できれば戦いもスムーズに考える事が出来る。
「そういえば、ジャンヌの武器とは何ですか?」
「そう言えばまだ見せてなかったね」
ふっと伸ばした手から現れたのは大きな旗だ。かつて百年戦争で幾人もの軍を引き、導いた証の旗。それを握るジャンヌの面立ちはどこか誇らしげでかつての姿を容易く想像できる。戦場においてこれほどまでに美しく気高いジャンヌはきっとこの呪われた戦争を終わらせてくれる、そんな自身さえ抱けるほどに力強く凛々しい風貌であった。
「この聖杯戦争、必ず勝ちましょう」
「――我が名に誓い必ずやセリア・オルディアに聖杯を捧げます」
跪き召喚したあの時のように頭を垂れると、今度は恭しく甲に口付けをするのではなくしっかりとセリアの双眸を見て笑ってみせた。